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やればできるじゃん!(ハフポストいいぞ!)

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 ハフポスト日本版に 「日本人の心意気」赤根ICC所長、教え子呼びかけの署名に笑顔。世界が「リーダーとしてみる」日本政府が問われていること として以下: この写真ならOK。 国際刑事裁判所(ICC)所長の赤根智子さん。2025年3月ブリュッセルにて撮影 (Photo by Dursun Aydemir/Anadolu via Getty Images) 国際刑事裁判所(ICC)所長の赤根智子(あかね・ともこ)さんが8月26日、日本記者クラブでオンライン記者会見を開きました。 米トランプ政権から経済制裁の対象に指定された赤根さんは、日本から寄せられた8万2000筆を超える署名や励ましの声について語りました。 「私には制裁を受けるような理由は全くないと断言できます」 高市早苗首相と茂木敏充外相は、米国による赤根所長への制裁について、「日本政府の立場と相容れるものではない」との考えを示しています。赤根さんはこれについて「心から感謝しております」と述べました。 そのうえで、自身が2017年に日本政府の指名のもとICC判事選挙で当選し、2024年3月に裁判官18人の互選によって所長に選ばれた経緯を説明しました。 また、米国政府はICCを「腐敗した政治的組織」であり、国際法を悪用して独立国家の主権を奪ってきたなどと主張していますが、赤根さんはこうした主張について、次のように否定しました。 「米国が言うような、かねてからICCが腐敗した政治的組織であり、いわゆる国際法を悪用して独立した国家の主権を奪ってきたとか、私自身もそれに加担してきたという事実はありません」 さらに、「私には制裁を受けるような理由は全くないと断言できます」と強調しました。 教え子たちが署名呼びかけ。応援は「身に染みてありがたい」「日本人の心意気」 会見では、日本国民から寄せられた支援について赤根さんは笑顔をみせる一幕もありました。 赤根さんがかつて法科大学院で教えた教え子たちが中心になり、オンライン署名を呼びかけています。署名は、米国による制裁の即時撤回と、日本政府が制裁を拒否したうえで赤根さんを支持・保護する具体的な行動を取ることを求める内容です。 赤根さんは、「多くの国民の皆様方からも励ましの言葉や署名活動への参加などを通じて強い応援をしていただいていることについては、身に染みてありがたいと思って...

韓国株怖い!

 新興国株式インデックスファンドを3銘柄もってそれぞれ毎月2万円づつ積み立てているが、そろそろ三星とSKのデータセンター向け半導体頼りの韓国株が急落しそうだ。怖いから1銘柄売り注文を入れた。一番韓国比率が高くそして一番リターンがいいヤツ。今朝の時点で20万円の積み立てに対しリターンは34,482円。(利回り17%)・・・31日が次の積み立ての日だが、31日に成約する売り注文が優先なのか、積み立てが優先なのか分からない。 俺の知る限り、アメリカのNASDAK、ラッセル2000指数が上がれば翌日KOSPI(韓国株)が上がり、その翌日 新興国株式インデックスファンドも上がる、という相関がある。 今朝(アメリカ時間27日)のNASDAK、ラッセル2000指数が上がった。従って今日(28日)KOSPIは上がる。そして明日(と言っても土曜日だから月曜の31日)インデックスファンドも上がる、と読んだ・・・松井のシステムでは、インデックスファンドを含む信託銘柄は注文した当日ではなく、翌日注文成立。 様子を見て、あと1銘柄韓国比率の大きい新興国株式インデックスファンド銘柄も売ろうと考えている。ユルマズさんも「下がる」「下がりそうだ」とは言うが「いつ」を言わないから悩ましい。そして1銘柄は永久保存。いつかは下がっても何年か後にはまた上がるでしょう。 さて、2万円の積み立てを解約した後は、どの銘柄に積立しようか?TOPIXインデックスファンド(なるべく銀行株比率が大きいの)にしようか??? →と思ってたけど、KOSPI1%以上、 下がってしまった。どうも、アメリカのメモリー製造会社の株価が下がったかららしい。したがって本日の売り注文はキャンセル

