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今年は新ショウガが安い

 もう、100g 98円の新ショウガが出た。今までだと、100g 100円レベルのものは7,8月にならないと出回らない。俺の仮説だが、今までは高知あたりだけで作っていたのが他の色んな土地で作り始めたんじゃないか? ”記念に”100g 98円の新ショウガを買って来て、早速甘酢漬け(ガリ)にした。 新ショウガに関して言えばインフレではない。デフレだ。 ガリ好きな俺にはうれしい話だ。 沢山のガリと今年始めたラッキョウの甘酢漬け。冷蔵庫が甘酢漬けの瓶だらけになってきた。 ラッキョウは漬け始めて一月弱になるが、まだ漬かってない。まだ白っぽい。売ってるラッキョウは透明感がある。

早苗の資質

 朝日に以下: 高市早苗首相の公設秘書が自民党総裁選などで他候補を中傷する動画のSNS投稿に関わったとの報道をめぐり、首相が国会答弁を訂正する事態に陥っている。発言のぶれが目立ち、真相究明のための秘書の国会招致の要求も強まる。疑惑への対応に端を発した「首相としての資質」の問題が今国会の終盤の焦点に浮上してきた。 さて、 首相ってのは無能でも発言がブレさえしなければいいのだろうか?俺は政治家、特に大統領や首相に求められるものは、結果だけだと思う。 資質も民主主義もいらない。国民が幸せになればいいだろう。 発言のブレが資質に関わるなら、ウィッグのズレも資質に関わらないか?上さんが改めて「大きな声じゃア言えないけど、早苗はウィッグ?」と言う。俺もそう思う。地毛じゃあなんさそうだ。これがズレるのと、中傷動画の発言がブレるのとどれだけ違うんだろう?国民の幸せに無関係なこと、まったく同列としか思えない。

辻田真佐憲さん、「戦後」の正体 第4回

エネルギー小国の光と影 と題して文春7月号( 「戦後」の正体)に辻田真佐憲さんが以下: (前略) (1973年に発生した第一次オイルショックに際して)日本は中東政策をアラブ寄りに修正せざるをえなくなった。米国のキッシンジャー国務長官が来日し、「アラブの味方をするのはやめてほしい」と釘を刺したときも、当時の田中角栄首相は譲らなかった。 「日本は石油資源の99%を輸入、その80%を中東から輸入している。もし輸入がストップしたらそれを米国が肩代わりをしてくれますか」――。キッシンジャーが一瞬黙る。すかさず角栄が「そうでしょう」。/そのうえで畳みかけた。「アラブにある程度、歩み寄った対応をせざるを得ない、日本の立場を説明するためアラブ主要国に特使を派遣する準備を進めている」(「その油、米国が回してくれるのか」(田中角栄のふろしき)『日本経済新聞』2018年4月30日)  日本は同年11月、イスラエル軍の占領地からの撤退や、パレスチナ人の正当な権利の承認を求める立場を表明した。さらに翌月には三木武夫副総理を特使として中近東8か国に派遣し、日本の立場の説明に努めた。この結果、日本は「友好国」扱いされ、深刻な石油供給削減の危機をひとまずかわすことができた。 戦後日本の数少ない自主的な外交の成果 だった。 (略)     その意味で、戦後日本が目覚ましい経済成長を遂げたことは否定できない。当時のひとびとの努力も、軽んじるべきではない。だが、いま必要なのは、「あの時代はよかった」「あの時代を取り戻すべきだ」と過去を懐かしむことではない。その繁栄を可能にした条件と、その裏側にあった犠牲を冷静に見直し、現在であれば何が可能なのかを考えることだ。 これからの日本は、 どのエネルギーを使い、何を改め、何を開発し、そこから生じる負担をだれが引き受けるのか。その問いに向き合う ためには、戦後のエネルギー史をもう一度見つめ直さなければならない。そのとき何より気をつけるべきなのは、日本全体もまた、かつての“勝利の方程式”に縛られてはならないということだろう。 >> 戦後日本の数少ない自主的な外交の成果 ・・・田中角栄がこれをやったのが1973年10月。翌1974年10月には文春が田中金脈問題を取り上げ、12月に田中は首相辞職。1976年2月、アメリカ外交委員会でロッキード社の賄賂問題が取り上...

