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セシル・ローズ

森恪が目標にした帝国主義者、セシル・ローズ。19世紀、どうしてこんなのが登場してくるんだろうか?自分の名前をつけた国を作るって、トランプ以上。20世紀に人道主義とか進歩主義とかリベラリズムなどと言われる”主義”が登場し一世を風靡したが、21世紀になってもまだ、帝国主義や自分の国が一番主義(?)は復活し生き残っている。ただし、ローズの好きだったカルテルや独占は流行らない。(堂々とはできない)今は「他人より早く初めて無競争状態のうちに稼ぐ」という方式に変わった。他人を出し抜くためには、ローズ流のexpansion第一主義、チャレンジ精神が必要だ。 俺たちは特別だ、特別に優れた民族だ、他民族を支配すべきだ、というのはどこの民族も持つ感情・思想らしいが、俺には理解できない。俺は自分自身もそして日本人も特別だ、とは思う。しかし、優れているとか他人(他国)を支配すべき、などとは思わない。「変わり者だから下手すると皆さんに迷惑をかける。片隅にこっそりいさせていただければ結構」と思う。 Wikiに以下; セシル・ジョン・ローズ (Cecil John Rhodes、 1853年 7月5日 - 1902年 3月26日 )は、 イギリス帝国 の 植民地 政治家 。 南アフリカの鉱物採掘で巨富を得て植民地首相となり、占領地に自分の名( ローデシア )を冠した [ 1 ] 。 「神は 世界地図 がより多くイギリス領に塗られることを望んでおられる。できることなら私は夜空に浮かぶ星さえも併合したい」と著書の中で豪語した。 経歴 牧師 の家に生まれる。 南アフリカ において 帝国主義 政策を積極的に提唱。 デ・ビアス 鉱山 会社を設立。 オレンジ自由国 で発見された ダイヤモンド 鉱山、 トランスヴァール共和国 の 金 鉱山を独占。 1891年 までにダイヤモンド工業を独占、ランド金山の併合にも成功して南アフリカの鉱山王となる。 1890年 に ケープ植民地 首相となり、 グレン・グレイ法 を制定、これは後の アパルトヘイト の原型とも言われる。 1895年に中央アフリカを征服し、自らの名に因み「 ローデシア 」と命名。同年には私兵に武器を持たせトランスヴァール共和国に侵入させようとした ジェームスン侵入事件 を起こし、翌年に首相を辞職。 セシル・ローズ失脚後もイギリスは南アフリカ進出政策を進...