世界中で1960年代後半に学生運動左翼運動が盛り上がり、1970年代前半に「つきものが落ちた」ようにしぼむ。そのメカニズムを知りたい。

  世界中で1960年代後半に学生運動左翼運動が盛り上がり、1970年代前半に「つきものが落ちた」ようにしぼむ。この現象は何だったのか?そのメカニズムを知りたい。とCOPILOTに聞く。COPILOTは触れないが、中国の文化大革命の「造反有理」が刺激になり、モデルになった、と思う。(そして1907年代、文化大革命が革命でも何でもなく、単なる権力闘争だったと分かってシラケた) 答え: 結論から言うと、 1960年代後半の世界的な学生運動・左翼運動の高揚と、1970年代前半の急速な沈静化は「グローバル・シックスティーズ」と呼ばれる国際的構造の産物であり、その収束は構造要因の変化によって一斉に“駆動力を失った”ために起きた現象 だと理解できる。 つまり、これは各国固有の事情ではなく、 世界規模の同時多発 → 世界規模の同時収束 という、きわめて特異な歴史的メカニズムだった。 🌍 1. なぜ1960年代後半に世界中で同時に高揚したのか 研究者たちはこの現象を 「グローバル・シックスティーズ」 と呼び、以下の3つの構造要因が世界の学生運動を同時に押し上げたと説明している。 ① 冷戦構造のゆらぎ(国際政治要因) ベトナム戦争の泥沼化 第三世界の反帝国主義運動の台頭 米ソ対立の中で「体制批判」が国際的正当性を獲得 → 若者が「世界の構造そのものを変えられる」という感覚を持った ② 国境を越えた文化の流通(カウンターカルチャー) ロック、ヒッピー文化、直接民主主義、反権威主義 雑誌・映画・音楽・留学生ネットワークを通じて高速に拡散 → 各国の若者が同じ言語・同じ価値観で政治を語り始めた ③ 社会運動の国際的交流(トランスナショナルな接続) デモ戦術(ジグザグデモ、ティーチイン)が国境を越えて模倣 日本の学生組織と米国の学生組織が交流していたことも判明 → 運動が「世界的な潮流」として自己強化した 🔥 2. なぜ1970年代前半に「つきものが落ちた」ようにしぼんだのか 収束のメカニズムは、上記の“駆動力”がほぼ同時に失われたことにある。 ① 国家の統治技術の急速な高度化(ポリシングの変化) 日本では警察庁が1960年代後半〜70年代にかけて取り締まり戦略を巧妙化 メディアを通じて「過激派」イメージを構築し、社会的正当性を剥奪 → 運動は社会的支持を急速に失い、孤立化 ...

嗚呼、西園寺公一!

西園寺公一に関するWikiの記述は刺激的だ。抜粋する: 第二次世界大戦後 日本が 第二次世界大戦 に敗れて 連合国軍の占領下にあった時期 、執行猶予が解けた。その後はGHQの監視の下、実家の資産を投じて『グラフィック』誌の仲間と共に『 世界画報 』を創刊。また、新設 プロ野球 球団である「セネタース」(現在の 北海道日本ハムファイターズ )のオーナーを短期間務めるなど、自由な生活を享受した。 1947年(昭和22年)には、 戦前の スパイ 活動の有罪があったが、 第1回参議院議員通常選挙 に 無所属 で出馬して当選。しかし 肝臓ジストマ に侵されていた公一は、議会への欠席が多く何もできず、2回目の参院選には落選。1954年(昭和29年)には 京都市長 選挙に出馬して落選する。 1955年(昭和30年)には、 冷戦 下でソ連や 東ドイツ 、 ポーランド などの 東側諸国 ( 社会主義国 )政府の主導で設立された「 世界平和評議会 」に、 日本共産党 系の 日本平和委員会 から「日本代表」として送られた。そのまま オーストリア の首都 ウィーン にあった評議会執行部に「書記」の身分で単身滞在し3年間を過ごす。 中華人民共和国への移住 この間、1957年(昭和32年)に世界平和評議会の大会を セイロン で開くことになって 中華人民共和国 に相談に立ち寄った際、同国から「人民交流」の日本側の窓口となる人物の推薦を頼まれたことがきっかけで同国の「民間大使」となる [ 6 ] 。日本に帰国してから間もなく家族を連れて中華人民共和国へ移住し、 中国共産党 から「日中文化交流協会常務理事」や「アジア太平洋地域平和連絡委員会副秘書長」の肩書と、500元( 毛沢東 の月給は600元)と大臣クラスの 給与 を与えられることになり [ 7 ] 、同政府の意向を受けて 北京 にて 国交 成立前の日中間の「民間外交」を行った。 1958年(昭和33年)には日本共産党に入党するも、のちに日中共産党が不和となった結果、 文化大革命 初期の1967年(昭和42年)2月に北京滞在中に「 日本人 の勤労人民としての生活経験をもたず、中華人民共和国においても、 社会主義 の政府によって与えられている特恵的な生活になれて」「特定の外国勢力に盲従して、分裂と破壊活動に狂奔するようになった」(『 赤旗 』)旨を...

嗚呼、西園寺!

