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喫茶の醍醐味

 エスプレッソをデミタスカップに淹れ、馥郁とした香りを楽しむ。最後に残った1/4くらいは、一気に口に放り込んでカップを鼻のところまで傾けたまま数秒。口にも鼻にも香り・アロマが充満する。 これが喫茶の醍醐味だ。中国茶も同様に楽しむ。小ぶりな茶碗の中の香りを口と鼻に充満させる。日本ではこういうことはしない。紅茶も然り。茶碗のサイズ形状も似てる。変な所が日本人とイギリス人は似ている。島国根性か?

今朝は上さん冴えてる

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スポニチに女子ゴルファーの金沢志奈の記事以下:  金沢は人一倍郷土愛が強い。「ゴルフ場がいっぱいあるし、食べ物もおいしい。メロンもおいしいし、干し芋もおいしい。私は茨城でつくっている納豆しか食べない。栗やモンブランもおいしいので、ぜひ食べてください」とまるで観光大使のように茨城名物を必死でPRした。  特に干し芋はプレー中の栄養補給にも使っているそうで「干し芋のように(プレーも)粘り強くできているんじゃないですかね」と爆笑を誘った。  「地元ですし、プロになってから一番勝ちたい試合だった」とこの大会への思い入れも特別だ。昨年9月には同じ茨木県の大洗GCで開催された日本女子プロ選手権でツアー初優勝を飾った。再び故郷でメジャー制覇を狙うことになる。 >> 俺が「干し芋って、粘り強くないじゃん」と言ったら、上さん、「茨城で粘り強いと言ったら 納豆でしょッ」と突っ込む。 そうだよ、粘り強いんなら納豆だ! それにしても金沢さん、格好いいフィニッシュ。両太もものくっつき方が格好いい。鍛え上げられたものならではの緊張を感じる。 それに引き換え、「しな」って名前、しなしなしてしまりがない???

スゴイネーッ!

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 スポーツ報知に平野美宇の記事。これが平野美宇の写真とは信じられない。 上さんに言わせると「一世一代の奇跡の一枚」

上さんは天才だ

 共同通信に以下:  北朝鮮による拉致被害者横田めぐみさん=失踪当時(13)=の母早紀江さん(90)が8日、首相官邸で木原稔官房長官兼拉致問題担当相と面会し「40年以上過ぎても助け出してあげられない。何か方法はないのかといつも考えている」と語り、政府に早期の解決を求めた。木原氏は「一日も早い被害者の帰国に向けて取り組む」と応じた。 これを読んで、俺が「これって、いじめだよなあ。官房長官が何もできないけど『頑張ります』しか言えねえって、わかっていて言うんだから」と言う。 上さんいいこと思いつく。「そうだ、早紀江さんに北朝鮮に行ってもらったらどうか?日本では拉致問題を解決してくれないから北朝鮮に亡命してきました、娘は生きているんでしょ、とか何とか言って」それで娘と会わせてくれ、と北朝鮮中を探しまわる…今度は日本政府に対するいじめでなく、北朝鮮に対するいじめに変わる。すくなくとも早紀江さんの日本政府いじめ 記事は見なくて済むようになる。

こりゃ、ちょっとやり過ぎ…その2

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 蓮舫が立候補した立憲民主党の都連会長選挙関連の東スポ記事。Wikiの片山さつきと真反対で、悪意の感じられる写真。こりゃあ、蓮舫さん、抗議するだろう。東スポもそれを知ってて挑発するんだから面白い。よっぽど蓮舫が嫌いなのか???蓮舫のあの、くそつまらない高ビーな舌鋒が聞ける(見れる?)かと思うとうれしい。 立憲の都連会長選挙なんて誰も興味のないことを、わざわざ取り上げる必要もないだろう。この写真を乗せたくてわざわざ記事を作ったんではないか?

素カレーを食す

 玉ねぎ、パプリカを炒めた後、水を足して煮て、保温鍋で保温。これを半日続けると「カレー」の元ができる。これにバーモントカレーのルーを加え煮溶かして食す。素カレーだ。 もちろん、豚肉を加えてもよい。なぜか、牛肉はバーモントには合わない気がする。シーフードなら問題ないだろう。鶏はどうかな?しかし、バーモントカレーに、動物性たんぱくは不要な感じもする。素カレーでいい。 当然、添え物はラッキョウ。春先に色々な国産ラッキョウを買ったが、賞味期限の早い順に食う。塩漬けはダメ。俺は嫌いだ。甘酸っぱい方がいい。らっきょうがそろそろ出回るから今年は自分で漬けてみようかな。 なぜかカレーを食うとコーヒーが飲みたくなる。これも今は亡き畏友の教えてくれた習慣。

国連憲章と日本国憲法

1951年、サンフランシスコ講和条約が締結され、日本はソ連他が反対する中、中途半端に国際復帰(単独講和)する。それまでは国と認められていなかった。あるいは、未成熟な前科者だから付き合うな、と言われていた。5年後の1956年、日本は国連加盟が認められる。サンフランシスコ講和条約に反対していたソ連がOKしたからだ。ここでようやく、一人前の国と認められた…今でも中国は時々、日本は前科者で一人前じゃあない、と教えてくれるが…。 それまでの中途半端な「国」に憲法なんて必要だったのか?占領軍が日本を統治するための方針として憲法が欲しかったのは理解できるが、マッカーサー自身が未成熟で危ないと考えていた日本が憲法など持つ必要があったのか?占領されてんだから国と認めず、大日本帝国憲法は一時効力停止して、「占領指針」とでもすればよかったんじゃあないか?(実際、占領軍は憲法など無視して日本を国として認めない行動もとった)そしてサンフランシスコ講和条約で、半人前ながら国家となれたんだから、そのとき初めて憲法を持てばよかった。(あるいは、1956年の国連加盟までは半人前なんだから憲法なんて要らなかった、と言えるかもしれない。) 「占領指針」なら、日本人は「独立したら、自分たちで憲法を作るんだ」と、当事者意識を持てただろう。そうすれば、少しはアメリカ様から与えられたものを有難くいただくことをやめて自分の頭で考える習慣がついただろう。 国連憲章・第2条は平和憲法と同じだ。そしてそれと矛盾する「どうしてもの時は軍事行動する」と言う第42条。各国に自衛権を認めた第51条がよく取りざたされるが、俺に言わせれば2条と42条が鍵だと思う。日本の平和憲法も、9条の代わりにただ一言、「国連憲章に従う」と逃げる手があった。冷戦が火を噴いていた1950年以降に憲法を議論・検討してたら、国連憲章を巡って「国連憲章なんて矛盾した古証文はダメ」という議論があったんじゃあないか。逆に言えば、国連加盟なんて思いもつかなかった1946年当時の日本人で、国連憲章なんか読んだ人は何人いたんだろうか? 日本の”平和憲法”に書かれていることは、国連憲章と同様の、戦争直後の厭戦気分に血迷った「平和への幻想」(若気の至り)としか思えないが、一方、今でも、リベラリスト・進歩派にとっては人類の崇高な目標・理想を示すものであろう…この古証文を...