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格好いい男の格好いい写真

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 1956年録音のこのレコード。Violets for your fursが含まれている。演奏そのものはあんまりいいとは思えないが、このジャケット。この頃のアメリカには格好いい男がいて、格好良くピアノなぞ弾いていた。俺にとってはGreatだった。

柄谷行人「哲学の起源」(2012年)より

柄谷行人「哲学の起源」より抜粋する。柄谷さんは、多数による支配=デモクラシーでなく、ソクラテスのように、無支配の(支配のない)世界を理想とした。 プラトンは、デモクラシーは衆愚に堕し、独裁になるとし、それを回避するには哲人による独裁が必要とした。ピーター・ティールもこれだ。哲人を王とするか、王を哲人にするか?今はトランプという、とても哲人にはなれそうにない男を王にしたが、無理なことは分かっているだろう。他の哲人候補(ヴァンス)を王に据えようということだろう。 日本人は元来、労働に価値を見出し、尊重した。この、労働によって生まれる価値によって民主主義のコストを多少とも賄うことができる。他国に植民してコストを賄うのではない民主主義は日本でなら可能ではないか?弱い軍隊か軍隊なしで行くしかないだろうから、侵略されてしまうか。それとも、強い軍隊に価値を置く国に守ってもらうしかないか?そう考えると、アメリカに守ってもらうのはそれほど悪い選択ではなかったかも。 ・不平等を感じる人は他の土地に逃げる自由があれば、平等と自由の両立が可能 ・スパルタでは平等を守るために自由を犠牲にした…アテネでは自由と平等を両立するコストを賄うために他国を侵略し、奴隷を増やした。(それを実現するための軍人を一番偉いとし、生産活動に携わる人間を蔑み、奴隷にした)…欧米で発達した「民主主義」はこれらのいずれかをモデにしたものである。 ・イオニアでは、自由と平等を他の方法で両立させた。つまり、生産活動や商業活動を卑しいものとせず、コストを賄うための富を生み出した。侵略できるほど強い軍隊を持たずにフロンテイアを開拓したが、行き詰まり、他国に侵略された…アメリカに国防を肩代りしてもらった日本の高度成長モデルに近い。 ・ 「肉体」(感性)の束縛を超えた「哲学者」=理性の人・哲人= 魂を肉体という牢獄から解放した人 ・ナイル川の氾濫が生み出した数学、灌漑のために必要だった数学、金の計算に必要だった数学 ・ 過度の自由は、個人においても国家においても、ただ過度の隷属状態をもたらす…アメリカがそうだ 以下抜粋: イオニアにあったのはデモクラシーではなくて、イソノミアである。イソノミアとデモクラシーは異なるのだが、ほとんど同一視されている。「歴史」において、イソノミアという概念を用いたヘロドトスも例外ではない。私の見る限...

柄谷行人「日本精神分析」(2002年)

「日本精神分析」より: 柄谷さんはへそ曲がりだ。 ・普通選挙がテロや軍部クーデターを招いた。 ・朝鮮半島があったから日本は他国に征服されず、その結果、天皇制が維持された。 ・官僚が決めたことを大衆が選んだ代表が承認した、という形式を踏むために議会がある ・「発言しないでいられる」のも言論の自由だ。 ・衆愚政治は傑出した代表を求めることが原因だ。代表をくじ引きで決めるとすれば衆愚政治に陥らずに「民主主義に近いもの」ができる。代表の最終選抜はくじ引きとし、1次選抜や弾劾を無記名投票にすれば、自由と「民主主義に近いもの」が両立する。ただし、「民主主義に近いもの」は遅くてコストがかかり、国防上も危険だ。コストの回収と「強い軍隊」が必須だ。 トランプはアメリカの自由と民主主義を守るべく、強い軍隊で新たなコストの回収策を開発しようとしている。やり方は乱暴で下品だが… 以下抜粋: 世界帝国は多数の部族や国家を制圧するために、世界宗教を必要とした。自らの部族神では、そうすることができないからです。奈良時代の日本では、大和朝廷が国家として存立するために、律令制を導入し仏教を導入した。 それは外的な強勢は無くても、内的な必要に強いられたものでした。だが、それでも外的な強制がなかったということは大きい。和辻が言うように、日本人は仏教を選択的に受け入れることができたからです。だから、それは何時までも「外来思想」と目されるのです。平安時代になれば律令制は有名無実となり、漢字・漢文学にかわって仮名による文字がドミナントになっていった。にもかかわらず、律令制も漢字も廃止されることなく、形の上で存続したのです。しかしこういうことがあり得たのは、日本が中国という世界帝国の辺境に位置する島国だからであって、日本に特に何か内在的な「力」があったというからではありません。同様に、日本において天皇制が存続したのは、それが根深い神話的な力を持っていたからではなく、朝鮮半島があったため、一度も異民族に直接的に支配されずにすんだからです。坂口安吾はつぎのようにいっています。 天皇制というものは日本歴史を貫く一つの制度ではあったけれども、天皇の尊厳と言うものは常に利用者の遊具に過ぎず、真に実在したためしはなかった。藤原氏や将軍家にとって何がために天皇制が必要であったか。何が故に彼ら自身が最高の主権を握らなかったか。...

