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7月, 2025の投稿を表示しています

嗚呼、もやし

 昨日、近くのスーパーでもやしを買おうとしたら値上がりしていた。10年以上(20年近く?)200gの袋詰めが29円だったものが、とうとう34円になった。別の八百屋で”文福もやし”250gを35円で売っているはずなのでスーパーで買わないで八百屋に行ったら、そこには”文福”はなく、200gの成田もやしが30円で売られていた。 もやし製造業者にとっては画期的なことだろう。彼らは「値上できた」と喜んでいるのか?それとも「心ならずも・・・」と慚愧の念に耐えないのか? 俺は「日本のインフレも本格的になったなあ」と感慨深い。 消費者としては、スーパーに文句を言いたい。他のものと違って、もやし価格は消費者に「もやしはいくら」と10年以上すり込まれている。値段がコロコロ変わる他の野菜と違ってもやしだけは値上げが感慨深いのだ。「いつから何円値上げしますよ」と事前に広告を出してほしかった。 そして、米であんなに大騒ぎしたメディアが、もやしに関してはどうして大騒ぎしないのか、いぶかしむのだ。

朝日新聞 神里達博の「月刊安心新聞+」は良い

参議院選挙の結果を見て、ついに日本も本格的なポピュリズムの時代に入ったのかと、驚いた方も少なくないだろう。  世界中で広がりつつあるこの潮流は、しばしば排外主義や差別的な主張を伴い、法の支配や人権など、民主主義を支える基盤を攻撃することも多い。当然、これらは断固、糾弾されなければならない。   だが、単にポピュリズムを全否定すれば済む話でもない。なぜなら、民主主義のある種の側面と、それは深く結びついているからだ。  ポピュリズム研究は現在も続いており、専門家の間でも意見が分かれる部分がある。とはいえ、多くの識者の間で見解が一致しているのは、「社会が『汚れなき民衆』と『悪(あ)しきエリート』に分かれており、民衆の意思を完全に政治に反映させることこそが正義である」という世界観を、ポピュリズムが共有している、という点であろう。  確かに私たちは昔から、そういう「物語」を消費してきた。たとえば「ロビン・フッド」や「鼠(ねずみ)小僧」は、重税を課す権力者や金持ちから金品を奪い、貧しい民衆に分け与え、拍手喝采を浴びる話である。また近年の文学や映像作品などにもそんな勧善懲悪の物語は多々ある。  これらは、おそらく人類に普遍的な型、つまり一種の「神話」なのだろう。だが現実の政治には当然、物語とは決定的に異なる部分がある。  まず、ある人物を「悪しきエリート」と認定する権利は誰にあるのか、という問題である。そしてもう一つは 、「民衆」の利害が一枚岩ではなく、必ず細かな「利害対立」を抱えるという点である。つまり本当の政治問題は、「悪しきエリート」を排除した後にやってくるのだ。  当然ながら近代的な国家は、そのようなやっかいな問題にも対処できるよう、大規模で複雑な仕組みを準備してきた。それはたとえば 議会であり、さまざまな行政機関であり、裁判所や政党である。また、そのような社会システムを再生産するための教育機関や、権力と独立したメディアの存在も不可欠であろう。  そこでは、そのような民主主義を維持する仕組みを運営する「スタッフ」が常に必要になるわけだが、その種の仕事はどこの国でも程度の差はあれ「エリート的な色彩」を帯びているものだ。なぜなら制度の運用には専門的知識が必要だし、一定の能力と信頼性を備えた人材を確保するためには、それなりの地位と収入を保証しなければならないからだ。  ...

Slow boat to China

 ふと、Slow boat to Chinaが聞きたくなる。俺が今まで聞いた中で一番はJacky Parisの歌ったヤツ。 早速聞くがあまり面白くない。我がBarry Galbraithがギターで伴奏してるが、Barryもイマイチ。YouTubeで聞き比べると、どうもBing Crosbyが歌ってヒットさせたらしい。Crosbyの方がPairsよりはいい。Charlie Parkerがやっていたのには驚いた。Sonny Rollinsもいい。vocalの中ではElla Fitzgeraldが一番いいかな? 一番印象深かったのはGunhild Carlingというスウェーデン女のやってるdixileland風のヤツ。Carlingのトランペット&ボーカル、クラリネット(男)、トロンボーン(女)、ピアノ(女)、ベース(男)、ギター(男)、ドラムス(男)という構成のセプテット。映像見ないで聴くだけなら結構いい出来。ところが映像見るとゾッとする。だって、誰も笑わないでつまんなそうに演奏するんだもん。coolというよりsquare。あるいは不機嫌。またはロボット。特にひどいのがドラムス。ふんぞり返ってつまんなそうな顔。これじゃあスウェーデン人と付き合いたいという人は少ないだろうなあ。dixielandという「何も考えないでご陽気にパーっとやりましょう」的な音楽とは真逆。彼らだってそんなこたあ分かっているはずだが・・・なんとなく、グレタ・ツーンベリみたいな女を生み育てる国だ、ってことが分かる。 俺も一回スウェーデン人(のやってる会社)を訪ねてストックホルムに行ったことがある。わざわざ日本人に会おうっていうヤツだからスウェーデン人の中でも変わり者だったかもしれないが、会って話していた時にはそんなに違和感はなかった。でも今考えてみると、初対面だからわからなかったけれど理性・理屈が勝ちすぎだったかもしれない。EUなんてのは、「人種や国が違うのに一つの国みたいに」という理想・・・業の否定だ。北欧の、理屈の勝った連中がリードしてるんだと思う。イギリス人がEUを出たくなるのも分かるね。 閑話休題: ついでにslow boat to Chinaについて調べると、もともとは、ポーカーに弱くて金を取られてばかりの人と「中国行きのゆっくりした船に乗って何日間もポーカーやったら…」ということ...

日大三高応援記(東京予選決勝・対東海大菅生戦)

高校野球西東京決勝戦をNHKで見る。  三高、エース近藤が先発。ただし、心も体も疲れているのか、ピリっとしない。ボールが高めに行って、打たれる。菅生もエースピッチャー先発。こっちの方が出来は良い。ところが、この試合まで無失点で打たれ慣れていないのか、ランナーが出ると途端にコントロールを乱して失点。一方、近藤は、守備がいいはずなのにゴロの打球を取り損なって足に当て、バント処理もミスする。らしくない。これらのミスが失点につながる。ただし、足にボールが当たった後は目覚めたのか、ピリッとして低めのコントロールがよくなる。 試合は撃ち合いになって5回裏で三高が6対4でリード。 この2点の差は、外野守備の差。菅生のセンター、レフトがそれぞれ頭の上を越されるタイムリーエラー。それとも三高の打球が予想外に飛ぶから? 気になるのは内野ゴロがイレギュラーバウンドしてヒットとなってそれが点に絡んだこと。ただし、両チーム1回ずつだから平等と言えば平等。 ピッチャー交代がカギになると思って見ていると、6回表の菅生の攻撃でピッチャーに打席が回ると代打。これが吉と出るか凶と出るか?三高の近藤は6回7回も抑える。代わった菅生のピッチャーも6回7回を抑える。 三高近藤は8回もマウンドへ。菅生の先頭バッターにヒットされ、嫌な感じになったが後続を抑える。 8回の裏、三高の攻撃・・・菅生のバンド処理ミスで2点加点。9回表も三高は近藤が投げる。かなりコントロールは怪しくなったが、攻撃する菅生側も集中が切れたか拙攻。近藤完投勝ち。結局、ピッチャーを交代しなかった(できなかった?)三高が勝った。片や菅生は準決勝も8回からピッチャー交代して勝った。ある意味、ピッチャー交代が菅生の勝ちパターンだったし、リリーフピッチャーも2点取られたが、決して悪くなかった。 三高の外野に注文。準決勝ではセンターが、決勝ではレフトが足をつらせた。他チームにはないことだ。みっともない。 NHKに注文。帝京高校野球部前田元監督の解説はもうやめて欲しい。何を言いたいのか要領が悪く理解できない。「要注意して欲しい」は日本語として間違っている。 この試合、MXでも放送していたんだが、小倉さんが解説じゃないし、一昨日の準決勝の三高のサヨナラホームランの時、カメラがボールを追うのに失敗し、ボールが外野スタンドに入るところを映し損なうという...

