投稿

心温まる感じがする/紋切り型はやめろ!

イメージ
読売に  渋谷・道玄坂で高校生ら美人局、「示談金800万円を払え」と暴行容疑…茨城の兄妹ら5人逮捕 と題して以下:  美人局(つつもたせ) の手口で男性から現金を奪ったなどとして、警視庁は2日、茨城県笠間市の高校1年の女子生徒(15)と、兄で同市の専門学校生の男(18)ら男女計5人を強盗致傷容疑で逮捕したと発表した。逮捕は1日。  発表によると、5人は共謀して6月13日未明、渋谷区道玄坂の路上で、神奈川県平塚市の男性会社員(26)に殴る蹴るの暴行を加えて軽傷を負わせ、30万円を奪った疑い。5人は「遊ぶ金が欲しかった」とおおむね認めている。  事件の約1時間前、女子生徒が現場付近を通りかかった男性と知り合い、近くのホテルに入った。残りの4人が、ホテルから出た男性に「示談金800万円を払え」と暴行を加え、近くのコンビニ店の現金自動預け払い機(ATM)で30万円を下ろさせたという。 >> 記事の内容は、何と言ったらいいだろう、美人局という昔ながらの犯罪だし、ひっかかった奴が馬鹿だし(しかし、ホテルにいる間に「いい思い」したのかな?それなら丸損じゃあねえし)多分、逮捕された5奴らの裏には「指示役」はいなさそうだし、犯罪動機も俺にも理解できる昔ながらのものだし、心温まる感じ。まあ、昔なら怖いお兄さんがしたんだろうけど、美人局も若年化したねぇ。 気に入らねえのは読売(に限らないが)の紋切り型だ。なぜ警視庁(桜田門)の写真を掲載する?関係ねえだろう!もし、スペースが余ってるなら、写真の代わりに白地にして、「御免なさい、埋め草記事がありません」とでも書いたらどうか??? 閑話休題: 気になるのは、なんで遠路はるばる茨城から渋谷まで出張って来た?だ。茨城から渋谷までの間、例えば千葉あたりに、美人局に向いた場所はなかったのか???また、渋谷の 近所の高校生だって同じことは思いつきそうなもんだが、なぜやらなかったのか? 「いばらき」と入れると「茨城」と変換。 「いばらぎ」と入れると「茨木」と変換。 COPILOTによれば、「 大阪府にある茨木市の正しい読み方は 「いばらきし」 であり、「いばらぎし」と濁って読むのは誤りです」と。どっちも「いばらき」なんだけど・・・

まんじゅうや、だんごてと書いて投票する選挙人

 まんじゅうや、だんごてんと書かれた投票が無効か有効かを巡ってTVは大騒ぎ(大喜び)だ。 俺は、福岡県議会事件を連想する。投票用紙に「まんじゅうや、だんごてん」と書くような選挙人が福岡県にもたくさんいて、何十年も「県議会のドン」に投票し続けたんじゃあないか?(ただし、福岡県人の方が少し気が利いていて、「まんじゅうや、だんごてん」と書く代わりにしっかりドンの名前を書いた) 俺は「だから日本に民主主義なんて無理だ」と思う。もちろん、リベラルの皆さんは「こうして、日本の民主主義はまた一歩前進した」と考えるんだろうなあ。

何故メディアは読者の知りたいことを教えない!馬鹿か、無神経か?

イメージ
 朝日の 日本製紙八代工場の煙突火災に関する記事。 俺の知りたいのは「なぜ煙突が燃えるの?」だ。煙突を解体するために金属を溶かすような高温を発する(溶断)装置が使われていたかも知れないから、着火源はあるとしよう。しかし、煙突表面に燃えるものが付着していたとは俄かに信じられない。長年使われて煤でも堆積してたのか?この着火源と煙突表面の何が燃えたのか、について朝日以下のメディアは考えたり、取材したり、調べたりしてるのか?してないとすれば、馬鹿だ。消防や日本製紙や周辺住民の言う事をオウム返しに記事にして事足りると考えるのなら無神経だ。どんなことを読者が知りたいと思ってるか?に想像が及ばないのならもはやメディアとして存在する価値・意味はない。以下、写真と記事。 7月の熊本地震で煙突が損傷した、熊本県八代市の日本製紙八代工場で3日午後5時50分過ぎ、「煙突解体作業中に出火した」と従業員から119番通報があった。  八代広域行政事務組合消防本部によると、解体中の煙突1本から黒煙が上がった。消火活動の結果、午後9時27分に鎮圧した。けが人は確認されていないという。  熊本県警八代署によると、当時は現場で作業員10人が解体作業中だった。  八代工場では、7月28日に起きた地震で5本の煙突のうち3本が損傷した。  そのうち高さ80メートルの重油ボイラーの煙突が中央部分あたりから折れ、日本製紙と協力会社の従業員ら計9人が死亡した。燃えたのはこれとは別の煙突という。  8月下旬から煙突の撤去作業が進められていた。 地元の人たちは…  八代市内の現場近くの男性(77)は「午後6時ごろ、急に黒い煙で真っ暗になって工場を見てみると、煙突が燃えていた。激しく燃えて煙突の一部が落下したと思う。どーんとすごい音がした。こんなことになってびっくりした」と話した。  近くに住む40代女性によると、最初は煙突の根元にある配管みたいなところが燃えていたのが煙突まで燃え広がったように見えたという。「八代といえば日本製紙。地震であれだけ被害を受けて、ようやくこれから少しずつという時に、この火災は地元住民として本当にショックです」と話した。  近くに住む福島史郎さん(86)は、「気が付くと炎と真っ黒な煙が高く上がっていた。ドーンドーンと何度も爆発のような音も聞こえて、煙突が倒れる様子が見えた。最近工事をし...