嗚呼、カレン・カーペンター!

  よろず~ニュース  に以下: 音楽評論家の湯川れい子氏が7日、Xに米国の兄妹デュオ・カーペンターズのカレンさんが亡くなった理由について投稿した。カレンさんは1983年2月に亡くなっている。当時は「心臓発作のため倒れ急死」と報じられた。 湯川氏は「今日はNHKの番組『グレーテルのかまど』の取材でした。カーペンターズのカレン・カーペンターがお料理好きで、カレンが作ったと言うケーキ『チューイー・パイ』の話から、懐かしいカレンについてのインタビューになりました」とカレンさんの話題になったことを記した。 湯川氏は「いつも自分の体重を気にして、サラダしか食べなかったカレン。飾らなくて優しくて素朴だったカレンのことが懐かしく想い出されて、思わず涙が出てしまったインタビューになりました」とカレンさんとの交流を思い出し、胸が一杯になったことを記した。 湯川氏はラジオ番組「全米トップ40」でカレンさんにインタビューをしていたそうで、「彼女が拒食症になってからでも、最後にニューヨークで1人で暮らしていたカレンと電話で話したことが忘れられません」とし、別の投稿で「優しい、でも、お兄さんのリチャードの友だちから、太っていると言われたことが、生涯のコンプレックスというか、心の傷になっていたのですね」と涙を表す絵文字を添えた。 「グレーテル」について湯川氏は「6月頃に放送されるだろうとのことです」としている。湯川氏は「全米トップ40は、カーペンターズ抜きには語れない番組でした。カレンが懐かしいです」と心情をつづった。 >> カレン・カーペンターは俺の大好きなアメリカ女性歌手の一人だ。あの声、それから英語の美しさ…好きだった。色っぽいところもあった。歌だけでなく、見た目も上品でよかった。太ってるって言われただけで死ぬなんて。もったいないことをした。もっと鈍ければよかったのに。でも、鈍かったら、あんな風には歌えなかったろう。でも彼女は沢山の歌を残した。幸せ者だった。 グレーテルのかまどは好きな番組だ。チューイー・パイって知らない。この放送は、録画しなければ…

待ってました、高橋純子!

「現れない」首相とデモする主権者 平和憲法の価値を照らす光の波 と題して、我が高橋純子が朝日の多事争論に登場。 出だしはお題目と無関係なことを書いてて面白くなかったが、最後は高橋純子らしさ全開で素晴らしい。毎日の 山越峰一郎君同様、平和憲法守りましょうデモにえらく感動したらしく、「 畏れを知らぬ首相もいずれ、この波を見るだろう。畏怖(いふ)せずにいられないはずだ。まともな権力者であるならば。」で締める。宗教家のようだ。あるいは敵国に脅しをかける金正恩かトランプのようでもある。結局、高市早苗に何をして欲しいの?「国会に出ろ」「記者会見しろ」「わたしはこわい」「畏れを知れ」…高橋純子さん、相変わらず何を言いたいのかわからない。新聞にもたしか権力ってあったよね。朝日の記者はまともでもなく、また畏れを知らなくていいのかな? せめて、デモの連中が言ってる 「戦争反対!」「憲法守れ!」「高市政権いますぐ退陣!」。に賛成なのかどうかぐらいハッキリさせたら??? 以下引用; 高市早苗首相に聞きたいことがある。  先の総選挙で歴史的大勝を収めたからこそ、依然として高い支持率を維持しているからこその純粋かつ単純、そして根本的な疑問。感情的にならぬようゆっくりと、腹に力を込めて、聞きたい。   どうしてあなたは、なんのためにあなたは、首相になったのですか?  これほど「現れない」首相は前代未聞だろう。新年度予算案をめぐる参院集中審議への出席は10時間弱。石破茂政権の4分の1。おきて破りの型破り。この国に住まう人びとが必死に働いて納めた税金をどう使うのか。この国が抱える多くの課題に、どう対処するつもりなのか。  首相たるもの、国権の最高機関である国会で説明し、できるだけ多くの納得を得るよう力を尽くすのは当然のことだ。イロハのイ、50音ならア、アルファベットならA。そこから始まる。そこからしか始まらない。  中東情勢の緊迫化は、私たちの生活にどのような影響を及ぼすのか。情報が入り乱れ、日に日に増す人びとの不安をなだめられるのは、政治リーダーの明確なメッセージしかない。ただし、メッセージとは単なる言葉ではない。思いの乗った、身体性を宿した言葉だからこそ人びとに届き、刺さる。ゆえに政治リーダーは「現れ」なければならないのだ。  ところが高市首相は記者会見を開かない。ぶら下がり取材もごくま...

