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ラッキョウうまい

今年 初めてラッキョウを漬けた。5月中旬から6月中旬にかけて4,5回つけた。 ラッキョウを漬ける前に熱湯で一回さっと加熱するか、しないか、 漬け汁にみりんを加えるか。加えないか これで4つのレシピがありうるが、俺は3つか4つのやり方で漬けた。 レシピによっては漬けてから数日で食べられるとあったので1週間たったころから食べ始めたが、うまくなかった。1月たってもダメ。結局2月以上たたないと俺の好みには仕上がらない。9月に入って(つまり3か月くらい漬けて)非常に美味しくなった。少し透明感が出て見るからに美味しそうだ。 レシピによる違いは感じられない。 新ショウガのガリ同様、漬けて1月くらいたっ時点で試食して漬け汁の甘さ、酸っぱさをチェックし、砂糖や酢を加えた。これがよかったのかも。

中国(鄧小平)から見た日本

與那覇潤・「江藤淳と加藤典洋」より:  1976年発足した福田赳夫内閣の要請で、78年10月初旬に北京に派遣された江藤淳が鄧小平副総理と会見した報告書に以下のやり取り: 鄧小平:第二次大戦後、日本がこの問題について条約(江藤注、日本国憲法のこと)の拘束を受けているということは承知しております。しかし、そのようなことにかかわりなく国には一貫して自衛権と言うものがあります。そして自国を防衛する努力を続ける必要があります。 江藤:閣下の言われた”条約”とは日本国憲法のことですね? 鄧小平のいう、「条約」を日本国憲法の意と解してよいのか(文字面としては日米安保条約を指すとも取れる)については、史料批判の余地があるが、いずにせよ鄧小平はこの後江藤に「憲法などは大して重要な問題ではないでしょう」とまで述べている。隣国の事実上のトップから、仮にも自国の最高法規を外国との「条約」と言い放たれ(たと感じ)ては、江藤ならずとも心中穏やかでないだろう。(後略) >> 鄧小平の真意は測りかねるが、俺は、「条約」という物言いは「日本人が自分で作らせてもらえずにアメリカから与えられ、受け入れざるを得なかった憲法」の意で、実に正鵠を得たものだったと思う。そして日本は、憲法違反の自衛隊など作って自ら「憲法などは自衛権の前には大して重要な問題ではない」と言ってますね、と、からかいたかったのではないか???

共産党の女性・朝鮮人差別

 與那覇潤「江藤淳と加藤典洋」に以下: 柴田翔は、「されどわれらが日々」で”女子党員が、同志であったはずの何人かの男の学生党員たちによって、ならず者の群れに襲われたかのようにもてあそばれ、辱められたという噂”に触れるが、査問の名を借りた同種のリンチは実在した。柴田が全共闘に感じた不穏さは、1972年2月のあさま山荘事件の後に判明した連合赤軍の内ゲバにより、現実となる。惨殺された12名のうち、4名を女性が占める「総括」という暴力への入り口は、女性のメンバー自身をも含んだ女性性への憎悪(ミソジニー)にあったとされる。 (以上の本文に注記として):立命館大学で起きた事例がある。お茶の水女子大学では、活動家の世話を女子大生に命ずる「ハウスキーパーまがい」の性的搾取により自殺者を出した。 >>與那覇は、上記の女性差別・女性被害は共産党の51年綱領・軍事方針がもたらした、とする。 日本共産党第5回全国協議会(五全協)に関するWikiの記述以下: レッドパージ 後、 中華人民共和国 に 亡命 した 徳田球一 らは 北京機関 を設置し、その意を受けた共産党主流派は 1951年 2月23日 に 日本共産党第4回全国協議会 (「四全協」)を開いて 反米 武装闘争の方針を決定し [ 1 ] 、 中国共産党 の 抗日戦術 を模倣して、山村地区の農民を中心として全国の農村地帯に「 解放区 」を組織することを指示した。 四全協を受けた同年10月の「五全協」では「日本の解放と民主的変革を、平和な手段によって達成しうると考えるのは間違いである」として「農村部での ゲリラ 戦」を規定した『日本共産党の当面の要求――新しい綱領』( 51年綱領 )が採択され、「われわれは、武装の準備と行動を開始しなければならない」とする軍事方針が打ち出された [ 2 ] 。 「五全協」では、「 51年綱領 」が無修正で採択された [ 3 ] 。「51年綱領」で武装闘争不可避論、武装闘争路線、暴力革命路線および「軍事方針」が採択されたことにより、全国各地で様々な事件が多発した [ 1 ] 。当時の日本共産党は 山村工作隊 や 中核自衛隊 (暴力による革命を実現するための日本共産党軍事組織)などの非合法組織をつくり、 1952年 以降は火炎瓶闘争を展開した [ 4 ] 。 再び 「江藤淳と加藤典洋」より: GHQの...