オールドメディアの方がなじむこともある(米・イラン戦争終結???)

朝日新聞 6月13日3時19分に以下: 米・イランが戦闘終結へ覚書 「数日で可能性」と双方 合意へ大詰め ・・・当然(?)トップ記事だ。 米国のトランプ政権高官は12日、イランとの戦闘終結に向けた覚書に数日内に署名する可能性を示した。イランのアラグチ外相も地元メディアに同日、「協議の最終段階が終わり次第、合意文書が署名される」と述べるなど、両国の交渉は大詰めを迎えている。  12日に電話会見をしたトランプ政権高官は「ゴールはまだだが非常に近い」と語り、合意に至る可能性について「今朝(12日朝)は75%と考えていたが今(12日午後)は85%だ」と強調。また、イランの精鋭部隊「イスラム革命防衛隊」の強硬派も含め、イラン指導層が「今回の合意は受け入れられる」との意見で一致しつつあるとも述べた。(攻略)  さて、Microsoft Edge,Yahoo,Googleと見たが、イランも米も一切ない。「米・イラン」と検索すれば朝日を含めた複数のメデイァが報じた同様の記事が出てくる。 検索エンジン(って言い方が古いか?)は見る人の自主性を重んじる、というか、あくまで受け身で検索されるのを待つということ?でも、同時に、アルゴリズムとやらで見る人の癖だか嗜好に合わせ、先回りして(検索しなくても)記事を見せる。このあたりの呼吸が分らない。 いずれにしても、今朝の俺の知りたいニュースについては、朝日新聞デジタルが苦も無く(検索なんてしなくたって)教えてくれた。検索エンジンより朝日の方がいい見せ方だった。言い方を変えれば、朝日のが「今朝はこれが最重要ニュース」と押し付けてきて、それを俺も快く受け入れた、ということだ。まあ、こういうことは何か月に1回くらいしか起こらないが・・・

田中希実が負けるのを目撃した

 報知に 田中希実、ラスト直線で5000M5連覇するり「いつか負けると分かっていた」…陸上日本選手権 と題して 以下: 女子5000メートル決勝が行われ、同種目の日本記録保持者で4連覇中の田中希実(豊田自動織機)が、15分00秒93で2位だった。レース中盤以降前に出て独走状態だったが、残り100メートルの直線で山本有真(積水化学)の驚異的なラストスパートにのまれ、最後はかわされた。優勝すれば24年に達成した1500メートルに続き、同種目でも5連覇達成だったが「自分の弱さ。途中で後ろを気にしてしまった」と肩を落とした。 敗因には「練習は全然問題なくできていたが、レースだけ走れない原因がわからない。その部分で自分の弱さを突きつけられてるのはずっと感じ続けていた」と心理面に言及。「今までは弱さが出ても勝てていたので、いつか負けることが分かっていた。そこが出たので、強くなれと言われている気がする。自分を知っていかないといけない」と残念な気持ちをかかえつつも、前を向いた。 >> まず、この記事は田中に対する好意が溢れたものだ、と思う。俺も田中には好感を抱いているからこの記事はうれしい。たまたまTVで田中がゴール前で抜かれるのを目撃したが、まさか日本選手に負けるとは思ってなかったから衝撃的だった。また、抜かれそうになってもジタバタせず、淡々とペースを守っていたのが印象的だった。 さて、記録は田中の日本記録に比べ30秒ほど遅い。つまり、記事にある通り、田中が遅かったのだ。 1位になった山本をハグしに近づいて行くまで、田中は何十秒間か地面に横たわっていた。その間、何を考え、感じていたんだろうか? 衝撃的に負けて次回は復活してくれることを祈る。