石丸伸二は麻原彰晃か?

 当選するはずのない立候補を繰り返す。身の回りを「ハイクラス」信者で固める。石丸伸二と麻原彰晃の不気味な共通点だ。 ハイクラス信者の一人、参院選に出た吉田あやはどうも政治は企業経営みたいにやれ、と言いたいらしい。企業の社長は選挙では選ばれない。前任者の指名か指名委員会の指名(いずれにしても投票による”民主的な”選挙ではない)で選ばれる。民主政治は衆愚に投票してもらう必要がある。彼女の言う通り政治を企業のようにやるんなら、衆愚による選挙でなく、独裁制・指名制にすべきだ。彼女はそれでも、衆愚による選挙に出て負けた。完全な矛盾だ。 教育、持続可能・・・石丸教の教えだ。だが、どんな中身の教育か?明らかにしようとしない。もちろん、何を持続しようとしているのかも・・・分かっているのは、メディアと市会議員には現状維持をお望みではないようだ・・・ということくらいだ。 記者会見を見てると、メディアを教育というか、調教していて、これもある程度進んでいる。記者の皆さん及び腰だ。違法でも何でもない不倫をした山尾/菅野 志桜里は弁明記者会見をさせられた。一方では最高裁で有罪が確定した前科者の石丸が政治団体のトップになるについては弁明を求めない。メディアは更に、違法ではないコンプライアンス違反を理由に、国分太一他を吊るし上げる。コンプライアンスとは第一義的には法令遵守のはずだ。法令なんて遵守しなくていい、不道徳の方が問題だ・・・これは法より「恥」を重んじる石丸教にピッタリ寄り添っている。 石丸教のハイクラス信者が今、何万人いるか知らない。彼らを吉田あやのように「独裁制」に洗脳し、一方で無駄な選挙活動を行わせて民主主義に絶望させる・・・やがて信者・親衛隊は蜂起する。昔TBSがオウム真理教を援護したみたいに、メディアも石丸教を援護する・・・オウム真理教は荒唐無稽だったが、石丸教は遥かに洗練されている。 そして、何より、アメリカに続いて、日本の民主主義も将来、独裁制に大きく傾く・・・つまり、「日本をご破算にしたい」という欲求がたまりにたまっている。 俺もまた、石丸にこだわらないが、日本のご破算を期待する。

(社説)最低賃金の改定 持続可能な引き上げを 揶揄

朝日・社説を抜粋引用;    今年は石破政権が「2020年代に全国平均1500円」という目標を掲げて初の改定となる。岸田政権の「30年代半ばに1500円」を大幅に前倒しした。達成には今後5年間、年7・3%のペースで上げ続ける必要がある。足元の 物価上昇率 や今春闘の中小企業の賃上げ率を大きく上回る引き上げだ。  首相は前のめりだ。   朝日新聞は社説で、働き手を守る大事な安全網として、 最低賃金の持続的な底上げ を求めてきた。国際的に低い水準にある最低賃金を引き上げていく方向性に異論はないが、新たな目標のペースには疑問がぬぐえない。 >> 物価上昇率 を上回る 賃金上昇がないと、国民は貧困化する。かねてから野党の皆さんはそう言って石破さんをこき下ろしていたように思うが・・・朝日新聞だけは物価上昇を下回る賃金上昇でOKとするのか???そんなこと、政治家の皆さんは怖くて言えない。朝日は選挙がないから言えるのか?だとしたら選挙は正しいことを言えなくする仕組みということになる。 最低賃金の持続的な底上げ ・・・流行の”持続可能性”かい?昔から「賃金か雇用か?」という課題があるのを重々ご存じだろう。 一方で最近は社員(気の利いた社員ほど)は会社に雇用していただいているとは思わず、雇用させてあげてる、と考え転職する。昔から 企業はいつつぶれるか知れないから、つぶれないよう、持続を一生懸命考えてきた。企業持続の方策の一つが賃金カットだ。賃金を少々上げたくらいで企業は傾かない。少々下げたって社員は貧困化しない。(もちろん、下がれば不運を嘆き、不平は言う) 環境変化に対応できるかどうかが企業持続のカギだ。つまり、最低賃金の持続的底上げの実現とは企業の適切な環境変化対応力の実現だ。 朝日社説氏よ、 企業が適切な環境変化対応力を身に着けるのはどうしたらいいか、教えてくれ。オッと、その前に、朝日は環境変化についていけてるかい?持続可能かい?企業業績から見ても、物価上昇に比べても、適切な賃金上昇かい?俺みたいに敢えてオールドメディアに腹を立てて生きるエネルギーにしようなんて変則的で奇妙な読者ばっかりになってないかい? 閑話休題: 「賃金か雇用か?」問題を先送りする道がある。企業の国営化だ。もっといいのは共産化だ。だって、共産主義って賃金を払う側でなくて賃金をもらう労働者の側の”主義”...

誰が真剣に米作りのことを考えるんだろう?

