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オリンピック反対運動はどうなった?

 東京五輪の時は五輪反対論が結構盛り上がった。やる前はガタガタ言うけど、始まってしまえば全く静かになったが・・・。それがどうだろう、日本の皆さん、ミラノコルチナ五輪は反対論なんておくびにも出さない。 皆さん、日本選手を応援するばかりで連日大盛り上がり。お涙ちょうだい物語もたっぷり。 自国開催で始まる前だけ五輪反対論が盛り上がるの?他国でやるオリンピックには反対論は一切ないの? IOCなんてものすごくいかがわしい。カネの匂いがプンプンだ。やめちまえばやめちまったでいいように思う。オールドメディア頑張れ! きれいごとばかりで一皮むけば金まみれって、アメリカの民主党と同じだ。五輪もそろそろ潮時だ。それよりドーピングし放題でもいいからいい記録出せ、という大会がラスベガスかどこかで開催されるらしいからそっちを見たい。

ゾンビ政党の存在意義は?

読売に以下:   「私たちは共闘し、決して戦争を許さない、憲法改悪を許さない」  共産の田村委員長は22日、東京都内で市民団体が主催する街頭演説会に出席し、社民党の福島党首らとともに声を張り上げた。  共産は衆院選で社民などと一部地域で協力する「左翼ブロック」を形成して臨んだが、4議席にとどまった。衆院議院運営委員会に委員を出せず、代表質問を行えなくなった。  今後も社民などと街頭活動を継続する方針で、田村氏は演説後、記者団に「危機感を持つ市民と共同で国会を取り巻いていく」と意気込んだ。対抗手段を失いつつある中、共産はこれまで各議員に提出の判断を任せていた政府への質問主意書について、組織的に活用することも検討している。  集会には立憲民主党の石垣のり子参院議員も駆けつけた。中道改革連合の安全保障政策などについて、石垣氏は記者団に「立憲主義に基づいた(立民の)綱領から後退した」と批判。中道改革への合流は「決められたことは一つもない」と語った。 >> さて、共産、社民、立憲民主などのゾンビ政党に存在意義はあるんだろうか?中国他コストの安い国に負けた日本のゾンビ企業は、最近グローバリゼーションが否定され、経済安全保障上、自国で作る必要が出てきたから復活する可能性がある。 同様に、ゾンビ政党にも存在意義が出て来る日は来るか?またそれはどんな時か?冷戦が復活するようならゾンビ政党も復活するか?だけど、冷戦はどうかなあ??

シェルブールの雨傘

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 都内で見つけた「珍百景」。 「シェルブールの雨傘」と言って分かる人は今、何%いるだろうか?

久しぶりにいい顔の招き猫を・・・

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 人形町にあるラッキー・グッズ屋。招き猫グッズもふんだんにある。ここでトートバッグとフィギア?とタオルを買う。 招き猫フィギアは顔を見て買って欲しそうな表情・目をしてるのを買う。 今日買ったのは、「困ったような顔をした」ヤツだ。 上の写真は、ちょっと上から取った写真。下の写真は真正面から取った写真。上のは、困った様子。下のは困った、と言うより、どうしようか、悩んでる感じ。同じものでも撮る角度によって微妙に違う。 そうか、店で見るときは、上から見るんだ、と気づく。