久しぶりに朝日を揶揄

朝日に 杉田敦氏×加藤陽子氏×長谷部恭男氏の脳天気三人衆の学者の対談(3人だから鼎談?)。抜粋して揶揄:      杉田 私も、国旗損壊罪と皇室典範改正が一緒に出てきたことはおそらく偶然ではないと思います。トランプ米政権は、国際法違反の疑いのある戦争を開始したり、戦争犯罪を裁く国際刑事裁判所を機能停止に追い込む方針を示したりするなど、これまでの戦争違法化体制を壊そうとしています。そういう流れに乗った方が日本にとっても得だと考える政治家や官僚が、実は私たちが思っている以上にいるのではないか。  日本は いつまで敗戦国 としてやっていかなきゃならないのか、どこかで一発逆転、戦勝国に連なりたいという願望を持つ人たちが、平和主義の現憲法体制を大事にし、国民的人気を得た上皇夫妻と天皇一家の姿勢を「目ざわり」だと感じても不思議ではない。世論も、高市さんの中国に対する強硬姿勢を好感しており、法律でナショナリズム批判を封じ、 「戦争できる国」への既成事実化 が進めば、戦争を一つの政策オプションのように扱う社会が到来しないとも限らない。今国会で、その布石がいくつか打たれてしまったのではないか? 杞憂(きゆう)ならいいのですが。 >>さてさて、俺も、いつまで敗戦国でいなくちゃあならないの?って思う。ただし、多くの日本国民は敗戦国って思っていないと思う。素晴らしい戦後教育のおかげで「悪いのは軍部で軍部が戦争を始めて戦争に負けた、その他の善良な日本国民は悪者の軍部から解放された。」と思いこんでいるんじゃあないか?そう思い込ませるために、「敗戦記念日」じゃあなく「終戦記念日」と称して、「負けたんじゃあない、終わったんだ」、と強弁してるんじゃあないのか???杉田おじさん、「だから日本は敗戦国じゃあありません」とでも言いたいのか?仮に「日本が敗戦国」だと認めるならいつまで敗戦国でいなくちゃあならないのか???俺の答えは簡単で、「次の戦争で勝つまで」だ。 自衛隊を持つ日本は戦争できる国ではないのか?戦争以外に自衛隊を持つ意味・目的は何か? ロシアから攻め込まれて反攻したウクライナのやったことは専守防衛だから戦争ではない、とおしゃるのか? 杉田おじさんは自衛隊違憲論者か?それなら「憲法に戦争しないって書いてあるんだから、自衛隊も在日米軍も違憲」と、まず言ってほしい。  (略)  加藤 ただ、...

俺のお袋なら・・・

日刊スポーツに 「 結婚意志ない若者増加に伊藤聡子「衝撃的。人口は減っていくしかない、日本は」 と題して以下:   フリーアナウンサー伊藤聡子が2日、TBS系「ひるおび」(月~金曜午前10時25分)に出演。こども家庭庁が若者を対象にした初めての大規模調査で、未婚の若者の約3人に1人が「結婚するつもりはない」と考えていることに「衝撃的」とコメントした。 今年5月から8月にかけ、15~39歳の約10万人を対象にした意識調査の中間報告をまとめたもの。調査によると、未婚者の35・1%がこう回答していた。 コメンテーターで元AKB48のタレント高橋みなみが、「結婚するのが当たり前じゃないって今っぽいなと思ったんですけど、個人的にはもっと今の若者って結婚したくないのかなって思ったんです。なので、逆にいずれ結婚したいと思っている人が65%いたのはよかったな」と話した後だった。 伊藤は真逆の見方で、「なかなか衝撃的だな。結婚しないと、子どもも持てないということになるので、人口は減っていくしかないんだな、ニッポンはという危機感もありました」とした。「一方で、私が若い世代でいたら、確かに結婚するのって難しいって思うかなという気持ちもわかります。本当に大変な世の中なので」と、今時の若者に同情する面も見せた。 >> 俺が結婚する前、お袋から「結婚しなくてもいいからお前の子供の顔を見たい」と言われたことがある。俺はそれから、『結婚と出産は別』というアイデアに気づいた。 結婚と出産を結びつけて考える必要はない。出産を商売にすればよい。つまり、結婚しなくてもどんどん出産してもらって生まれた子を国が買い取るのだ。(結婚していても売りたい夫婦がいれば同様に子供を買い取ればよい)少子化対策になる。 育児には経験者である年寄りを安く使えばよい。年寄りの小遣い稼ぎにもなる。 いいことづくめの案だと思うんだが・・・

「平和があれば何でもできる」ってか!?