朝日新聞「 スーパーのコメ価格に下げ止まり感、前週比4円安 銘柄米は値上がり」より: 参院選前に、米も買えずに困ったりため息をついたりしてる人達のことを熱心に取り上げていた朝日新聞はそんな困った皆さんの事を何故もう取り上げないんだろう。米の値段なんて上がるに決まってる。メディアが「もうなくなるぞ、食えなくなるぞ。米がなくって困ってる人がいるぞ」って脅すので皆さん、 買いだめするんだから。その後、皆さん、米なんて そんなに好きでもないし、大して食わないって「はた」と思い出して買わなくなる・・・値下がりする。 何週間か前に困って悩んでため息ついた人たちが今どうしてるのか?俺は知りたい。いや、本当に知りたいのは、米作り・農業をどうするのか?だ。そんなことをどこで、誰が考えてるのか、はたまた、日本にはそんなご仁はいないのか?誰か教えてくれ。 以下引用:   14~20日に全国のスーパー約1千店で売られたコメ5キロの平均価格は税込み3585円で、前の週より4円(0.1%)安かった。9週連続で値下がりしたが、下げ幅はこれまでより小さく、下げ止まり感も出ている。  農林水産省が調査会社のデータをもとに算出し、28日に公表した。下げ幅は6月23~29日まで3週連続で3ケタ(100円以上)だったが、その後は70円、13円と縮小。今回は1ケタ(10円未満)にとどまった。  産地や品種が単一の「銘柄米」に限った平均価格は4264円で、前の週より3円(0.1%)高く、4週ぶりに上昇に転じた。全体の平均価格は、1月6~12日(3583円)と同水準。前年の同じ時期(2391円)と比べると、約1.5倍になっている。 閑話休題: もし、日本と言う国を持続させたいなら、エネルギー、情報、国防、食料のセキュリティと所得の再分配の仕組みは最低限必要だ。これらをどうしようか、真剣に考えている人はいるのか?俺は、これらの課題をどうするのか、正解を知りたいとは思わない。ただ、真剣に考えてる人がいて、彼らはこんなアイデアを持っている、とか、こうやって考えてる、ということが分かるだけでよい。それを知ることができれば死んでもいい。もしくは、それを考える人をこうやって育てている、とか、こうやって育てようというアイデアがある、でもいい。

上白石萌音 『Tea for Two(二人でお茶を)』ジャズのスタンダードの名曲 を聴く

 YouTubeってのは有難いもので、こんないいperformanceがあったことを教えてくれる。ライブで上白石萌音が歌うTea for twoだ。 特にいいのはVerse。 この動画が素晴らしいので上白石の他のも見る(聴く)が、ダントツでTea for twoがいい。英語の発音もそれっぽくて結構。伴奏もピアノ、ベース、ギター、ドラムス程度の少人数なのもよい。

東京新聞の説く民主主義を論難する

東京新聞に<社説>週のはじめに考える 排除が壊す社会の「連帯」   として以下: >>部は俺の難癖    屈強な男たちが、不法移民とされる人たちを力ずくで連行していく。厳しい移民政策を掲げるトランプ大統領の米国で、当局による手荒な摘発が行われています。   民主主義国 で起きていることかと目を疑いますが、人ごとではないと感じさせる参院選でした。  「日本人ファースト」を掲げた参政党をはじめ、与党を含む各政党が外国人に対する規制強化を公約に掲げ、支持を集めました。  よく分からない他者に対する不安感と、自分の生活が一向によくならない不満をないまぜにして、自身の不安や不満を、自身と異なる者を排除するという主張に転換してぶつける。  不確実な社会で生きづらさを感じているとはいえ、他者を排除する意識は対立と分断を生み、社会を崩壊に向かわせます。 >>民主主義とは自由・平等・選挙だ。外国人が不当に自分たちの金を奪っているなら、その金を取り戻せ、というのは単純に平等を求めることだ。大企業や金持ちが奪った金は当然返してもらうべきだ。そして外国人や大金持ちや大企業からから金を取り戻せ、 という主張を聞き入れてくれる人に投票する自由がある、それが民主主義だ。 ◆背景にある貧困と格差  不安や不満を感じる理由としてまず考えられるのは、貧困化や格差の拡大です。 生活意識を尋ねた政府の国民生活基礎調査で「大変苦しい」「やや苦しい」と答えた人は1990年に3割台でしたが、バブル経済が崩壊した91年ごろ以降、比率は上昇。98年に半数を超え、東日本大震災が起きた11年には6割を上回りました。今も6割近くが苦しさを感じています=グラフ。 >>これはたちの悪いフェイクだ。「苦しいか?」と聞いたら6割が「苦しい」と答えた、というのはファクトだろう。だが、「苦しい」とは何か?苦しいと答えた人が増えたのは単に人々の忍耐力が落ち、甘えん坊が増えたからかもしれない。1990年にスマホなぞ使う者は少なかったろう。今、「苦しい」と感じる人はスマホに何万円使っているのか?1900年に自炊していたものを高い金出してコンビニで買っていないか?家賃が高けいと不満を言いながら都心に住んでないか。  格差の拡大には、社会の階級化が影響しています。  早稲田大の橋本健二教授は著書「新しい階級社会」で、経営者な...

日大三高応援記(東京予選準決勝・対八王子戦)

 ピッチャー交代の妙というか難しさ、微妙さを感じた試合だった。 8回裏、2:2の同点で三高の攻撃。2アウト満塁、バッターカウント2ボール2ストライクのの場面で八王子のピッチャー交代。交代したピッチャーの初球は明らかなボール。3ボール2ストライクとなって投じた2球目は外角低めギリギリストライクの判定。交代して抑えたピッチャーは大喜び。そのピッチャーが、9回裏、サヨナラホームランを打たれる。 禍福はあざなえる縄のごとし・・・この場合、交代させられたピッチャーはどう思ったんだろう?8回裏、自分が投げ続けていたらそこで自分が打たれて失点していたかも知れない。「ああよかった、打たれのが俺じゃなくて」か?そんなゲスなことは考えないか? 三高は、初回1点取ったのち、八王子の変化球ピッチャーに7回まで抑えられ、グダグダしていた。三高らしからぬミスも出た。剛速球投手でもないからいつでも打てるみたいな感覚が続いて結構いい当たりの外野フライかなんかで打ち取られるうちに逆転される・・・三高の負けパターンだった。これが、2点取られて逆転され、ようやく目が覚めた感じ。 まあ、9回裏のサヨナラホームランは出来過ぎ。結果的に9回表まで投げ通したエースピッチャー・近藤君の完投勝ち。 過去、三高の試合におけるピッチャーの起用・交代で一番印象深かったのは、東京予選の決勝でハンカチ王子の早実に負けた試合。三高はエースを先発させなかった。そこへ行くと、早実はハンカチ王子しかいないから他に選択肢なし。結局ハンカチ王子の完投勝ち。我が三高はエース温存して負け。 実は甲子園の決勝でも早実の対戦相手の駒大苫小牧が三高と同じパターンで負けた。エースのマー君を温存して負けたのだ。 明後日の決勝、東海大菅生戦は今日完投した近藤に先発させてくれー。

