吉野源三郎「平和への意志」
吉野源三郎「平和への意志」より: 「平和への意志」は、1946年1月号から岩波書店から出された月刊雑誌である「世界」の編集人、吉野源三郎が「世界」にまえがきや編集後記として書き残した文章を綴って一冊の本にしたもの。1946年は、新しい憲法が論議され、解放感・自由感が溢れていた。それが冷戦が始まり、国連が怪しくなって、憲法9条と対になっていた国連軍による安全保障も怪しくなり、「世界」に掲載された全面講和すべしという意見は無視され、単独講和となり、米軍が駐留し、1952年の総選挙では吉田ドクトリンに反対するリベラル政党の応援をしたが、吉田自由党はかとうじて過半数議席を維持した…。ついに1954年自衛隊が誕生するに至り、悲観的というか投げやり・シニカルになりそうな気持を奮い立たせて読者よ、日本人よ自分の頭でじっくり考えてくれ!という嘆きとも叫びともつかない文章が増えていく。ここに、戦後日本のリベラリズムの高揚と挫折がみごとに描かれている。今の野党は、吉野さんが書き残した「古証文」を後生大事に引用しているケースが多いが、それに共感する日本人は急速に少なくなった。 今にして思えば、1950年の全面講和論で盛り上がった時期が日本のリベラルの絶頂期ではなかったか?全面講和が果たせず、やや投げやりになったリベラルは、一部が過激化する。そして1960年安保闘争に負け、投げやりが失望・絶望に変わって、1970年前後の過激派の反体制活動に至って世論の支持を完全に失う。(そのなれの果てが沖縄あたりで基地反対運動をしている) 朝日新聞の高橋純子などが、したり顔、Woke顔で自民党政策を正面から非難・批判するのでなく「どうなってるんでしょうねぇ」みたいな記事を書くのも、この吉野さんの嘆きとも叫びともつかない文体・スタイルの真似ではないか?よく言えば、自分の意見を正直に表明して読者自身が自分の頭で考えるのを邪魔したくない、ということだろう。悪く言えば、「アンタはどう考え、どうしたいの?ハッキリしろ!」だ。ご本人も十分に自覚していると思うが、もう「オールド」なんだ。 以下抜粋。 1946年1946年6月号 編集後記 言論はいま、かつてなく自由である。どんなラディカルな言説も、そのために迫害を被る恐れはない。このことは国民の政治的活動と思想の生長とにとって、それこそ建国以来前例のないよい条...