先崎彰容「維新と敗戦」

 俺は明治維新のお題目である「尊王攘夷」が大東亜戦争につながり、それが敗戦に繋がったと考えている。そういう文脈の本かと思って読み始めたが、必ずしもそういうわけでもなく、維新と敗戦は近代日本において大きな変革であった、という文脈であった。 様々な思想、思想家、その著作が紹介されているが、名前も聞いたことがない保田與重郎、橋川文三が目を引いた。保田は文明開化に背を向け、全否定した。その保田の著作を若い時にむさぼり読み、昭和維新を試みたテロリストの心情を探り、三島由紀夫の天皇論を論破したという橋川。いずれ彼らの著作を読もうと思う。 この本の最後の方に、”昭和天皇への『近づき方』ー 昭和天皇と後醍醐天皇”という三島由紀夫に関する小文がある。そこから引く: 伊藤博文によって創られた明治国家は、帝国憲法によって支えられている。明治立憲体制を三島は否定した。この体制は天皇のあるべき姿をゆがめてしまった。西欧流の立憲君主制は天皇の本質に傷をつけると三島は思った。天皇から文化の香りを脱臭し、政治的側面だけが強調されてしまっているからだ。更に大正14年の治安維持法が決定的に天皇を堕落させた。治安維持法第1条「国体を変革し又は私有財産制度を否認することを目的として・・・」にヒントが隠されている。ここには「国体」を変えるような危険な行為と「私有財産制度」を否定する行為が同じだとみなされ、否定されている。共産主義を否定しているわけである。すると、国体イコール私有財産制度ということになってしまう。資本主義を守れ、というのが治安維持法の暗黙の前提なのである。立憲君主制は資本主義を守るためにあり、天皇は、経済に奉仕する役割を与えられるのだ。天皇は政治と経済に閉じ込められ、文化的な存在ではなくなってしまった。三島が戦前の日本を嫌った根本的理由はこの点にあった。三島によれば、明治天皇が体現した立憲君主制と大正天皇が背負わされた治安維持法、この二つの近代を超克するために、昭和天皇は登場してきたのである。三島は討幕を果たした後醍醐天皇は王朝文化をも復活させた、と言う。昭和天皇が後醍醐天皇になれば、近代の超克ができる・・・ 三島にとっての「政治」のイメージは、後醍醐天皇同様、「美的テロリズム」による永久革命にあった。この政治における絶えざる変革思考は、変わること、 変えることは無条件に善 なのであっ...

嗚呼、島倉千代子!

「徹子の部屋」を見る。ゲストは坂本冬美だ。坂本は我が島倉千代子に可愛がられたそうだが、腹を抱えて笑ったエピソード; デビューの時、島倉千代子に挨拶に行った。「初めまして。私、誕生日が3月30日で島倉さんと一緒なんです。」と言ったら「随分お若く見えるわね」と言われた。 カラタチ日記を歌い過ぎて声が壊れたので夜10時以降は歌わないようにしていたが、借金返済のため、キャバレーで歌わざるを得なくなった。夜遅くキャバレーで歌おうとしても、「声が寝ちゃうようになっていた」ので慣れるのに苦労した。 サラダ油はサラダにかけるもので揚げ物や炒め物には使えないと思い込んでいた。

「くじ引き民主主義」を読む

 吉田徹著、2021年発刊の「くじ引き民主主義」を読む。一言で言えば、選挙民主主義はもうダメだから、選挙でなく代表(代理)をくじ引きで選べ、というもの。そうすれば、結果は同じでも、政策を、選挙という自分たちが信じていないプロセスで選ばれた信じられない代表に決めさせるより、偶然で(神様によって)選ばれた代表に決めさせる方がまだまし、というもの。ただし、素人にオープンに議論させることができない軍事や外交はプロが秘密裏に行う。 面白く、また刺激もあり、参考になる本だった。民主主義の延命のため、試す価値はありそうだ。 まず数少ない悪口から書くと: ①嫌いな言葉遣い OS・・・「民主主義のOS」って何???まず、OSって何の略だったか思い出せない。パソコンを使い始めたときマイクロソフトのWindowsがOSの代表だった。民主主義の・・・と来れば基本とか仕組みと言う言い方が妥当な気がする。1975年生まれの著者にとっては、こういう文脈にはOSという言葉がぴったりなのか?何のこだわりがあってこういう言い回しにするかは分からないが、俺には違和感。 彼ら/彼女ら・・・これも気に入らない。「彼ら」だけでよい、看護婦は看護士に言い換える必要はない。バッカみたいだ。 ②マックス・ウェーバーやプラトンやソクラテスを読んでるのに・・・ この本に彼らの言葉が引用されるんだから著者は俺なんかより熱心に彼らの本を読んだはずだ。マックス・ウェーバーは「職業としての政治」で、またプラトンはソクラテスの口を借りて「国家論」の中で”民主制は独裁制に変わる”と言っている。そこには触れずに、「民主主義を守りましょう」みたいな話に持っていく。俺は「民主主義は終わってそろそろAI独裁が始まる」と思っている。というか、民主主義では人間は幸福にならないから、独裁を試せばいいと思う。まあ、その前にくじ引き民主主義を試してもいいか。そもそも俺は民主主義って嫌いだ。市民権を得ていない者(例えば奴隷や植民地の人や女)を搾取・収奪することを前提とするからだ。民主主義って金も時間もかかるものだから、そういう犠牲者が必要なのだ。今のアメリカはそういう犠牲者がいなくなってしまったから、同盟国や移民やマイノリティーを犠牲者にしようとするのだ。 以上で気に入らないところは終り。以下は気に入ったところ: ①古代アテネの民主主義につい...