岡本勝「禁酒法 酒のない社会 の実践」を読む

 禁酒法とは、メイフラワー号以来、アメリカに伝統的にあったピューリタンの極端な禁欲主義が第一次世界大戦後の行き過ぎた理性主義・進歩主義と結びついて行われた実験で、その結果、酒を飲みたいという人間の本能・業は法律に勝つということが実証されたもの、と思っていた。それがそうでもないよ、禁酒法が成立・廃止するには、それぞれ経済的、政治的な背景があるんだよ、と教えてくれる本だ。 禁酒法は、酒類を飲用目的で製造・販売・運搬・輸出・輸入することだけを禁じた。逆に言えば酒を買うこと、貯蔵すること、飲むことは無実だった。法律発効前に何年分もの酒を買って貯蔵した者もいた。 元々 ①ピューリタンが禁酒でなく、飲みすぎを失くそうと節酒を呼びかける運動はあった ②19世紀、産業革命が起き、資本家は酔っ払っていない「素面」の労働者を好んだ。 ③1840年代以前は移民の中心はプロテスタントのアングロサクソン(WASP)だったが、1840年代後半以降、カトリック系のドイツやアイルランドの移民が増えた。彼らは寄り集まり、徒党を組んで大酒を飲んだ。このような新しい、異質な移民をアングロサクソン系移民は排斥・取り締まろうとしたが、南北戦争で中断した。20世紀に入ると東・南ヨーロッパ系移民が増え、再びWASPの排外主義(NATIVISM)が起こったが、飲酒そのものより、売春や政治的腐敗の温床になる酒場をつぶそう、という運動に変わって行き、そのターゲットは過当競争に陥った酒場を系列化したビール会社になっていった。禁酒派にも様々な禁酒の考え方があって、妥協の結果、酒を飲む者は罰せられず、酔いの原因を作った者が罰せられるという煙草同様の法律になった。 成立には 1917年の第一次世界大戦への参戦が引き金になっている。国民には戦時の禁欲や自己犠牲を受け入れる素地ができた。そして禁酒法のターゲットとなったビール会社の多くは敵国であるドイツからの移民が経営していた・・・参戦の8か月後の1917年12月に禁酒法(憲法18条)が議会を通った。 成立後も評判の悪い法律だった。最大の原因は取り締まる側の警察の腐敗だった。賄賂は横行し、また警察官が密売人になることもあった。 そして、売る側だけ罰するという無理。アルカポネも売る俺が有罪なら買うヤツだって有罪だろう、と言っていた。 1929年世界恐慌の年、エリオットネスが...

岡田憲治(を例に取り上げて)リベラルを揶揄する

岡田憲治は、JBpress への投稿で そんな私は「リベラル派」だと思われています。でも私はリベラル的価値のいくつかにシンパシーをもっているけれども、決定的に異なる価値観もいくつかもっています。自分では「社会的保守主義者」だと思っているのですが伝わりません・・・ と言っている。つまり、リベラルじゃあないらしいが、リベラル応援派ではあると思う。岡田憲治には、朝日新聞、社民、共産、立憲・・・いわゆるリベラルな既存メディア・政党(=オールドリベラル)に共通して見られる問題がある。以下に岡田による朝日への投稿を引用するが、 「主権国家としてはあり得ない 駐留米軍への「思いやり予算」や、米軍が管制権を握る横田空域、日米地位協定による米兵の犯罪への不公正な取り扱いに怒りの声をあげるべきでしょう。」のくだりは問題だ。”主権国家としてあり得ない”が駐留米軍だけにかかるのならいい。ところが、この文章、どう読んでも ”主権国家としてあり得ない”のは思いやり予算や、横田空域の管制権、日米地位協定などである。数十年前の共産、社会党は米軍が日本にいること自体を憲法違反、主権国家としてあり得ないもの、と主張していた。それがいつの間にか米軍がいることは(自衛隊があること)は認めましょう、になっている。この点、むしろ、保守派の方が過激で、「自衛隊は違憲な存在だから憲法を変えて合憲にすべきだ」と言う。 駐留米軍出ていけ論・自衛隊違憲論なんて得票上マイナスだから捨てたんだと思うが、違憲な存在を何十年間も認めるのは危うくないか??そのうえ、リベラル・保守を問わず「日本は法の支配する国」と白々しいフェイクを白昼堂々と言い募る。こんなウソに日本国民は何となく感づいているのではないか?? 岡田は でも「推し」には、ほぼ葛藤も責任もない。批判や批評が介在する余地もない。推すのは、単にそれが気持ち良いからで、何らかの原因で熱が冷めれば推しをやめればよいだけ。つまり徹頭徹尾「消費者」マインドです。 と参政党(支持者)を揶揄するが、別に参政党に限らず、これが選挙=民主主義の行きつく先、衆愚政治だろう。 政治に責任や葛藤を求めるのは無理(時代遅れ)。有権者は消費者になり、政治家には責任も葛藤もない・・・ 票にらないから主張を捨てる・変えるのは正しくポピュリズムだ。参政党と同じく一貫性がない。1960年代の学生運動華やか...

寿司職人は怖いと思っていた

 池袋の寿司屋で寿司職人が同僚を刺し殺すという事件が起こった。かねてより、寿司職人は怖いと思っていた。客だって安心していられない。寿司職人のご機嫌を損ねたら、包丁でやられる・・・寿司職人は包丁を使い慣れており、刺そうと思えば結構近いところにいる。

天声人語を揶揄し、同情する

7月26日付け 朝日:全文引く。   10人ほどの子どもが縦書きの掲示板を見つめる白黒写真がある。時は1928年、25歳以上の男性に選挙権が与えられた初の「普通選挙」の告知だ。子どもたちは珍しくて集まったのだろうか。写真の横には「一等むづかしい宿題」と、やや皮肉めいた説明が添えられている▼この写真は、柳田国男が『明治大正史 世相篇(へん)』に掲載した。衣食住から労働、恋愛など様々な分野で、庶民の暮らしがどう変化したかを描き出した名著である。最後はこう結ばれている。〈すなわちわれわれは公民として病みかつ貧しいのであった〉▼なんとも不思議な響きだ。柳田の自伝に詳細な注釈を付けた東京学芸大名誉教授の石井正己さんは、「柳田は嘆いている」という。 社会とは、貧富に関係なく正しい判断ができる選挙民を育てるべきものだ。 だが、この社会にはそれができていないと▼柳田は帝大卒業後、農商務省などで働いてから朝日新聞社に入り、30年まで論説委員を務めた。同著が出た31年は「ジャーナリズムの限界を自覚し、民俗学に専念し始めたころ」と石井さんはみる▼確かに柳田は「現実の社会事相」は新聞の報道より複雑だと書いている。そこに限界を感じたのか、権力者ではなく庶民の歴史をたどると決めた。各地を旅し、人々の声をすくい上げ、伝承を拾い集めた▼今月31日は柳田の生誕150年だ。自戒を込めて考える。いま、小さな声にも耳を澄ませているだろうか。「難しい宿題」から逃げずに向き合っているか。 >> さて、 社会とは、貧富に関係なく正しい判断ができる選挙民を育てるべきものだ。 という考えを天声人語氏もお持ちなのか?柳田さんは、それをあきらめたんではないのか?俺は、「日本人にはそんなことできやしない」とあきらめてもいいと思う。福沢諭吉も嘆いたように、日本人は支配者を「お上」と呼び、お上の言うことには逆らわず、お上に忖度するものだ。無理して変えるものでもないだろう。占領軍が強権をもって変えようとしたが、それでも占領軍が駐留してるあいだは「お上」とし、いなくなれば元の黙阿弥。 俺は「正しい判断」て「自分の頭で考える」ことから始まる、と思う。お上や周りに気を遣う日本人には、自分の頭で考えるなんてできない。 天声人語氏はいつに似ず、切れが悪い。どうも、日本の選挙民には正しい判断なんてできやしない、と絶望しつつあるんで...

石破首相、頑張れ!

