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一人早苗だけがパンパンではない

  適菜収氏が、高市早苗首相を「令和のパンパン」と呼んだとかで話題になっている。 適菜さん、身もふたもない言い方で売ってる人らしいから、この発言は確信犯だ。そしてそうなることを半ば期待して彼にしゃべらせた文化放送も。リスクは、早苗が怒って電波止めちゃうかもしれない、ってことだ。 さて、俺は、 日本国を妾呼ばわりする。首相 をパンパン呼ばわりするのと似たようなものか?俺に言わせれば、吉田茂以下、歴代首相はほとんどみな「男パンパン」(まあ、「太鼓持ち」と言ってもよい)だった。一人早苗だけがパンパンではない。 COPILOTに「妾って差別用語ですか?」と聞く。答えは以下: 「妾」は歴史的には正妻以外の愛人を指す言葉で、現代では性差別的・侮蔑的なニュアンスを含む場合があるため、差別語として扱われることがある。 妾の意味と歴史的背景 「妾(めかけ、しょう)」とは、 婚姻した男性が正妻以外に囲う女性 で、経済的援助を伴う愛人を指します。漢語の「妾」は「女性の奴隷」や身の回りの世話をする「召使い」を意味し、語源は「捕らえる」に由来する説があります。上方では「てかけ」とも呼ばれ、妻がいる場合は二号、三号と順にナンバリングされました。妾の子は社会的に妻の子より低く見られることが多く、民法上も嫡出子と非嫡出子で相続分に差がありましたが、現代では法の下の平等が重視されます。  Wikipedia +1 現代における社会的評価 現代日本では、 男女平等の観点から「妾」という言葉は性差別や男尊女卑の象徴として批判される可能性 があります。そのため、日常会話では 「彼の愛人」「浮気相手」など、より中立的な表現 が用いられることが多いです。また、妾という立場は法的・社会的に正妻と同等の地位を持たないため、差別的な意味合いを含む場合があります。  Wikipedia 差別語としての扱い 差別語とは、 特定の属性を理由に人を低く見積もったり侮辱する表現 を指します。妾は歴史的に女性の社会的地位や性別に基づく差別的なニュアンスを含むため、現代では差別語として扱われることがあります。特に、女性を従属的な立場に置く意味合いが強調される文脈では、使用に注意が必要です。  fromation.co.jp まとめ 「妾」は 正妻以外の愛人 を指す歴史的な言葉である。 現代で...

関電社員、えらい!!!!!

 NHKのニュースで、関西電力が関わった裁判において、それに出た関西電力社員が裁判でのやり取りを裁判長に無断で録音していた、と。思わず大笑いしてしまった。 俺のいた会社でも、会議に出ていながら一切発言せず、一生懸命議事録を書いている社員がいたのを思い出した。俺はそいつを見て、そいつ自身、あるいはそうすることを命令(あるいは強制)した上司をバッカだと思った。社外の人には、どう見えていたんだろうか。 さて、今日ニュースになった関電の社員も、自主的なのか上司の命令・プレッシャからかは分からないが、、一言一句漏らさず正確に再現した議事録を作らなければならない、と信じているのだ。問題の関電社員は、録音するには、裁判長の許可が必要だと知っていた、と言っているが、知らなかったのかも。とにかく、会議に出たら、録音して一言一句漏らさず正確に再現した議事録をつくるのが彼の習慣であり、存在意義じゃあないか… こういうの、何て呼べばいいんだろう。官僚主義か?大企業病か?Bull Shit病かな???

