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サッカー代表チームの帰国便を2つに分けた理由

 ”サッカー代表チームの帰国便を2つに分けた理由”をCopilotに聞く。俺はてっきりリスク管理上、全員が同じ飛行機で移動るのはまずい、ということかと思っていたがCopilotによると: 日本代表の帰国便が 2便(成田・羽田)に分かれた理由は、公式報道から判断すると「選手・スタッフの移動事情と便の確保の都合によるもの」 です。 特に 森保監督や長友佑都ら一部メンバーは羽田便、久保建英・上田綺世ら12名は成田便 と、自然にグループが分かれていました。 決勝まで行ってれば、帰りのスケジュールが早くわかるから、予約もしやすかっただろう。(でもそうなったら、日本人サポーターがたくさんになって、帰国便も物凄く混みそうだ)長友が途中で帰る便なんて予約するな、とかなんとか言ってたような・・・ しかし、あんなに一体感があったのに、帰り便は分かれるんだね。試合が終わると急にクールになるんだ。マイレージの関係かな? 閑話休題: 韓国人の代表監督を責める白々しい”演技”は馬鹿馬鹿しい。日本人を不快にする。監督の 洪 明甫はJリーグにもいたし、ハンサムだったし、三浦カズは「 他の韓国人選手の様にガツガツ来るタイプではなく、闘志を内に秘めているが、頭を使ったスマートなプレーをする選手で、ピッチ内外でジェントルマンであった」(Wikipedia)と述べているが、俺も全く同感だ。 日本人は、すまないと思ってなくても頭を下げたり「すみません」と口走る。(俺はそれが厭だ)同様に、韓国人は大したことがなくても怒ったふりをし、またそう思ってもないのに「私を罰して下さい」などと言う。演技と言うか決まり文句だ。大統領まで怒ったふりをするのには驚いた。加えて監督選出のプロセスを監査するって?そりゃポピュリズムが過ぎる。

日本の国運

 日本が外国との外交(戦争)上の危機に瀕したことは4回あった、ということは一般的に言われていることだろう。最初の2回は中国、次の2回はアメリカが相手だった。 面白いことに、3回は中国やアメリカの内紛や日本以外の国との戦争によって中国やアメリカが日本に関わっていられなくなって、日本は占領されたり滅ぼされたりすることはなかった。最後の1回は、アメリカだけが保有していた原爆の脅威が皮肉にも日本の降参を早めソ連の介入を防ぎ、冷戦の始まりがアメリカが日本を味方にせざるを得ない状況を生み出した。 好戦的で他人を蹴落とそうとする中国人やアメリカ人はケンカもうまいけど、日本以外の国や身内ともケンカする・・・日本はそのおかげで徹底的にやられないで済んできた。 この運命を幸福と呼ぶべきかは分からないが、日本が滅ぼされ、日本人がいなくなる危機を免れたことは事実だ。俺はこの運命は天皇が存在するからだ、と信じる。普通の人間でいれば、人権だ、なんだと主張できるものを諦めて、日本の繁栄、日本人の安寧を一途に祈る天皇のおかげだ。 一方で日本(人)にとってこれは幸運かどうか?だって、深く考えもせず、あるい考え違いしても天皇がいれば何とかなる、ってことになるからだ。つまり、日本には「責任を取る人」不在なのだ。そして、天皇自身だって先の大戦でアメリカに負けた時には詰め腹を切らされる恐れは大いにあったが、いち早く負けを認めた功績?を認められて「象徴」として生き残った。 ①白村江の戦い  朝鮮半島で新羅と組んだ唐が百済を滅ぼし、百済経由で中国の文化・文明を取り入れて来た日本は百済から頼まれ、また「自衛」のため、663年、朝鮮半島に侵攻したが、新羅・唐連合軍にコテンパンにやられ、百済同様、滅ぼされかねない状況になった。一方、当時の唐は三代目の高宗が655年、親の太宗の側室だった武照を皇后にし、皇后になった武照は前皇后を殺す、と言った乱れた政治環境だった。(武照は高宗の死後、690年には唐を一時的に武周という国にして中国史上唯一の女皇帝・・・則天武后になった。)白村江の後、唐は670年には新羅に裏切られて攻め込まれたが西域ではチベットとも戦争していて新羅の独立・朝鮮統一を許した。この時期は、武照一族が高宗に代わって政治の実権を握ろうとして高宗と争うという変則的・不安定な時期だったが、高宗が眼病になり、6...

ガストおそるべし!

 メルペイだかなんだかで、2000円支払うと半額返ってくる(んだかポイントがつくんだか)というセール。 6月末までだ、と言うんで先日行ったが昨日また行った。半分はポイ活で無理矢理行く感じだが、ガストも結構いけるからまた行く。 前回は朝飯、昨日は昼飯。 ミニサイズのを4つ選んで1000円ちょっとというのにする。ミニビーフシチューを食いたかったから。前回ソフトクリームがうまかったからソフトクリームも注文。上さんはトッピングのソフトクリーム(本来は、ソーダ水にのせてクリームソーダにするとかそういう用途か?)をオーダー。小皿の上に載って出てくるのだが、それをそのまま食す。 ミニビーフシチューのドミグラスソースが実にうまかった。俺は自分でビーフシチューを作る場合、ハインツとか業スーの出来合いのドミグラスソースを使うが、それらより酸っぱくてうまい。生のトマトを加えたものか?俺も、次にビーフシチューを作る時は、ドミグラスソースに生トマトを加えてみよう。