NST新潟総合TVで以下:  7月20日に投開票された参院選の結果を受け、自民党新潟県連は7月25日、三役会議を開き、石破首相の退陣を要求することを決めました。 参院選・新潟選挙区では立憲民主党の現職・打越さく良さんが再選を果たし、自民党の新人・中村真衣さんは約1万票の僅差で敗れ、議席奪還とはなりませんでした。 去年の衆院選に続き大敗を喫し、衆参両院で与党として過半数割れする事態となっている自民党。 参院選後、県内の党員からも石破首相の退陣を求める声が上がっていた中、25日、自民党県連は三役会議を開きました。 そこで決まったのが、石破首相の退陣を求める申し入れです。 >> 天皇陛下の玉音放送を聞いた日本国民の中には「自分たちの努力が足りなかったために天皇陛下に恥をかかせた」と考えた人たちが少なからずいた、と言われる。自民党・新潟県連の皆さんは、「自分たちの努力が足りないから負けた」とは考えないのか?そんなことを考えるようでは勝ち馬に乗ることが命の”政治家”としてやっていけないのか? これって、自民党というより、オールド・政治に対する絶望感を深めるだけではないか? どうして「新潟県連が悪うございました」、とまず、自分の非を認めないか??? 折しも、#石破辞めるな という運動も起きているらしい。「自分以外の犯人・敵を見つけて攻撃する」のはやめろ、ということらしい。俺は「石破辞めろ」は、「成果主義」だ、と考える。 短期間のうちに成果を出せば褒め、給料や名誉を上げ、出なければすぐ首にして交代・・・軽薄だ。移民の国ならそれしかないかもしれぬが、ここ日本は、2000年来天皇陛下様がお治めになる由緒正しい国柄だ。一つのことを始めたら、一生をかけてその道を究めるのだ。 下々の者は「我々の努力不足で・・・」と自らを責め、それを受けて天皇が自ら身を引く(死んでもいい)・・・それがあの敗戦以来、占領軍の洗脳よろしく、日本人は見事に奥ゆかしさを失い、軽薄になりました。 これを変えるには石丸さんのおっしゃる通り、民を教育の力で「恥を知る」日本人とすし、性根を入れ替えるのです。一方で、石丸さんは何年も同じ仕事をやり続け「道」を究める日本人の伝統は嫌いみたいだから、「教育」の仕事もそう長くはやらないんだろうなあ。俺みたいなじじいにとっては、教育なんて一生かけても究めることができないもんだ...

日本男児、しっかりしてくれ!

 TVニュースによると、51歳の店長が、店のアルバイト女性の鍵の写真を撮り、それで合鍵を作って女性の部屋に入ったという。聞いてる俺は、店長はてっきり部屋に押し入って女性に対して「不同意性交」をしたものとばかり思ったが、店長は女性のいない時に部屋に行って、部屋にあった彼女の写真を盗んだり、下着の写真を撮ったりしたと。 オイオイ、日本男児ならちゃんと強姦してくれよ! 女は寿司屋で堂々と爪楊枝を使い、ちらしずしを掻っ込む。男は忍び込んだ女の部屋で写真撮って帰ってくる。男女の性差がなくなった。男女間は不健全になった。 男の教師の女児写真共有もその不健全さが気になる。ちゃんと成人女性と性交してくれよ! 一定の割合で性犯罪を犯す男がいるだろう。性犯罪を犯すならちゃんと男らしく犯してほしい。こんな不健全な性犯罪は「許せない」。石丸君に性犯罪の仕方も教育してもらわなければ日本の将来は真っ暗だ。 閑話休題: 「許せない」とは朝日・社説氏が石破総理が辞めないことに対して言ったことだ。辞めようが辞めまいが、石破さんの勝手だろう。バッカだ。

タガが外れた日本株価

 日経平均が7月23日、1,000円以上上昇し、41,000円を超えた。今日は反落するだろうと思っていたら、ますます上がって7月24日午前中、一瞬だが42,000円を越えた。 俺は買う株の検討ができなくて暇だ。 トランプ関税問題は、どんな形にせよ決着すれば株は上がったように思う。それほど、日本の株価はトランプ関税で上がるに上がれず、エネルギーがたまりにたまっていた。それが思いのほかいい形で決着したから一気に爆発した感じ。加えて、参院選が与党が「折り込み済み」の範囲内で負けたというのも株価のタガを外した。 時間がたつにつれて株価がどんどん上がっていくのは人間の本能に直接効く。数字のマジックだ。42,000円に近付けば、「早く42,000円を越えろ」と興奮する。 アメリカ株中心のオルカン2銘柄を売るか売らぬか、売るならいつ売るか、くらいしか考えることがない。アメリカ株価、いつがピークなのか?いつ下げ始めるのか?難しいなあ。 トランプ関税は、ヨーロッパその他世界中の株価も抑えつけていたみたいで、交渉中のEUも日本と同じくらいの関税で決着するんではないか、という希望的観測からヨーロッパ株も上がっている。 世界中バブルだ。世界中で債券や金を売って株を買っている。一方で、日本の株価に関して言えば、関税問題が不透明なので保守的な業績見通しをした会社が、4-6月の決算発表の時、業績見通しをよくすることが予想される。そうなれば株価は上がる。 日本株は秋以降、下がれば買増ししましょう。

等しい者、等しくない者???

プラトン「国家」に以下の記述:  民主制は、快く、無政府的で、多彩な国制であり、 等しい者にも等しくない者にも同じように一種の平等を与える 国制だ、ということになる。 >>さて、等しい者、等しくない者って何だ?「国家に貢献する者も、貢献しない者も等しく処遇する」、それが民主主義だ、ということだろう。しかし、結果平等は自由競争を否定し不自由だ。かと言って自由に傾いて機会平等だけだと、著しく結果不平等(大きな格差)となる、それを再び平等にしろ、ということを民が言い出す・・・「一種の平等」と言ったのは、結局民主制では真の平等は実現できぬ、と言いたかったのだろう。 平等と自由ってどこでどうやってバランスを取るか?そのバランスを取るのが政治の役目だ。 ソクラテス、プラトンは「貢献大の者は貢献小の者より厚く、高く処遇されるべきだ」それが真の平等だ、考えていたと思う。だから、民主制なんてきれいごとは、早晩独裁制になる、と考えていたんじゃないか? 閑話休題: 旧約聖書(つまりユダヤ教)では王様に選ばれた者が「神さま,この無に等しい器を用いてくださりありがとうございます。」と言う・・・王様になるには、自らを無にして神様を受け入れる容器となる・・・まるで禅のようだ・・・今は、神様がいなくなってしまい、選挙で「俺は無ではない、こんなに優れてる・能力がある」と衆愚に向かってプレゼンして選ばれるのだ。以下、旧約聖書より: 福島聖書協会「礼拝メッセージ」より: 無に等しい者(サムエル記第一16章1節~23節) 1 「無に等しい者」を選んでくださった神さま 新しい王を選ぶために,神さまは,サムエルをベツレヘム人エッサイのところに遣わしました。神さまが,エッサイの息子の中に王を見い出したというのです。サムエルは,エッサイの息子に会ったとき,エリアブを主に油注がれるものだと思いました。背は高く,容姿もよく,王としての資質を備えていると思ったのです。しかし,神さまは,「容貌や背の高さをみてはならない」といいます。そして,神さまは,エッサイが,自分の子供として紹介するのを忘れるような,数にも数えられないようなのダビデを選びました。ダビデ自身も後に自分のことを「死んだ犬」「一匹の蚤」と表現しています。無どころかマイナスの存在だと思っていました。しかし,神さまは,そのようなダビデを選ぶの...