 坪内祐三「一九七二」に西園寺公一という人物が登場する。1971年、赤い貴族と呼ばれた西園寺公一の仲介により、卓球のアメリカ代表と中国代表が交流し、ニクソン訪中に繋がった、と。 名前からして西園寺公望の子供か?と思ってWikiると、「 西園寺 公一 (さいおんじ きんかず、 1906年 ( 明治 39年) 11月1日 - 1993年 ( 平成 5年) 4月22日 )は、 日本 の 政治家 、 実業家 。 参議院議員 (1期)、 外務省 嘱託職員、 太平洋問題調査会 理事などを歴任した。 ゾルゲ事件 に 連座 して 逮捕 、有罪となり、 公爵家 を 廃嫡 となった。 西園寺家 の 嫡男 として 神奈川県 に誕生した。祖父は 元老 ・ 西園寺公望 、父は公望の 婿養子 となった 西園寺八郎 (実父は旧 長州藩 主の 毛利元徳 )で、母は公望の長女・新子である。」と。次いで、ゾルゲ事件に関して「 近衛首相も事件への関係を当然疑われたが、ゾルゲと尾崎、西園寺らの逮捕と時を同じくした内閣総辞職、間もなく起こった英米蘭との開戦( 太平洋戦争 )、そして政府と軍の意向による追及阻止により、ゾルゲ事件における関係は不問とされてしまった。 また西園寺は、執行猶予中であることと年齢などにより 徴兵 を免れ、 奥日光 で釣りをするなどして過ごし、『釣魚迷』という著書も残している [ 4 ] 。」 そこで今度はCOPILOTに「西園寺公望の子」と聞く。答え:「 結論(最重要ポイント) 西園寺公望には 正式な妻はおらず、2人の愛人とのあいだに娘が2人 いました。家督は娘ではなく、娘の夫として迎えた 婿養子・西園寺八郎 が継ぎました」 >> やっぱり、日本の貴族・皇室には妾が向いてる。最後の元老と呼ばれた西園寺公望にして、この”体たらく”?だ。 日本には「家督」という便利な考えがあって、血が繋がってなくたって、「家」は継げる。家を継ぐ者は、できがよければ男女は問わない。逆に言えば、血が繋がってたって、出来が悪ければ家督は継がせない・・・天皇家の場合、政治的に利用されるから、家督相続ルールを決めなくちゃあいけないからややこしいが、基本はこのような考え方でいいんじゃあないか? ゾルゲ事件が発覚したのが1941年。西園寺公望が死んだのが1940年。父親の八郎が死んだのが1946年。公...

嗚呼、J-CASTニュース!

 J-CASTニュースに 小池晃氏「原発を動かす資格なし」中部電力の廃炉作業めぐる不正疑惑に怒り と題して以下。さすが、朝日系だけあって J-CASTは 朝日を見習ってる。リベラルの鏡だ。以下、記事: 共産党の小池晃書記局長は2026年8月26日、自身のXを更新。再稼働を目指す浜岡原発で浮上した問題を強く批判した。 不祥事は過去にも 中部電力が浜岡原発の1、2号機に関する 廃炉作業の進捗 を実態より進んでいるように報告し、さらには作業に必要な経費を不正に請求した疑いが浮上した。 小池氏はこのことを報じるニュースを引用し、「中部電力の不正が新たに発覚。原発を動かす資格なし。浜岡原発は廃炉に!」と訴えた。 原発関連の中部電力の不祥事は珍しくない。26年1月、浜岡原発の3、4号機の再稼働に向けた国の審査をめぐり、耐震設計の基礎となる地震の揺れに関するデータを意図的に小さく見せる改ざんをしていたことが発覚。また、25年11月には、13年2月から2019年5月の間で、 正式な契約変更や精算手続き を行っていなかったケースが計20件も判明した。 >>廃炉作業の進捗 が、どう原発の稼働に関係あるのか? 正式な契約変更や精算手続き ができないと、なぜ、原発を稼働する資格がないのか? 小池氏は怒ってはいないようだが、キャプションに「怒り」などと入れて。仮に怒りに任せて原発稼働を論じたら、そっちの方がヤバイ。 本当の理由は知らないが共産党或いは小池氏或いは J-CASTが反原発で、中電の不正行為が発覚して大喜びしてる、ってことしか伝わってこない。同時に、 共産党或いは小池氏或いは J-CAST自身が何を言っても原発稼働には無力だ、ということが分って言ってるんだろうなあ、ということも。 こういうのは怒りでも、批判でもない。ただガキがはしゃいでるだけだ。

織田君、頼むよ!

 FBS福岡放送ニュースに以下: 織田君、横浜市長にも会いに行ってあげて、キャッチボールしたら?多分、こっちの市長は辞職するぞ! 甲子園で史上最速156キロ 北九州市出身のエース織田翔希選手 市長とキャッチボール 北九州市小倉北区出身の横浜高校エース、織田翔希選手が25日、市長を表敬訪問しました。夏の甲子園では、史上最速となる156キロをマークし、横浜高校をベスト4に導きました。9月に台湾で開かれる18歳以下のアジア野球選手権に出場予定です。