コンサル会社の不正

コンサルが人件費3千万過大請求 官庁の受注で相次ぐ不正の背景は と題して朝日に以下:  コンサルティング大手の子会社が、総務省から受託した業務で3千万円超の人件費を過大請求していた。契約違反などで指名停止となる例は他省庁でも相次いでいる。中央省庁のコンサル企業への発注が増えるなか、何が起きているのか。  総務省は4月28日、合同会社デロイトトーマツの子会社デロイトトーマツテレワークセンター(福島県)を 3カ月間の指名停止措置 とし   た。この間は同省の競争入札などに参加できなくなる。  情報流通振興課によると、高齢者向けのスマホ教室などを行う事業の審査業務などを約30億円で受託したが、働いた人数や時間を水増しし、2023年度に約3100万円を過大請求していた。担当チームが組織的に不正を働き、複数の管理責任者が認識していた。24年度も過失とされるものの、約100万円の過大請求があったという。  総務省は過大請求分の返金を求め、「 二度とないよう適正執行に努める 」としている。 (略)  デロイトトーマツグループは2社の事案について、「 業務管理体制の不備 があったと認識している。類似案件調査と原因分析を実施し、(親会社の)監督機能も強化して再発防止策を徹底する」と取材に回答した。 強まるコンサル依存  同業大手のアクセンチュアも昨年9月、デジタル庁から4カ月間の指名停止措置を受けた。政府のオンラインサイト「マイナポータル」などの設計開発や運用保守の業務で、同庁に無断で外部の数社に再委託をしていた。不正があった24年度の業務は随意契約で約47億円に上る大型案件だった。アクセンチュアは「 適正な契約手続きを徹底するなど再発防止の改善策 を講じている」(広報室)としている。 (略)  研究会の主査を務めた東京大学公共政策大学院の城山英明教授は、23年度以降も増加傾向が続いているとし、その要因について「新しい社会課題などに直面して(中央省庁の)業務が増えているのに、人は増やせず、業務を外部化する形で対応している」と指摘。不正が相次ぐ背景については、こう話す。  「コンサルへの業務委託が増えたのに、 政府側の管理能力が追いついていない 側面もあるのでは。蓄積されてきた事例を整理して、(コンサルの)上手な活用方法を発展させていくといい」 >> 3カ月間の指名停止措置・・...

佐藤優さんに教えられる

 文春に連載の佐藤優さんの「ベストセラーで読む日本の近現代史」第151回に、慈円の愚管抄が紹介されている。慈円は藤原氏の一員だが、幼い安徳天皇が源氏に追われ、壇ノ浦で水死したとき、三種の神器の刀が行方不明になったのを受けて「今まで天皇を守っていた刀がなくなったのは、刀に代わって武士が天皇を守るということだ」と愚管抄に書き残していると。 つまり、藤原氏の一員が、藤原氏に代わって台頭してきた新興勢力の武士を評価したということ。 閑話休題; Wikipediaで熱田神宮を調べると、安徳天皇と共に壇ノ浦に沈んだ刀は、「形代」と呼ばれるレプリカで、本物は伊勢神宮を経由して熱田神宮に保管された、とある。 後醍醐天皇は三種の神器を足利尊氏に無理矢理、譲り渡させられた。後年、後醍醐が南朝を始めるに際し、「尊氏に渡したのは偽物だった」と言った…後醍醐ってトランプと似てる気がする…

嗚呼、株主優待!!

 今日、渋谷区鶯谷にあるサルバトーレに行った。道玄坂上から谷底に降りて行くのだが、その通りは、緊張感がなくゆるい感じがして好きだ。表通りではなく、裏っていう感じか。 サルバトーレに行くのは株主優待消化のため。(近所のサルバトーレでは優待券が使えなくなり、赤坂やら渋谷やらのサルバトーレに。)以前から感じているのだが、渋谷区鶯谷の店は中国人客が多い。まともに働いている感じがしない中国人…日本に逃げ出してきたお金持ちかな?今日の客は、面白い人種構成だった。 日本人は俺たち夫婦2、俺と同年配の会社の元同僚と思しき爺4、おばさん1の7名。 中国人はお姉さんの団体6名。 俺たちの隣にアメリカ人と思しき白人男性2名。 つまり、日本人7に対し外人8。 隣の白人の兄ちゃんたちの英語は気にならないが、5,6メートルくらい離れた中国人の姉ちゃんたちの中国語は耳に不快に響く。何故、中国女の声は不快なのか?アメリカ人も声は結構でかい。声の大きさで言ったら、中国女と同じくらい。何故中国女の声は不快でイライラさせるのか?中国女の喉の構造の故か、それとも発声の仕方の故か? 優待券は5月末までが有効期限で5000円分ある。余ったからヒカリエ(?)にある辻口さんのカフェに行く。どういう 関係性 か、この店はサルバトーレの優待券が使える。上さんがパンケーキを注文。すると「30分お待ちいただきますが、よろしいですか?」と聞かれる。興味津々で待つ。何にそんなに時間がかかるのか????そして、うまいのか? 本当に30分ちょうどで出て来たが、確かにうまい。ふわふわだ。問題は、賞味期限が1分程度だ、ということ。それ以上たつと、ふわふわがなくなって歯ごたえが出てくる。 さっそく、ネットで「辻口シェフふわふわパンケーキ」と検索する。面白いことにパソコンのマイクロソフトとスマホのグーグルでは出てくるレシピが違う。両者共通の特徴は、低温のホットプレートで蒸し焼きにするところだ。そのうち、やってみよう。 閑話休題: もちろん、歴史が長くて人種の多様性に富む中国には、上品な女性もいる。俺が中国に出入りし始めた2001年か2002年頃、当時の中国のスーパーは万引き防止のためか、入り口でカバンをロッカーに預けなくてはならなかった。上海でそのロッカーの使い方が分からず、まごまごしていたら、後ろからトントンと肩を叩かれ、おば...