NISA投資信託アメリカ関連売った

ユルマズさん、ロジャーズさんの御宣託により、米国株関連投信を売った。結果: SBI・V・全米株式インデックス・ファンド             310,000円→ 342,283円 eMAXIS Slim 全世界株式(除く日本)              140,000円→153,113円 iシェアーズ 米国株式(S&P500)インデックス・ファンド       140,000円→ 151.509円 アライアンス・バーンスタイン・米国成長株投信Bコース(為替ヘッジなし) 20,000円→22,122円                            合計        610,000円→669,027円                                      (利回り9.68%) さて、昨年開始後1年数か月間、毎月1万、2万を積立てしてきたわけだが、利回りをどう計算・評価すればいいんだろう?まあ、10%近いんだからよし、としよう。今年の4月は大幅マイナスで真っ青になったことを思えばOKだ。 問題は、早く売り過ぎたかどうかだ。まだ上がるかな??? 上記4銘柄を解約した代わりにアメリカ、中国を避けて「新興国」の株の投信3銘柄について1万円・月 積み立てることに。                                             

石丸伸二はソクラテスか?

  東京大学哲学研究室の納富信留先生の講義より: 死刑という刑罰を前にして、ソクラテスは自分が死をどう捉えるかという演説を始めます。 例に出したのはギリシア神話の英雄アキレウスです。親友の復讐のために死を覚悟して戦場に赴いたアキレウスと、神から与えられた「哲学をやる」という使命を全うする自分とを重ねます。 ソクラテスは、神に従うということは自分にとって哲学をし続けるということであり、その行為が人々の反感を買おうとも決してやめることはできない、と言います。 つまり、善く生きることができるのならば、死は恐れるに値しないということです。 ソクラテスは、 「あなたたちは恥ずかしくないのですか?」「あなたたちの考えていることは醜い」とたたみかけます。 彼は「人生には2種類の配慮がある」と話し始めます。一つ目は評判や名誉、金銭の量を増やしたい、という配慮。二つ目は思慮や知恵の質をより善くしたい、という配慮です。 ご想像の通り、ソクラテスが言う本当の配慮は、質をより善くしたいという後者のものです。それに対して、アテナイの人々が普段気にしているのは名誉や金銭、評判などの「量」のことばかりであると批判したのです。 >>石丸伸二はソクラテスを気取ってるだけか?「日本を変える」(ソクラテスによれば民主主義を独裁制に変える)ことに命を懸けているのか? ソクラテスは死刑判決を受けて毒杯をあおって死んだと言われる。石丸君は「悪法もまた法なり」ではなさそうだ。仮に最高裁で死刑判決が確定したらどうするんだろう? さて、自由とは何か?「自分の主人は自分」で法律も死刑判決も無視していいのか?それとも「悪法もまた法なり」なのか??? 言い方を変えれば石丸君、衆愚が教育によって目ざめなければあきらめるのか?それとも一生「教育」し続けるのか?そもそも衆愚を教育してどう考えるようにしたいのかも分からないが。 ソクラテスは「悪法もまた法なり」なんてことを言う変わり者は自分だけだ、という自覚はあった、と思う。だから衆愚は「自分の主人は自分」のつもりで独裁者の支配を受け入れる、と考えた。 閑話休題: 死刑に関して言えば、ソクラテスの時代のアテネの民主主義って素晴らしいね。受刑者を殺すのではなく、受刑者の自由を尊重して自殺させる。逆に言えば、当時のアテネには、死刑判決を受けて嫌がって暴れたり逃げたりするヤツが...

ロスジェネ50代…雨宮処凛さんの訴えを「完全スルー」してきた政治

 2025年7月20日 5時00分、つまり参院選投票日の朝、雨宮処凛の朝日新聞への投稿。 65歳を迎える頃。「社会保障費の負担になるお荷物」として、最悪、「安楽死」 ・・・ は俺の考えと同じだ、と感心して Wikiってみると、何のこたあない、れいわの山本太郎と仲がいいらしい。一気に「気持ち悪い女」だなあ、と思う。「反貧困ネットワーク」をやってるらしいが、貧困だ、貧困だ、と煽って何をするつもりか?貧困解消のためには自分たちから不当に富を奪っている奴らから富を奪い返せ・・・共産主義はこの「革命」を起こして民主制を独裁制に変えることをめざす。弁証法的には自由平等は、自分のことを「貧困」であり、かつ「自分の主人は自分」と思う民衆による革命の正義・力となる。結果、手間暇のかかる民主主義は手っ取り早い独裁に”止揚”される・・・ただし、日本人にとって、「自分の主人は自分」かなあ?そこが革命が起きるかどうかの分かれ目か? 以下、投稿の引用:  【視点】 参院選前、「ロスジェネ対策」は大きな争点だった気がするのですが、突然浮上した「外国人問題」(しかも事実でないものを多く含み、まったく別々に存在するものをごちゃまぜにしたずさんすぎる問題提起)に打ち消され、再び5キロくらい後退した印象です。 この30年、ロスジェネはこうして「二の次、三の次」にされて忘れられ、そして「利用価値がある」と思われればまた引っ張り出されるということを繰り返されてきたので「またか・・・」という思いです。が、ロスジェネが政治に注目されるのは、今が「最後のチャンス」という気もします。 次に注目されるのは 65歳を迎える頃。「社会保障費の負担になるお荷物」として、最悪、「安楽死」 などの議論に利用されるのではないか、というのは「考えすぎ」でしょうか? さて、本日が投開票日です。期待できない、もう諦めているという気持ちはわかりますが、それでも1700万人とも2000万人とも言われるこの世代。「数は力」でもあります。見せつけてやりましょう。 >>別にロスジェネの皆さんに限らず、団塊の世代だろうが、俺たちの世代だろうが、日本の悲しくも素晴らしい「姥捨て山」システムの復活はアリだと思う。然るべき審査、手続きを経て、「お国のために死んでくれ」と言い渡され、殺されるのは一向にかまわない。自分のことを「お国のた...