小泉悠・エミンユルマズの語る戦争の未来@楽待

 ロボット兵士の戦争になる。つまり、人命が損なわれない戦争となる。すると、人命が失われるからといって陸上戦をためらうアメリカが陸上戦をやるようになる。 ロボット同士が戦うなら、いっそのこと、人民解放軍のサッカーチームと自衛隊のサッカーチームがサッカーの試合をしてその結果で買った方が領土を取るなり、言い分を通したりする、という「戦争」も考えられる。しかし、人命がかからない「スポーツ」は人命のかかった「戦争」とは違うのではないか?つまり、ロボットが敵国に上陸して敵国の人々が抵抗すれば殺す、というようなことが起きるのではないか? 結局、人命が失われるということが、国の世論・国民の感情を左右するのでサッカーの試合では戦争を代替できない。逆に言えば、戦争とは人命が失われてなんぼのものだ。 ウクライナ戦争でロシアは終わった。中央アジアの国々はもう、ロシアは怖くない、と思い出している。ロシアは若い世代をたくさん失ったから将来に禍根を残す。 閑話休題: かねてから俺は、AIによる戦争ゲームで戦争の代替ができないか、と考えてきた。人間は戦争遂行にはAIを使うが、決着にはAIは使わないということか???いや待てよ、AI独裁になればAIによる戦争ゲームで決着がつくようになるんじゃあないか?そう考えるとAI独裁も悪くないか? いずれにしても、犬型ロボットみたいのが上陸してきて殺されるなんて、考えただけで嫌になる。

山極寿一さん、惜しい!

日本の風土、支配ではなく自然との融合が未来ひらく と題して 山極寿一さんが朝日に以下: やまぎわ・じゅいち 1952年生まれ。霊長類学者。京都大学前総長。総合地球環境学研究所所長 3月末にパリへ弾丸出張した。地理学者で思想家のオギュスタン・ベルク博士にインタビューをするためだ。ベルク博士は1969年に初来日されてから、何度も日本を訪問して日本の地理や文化を研究し、十数年にわたる滞在経験がある。その間、日仏会館学長を務め、東北大、北海道大、宮城大などで教壇に立たれた。   私が所長を務める総合地球環境学研究所では2年前に上廣(うえひろ)環境日本学センターを立ち上げ、日本に根付く環境思想やその実践例を探ってきた。ベルク博士が哲学者・ 和辻哲郎 の「風土」に強い関心を示し、自ら風土学(メゾロジー)を提唱しており、今回は、その内容を詳しく聞きたいと考えた。  ベルク博士は 日本人の自然観を西洋と比べ てきた。モンスーン気候の日本は高温多湿で、比較的涼しく乾燥した西洋とは異なる。しかし、風土は自然環境だけに根差すのではなく、自然と社会との関係をコード化してきた歴史が強く関わる。日本人は極度に繊細な心配りによって、例えば和歌のように、その記号学的装置を作り上げ、それを美的な創造物として表現してきたという。和辻が風土とは「単なる自然環境ではなくして人間の精神構造の中に刻みこまれた自己了解の仕方」と見なした理由がここにある。日本の風土には日本人の自然観、社会観、そして世界観が映し出されているのだ。  その典型が歳時記だ。春夏秋冬と新年の五つの季節からなり、それぞれの季節特有の季語が並んでいる。日本の風土現象の全体認識であるとともに、千数百年にわたって日本人が築き上げてきた一つの美的創造物であるとベルク博士は言う。しかし、近年の気候変動で季語と環境の変化がずれを起こしている。この4月も例年より高い気温によって、すでに初夏のような風景が表れている。海水温の急上昇によって海産物のとれ方に大きな変化が起こっているし、温室栽培などの季節に左右されない農法によって旬の食物という感覚がなくなりつつある。  ベルク博士が注目したのは西洋と日本の作庭の違いである。幾何学的な模様の整然とした西洋の庭園は、神の視点や支配者の視点を反映している。これに対して日本の庭園は多様で野性的な自然の空間を...