吉野源三郎「平和への意志」

 吉野源三郎「平和への意志」より: 「平和への意志」は、1946年1月号から岩波書店から出された月刊雑誌である「世界」の編集人、吉野源三郎が「世界」にまえがきや編集後記として書き残した文章を綴って一冊の本にしたもの。1946年は、新しい憲法が論議され、解放感・自由感が溢れていた。それが冷戦が始まり、国連が怪しくなって、憲法9条と対になっていた国連軍による安全保障も怪しくなり、「世界」に掲載された全面講和すべしという意見は無視され、単独講和となり、米軍が駐留し、1952年の総選挙では吉田ドクトリンに反対するリベラル政党の応援をしたが、吉田自由党はかろうじて過半数議席を維持した…。ついに1954年自衛隊が誕生するに至り、悲観的というか投げやり・シニカルになりそうな気持を奮い立たせて読者よ、日本人よ自分の頭でじっくり考えてくれ!という嘆きとも叫びともつかない文章が増えていく。ここに、戦後日本のリベラリズムの高揚と挫折がみごとに描かれている。今の野党は、吉野さんが書き残した「古証文」を後生大事に引用しているケースが多いが、それに共感する日本人は急速に少なくなった。 今にして思えば、1950年の全面講和論で盛り上がった時期が日本のリベラルの絶頂期ではなかったか?全面講和が果たせず、やや投げやりになったリベラルは、一部が過激化する。そして1960年安保闘争に負け、投げやりが失望・絶望に変わって、1970年前後の過激派の反体制活動に至って世論の支持を完全に失う。(そのなれの果てが沖縄あたりで基地反対運動をしている) 朝日新聞の高橋純子などが、したり顔、Woke顔で自民党政策を正面から非難・批判するのでなく「どうなってるんでしょうねぇ」みたいな記事を書くのも、この吉野さんの嘆きとも叫びともつかない文体・スタイルの真似ではないか?よく言えば、自分の意見を正直に表明して読者自身が自分の頭で考えるのを邪魔したくない、ということだろう。悪く言えば、「アンタはどう考え、どうしたいの?ハッキリしろ!」だ。ご本人も十分に自覚していると思うが、もう「オールド」なんだ。 以下抜粋。 1946年1946年6月号 編集後記 言論はいま、かつてなく自由である。どんなラディカルな言説も、そのために迫害を被る恐れはない。このことは国民の政治的活動と思想の生長とにとって、それこそ建国以来前例のないよい条...

シェルブールは霧雨!?

 YouTubeは有難いもので、松田聖子が 「シェルブールは霧雨」!という歌を歌っていたことに気づかせてくれる。思わず、 作詞・作曲者をチェック。作曲はSeiko。そして作詞は何と 松本隆 だ。聖子の歌としては最悪の駄作・愚策だろう。というか、こっぱずかしくて聞いていられない。COPILOTに 「シェルブールは霧雨」の 作詞について、松本隆はどう言っていますか?と聞く。答えは:調べた範囲では、 松本隆が「シェルブールは霧雨」について直接語った記録は見つかりませんでした。 ・・・恥ずかしくて触りたくない話題だろうなあ。何百何千と作ってれば一つや二つは恥ずかしいのもあるだろう。松本隆のワースト3を探ってみようかな。