相変わらずの朝日・天声人語

天声人語以下一部引用:   自民・公明の敗北という参院選の結果を受けて、最大級の見出しが小欄のはるか上で躍っている。きのう、テレビに映った石破首相の表情は、いつにも増してこわばっていた。この変動は、歴史に刻まれるかもしれない▼と同時に、見出しが伝える「政局の風雲」とは異なるもう一つの変動が生まれた、いや生まれてしまったと感じる。排外主義の台頭である。これほどまでに公然と外国人に対する不安をあおり、差別が口にされた選挙を見たことがない▼民主主義とは、言論による政治である。土台である選挙を成り立たせるには、事実にもとづいて政策を戦わせるという態度が欠かせない。各メディアがファクトチェックなどを通じて、候補者や党首の発言の誤りを繰り返し指摘し、にもかかわらず、その政党が票を大きく伸ばす。いったい、今後どうなっていくのか▼もし国会でも変わらぬ姿勢をとるならば、その存在を支えにして、偏見を助長する言論がこの社会で市民権を得てしまうのではと危惧する。民主主義の崩壊への流れは言葉から始まることが多い――。 S・レビツキー教授らによる『民主主義の死に方』 の一節である▼考え過ぎだろうか。「心配はまったく外れたね」と大笑いされることを心から願っている。 >> 「民主主義の死に方」より2000年以上前に、プラトンがソクラテスの口を借りて「民主制は独裁制に移行する」と言っている。 平等を求める民衆は「自分たちの取るべき金が他人に奪われているからそれを返せ」と遠慮なく(自由に)言い募る。独裁者は、最初は甘い顔して それに応じるふりをして、最後には独裁者になると。 昨今の日米の選挙を見事に言い当てていないか。 参政党は深慮遠謀がなさそうだから騒ぎは起こすが独裁に走る心配はないだろう。戦後民主主義の最後の断末魔(の一部)に過ぎない。勝つためでなく民意を計るために冷静に選挙活動し、信者を増やしている石丸とAI安野が組むと、石丸とそのご一統様が 安野開発のAIをかついで 独裁を始める・・・

吉田あやインタビュー(再生の道について)

YouTubeで選挙活動開始直後の吉田あや のインタビューを。彼女の発言で ① こども家庭庁で10億かけてAIを開発しようとして失敗した事例を挙げて、可視化、PDCAといったビジネスで当たり前の管理手法を使え ②政治家という職業も何期何年といった有期で・・・政治が変わるための要件 といったあたりに違和感が。 たった10億の無駄遣いで鬼の首を取ったみたいに騒ぐのがいじらしい。この国は毎年何兆円も無駄遣いしてる。それを生んでるのはビジネスとは無縁の政治家や官僚だ。こいつらを一掃するにはどうすればいいのか?教育で何年もかけて変えるつもりか?・・・質の良い政治家・官僚に入れ替える計画のPDCAをどうやって回すのか?会社でよくやるように、まず、無能な政治家・官僚の悪さ加減を可視化し、いつまでに何をやるのか、ゴールは何か、パワポでプレゼンしてほしい。 政治もビジネスのグローバルスタンダードに従いなさい、みたいな話だが、そもそも、そういったモデルで日本のビジネスがうまく行っているのか、世界に伍してやっているのか?俺は、日本の企業にはグローバルスタンダードは向いていない、だから「失われた○○年」から脱却できないでいる、と考える。 何故何年かで交代・転職しなければならないのか?同じ人間でも成長すれば交代する必要はない。 コンサルのように薄っぺらくて無責任。トレンドを追ってどんどん変って行け、と言いたいのかな?どんどん変わることを前提にすれば有期で辞めるべきかもしれないけれど、片一方で変わらないものを突き詰めるべき、と考えれば道半ばで放り出すのは無責任。少なくとも「道」を標榜するのであれば、一生かけて不変のもの(一本道)を突き詰めていくべきではないのか? 「再生の道」は、転職エリート・政治コンサルの集まりか?その他大勢の民は彼らに身を任すか?その他大勢の民は、自分以外の誰かが自分たちから奪った富を自分に返せ、と望むものだ。この民百姓の望みをかなえてやる、と言わないで選挙でどうやって当選するのか?民の望み、意識も教育によって変えるのか?パワポで、いつまでにどう変えるのかプレゼンしてほしい・・・俺は民主主義・選挙を変えるにはその他大勢の皆さんのお望みを聞くふりをしておいて、独裁者が現れる以外に道はない、と信じる。 彼女の教祖である、石丸伸二がこれから10年以上「再生の道」の親分を続けたら、...

1920年代前半の日米

1920年~1925年の間に日米で起こったことをWikipediaより引く: ・黄色くハイライトした部分はリベラル、進歩主義、新しい動き ・青くハイライトした部分は保守反動の動き  この時期は日米を問わず、第一次世界大戦後の平和主義、進歩主義、理性主義の盛り上がりと、それに対する反動が交錯した時期だった。 トランプは、ほとんどハーディングのモノマネと言ってよい。(ハーディングは日本をイジメたが、さて、トランプは???) 日本では明治維新を知り、天皇制をクールかつ相対的に考えることができる長老が1922年にいなくなり、天皇を神と仰いだ軍部の独裁を止める力がなくなった。同時に、ハーディングが日本の中国・朝鮮における利権にちょっかいを出し、将来の日米戦争のタネとなった。 Wikipedia「1920年代の日本」 1920年 戦後恐慌 (第一次世界大戦によるバブル景気が弾けた) 大日本帝国 、 国際連盟 へ正式加入。 新婦人協会 結成* 1921年 11月4日  -  原敬暗殺事件 11月25日  - 皇太子裕仁親王(後の 昭和天皇 )が 摂政 に就任。 12月13日  -  ワシントン会議 で 日本 ・ アメリカ ・ イギリス ・ フランス の 四ヵ国条約 が調印される。 皇太子裕仁親王の欧州訪問 1922年 1月10日  - 元 内閣総理大臣 ・ 大隈重信 死去。 1月17日  -  大隈重信 国民葬。 2月1日  - 元 内閣総理大臣 ・ 山縣有朋 薨去。 1923年 8月17日  -  日英同盟 が 四ヵ国条約 発効により失効。 9月1日  -  関東大震災 12月27日  -   虎ノ門事件 ・・・無政府主義者による皇太子裕仁親王の狙撃事件 1924年 1月26日  - 皇太子裕仁親王(後の 昭和天皇 )と良子女王(後の 香淳皇后 )が結婚。 1925年 1月20日  -  日ソ基本条約 締結。 4月22日  -  治安維持法 制定 、 公布 。 普通選挙 法 制定。 *女性解放、男女平等は、古い道徳を否定し、性的マイノリティーや人種的マイノリティーを差別する...

