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国体論

大東亜戦争降伏の条件として日本の政治家・軍人が求めた唯一の物が国体護持だ。この時の国体は「天皇を戴いた」ものだったが、天皇自身は天皇制は、(少なくとも自分自身)はなくなってもよい、と考えていたのではないか?・・・本音は、できれば自分が死刑になってその代わり代々続いた天皇家が残ってくれれば御の字・・・俺たちの世代でよく言う「俺の代では潰せない」という意識だ。 以下を参照すると、「国体」は日本だけにある訳でなく、それぞれの国柄に従って存在するものだ。吉田松陰、その師の山鹿素行とも中国ではなく、日本固有の国体にこだわる。すると、過去から万世一系で未来に向けては天壌無窮だ、というようなことしかなくなる。中国は、覇道というか、強い者勝ちの歴史だ、「勝った者に徳がある」って下品で卑しい・・・日本の方が上品だ・・・彼らはこれを本当に信じていたんだろうか?中国の呪縛・くびきから逃れるには、そう考えざるを得なかったのか?本居宣長もそうだが、ちょっと中国を意識しすぎではないか? 日本が戦争に負け、一旦滅んだ(滅んだままいまだ復興していないと言ってもいいかもしれない)後生まれた俺には、まず、天皇家といったって5,6世紀に単なる有力豪族だったのが祭り上げられたが、かなり色んな家や血が混じり込んだり、近親婚のために心身ともに怪しい者もいて、とても盤石な万世一系とは言えない・・・天壌無窮かどうかは確認のしようがないが、まあ、日本人が滅亡してないんだから、天壌無窮と言えるかな?・・・くらいだ。 俺の考える日本固有は、古いもの、由緒正しいものを訳もなく尊崇するということだ。例えフィクションでも万世一系と言い張って、古くから連綿と続いている由緒正しい「家」を作り上げて尊崇する。最も古くて日本最初の家が天皇家だから、日本人は全員天皇の子孫だ。天皇は自分のことはさておいて「家=天皇の子孫たる日本人全員」の平穏と繁栄を祈る。俺はそれこそが、天皇の存在意義であり、日本の素晴らしさ=日本の国体だ、と考える。俺はかなりマジに、そういう天皇がいるから、日本は何回かの危機を乗り越えることができた、と信じている。 以下、Wikipedia「国体」より抜粋: 吉田松陰は安政3年8月22日に山鹿素行『武教全書』の講義を開始し、その主旨を述べるにあたって皇国の尊厳と士道との関係を論じ、また国々にはそれぞれ特殊の道があり、他...

出羽守(でわのかみ)

 先崎彰容さんがPIVOTで『〇〇では・・・」と言う人を”出羽守”と言うんだと教えくれる。 本居宣長の「漢意(からごころ)」批判と同じだ。

猪狩ともかさんに同感!

  J-CASTニュースに以下。 アイドルグループ・仮面女子の猪狩ともかさんが2026年2月16日にXを更新。8日に投開票が行われた衆院選で自民党が圧勝したことについて「この国の民主主義はどこへ?」と報じた「朝日新聞デジタル」に疑問を呈した。 「選挙で選ばれたら民主主義じゃないんですか?」 衆院選で自民党は316議席を獲得。単独で定数の3分の2を上回り、議席数としては戦後最多となった。 一方、「朝日新聞デジタル」は13日、この選挙結果について「人気投票化し『歴史的圧勝』の高市政権 この国の民主主義はどこへ?」という記事を公開。法政大教授の杉田敦氏、東京大教授の加藤陽子氏、早稲田大教授の長谷部恭男氏が今回の選挙の課題について語り合う内容となっていた。 猪狩さんは16日、Xで朝日新聞デジタルの記事紹介ポストを引用し、「え?選挙で選ばれたら民主主義じゃないんですか?」と疑問を呈した。 また、「結果が自分の理想通りにいかなかったとしても、それが民意だと私は思います」とつづっていた。 >> 問題の朝日の記事は俺も読んで頭にきた。反吐が出た。あまりのくだらなさにあきれた。それが本日上述を読んで、若い女子に俺と同意見の人がいることを発見して嬉しくなった。 法政大教授の杉田敦氏、東京大教授の加藤陽子氏、早稲田大教授の長谷部恭男氏の3人の生年をチェックすべくWikiって見たが、たしか、1950年代後半生まれの「戦後民主主義の申し子」で日教組の洗脳も沢山受けた世代だ。年々減っている朝日新聞購読者の多くはこの世代より年寄世代だろう。 こんなオールドな民主主義信奉者が共感されなくなったから自民党は大勝したのだ、こうやってオールドメディアと共に人気争いに敗れた政党はなくなっていくのだ。 こんなクソ朝日は本当に嫌だが、 「自分の理想どうりでない」現実を目をそらさずに 見届けるのだ。一世を風靡した”戦後民主主義”が滅びるのを見届けるのが俺の世代の責任ではないか、と思う。同様に、俺のいた会社を含むオールド企業が滅びゆくのを見届けるのも責任・義務ではないか、と思う。