竹内まりあ「セプテンバー」2000@武道館

 YouTubeで原田知世を聞いていたら、「セプテンバー」という歌を歌っていて、いい。調べたら竹内まりあが1979年に出した歌だ。そこでセプテンバーの聞き比べをする。宮本浩次のカバーもいい。しかし、やはり、ベストは竹内まりあ自身の「セプテンバー」2000@武道館だ。 俺はJ-POPなるものの定義をよく知らないが、この竹内の歌唱は、J-POPというジャンルのベスト・パフォーマンスの一つではないか、と思う。 ”借りていたdictionary 明日返すわ  loveという言葉だけ切り抜いたあと”という、まあ気の利いた歌詞。このあたりは一歩間違えると「あざとい(けれんみ)」になる。これは俺の判定では「気の利いた」方に入る。 後半の、say good-bye in Septemberというところが本人が一番思い入れのある、気に入ったところではないか?ここを歌い終わるとギターソロになるんだけど、歌い終わった直後の表情がいい。(ちょっと『どや顔』にも見える) バック・コーラスが素晴らしい。3人くらい(女3人か女2+男1?)のコーラスが体を左右に動かしてリズムを取りながら歌うのを映す。ここが素晴しい。歌のライブ動画の醍醐味はコーラスにあり。 しかし、からし色のシャツとか、トリコロールの海辺の服とか、俺にはよくわからない。そんなに着るものの色が気になる??そして海辺専用の服ってのも…俺は、年に一度しか二度しか行かない海辺のために専用の服なんてもったいなくて買わない。 閑話休題: この歌を歌う前、なぜか竹内は「よろしかったら一緒に歌ってください」と言う。そして、恋人が年上の女に取られるという歌なんだけど、楽しそうに元気よくステップ踏みながら歌う。ここはよくわからない。夏の恋が終わって、さて、切り替えましょう(皆さんもご一緒に元気出して切り替えましょう)、ってこと?ここが演歌と違うところ。演歌なら捨てられた恨みつらみや涙を一人で寂しく下向いて歌うんだが・・・これがJ-POPらしさか。

株式投資成績

 2026年6月30日現在の株式投資成績以下(2025年12月末の成績):  投資銘柄 75 (61)  投資金額 15,890千円 (13,621千円)  評価金額 35,072千円 (29,402千円)   株価上昇率 2.21倍 (2.16倍)  年間配当 896千円 (838千円)  対投資金額配当利回り 5.63% (6.15%)  対評価額配当利回り 2.55% (2.85%)  ※ 配当+優待 941千円 (872千円) 年間配当金額は1月から12月の1年間に獲得できるものを計上する。昨年12月末時点より配当利回りが悪くなる主な理由は、今年4月以降買った株の配当の半分以上が来年以降の計上となるからだ。 今までは対投資金額配当利回りしか見ていなかったが、今後は対評価額配当利回りも見ようかと思う・・・株価が大きく上がってそれに配当がついて行かない場合、その株を売ってもっと利回りのよい株を買う、ということも検討したいからだ。 15,890千円の投資額のうち、約3,800千円は獲得した配当金を再投資にまわしたもの。つまり、純粋に投資した金額は約1200万円程度となる。 目標配当金額は年間100万円だ。来年のNISA枠を使ってもう少し株を買う必要がありそうだ。 株価調整(何割か下がる)が今年の秋以降になることを祈る。ただし、高島易では、一白水星の運気がいいのは来年1月までだ。 加えて、ボケが進行しないことも祈る。

サッカー日本代表が負けた朝

サッカーワールドカップの試合日程など全く考えもせず、 サッカー日本代表がブラジルに負けた日の午前中にネットスーパーの配達時間を設定していた。 配達に来たら、「サッカー日本代表、残念だったね」って言おうか言うまいか悩む。 閑話休題: 俺が一番気になる選手は久保だ。彼にとってワールドカップって幸運より不運を体現する場だ。(確かオリンピックでもあまりいい思いはしてないんじゃないか?)田中碧はたしかに肝心な時に失点に結び付く決定的なミスをした。でも、久保はミスしたくてもできなかった・・・試合後、久保は泣きじゃくる田中に声をかけていた。なんて言ってたんだろう???

久しぶりに「生きててよかった」と思った

 20,30年前までは美味しいものを食うと、しばしば、「生きてよかった」と思ったものだった。なぜかいつのまにか「生きててよかった」と感じることが少なくなった。最近では絶無と言ってよい。 今日は、ゴルフの出来もよかったし、(毎日、嫌でも無理矢理ショートパットの練習をしているせいかも)ルンルン気分で電車に乗って帰って来た。その電車で、電車に揺れによろめいて後ろの女性の足を踏んでしまった。(30歳台と思しき若い人だった)滅多に謝らない俺が珍しく「すみません。」と後ろを振り向きながらはっきり言った。(我ながら「いい謝り方だ」と感心した)すると、足を踏まれた女性が微笑みながら首を横に振ったのだ。その微笑み、首の振り方・・・「大丈夫ですよ。気にしないで」と顔に書いてあった・・・。 俺は「自分が足を踏まれたら、不愛想な反応、あるいは無表情な顔をするだろうなあ」と思う。他人の足を踏んどいて図々しいが「生きててよかった」と思った。いいものを味わわせてもらった。 閑話休題: なぜ昔は、うまいものを食ったくらいで「生きててよかった」なんて思ったんだろう。逆に言えば、どうして「生きててよかった」と思わなくなったんだろう?嫌なこと、悔しい思い・・・が多過ぎて「生きてよかった」と感じる感受性が壊れてしまったのかなぁ。