日本で家・世襲が残った理由

日本で家・世襲が残った理由を與那覇潤「中国化する日本」に教えられる。 與那覇によれば、中国では宋時代に科挙が発達・定着した。科挙は、全国の手を上げた有意の者の中から試験で皇帝が官僚を選ぶシステム。科挙によって皇帝が自分の好みで、自分の言う事を聞く者を官僚に選べるようになった。(建前上は、『徳の高い者を選ぶ』とか何とか言っていたが・・・)それまでは、官僚の地位は貴族が世襲していた。 11世紀、北宋では、紙も豊富に生産され、木版印刷が普及していたから科挙が可能になった。 貴族の「家」は官僚の地位を世襲するためにあったが、科挙のおかげで意味を失った。 11世紀、日本では紙も少なく、印刷技術もなかったから科挙はできなかった。日本では貴族による世襲が残り、家が温存された。中国では(というか、日本以外ではと言うべきか)世襲が長く続くことは稀だ。試験の他にも、権謀術数・権力闘争が盛んで、皇帝だって油断すれば世襲は途絶えてしまう。日本では天皇などは、1000年以上「家」を保ち、世襲が続いている。日本人はもともと実力より家を重視するのか?それとも科挙がなかったから家・世襲が続いたのか? 日本では、明治以降官僚は試験で選ばれるようになり、その地位は世襲されることはなくなった。一方、天皇の世襲は維持され、政治家も一部世襲される。やっぱり、家・世襲が好きなんだろう。つまり、実力主義あるいはトップ個人の好み・考えによる人事・抜擢(競争と言い換えてもよい・・・)があまり好まれないのだ。なんたって、憲法第2条に天皇は世襲だと、うたっているくらいだ。変化・えこひいきが嫌いで安定・公平が好き・・・なんでこうなったのか?劇的で大きな変化は起きにくい自然環境が原因か?つまり、自然は、恵みを与えてくれる”神”だからか?人間が下手に考えるより自然に任せた方がいいからか?

差別談義は楽し

 近くの自転車屋。ただでタイヤに空気を入れることができる。通りかかったら、男が自転車に空気を入れている。近くに女が立ってそれを見ているのだが、その女のファッションが超ミニスカートと胸もあらわなタンクトップ。 思わず「上も下も生地を節約したファッション」と言う俺 上さん「いいのよ。それよりもあの自転車見て」 見ると、タンデムと言うのか、サドルが二つあるヤツ。街中では見たことがなかった。 俺「珍しいねー」 上さん「いいのよ。あの女の人外人だから」 俺「そうだったの?俺気付かなかった。それ差別だぜ」 上さん「差別じゃあないわよ。白人なら格好いいしあのファッションも自転車も似合うんだから。」 俺「外人でも、中国人や韓国人じゃあダメ?ひでえ差別だ。差別とわかってなくて差別するのが最悪の差別だぜ」・・・そう言いながら嬉しくなる。だって、俺も上さんの言うことに大賛成だもの。やっぱり白人は偉い!白人相手に戦争なんてするもんじゃない。

嗚呼、女性解放運動!

