「あんぱん」を見て感じたこと
「あんぱん」では戦争に負けた日本の飢餓、貧困を描いている。俺は製造業に勤めていたが、会社ではよく「ニーズではなく、ウォンツに応えろ」、などと言われていた。 戦後日本は飢餓や貧困をなくすこと、すなわち衣食住の強烈なニーズに応えることに国を挙げて励んだ。製造業が中心となり、それを金融や商社がサポートしたが、1970年までにはその目的を達成した。その後、1980年代には自動車や半導体といった衣食住・飢餓や貧困とは直接関係のない「モノ」を作った。これで日本の製造業は一時世界一と言われるようになった。 1990年以降バブルが弾け、それ以降、ずっと失われた○○十年と言われている。振り返れば、本質的にはバブルなど無関係で、貧困・飢餓を解消するための衣食住の供給に続くモノ作りが自動車と半導体で止まってしまったのだ。言い方を変えれば、ウォンツを見つけ出し、それに応えることができない○○十年なのだ。もっと言えば、日本ではもう、モノ作りは成立しないのではないか。 参院選の演説で、野党の皆さんが物価高や貧困対策として、大企業・富裕層からもっと税金を取り、消費税減税(廃止)や社会保障の効率化せよと盛んに言う。俺は物価高・貧困対策なんていうニーズはすでに存在していないと思う。だから野党の訴えはムダでバカバカしく感じるのだ。言い方を変えれば、既存の政党・オールドメディアはウォンツが見つけられないでいるのだ。更に言い方を変えれば、「かつての性感帯」をいじられるからイライラするのだ。この点、俺のいた製造業の会社と全く同じだ。 さて、政治に求められるウォンツは何か?製造業に求められたウォンツは結局見つかっていない。大企業、エネルギー対象消費型の産業ではウォンツを見つけることも応えることもできないと思う。政府はそんなゾンビ企業を補助金で延命しているだけだ。まず、ゾンビ企業をつぶし、企業のありようを変える必要がある。 これを政治で言えば民主主義や自由平等、法治といったオールドなもの、すでにないニーズ対応をご破算にすることが必要ではないか? やはりAIなど「最適」で「失敗しない」意思決定システムによる独裁制に切り替えるべきではないか??? 独裁制については、アメリカが中途半端と言えば中途半端だが、スケール的には壮大な実験をしてくれている。 石丸伸二は明らかに民主主義に絶望している。その上で、独裁を求めるウォ...