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干し芋をいただく

 昨日ゴルフ仲間に二人目の孫(男子)の誕生を伝えたら、ご祝儀に干し芋をいただいた。(取手でゴルフしたのだが、近くに干し芋工場があって、帰りに「ちょっと待ってて」、と言われて待ってたら、そこで干し芋を調達してきたのだ。) 昨晩はレンチンした。あまりうまくない。今、レンチンせずしゃぶっているが、実に味わい深い。香、食感、独自のものがある。大量にあるから干し芋スイーツも作ってみよう。 干し芋はともかく、こんなお祝いをとっさにしてくれる気の利いた友人がいるというのがありがたい。生きててよかった、と言うか、満ち足りた感じがする。 ラッキョウがうまく漬かったらお礼に上げよう。

決算期あるある

 キオクシアは二桁増益だが、予想より低いから株価下げ。 ホンダは、数千億の赤字だが、予想より赤字が少ないから株価上げ。 予想で勝手に株価を上下するからこういうことになる。 なにか割り切れない。

AIバブル?

 日米韓台…AIだかデータセンターだか半導体だかに関連する株が馬鹿な値上がりだ。それに関する株をほとんど持たない俺には、いささか面白くない株式市況だ。 基本、俺はAIブームはインターネットバブルと同様に弾けると思う。識者は、「インターネットバブルの時は実需がなかったが、今のAIブームは実需に基づいている。」などと言うが、俺はいくつものAIベンダー*が乱立している今の状態は、早ければ1年、遅くとも3年で勝者と敗者がはっきりし、1,2社しか残らないと思う。 パソコンでは結局OSはマイクロソフトが唯一の勝者となった。スマホのOSもアップルとグーグルの2社だけだ。 AIもアンスロピックだかどこか1,2社しか残らないだろう。AIベンダーが乱立してる今はデータセンターは沢山のAIベンダー用に建設され、半導体も沢山のAIベンダーが買うが、勝者が決まって行くにつれて需要が激減する。 *AIを作る会社の事をAIベンダーと言ってみたが、何というのか知らない。 閑話休題: AIそのものがダメという説もあるが、俺はAIはいずれ独裁者になって人間を支配するようになる、と思う。もちろん、それが望ましいとは思わない。AIにああせえ、こうせえと言われるのが先か、こっちがくたばるのが先か、だ。

ラッキョウを漬ける

コリコリとした食感のラッキョウがない、と ゴルフ仲間に言ったら、高くてもいいから国産のラッキョウを買え、と言われた。自分でラッキョウを漬けるというヤツもいた。そこでラッキョウを漬けることにした。5月に入ったら国産のラッキョウが出回り始めたので購入。 ネットで調べたらどうも、2通りの漬けかたがあるらしい。 漬け汁は、酢、砂糖、塩が基本だが、味醂を加えるか加えないかで分れる。 ①新ショウガの甘酢漬けと同様の漬け方。ラッキョウの皮を手でむき、流水で皮を落としたら上下を切り落とし、熱湯をかけてざるに取り塩をかけて手で揉む。粗熱がとれたら、水気を拭きとって酢、砂糖、塩の漬け汁に漬ける。 ②ラッキョウの皮を手でむき、流水で皮を落としたら上下を切り落としたら熱湯をかけずに、そのまま水気を拭きとって酢、砂糖、塩、味醂の漬け汁に漬ける。 ①、②とも試しに500グラムずつ漬けてみた。 ②のレシピのラッキョウは今日で3日目だが、試食してみる。結構いける。ただし、まだえぐみというのか、ツンツンする。やっぱり1月くらい漬けないと駄目か?味はよい。コリコリ食感もよい。期待しよう。

可愛いElla Fitzgerald

  "You Turned The Tables On Me" - Ella Fitzgerald | Joe Pass | Duets in Hannover 1975を見て聞く。Ellaは1917年生まれだから58歳だ。実に可愛い声と歌だ。映像も、度の強い老眼鏡をかけてはいるが、やはりかわいい。Joe Passも実に滋味深い伴奏。何より、EllaがJoeをリスペクトというか大好きなのが伝わってくる。

文春6月号、藤原正彦「古風堂々」で理解が難しい箇所が

 文春6月号、藤原正彦「故風堂々」”恵まれた立場ならばこそ”に以下: (チャーチルは) 一九四四年九月にはルーズベルト米大統領に会い、「原爆が完成したら(ドイツでも日本でもなく)日本人の上に落とす」と承諾させた(ハイドパーク覚書)。 日本ではなく日本人…何だろう?日本という国家はどうでもいいが、日本人だけは許せない、ということ???

文春6月号、辻田真佐憲「戦後の正体」が思い出させてくれた

 「戦後の正体」第3回”「九条」と「平和」をめぐって” に以下(抜粋) そもそも、GHQはなぜこのような態度で憲法草案の受け入れを迫ったのだろうか。じつのところ、マッカーサーは早くより天皇制を存続させ、みずからの占領統治に活用する方針を固めていた。  少数の支配者で多数の被支配者を統治する場合、力による一方的な抑圧では反発を招いてうまくいかない。米国の植民地だったフィリピンでの勤務が長かったマッカーサーも、現地の制度や文化を利用すべきだという点をよく理解していた。  ただし、「青い目の大君」と呼ばれたマッカーサーも、現実には自由に振る舞えたわけではない。マッカーサーは米軍人なので米本国からの指示は無視できず、また連合国軍の最高司令官として赴任している以上、英国やソ連などの意向にも配慮しなければならなかった。  とりわけ同年2月後半に初会合を控えていた極東委員会の動向が重くのしかかっていた。極東委員会は連合国の日本占領政策決定機関であり、そこで天皇制の廃止が決定されれば、マッカーサーもそれに従わざるをえなかった。  この極東委員会の介入を避けるためには、新憲法の草案を急いで整え、 日本がすでに民主化を進め、軍国主義と決別していることを示す 必要があった。そうすれば、天皇制の存続も既成事実化してしまうことができる。  しかるに、日本側の憲法草案はあまりに保守色が強かった。その試案の一部が「毎日新聞」によって報道されると、マッカーサーは2月3日、腹心のホイットニーに新たな憲法草案の作成を命じた。このとき指針となったのが、いわゆる「マッカーサー三原則」、すなわち(1)天皇制は維持するが、国民主権に基づくこと、(2)戦争の放棄、(3)封建制の廃止だった。こうして、わずか9日間でGHQ草案がまとめられた。  以上の経緯を踏まえると、ホイットニーの「脅迫」とされることばも「天皇を守るためのものなのだから受け入れよ」という意味合いを帯びていたと理解できる。  やがて日本側もマッカーサーの意図を読み取った。日本のエリート層にとって最優先すべきは、国体の護持=天皇制の存続だった。終戦交渉でも最大の争点はそこにあった。そのため、天皇制が保たれるのであれば、一定の譲歩は現実的な選択となる。こうして、のちの九条にあたる内容はさしたる抵抗もなく受け入れられ、日本政府の「憲法改正草案要綱...