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嗚呼、トレンドマイクロ!

 トレンドマイクロの株価が1年前は1万円を超えていたが、AIに取って代わられるとかで2月、他の株がどんどん値上がりする中、値下がって一瞬、5000円を切った。そのタイミングで買おうか悩んだが、もっと下がるだろうと、4650円になったら買おうと決めた。結局、5000円を切ったのは一瞬だった。今日は急騰して一時6000円を超えた。なんでも AIのトップランナーであるアンソロピックと提携するらしい。 なんとなく、大きな魚を逃した感じ。5000円で買っとけば、一株当たり1000円儲かったのに… アンソロピックは、今年の初め、アプリやソフトはAIが作れるようになるからアプリやソフトをつくっている会社は要らなくなる、と宣言し、それで日本でもソフト屋やアプリ屋の株価が下がった。トレンドマイクロもそのあおりで株価が安くなったのだと思う。確かに、AIと補完し合うソフト・アプリもあれば、AIに駆逐されるソフト・アプリもある。その区別は俺にはちっとも見当がつかぬが、ともかく、トレンドマイクロはアンソロピック様に選ばれたらしい。セキュリティはAIでは難しいのかな?

いい季節

 今朝、どういうはずみか、散歩がしたくなり、1時間ほど散歩した。 物凄くいい季節。気持ちよかった。 2,3年前まで通っていたゴルフの打ちっ放し練習場がマンションになるのだが、それがいつできるのか、年に1,2回観に行っている。今朝はそれを見に行った。 工事が進捗している感じはしない。工事現場にはシートをかぶせてあるから、正確には分からないが、すぐ完成する感じではない。もしかすると、日本のゼネコン業界史上、工期が一番長くて建設費が一番高い時に作られるマンションかも知れないなあ、などと思う。 マンション近くに普通の家が建っているのだが、なぜか、外壁に時計が設置してある。不思議だ。その時計は中にいる住人には見えない。かと言って外を歩く人にとって時計があったって、そんなに有難くはない。(時間は合っていたように思う。)そこに時計がある理由を考える…分からない。強いて言えば、この家は、昔時計屋だったのかな?しかし、そのあたりは完全な住宅地で、時計屋があったとは思えない… 「犬も歩けば棒に当たる」…世の中には不思議なことがあるもんだ。

「ご遺体」

 京都で小学生が継父に殺された事件。TVでは、ある時を境に「遺体」を「ご遺体」と言うようになった。1局くらい、「遺体」のままで通すへそ曲がりはいないのか? オールドメディアはなんでそうなるの? ニュースやワイドショーが終わる時は出演者は全員、額を机に擦り付けてお辞儀する。 バッカじゃないの?やってる奴は嫌じゃあないのかね? 誰がいつどういう指示を出してそうなったのか?天皇の戦争責任同様、そうなった経緯、指示命令は曖昧模糊だろう。

嗚呼、高重治香!

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高橋純子しか知らなかったが、 高重治香という論説委員が朝日にいるということに今日気づいた。この人も、何を言いたいのか分からない。 以下、彼女の「論説」の抜粋とそれについていた彼女の写真を。この写真がなければこの記事にも、この人自身についても性別を含め興味が持てなかったんだが、「ラッキョウ」のようなフォルムに変形した感のある顔に、「もっといい写真はなかったのかなあ?」などと思った次第。 論説委員コラム「序破急」  各地でデモが行われる中、4月はじめ、「『デモできる社会』の意義」という社説を同僚と担当した。  「 デモできる社会」とは、言論や集会の自由が保障されている社会 を指す。この言葉を使う際に意識したのは、哲学者の柄谷行人さんが2011年に発した「デモをする社会」という言葉だ。  柄谷さんは東京電力福島第一原発事故の後にデモに行くようになってから、「デモで社会が変わるのか?」とよく質問された。それに対し、「人がデモをする社会に変わる」と答えたという。12年の雑誌「世界」に、こう書いていた。 現代の議会には「寄り合い」にあったような直接民主主義的な要素 が失われている。デモは単に議会政治を補うための手段ではなく、それ自体が重要なのだと。 >>柄谷さんは支配が嫌いで、民主主義についても「民衆による支配」と否定的だった。加えて、議会についても、選挙で議員(代表)を選んだって、選んだ側は「裏切られた」と感じ、選ばれた方は、誰が投票してくれたかなんて知りはしないから「裏切る」もの…つまり、時代を問わず、本質的に、選挙なんかで民衆の真の代表は選べない、選ぶんならくじ引きで選べ、と断じた。 一方、朝日は「選挙で選ばれた議員による議会制民主主義・命」ではないのか? 閑話休題: 「 デモできる社会」とは、言論や集会の自由が保障されている社会 …柄谷さんの言う「自由」とは不自由や不平等を感じたら他所に逃げ出すことができるということだ。柄谷さんはデモを自己目的化していたように思われる。確かに柄谷さんは自由と平等さえ両立できれば国防なんて…みたいなところがあった。 高重治香もデモを自己目的化し、「デモできること自体が大切だ」で終わりでいいのか?朝日は「デモさえできれば国防なんてどうでもいい」とは考えていないはずだが。 現代の議会には「寄り合い」にあったような直接民主主義的な要素…...