石丸伸二は分からない

① 人口が減る 人口が減っても「国力」を持続する 国民の教育が必要 ②メディアは国民をミスリードする→メディアを「教育」しなければならない ③政治家は当選するために動くが、当選するかどうかなんて無視して議論して決めるべき→再生の道は議論ができる人を選んだし、他の政党が当選を狙って掲げる物価高対策とか外人問題とかにはあえて触れない。 相変わらず分からない。彼が言う「維持すべき国力」とは何か?日本の将来の人口は何人になって、何をやって食うのか?教育を受ける人の数と教育を与える側の人の数は何人なのか?・・・彼が目指し、あるいは想定している将来の日本は定量的にどんな国なのか? 教育で何を教えるのか? メディアのありようについてもしかり。政治家としてメディアの規制をどうしたいのか? 政治家は議論して何を決めるべきなのか? 明晰な彼は、「民主主義で自由平等になれた国民は、『平等』を求めて自分以外が不当に奪っている富をよこせと『自由』に言い、政治家はそれに応えようとし、国民に一番うまく取り入った政治家はやがて独裁者になる」ということは知っているはずだ。また、「メディアは売れる記事を垂れ流す」ということも知っているはずだ。 彼はこれを知った上でシラっと国民やメディアを教育しようと言うのか? 日本人には自分の頭で考え、議論なんてできやしない。俺はそう思うが、彼は日本人に議論ができると思っているのか? 彼は、自身が語っている「日本人やメディアは教育可能」「政治家は議論する」という”理想論”を信じているのか?信じているとすれば早晩破綻するだろう。もしかすると、破綻することが分かっていて、政治系YouTuberとして金が稼げればいい、のか??? この”理想論”は、実は口実で、「そもそも日本人に民主主義なんて無理」と分かっていて、「民主制が独裁制に代わる」のを待って、自分が独裁者になることを狙い、今は、誰にも反対できない当たり障りのない内容空疎な基本論、手続き論、入り口論だけを語っておこう、と考えているのか? 閑話休題: 安芸高田市長と言うキャリアは自慢のタネになっている。安芸高田市民を見捨てたとか、安芸高田市を混乱させただけで迷惑かけたなどとは思っていないのか?また、どうしてメディアはそこを聞かないのか???

わが青春のビッグコミック

 「浮浪雲」がNHKでドラマ化されるとか。「浮浪雲」という文字を見た途端、50年前よく読んでいたビッグコミックのことを思い出した。就職してからなぜかビッグコミックは読まなくなった。そもそも新刊のビッグコミックなんて金がないから滅多に読まない。俺の記憶では、1,2週間たつと古本屋に並んだからそれを買うか、喫茶店か飯屋においてあるのを読んだ。 Wikipediaによると、ビッグコミックは毎月10日、25日に、ビッグコミック・オリジナルは毎月5日、20日に出ていた。 思い出す作品は(これもWikipedia記載の作品リストを見ながら) ビッグコミック:  ゴルゴ13  土佐の一本釣り  佐武と市捕物帖控  赤兵衛   さすらいのギャンブラー ビッグコミック・オリジナル  浮浪雲   三丁目の夕日  あぶさん  ドン亀野郎  プロフェッショナル列伝   くたばれギャートルズ やっぱりゴルゴと浮浪雲はよかった。ゴルゴだけはビッグコミックを読まなくなった後も単行本を買っては読んだ。高倉健主演の映画も、舘ひろしがゴルゴの声をやったTVアニメも見た。世界情勢をよく調べ、いかにもありそうなシチュエーションを設定し、様々な殺し方、射撃のテクニック・・・謎に包まれたゴルゴは何者か?その謎解きなどなど、素晴らしいアイデアが盛りだくさんだった。 ※あまり有名ではないが、「ドン亀野郎」はいい作品だった。大東亜戦争の潜水艦乗りたちの話。様々な男どもが登場したが、特に女みたいな姿、キャラの砲兵長はよく覚えている。

プラトン・国家(続)プラトン/ソクラテスの死生観

 プラトン・国家は、死んでから12日目、まさにこれから葬られようとして、野辺送りの火の薪の上横たえられていた時、生き返った”エル”の経験談で終わる。この話を俺流に以下にまとめなおす。 エルの死後、魂は身体を離れ、ある場所に着いた。その場所の左右には、大地、天に通じたた穴が開いていた。 天の穴と地の穴は左右にそれぞれ2つずつあり、間に裁判官たちが座っていた。裁判官たちは、やってくる魂の正、不正を判定し、正しい魂には天を通って上に上がるように、不正の魂には地を通って下に下るように命じた。 もう一つの天の穴からは幸福に過ごした魂たちが清らかな姿で、地の穴からは1000年間恐ろしい思いをした魂たちが汚れた姿で、出て来た。天や地から帰って来た彼らは運命の女神の一人、ラケシスの所へ行くよう命じられる。そこには神官がいて、ラケシスの膝から籤を受け取り、魂たちは籤を引いて、次の生涯を選ぶ。次の生涯は人間のものとは限らず、あらゆる動物の生涯が含まれている。 籤を引いたあと、魂たちは、「放念の河」に行き、定められた量の水を飲むように求められたが、たくさん飲み過ぎて、飲んだとたんに、一切の記憶を失った。 >> 火葬や輪廻転生はどヒンズー教に近い。 肉体は魂の仮の入れ物。(日本に近い) 死ぬと、魂が審判を受け、×なら地獄、〇なら天国行き・・・キリスト教ユダヤ教に近い。ただし、キリスト教・ユダヤ教では審判は最後に審判1回限りだが、ギリシアでは永遠に人間以外に生まれ変わることも含め、輪廻転生を繰り返す。

プラトン「国家」(藤沢令夫訳)

この本、 1979年初版が出た。1970年代はまだまだ、翻訳が未熟だった。俺も1970年代、マルクスやらウェーバーやらを読もうとした。当然、翻訳ものだ。日本語として徹底的に悪文だった。これを読み続けるのは拷問だった。それで、日本人が書いたマルクスやウェーバーの解説の文庫本を買っては読んだ。 翻訳者に「読者に理解してもらおう」という意識はあったのか???もっと言えば、翻訳者は原文を理解していたのか??? さて、この「国家」も理解しにくい日本語だ。その上、対話という形式でソクラテスが弟子その他と対話する形式だ。たとえ話、レトリックが多く、そのたとえ話やレトリックを理解するにはギリシア文化に対する理解が必要なので、ますます難解になる。「ソクラテスはこう言いたかった(こう言った)」と、エッセンスだけを書いてくれれば、文章は大分短くなる。そういう不満を感じながら1回読み終わり、投げ出そうと思ったが、もう1回読み返す。すると「ソクラテスはこう言いたかった」という箇所に見当がつくようになって、かなり理解は進んだ。タイパは最悪だネ。 さて、以下抜粋: もし すぐれた人物たちだけからなるような国家 ができたとしたら、おそらくは、ちょうど現在、支配者の地位に就くことが競争の的になっているのと同じ仕方で、支配の任務から免れることが競争の的になっていることだろう。そしてそのときこそ、真の支配者とはまさしく、自分の利益ではなく被支配者の利益を考えるものだということが、はっきりと分かるだろう。だからこそ、識者ならば誰しも、他人を利するために厄介なことを背負い込むよりも、他人から利益を受ける方を選びたがるのだ。 魂には、およそ他の何物によっても果たせないような働きが何かあるのではないか?たとえば配慮すること、支配すること、思案すること、およびこれに類することすべてがそうだ。はたして魂の他にこれらのはたらきをすると考えて然るべきもの、これらがその固有の仕事であると言いうるものが何かあるだろうか?さらに、生きることはどうだろう。それをわれわれは、魂の働きであると言わないだろうか?劣悪な魂は必ず劣悪な仕方で支配したり、配慮したりするし、すぐれた魂はすべてそうしたはたらきを善くおこなう。正義は魂の徳の優秀性であり、不正は魂の悪徳(劣悪性)だ。善く生きる人は祝福された人間であり、そうでない人はその反対だ。...