江川紹子さんが語る山上被告の控訴
安倍晋三元首相銃撃事件で、殺人や銃刀法違反などの罪に問われた山上徹也被告(45)に4日、大阪拘置所で朝日新聞記者がインタビューしたその記事に対し、江川紹子さんが以下; 控訴したことはよかったと思う。 1つは、標的を安倍氏にした状況について、十分に彼の口から語られていないように思う。記憶や心を整理し、控訴審でもう一度語る機会ができた。 また、旧統一教会によって家庭が崩壊した過酷な生い立ちについて、判決では大きな影響を及ぼしたと認めず、「背景や遠因」という扱いだった。これについて、別の裁判体で判断してもらうことは意味がある。 さらに、控訴したことによって、刑務所よりもまだ社会と接点が持てる拘置所にしばらく留まることとなった。この間に、何らかの形で被告の心のケアができないものか、と思う。 朝日新聞等で報じられた法廷での言動、さらに今回の記者との面会でのやりとりを見ても、彼は 人生に何の意味も希望も見いだせないまま、今なお深い絶望の中にいるように思える 。専門家によるカウンセリングがよいのか、ほかの方法がよいのか分からないが、何らかの形で人と関わりながら、彼が自身の人生にほんの少しでも希望や意味を見いだすことはできないだろうか。 自分の人生を惜しむ気持ちを持てるようになってこそ、被害者や遺族の無念さに対しても、実感をもって思いを致すことができるのではないかと思う。 >> 人生に何の意味も希望も見いだせないまま、今なお深い絶望の中にいるように思える ・・・江川さんは人生に何らかの意味を見出しているのか?羨ましい。俺には人生に意味はないとしか思えない。地面の下から続く深~い穴。その穴の底から、穴の壁にしがみついてひたすら上る・・・それが人生だ。意味もなければ面白くもない。嫌になったら壁から手を離して下に落ちてもよい。でもそれじゃあ「負け」だ。負けたくないから穴の上の方に見える光を目指して壁を上り続ける・・・壁を上り詰めたって何が待ってるかはわからない。俺にとっては、それが人生だ。絶望の中にいるという点では俺は山上被告と全く同じだ。違うのは絶望の中にいるのは、生きるということの本質だ、と考えるか、安倍元首相が絶望の原因だ、と考えるかだ。安倍元首相を殺しても絶望から抜け出せなかった山上被告。山上被告はもう生きたいとは思っていないのではないか?とすれば、 一生...