産経に 保守党・北村晴男氏「平和教育という名の違法教育、許してはならぬ」辺野古転覆事故受け と題して以下:   日本保守党の北村晴男参院議員は2日、那覇市内で沖縄県知事選(13日投開票)の応援演説に臨み、同県名護市辺野古沖で船2隻が転覆し平和学習中だった同志社国際高校(京都府)の生徒ら2人が死亡した事故に言及。「平和教育という名の違法教育を許してはならない」との見解を示した。 文部科学省は5月、米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する「ヘリ基地反対協議会」の活動と密接に関わりながら、研修旅行が行われていた事実を問題視し、同校の「平和学習」が政治的活動を禁じる教育基本法に違反すると認定した。 北村氏は演説で「 あの悲惨な事故を見れば、偏りに偏った教育は間違っている。公平に子供たちに教育をしなければいけない 」と強調した。(大竹直樹) >> 1972年に起きたあさま山荘事件は、連合赤軍の連中が山中を逃げ回り、「革命のために命も要らない」「命を賭けて革命に殉ずる」という風に追い詰められて起こった事件だと考える。連合赤軍、全共闘を含む団塊の世代の左翼運動は、大きく2つに分かれた。一つは連合赤軍タイプ:日和ってしまった共産党が諦めた、「共産革命」を真剣に実行しようと考えた。彼らは 軍国主義者と同様、生命軽視であった。共産革命とは武力で政治を乗っとる暴力革命のことだったし、それを実行するには個人の生命なんて小さかった。もう一つは”革命ごっこ”タイプで、大学卒業が近づくと髪を切り、就職した。 さて、問題を起こした” ヘリ基地反対協議会”の共同代表は連合赤軍タイプの生き残りだ。命知らずだ。俺は、命を賭けて革命(今ならヘリ基地反対)をする分には「どうそご勝手にだ」。ただし、キリスト教の皮をかぶせて「平和教育」を名乗り、高校生を洗脳しようというのは卑怯であり、連合赤軍もしなかった非道だと考える。 「あの悲惨な事故を見れば、偏りに偏った教育は間違っている。公平に子供たちに教育をしなければいけない 」・・・俺はそうは思わない。偏りに偏った教育をするのは結構。だが、その、偏りに偏った思想信条にキリスト教や平和というオブラートをかぶせ、洗脳を「教育」・「学習」などと言い換える、その、ねじ曲がった卑しい了見が気に入らない。

坪内祐三「一九七二」を読む

2000年から「諸君!」に連載され、 2003年に単行本化された坪内祐三「一九七二」を読む。1972年は俺にとって、受験勉強が終わり親元を離れ東京に出てきて一人暮らしを始めた年。解放感で一杯の記念すべき年だった。それが今振り返ったらどんなことがあった年で、何が終わり、何が始まった年なのか?また1971年や1973年とはどこが違うのか?知りたかったし、自分にとってどんな年だったのか?などということを書き残しておきたいという欲求は前からあった。でも、なにをどう書き出し、どう納めるか?全くアイデアがまとまらない。大体何があったのかすら記憶が定かでない。 1972年で俺がはっきり覚えていることは: ①大学の受験の直前にあさま山荘事件というのがあった。詳しくは知らないし、受験に忙しくて知ろうともしなかった。ただ、人質を救おうと、大きな鉄の玉をクレーンで吊って山荘の壁にぶつけてるのをTVで見た・・・インパクトがあった。その後、この事件は過激派と呼ばれる学生運動だか左翼運動をする輩たちが身内のものを「総括」と称して殺し、そのことが知れ渡って左翼運動が急激に勢いを失うきっかけになった、という風に理解した。②受験する大学を”下見”に行ったが、「荒廃」を感じた。俺の入った大学はまだ「荒廃」の度合いが小さかった。(荒廃は学生運動の結果だったと想像はついた)③夏以降、ジャズ喫茶では"return to forever"というグループによる、俺の知ってる、俺の好きな”ジャズ”とは全く違う理解不能な音楽がよくかかっていた。”エレキ”だったし、リズムもロックぽかった。Miles Davisが始めた、”ロックとの融合=フュージョン”てやつで、Milesのグループにいた、Chick Corea以下がやっていた。これが流行って、俺は俺の好きな音楽はビートルズとボサノバで終わった、と感じた。つまり、俺が好きな音楽は1960年代まで、ということだ。④吉田拓郎がブレイクした。春は「結婚しようよ」夏は「旅の宿」が流行っていた。この2曲は俺も好きになった。何というか、当時の気分に合っていた。⑤映画「小さな恋のメロディー」を見た。大人や親や常識に反抗する子供の映画だ。 これくらいだ。 そんな自分の代わりに1972年を書いてくれた人がいたのだ。気が向くまま要旨を以下: ポルノや性風俗が解禁された...