投稿

ジム・ロジャース大先生とユルマズ先生

ユルマズさんの先生、ジム・ロジャースは、株なんか売っちまえ、と言っている・・・リーマン以降15年以上大きなショックが起きてないが、そろそろ、と。ドル預金と金に変えたとか どうしようかと悩んでユルマズさんのYouTubeを見る::: 昨年、アメリカでは入ってくる移民より出ていく移民の方が多かった ・・・それでもAIのおかげで中間管理職が大量に首になっている・・・ 円安はアメリカも同意している・・・中国に代わって日本で製造して欲しいから、日本製品のドル建て価格を中国より安くしたい 日本の現金預金は昨年1年間で0.1%しか減らなかった。逆に言えば、日本人が投資を本格的にやり始めたら株は大きく上がる・・・潜在的に、日本の株価は上がる ゲーム、アニメは一人でAIを使ってできるようになる

高橋和夫が語るイラン最新情勢(3月29日)

 高橋和夫&小沢知裕ルーム3月29日における高橋先生の言葉: イラン戦争はイスラエル・アメリカの思うようには行っていない。 イラン側はヴァンスを交渉役に出せ、と言っている。何故なら今のアメリカ側の交渉団代表には2度騙されたと考えているし、核に関する知識がないか、あるは交渉の成り行きをトランプに正しく伝えていないという疑いを持っているからだ。イランはヴァンスが戦争に反対だから調整役になり得る、と考えている。 イラン戦争はこのままでは失敗の結果に終わる。トランプは大博奕を打って上陸するのか、それとも大成功だと一方的に宣言して引き下がるか、だ・・・中間選挙に向けてどういう幕引きをするのかの判断を迫られている イランはホルムズ海峡管理権をよこせ、と言っている・・・スエズ、パナマ運河のように通行料を取ってそれを賠償として受け取る。 ジェラルド・フォードという航空母艦がイランのドローン攻撃で爆撃され、大きな損害を受け、クレタ島に逃げたみたいだ。(航空母艦はドローンに負けた?)1942年のミッドウェイ海戦で日本の航空母艦を撃破して以来、アメリカの航空母艦が制海権を握って来た。ミッドウェイ海戦で戦艦の時代は終わり、航空母艦の時代になった、と言われてきたが、もしかすると、航空母艦の時代が終わった可能性がある。 イスラエルはイランの製鉄所、大学を攻撃している・・・要は、イランの産業・文化基盤の破壊を始めている・・・戦争の勝ち負けという一線を越え、イランの国家を消滅させようという行為だ。

貧困とは何ですか

「貧困て何ですか?」とCOPILOTに聞く。答えはは以下。   貧困とは、 人が生きていくために必要な資源(お金・食べ物・住まい・教育・医療など)を十分に得られない状態 のことを指します。もっと正確に言うと、単に「お金が少ない」だけではなく、 人として尊厳をもって生活 するための選択肢が奪われている状態 です。 🧩 貧困には大きく2つの種類がある 絶対的貧困 生きるために必要な最低限のもの(食料・水・住居など)が欠けている状態。 例:1日1ドル以下で生活するような状況。 相対的貧困 社会の 平均的な生活水準と比べて、大きく不足 している状態。 例:日本では「等価可処分所得の中央値の半分未満」で暮らす人。 🧭 なぜ貧困は問題なのか 貧困は単なる「お金の不足」ではなく、次のような連鎖を生みやすいからです。 教育を受けにくくなる 健康を損ないやすくなる 安定した仕事につきにくくなる 社会的な孤立が進む 子どもにも影響が及び、世代を超えて続く つまり、 貧困は個人の問題ではなく、社会全体の構造的な問題 でもあるんです。 🔍 もう少し深く考えると 貧困は「お金がない」だけでなく、 選択肢がない 未来を描けない 社会から取り残される といった心理的・社会的な側面も含みます。 だからこそ、貧困をなくすには、単にお金を配るだけではなく、 教育、医療、雇用、地域のつながりなど、 生活全体を支える仕組み が必要になります。 >> COLILOTは、貧困を解消するのは政治の仕事だ、と言いたいみたい。気になったフレーズを取り上げてみる 人として尊厳をもって生活   これは定義にならない・・・何が尊厳かなんて一人一人違う。 平均的な生活水準と比べて、大きく不足  これは定義になり得るが、一方、「生活水準」なるものがどんどん向上して行くと昔は裕福だったものが今は貧困となる。「貧乏人は麦を食え」じゃあだめなの?麦食ったって尊厳がある人ってのはあり得る。この「相対的貧困」てのは俺には理解不能。「飢え死にする」「娘を売る」なんてのが昔から変わらぬ”貧困”だ。どうしても貧困がある、と言い張りたい人が編み出した考えだろう。 貧困は個人の問題ではなく、社会全体の構造的な問題  貧困の問題点①貧困に絶望してテロリストが現れること。貧困してる人自身ではなく、100年前の日本軍の若手将...