格好いい男の格好いい写真

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 1956年録音のこのレコード。Violets for your fursが含まれている。演奏そのものはあんまりいいとは思えないが、このジャケット。この頃のアメリカには格好いい男がいて、格好良くピアノなぞ弾いていた。俺にとってはGreatだった。

柄谷行人「哲学の起源」(2012年)より

柄谷行人「哲学の起源」より抜粋する。柄谷さんは、多数による支配=デモクラシーでなく、ソクラテスのように、無支配の(支配のない)世界を理想とした。 プラトンは、デモクラシーは衆愚に堕し、独裁になるとし、それを回避するには哲人による独裁が必要とした。ピーター・ティールもこれだ。哲人を王とするか、王を哲人にするか?今はトランプという、とても哲人にはなれそうにない男を王にしたが、無理なことは分かっているだろう。他の哲人候補(ヴァンス)を王に据えようということだろう。 日本人は元来、労働に価値を見出し、尊重した。この、労働によって生まれる価値によって民主主義のコストを多少とも賄うことができる。他国に植民してコストを賄うのではない民主主義は日本でなら可能ではないか?弱い軍隊か軍隊なしで行くしかないだろうから、侵略されてしまうか。それとも、強い軍隊に価値を置く国に守ってもらうしかないか?そう考えると、アメリカに守ってもらうのはそれほど悪い選択ではなかったかも。 ・不平等を感じる人は他の土地に逃げる自由があれば、平等と自由の両立が可能 ・スパルタでは平等を守るために自由を犠牲にした…アテネでは自由と平等を両立するコストを賄うために他国を侵略し、奴隷を増やした。(それを実現するための軍人を一番偉いとし、生産活動に携わる人間を蔑み、奴隷にした)…欧米で発達した「民主主義」はこれらのいずれかをモデにしたものである。 ・イオニアでは、自由と平等を他の方法で両立させた。つまり、生産活動や商業活動を卑しいものとせず、コストを賄うための富を生み出した。侵略できるほど強い軍隊を持たずにフロンテイアを開拓したが、行き詰まり、他国に侵略された…アメリカに国防を肩代りしてもらった日本の高度成長モデルに近い。 ・ 「肉体」(感性)の束縛を超えた「哲学者」=理性の人・哲人= 魂を肉体という牢獄から解放した人 ・ナイル川の氾濫が生み出した数学、灌漑のために必要だった数学、金の計算に必要だった数学 ・ 過度の自由は、個人においても国家においても、ただ過度の隷属状態をもたらす…アメリカがそうだ 以下抜粋: イオニアにあったのはデモクラシーではなくて、イソノミアである。イソノミアとデモクラシーは異なるのだが、ほとんど同一視されている。「歴史」において、イソノミアという概念を用いたヘロドトスも例外ではない。私の見る限...

柄谷行人「日本精神分析」(2002年)

「日本精神分析」より: 柄谷さんはへそ曲がりだ。 ・普通選挙がテロや軍部クーデターを招いた。 ・朝鮮半島があったから日本は他国に征服されず、その結果、天皇制が維持された。 ・官僚が決めたことを大衆が選んだ代表が承認した、という形式を踏むために議会がある ・「発言しないでいられる」のも言論の自由だ。 ・衆愚政治は傑出した代表を求めることが原因だ。代表をくじ引きで決めるとすれば衆愚政治に陥らずに「民主主義に近いもの」ができる。代表の最終選抜はくじ引きとし、1次選抜や弾劾を無記名投票にすれば、自由と「民主主義に近いもの」が両立する。ただし、「民主主義に近いもの」は遅くてコストがかかり、国防上も危険だ。コストの回収と「強い軍隊」が必須だ。 トランプはアメリカの自由と民主主義を守るべく、強い軍隊で新たなコストの回収策を開発しようとしている。やり方は乱暴で下品だが… 以下抜粋: 世界帝国は多数の部族や国家を制圧するために、世界宗教を必要とした。自らの部族神では、そうすることができないからです。奈良時代の日本では、大和朝廷が国家として存立するために、律令制を導入し仏教を導入した。 それは外的な強勢は無くても、内的な必要に強いられたものでした。だが、それでも外的な強制がなかったということは大きい。和辻が言うように、日本人は仏教を選択的に受け入れることができたからです。だから、それは何時までも「外来思想」と目されるのです。平安時代になれば律令制は有名無実となり、漢字・漢文学にかわって仮名による文字がドミナントになっていった。にもかかわらず、律令制も漢字も廃止されることなく、形の上で存続したのです。しかしこういうことがあり得たのは、日本が中国という世界帝国の辺境に位置する島国だからであって、日本に特に何か内在的な「力」があったというからではありません。同様に、日本において天皇制が存続したのは、それが根深い神話的な力を持っていたからではなく、朝鮮半島があったため、一度も異民族に直接的に支配されずにすんだからです。坂口安吾はつぎのようにいっています。 天皇制というものは日本歴史を貫く一つの制度ではあったけれども、天皇の尊厳と言うものは常に利用者の遊具に過ぎず、真に実在したためしはなかった。藤原氏や将軍家にとって何がために天皇制が必要であったか。何が故に彼ら自身が最高の主権を握らなかったか。...