日本人には理解できない…

 「海峡を越えたホームラン」(1988年、関川夏央)を読む。韓国のプロ野球に移籍した在日の野球選手の話。韓国人論だ。ひっくり返せば韓国人論を通した日本人論。韓国人から見た日本・日本人が描かれていて結構面白かったが、唯一理解できないのが以下に引用したくだり: 同姓同本の男女の婚姻に対して、(日本人に言わせればだが)異常なまでの警戒心を見せるのは、近親婚の可能性を忌むというより、すでに家系樹(書かれたものとしては族譜=チョクボ)のなかで安定している代数(ジェネレーション)が崩れてしまうことを恐れるからだ。第30世代の女子と第31世代の男子が結婚して生まれた子供を、族譜のなかにはめこむことはできないのである。 >>Wiipedoa「族譜」の「朝鮮の族譜」には「 伝統的な族譜は、宗族の男性構成員について、生没年月日、経歴、配偶者などが記載される。配偶者は姓と本貫のみの記載であり、女子には本人の名が載せられずに夫と子の姓名・本貫が記される。」とあるが、上記の記述の理解には役立たない。族譜作成上、嫁さんなんてどこの馬の骨ともしれない女でもいいんだから、本貫も世代も無関係としか思えない。 うっすらと分かるのは、朝鮮は階層社会で、身分が厳しく分かれていたが、その身分を証明するのは族譜だと信じられていたということだ。従って、族譜は両班のような、「働かなくても偉そうにしていられる」階級にとっては非常に大切だった。上記の通り、族譜がうまく書けなければ、結婚もできなかった。朝鮮には、「下剋上」がなかったのか?日本人は卑しい身分の貧乏人が天下を取った。つまり、韓国に比べれば、身分や階層が流動的だった。元々偉かった天皇皇族を除き、一般人は偉くなった後、適当に祖先を見繕って家系図を作ったが、誰もそんなもの有難がらなかった。 もしかすると、朝鮮人にとって「働く」ということが死ぬほど恥ずかしいことで、「働かなくてもいい身分」 を保証してくれる族譜は、 命に代えても守るべきものだったのか? 朝鮮人にとっては族譜によって証明される「家柄」というフィクションが「労働」に対する免罪符として重要だったのに対し、日本人にとって重要だったフィクションは土地や家屋の所有を担保する「家」だっだ。両方ともアイデンティティーの拠り所だった。簡単に言えば、朝鮮では身分が、日本では土地がアイデンティティーの源泉だった...

"Violets for your furs"

 たまたま、Matt Dennisの”Violets for your furs"の動画を見たら、実によかった。なんでもRosemary Clooneyにこの歌ができた経緯を明かしながら歌ってるんだそうだ。この歌、歌詞の内容は恋に落ちた瞬間を歌ったもので、希望に満ちた明るいもののはずなんだが、歌を聞くと、もの悲しい。 作詞者のTom AdairはMarttの友人で、ある晩、TomとMattがクラブに行った。Tomは彼女とケンカ中だったが、ふと歌詞を思いついてテーブルクロスにそれを書いた…それにMattが曲をつけたのがこの歌だとか。恋に落ちた瞬間を懐かしむ歌か? 彼女とケンカ中だっからか、幸せいっぱいじゃあない。「ちゃんと”より”は戻るかなあ」と不安なのか?あるいは「あの頃はよかったなあ」というため息か? この歌の歌詞の肝はYou pinned the violets to your fursだと思う。 You pinned my violets to your furs and gave a lift to the crowds passing by, You smiled at me so sweetly, since then one thought occurs, That we fell in love completely, the day I bought you violets for your furs. すみれをもらった貴女が(毛皮の)コートのボタンホールにすみれを刺して(pin)、それを道行く人々に見せた。うれしそうな貴女の顔。それを見て僕もうれしくなった・・・二人が恋に落ちた瞬間だった…という歌詞。 YouTubeでMatt Dennis以外のを探していたら、John Coltraneのがあって、やっぱりいい。このアルバムは、俺がジャズを聴き始めて日が浅い頃、今から50年以上前に新宿のOZAWAで買った。初めて聞いた時からこの曲だけはいいと思ったが、アルバムの他の曲はいいとは思わなかった。俺のコレクションのスタートだから懐かしい。 さて、他に"Violets for your furs"はないか?と探すと、当然、Frank Sinatraのもあるが、パスして探すと、Shirley Horn Trio "V...