何十年かぶりでジャズ喫茶に

 自家焙煎で美味しいコーヒーを出すという喫茶店を勧められ、行った。店に入ったら猫グッズや猫の絵がたくさん飾ってあってまず気に入った。と思ったら、カウンターの端に30cm角くらいのパネルがあって、そこにレコードジャケットが置いてある。これ、演奏中のレコードのジャケットを客に見せるという昔懐かしい昭和のジャズ喫茶の作法だ。 見れば100枚か200枚のレコードが棚に置いてある。CDもかける。かかっている音楽はどれも俺の好みだ。昔のジャズ喫茶と大きく違うのは、注文してから出てくるまでに10分以上かかる丁寧にネルドリップで淹れた自家焙煎コーヒー。実に味わい深いコーヒーだ。何故か分からないが、”粘度”が高く感じる。初めての不思議な感じ。 上さんと一緒だったからよかったが、一人で行ってたら、きっと居心地が悪かったろうな。だって、客の9割はおばさん(おばあさん)だ。そのおばさんたちは大体、スィーツも頼む。ホットドックを頼むおじさんもいた。きっと食べ物もうまいんだろう。 若いマスターだが、素晴らしい店だ。これで招き猫コレクションがあったら完璧だ。 それから、もっと音量を大きくしてもいいかな?おばさんの話声が丸聞こえだ。

歩道脇の花壇で

イメージ
 歩道脇に置いてある花壇に様々な花が。 この写真の右下の白い花のようなもの、ティッシュを丸めたものだ。 白いティッシュを丸めて置いたらきれいな花みたいに見える、とひらめいて、使用前のものを置いたとしたら素晴らしい。

「静かな退職(Qiet Quitter) 」くたばれ!

イメージ
  ネットに「静かな退職」という言葉が散見される。読むと、アメリカ発の言葉で、我がCOPILOTによれば、「 Quiet  Quittingとは、会社を辞めずに必要最低限の業務だけを行い、仕事と私生活の境界を明確にする働き方です。」と。 俺の知ってる40年前のアメリカ人は、熱心なカトリックなら「 働くなんて必要悪」と言ってたし、カトリックでなくても「早く金貯めて早くリタイアしたい」だった。アメリカ人は「一日も早く働くのを辞めたい」と公言していたし、もちろん1ドルでも自分を高く買ってくれる会社があれば転職した。つまり、ほとんど全員quiet quitterだった。だから、今更アメリカで何を言い出したんだ、と思う。 顧みれば日本だって、俺たちの世代は、入社の時は「同期の中で誰かが社長になるかも…」などと思ったが、10年20年と時間がたてば出世に差がつき、社長なんてなれるわけない、と分って来る、そして失われた〇〇十年に突入して会社は終身雇用の黙契を破り首切りを始め・・・ それでも会社を辞める奴は少なかった・・・これって正しくQuiet Quitting。 それをネットでは、さも「新しいリスクだから、防止しなければならない」みたいに取り扱われている。本当に日本のコンサルもオールドだ。「アメリカでは・・・」と出羽守。続けて、さあ、私に相談しなさい・・・馬鹿か! それじゃあ、御本家のアメリカじゃあ、どうなってる?と暇に任せてネットを当たると、 Investop aに以下。面白い部分のみ黄色でハイライト。 ①まず、しょっぱなから Trend or Misnomer? だ。Misomerって「言い間違い」のことだ。つまり、Quiet Quittingなんて昔から当たり前にあるよ、「今更何言ってんの」かもね?だ。やっぱりアメリカじゃあ、わざわざquiet quittingなんて言うな、と考える人も多い。 ②  doubt its prevalence and whether it's really new. (別段新しいものじゃあない、昔からある現象に新しい名前を付けただけではないか?) ③ quiet firing — making a job so unrewarding that a worker will feel compelled to qui...

トッドさんの日本人論(AERA DIGITAL)

  以下AERA DIGITALに記載のトッドさん意見抜粋: <<核兵器そのものよりも危険なのは「核の非対称性」であり、均衡こそが平和をもたらしてきたと指摘する。 (略) 私の専門の人口統計学的には、日本の人口は減少しています。日本はドイツのように国力を維持するため移民を受け入れることはしていません。 国力の低下を甘んじて受け入れる 国、それが日本の真実です。ナショナリズムの概念とは合わないのです。 >>さて、日本は永遠に人口減少を続けるのか???俺の鎖国論は正しく人口減少に見合った国力低下を受け入れ、鎖国して国際社会からサヨナラしよう、というものだ。そしてそもそもこんな狭い国土では戦争なんて無理だから無防備・丸裸になろう、というものだ。 <<最も厳格なプロテスタンティズムやユダヤ教に特徴的な点の一つが、画像、視覚芸術の拒否です。プロテスタント、あるいはユダヤ教の中で宗教ゼロの段階に達すれば、それは絶対的なゼロを意味します。  これに対して、カトリックはそこまで過激ではありません。  画像、絵画といった感覚的な世界を退けたりしません。それは、神への信仰とは別に、あるいはそれを超えて存在するものなのです。  だから、カトリックの国に暮らしていれば、宗教ゼロの段階に達してもまだ世界の美しさ、生きることの素晴らしさという感覚は残っています。カトリックの国であるフランスの人間であれば、フランスは美しいという感覚は残る。  だから、カトリックの国々は、プロテスタントの国々ほどにはニヒリズムの問題に侵されないと私は考えます。  実際、ヨーロッパ南部のカトリックの国々は、北部の国々ほど精神的な危機に瀕してはいません。戦争をしようという意思、好戦的な姿勢、ロシア嫌いは英国やスカンジナビア諸国、バルト3国(このうち2カ国がプロテスタント)に特徴的です。他方、南部の国々は反ロシア感情がそれほど顕著ではありません。なぜ、日本は「ニヒリズム」には脅かされないのか?  さて、日本です。 日本はその歴史で、単純化され合理化された宗教システムの中に入ったことのない国です。  現世の美しさを退けるように求められることもありませんでした。日本の文化は、宗教面でも多元的でさまざまな考えによって特徴づけられていますし、現世の美しさについて鋭い感覚も備えています。  だから、日本はニヒリズムとの関...