朝日の社説:  訃報(ふほう)を伝える米国の女性キャスターは言った。「彼女がいなければ、私はこの席で番組を仕切っていなかった。彼女は世界を変えました」。彼女――米国のジャーナリストで、女性解放運動家のグロリア・スタイネムさんが2日亡くなった。92歳だった▼注目を集めたきっかけは1963年、「プレイボーイ」誌の創刊者が経営する高級クラブへの潜入取材だ。自らバニーガールの衣装で働き、いかに 女性が「商品」とされ、好色な視線にさらされ ているかを告発した。そして訴えた。この社会で 女性はみなバニーとして扱われている 、と▼72年に雑誌 「ミズ」(ミズ) を共同創刊した。「女性だけ未婚か既婚かで敬称が変わるのはおかしい」という異議申し立てを名前に込めた。初の女性による女性のための雑誌として、ずっと黙殺されてきた課題に光を当てた▼真ん中分けのロングヘアとサングラスは、「フェミニズムの象徴」になった。 ファッションは他人のためではなく、自分自身を見つけるため のもの、というのが信条だった。 男性に対しても、「男らしさ」に縛られなければ もっと自由に生きられる、と呼びかけた▼世界には、 今も女性への暴力がはびこる 。国連によると、世界の女性の3人に1人が、生涯に一度は性暴力、または身体的暴力を受けている▼彼女を描いた米映画がある。原題は「ザ・グロリアス」と複数形だ。第二の、第三のグロリアが、道を切り開いていくだろう。世界にあらゆる 不平等や暴力がある限り 。 >> 男性に対しても、「男らしさ」に縛られなければ・・・「男らしさ」を突き詰めて行くと「男には子供が産めない」に行きつく。俺はこの性差ゆえに女の方が男より格段に偉くて価値があると考える・・・女王蜂と同じように逆差別され、大事にされるべきだ。子供を産むことは、政治やスポーツや経済なんかよりずっと価値がある、人間にとって最優先事項だから、女の人には男のできない出産に励んでもらいましょう、となる。一方で女による出産に拘らなければ、卵子と精子を取り出して出産ロボットに産ませるか?それが当たり前になれば人間は 「男らしさ」「女らしさ」から”解放”される、というアイデアも。 フィジカルAI とやらに出産~育児まで任せられそうな気がするが。 出産・育児しないとなると、女性は動物性をかなり失う。 進歩なんだからそれでいい、と考えるべきか? ...

與那覇潤「日本人はなぜ存在するか」

 與那覇潤「日本人はなぜ存在するか」を非常に面白く読む。2024年に出された本だ。最近では珍しく一気に読んだ。 タイトルはの「なぜ」は誤解されやすいが、「何のために」ではなく、「どういう事情、経緯」でといった意。つまり、日本国籍があれば元外人でも日本人だよね、とか日本人の両親から日本で生まれても外国人になることがあるよね、と言った類の話から説き始める・・・日本人もそうだけど、法だろうが金だろうが「みんな(多くの人)がそう決めてるからそうなってるだけ」という事を再認識させてくれる。相対主義だ。日本人だろうが、金だろうが、法だろうが、「みんながそう決めてる」というフィクション・信用を失えばとたんに無力になるぜ、ということ。 さて、最後の方でフランスの哲学者リタールという人の「大きな物語の終焉」説を持ち出す。(以下抜粋) 例えば近代に普及した資本主義や社会主義や民主主義は、「経済は無限に成長し誰もは豊かになる」「前衛党の指導で階級なき社会を実現する」「みんなで話し合えば最後は分かり合える」といった物語を語ることで、人々の支持を集めてきました。しかしいまやそんな話を真顔で語ったら、アツいどころか「イタい人」だと思われてしまいますよね。結果として人々はあたかもパロディ映画の原典に対する態度と同様、万事につけてシニカルな姿勢を示すようになる。照れ隠しのためにつける顔文字のように「・・・ナーんちゃって、テヘっ」と添えないと自分の価値観を語れなくなるのです。 リオタールがこの概念を打ち出した1979年は、正に近代に信じられて来た物語が、その信頼性を失いつつある時代でした。イギリスではサッチャー政権が新自由主義という、資本主義下での格差拡大を前提とした経済政策を始め、一方でソビエト連邦はアフガニスタンに侵攻し、社会主義もまた帝国主義でしかないことを示しました。イランではイスラーム復興を掲げた革命が成功し、あたかも前近代の宗教社会に逆戻りするかのような動きが生じていました。 >> もう40年以上前にすでに資本主義や社会主義や民主主義は「・・・ナーんちゃって、テヘっ」の存在だった。(つまりオワコンだった。)さすがに社会主義だけはソ連崩壊という事実によってオワコンと確認され、力を失った。一方で資本主義や民主主義はそれに替わるものが見つかっていないから、まだ臆面もなく「・・・ナーんち...