カザフスタン

 ミラノコルチナオリンピックでメダル獲得が一番目立ったのはカザフスタンではないか?ユルマズさんによるとカザフスタンの経済成長が著しいらしい。カスピ海沿岸の、石油がたくさん出そうなところだ。ウランの採掘量が世界一というのも面白い。日本はもっと仲良くなるべきではないか?もう遅いかな??? 旧ソ連だから、独裁・財閥・汚職が気になるし、共和制とはいうものの、初代大統領が20年続けてやって辞任し、2代目が2019年以降、2期続けて大統領をやっている・・・独裁とは言えないかもしれないが「権威主義」的ではあろう。イスラム教徒が多いが、戒律はゆるい・・・このあたり、インドネシアに似てるか? 以下に中国の夏のオリンピックにおける金銀銅メダル獲得総数を記す。(日本) 経済成長に沿ってメダル数が増え、ついで開催地になる・・・開催地に選ばれると、競技場その他を新たに建設してこれが経済にプラスに働いて、開催の年に獲得数MAXになってその後も経済成長は続く。俺の感覚では中国経済がピークを迎えたのは、2010年代だったのではないか?2017年か2018年に上海に行ったとき、日本は抜かれた、と感じた。 1992年バルセロナ 54(22) 1996年アトランタ 50(14) 2000年シドニー 59 (18) 2004年アテネ 63 (37) 2008年北京 100 (25) 2012年 ロンドン 91 (38) 2016年リオ 70 (41) 2020年東京 87 (45) 2024年パリ 91(45) 中国もそうだったが、成長してる国に行くと、嬉しくなる。大きなクレーンがニョキニョキあって、大きなビルを建てているところなんか見ると、血が騒いだ。そろそろ、カザフスタンもそうなっているんじゃあないか?

学校では習えない事

  磯田道史さんが文藝春秋「AI時代に読むべき司馬遼太郎」で、日露戦争に勝って「雲の上」に上った日本がのぼせ上がって夜郎自大になった、と以下:  司馬さんは、このリアリズムの精神を失ったことが、「異胎の時代」を招いたと言います。武家の家庭教育で育った人々が指導層からいなくなった日露戦争後、日本は戦争に勝っていない事実を重く受け止めるべきです。明治政府が作った陸軍士官学校、海軍兵学校、東京大学は結局、勝てるエリートを育てることはできなかったのです。生活上の家庭教育が変化の時代には大切だという教訓です。 >>さて、歴代 陸軍大臣を羅列していつまで武家の家庭教育を受けたものかチェック: 初代 大山巌 1842年生まれ 薩摩出身。戊辰戦争に参加 5代目 桂太郎 1848年生まれ 初の長州出身陸相。戊辰戦争に参加。日露戦争時首相 9代目 上原勇作 1856年生まれ 薩摩出身。 14代目 田中義一 1864年生まれ 長州閥最後の大物。1925年政友会に入り首相。1928年張作霖爆殺事件の真相究明を巡って天皇の怒りを買って辞任。  17代目 宇垣一成 1868年生まれ アンチ長州。1925年軍縮実行。1931年、陸軍・桜会が右翼・左翼を巻き込んで3月事件を計画、宇垣を首相にしようとしたが、土壇場で反対した。1937年、首相候補となったが、石原莞爾の画策によって陸相を引き受ける者がなくなって首相になれなかった。 21代目 荒木貞夫 1877年生まれ 一夕会・皇道派に担がれた。1931年、陸軍・桜会の企んだ10月事件に反対した後、陸相に。父親は一橋家臣から小学校長。 桂太郎までは家庭で武士の教育を受けた、と言える。強いて言えば田中義一までか?宇垣は農家に生まれ、直後に江戸時代が明治に改まった。しかし、田中は、1920年代の自由あるいは儒教道徳の破壊の影響をもろに受けて政党政治家に成り下がった。 また、1859年に死んだ吉田松陰に私淑して勤王の志士となった下級武士生まれの者どもは、生年は1840年以前であったろう・・・山縣有朋1938年、伊藤博文1841年生まれ・・・彼らは家庭でなく、松下村塾で武士の教えを受けた。 ※3月事件、10月事件を企んだ橋本欣五郎は 1890年生まれ、1911年陸士卒、1920年陸大卒、1922年関東軍、1927年トルコ駐在、1936年予備役、1940...

カリフラワーのポタージュ

 ミキサーというか、ミルというか、ブレンダーというか、それらの違いは分からないが、家には2種類の刃をもつ粉砕・混合装置がある。刃の種類は①比較的長くて薄くて平らな1枚刃。②短い2枚刃が十字型に交差しており、片一方は垂直方向に曲がっているもの。 さて、カリフラワーのポタージュ・・・玉ねぎをバターで炒める。カリフラワーを細かく切ったのを加えて更に炒め、牛乳を足して煮て塩コショウ、コンソメの素。これからが味の決め手。これを①の粉砕・混合装置にかけてもダメだ。味や香りはいいのだが、細かく粉砕しきれずにざらついた舌ざわり。これを②にかけると非常にスムーズで泡泡した出来上がりになる。①でうまく行かず、あきらめかけていた俺に、上さんが②でやったらどうか?と言ってくれた。②のはバナナやブルーベリーと牛乳で作るジュース専用だったが、①と②でこんなに劇的な違いがあるとは知らなかった。 これで作ったカリフラワーのポタージュは実にうまい。カリフラワーを少しでも安く売ってれば買い求めて作る。 今年覚えた料理ではNo.1だ。

民意

 文藝春秋PLUSで1時間くらいの動画をたくさん見ることができる。面白かったのは日本史学者の東郷和人さんの天皇論と先崎彰容と成田悠輔両氏の対談「”22世紀の民主主義”に希望はあるか」 だ。 本郷さんによると、民意は文字化されると統合され、洗練され、共有され、広がると言う。 平安貴族たちには京都にいて民意などという発想はなかったが、鎌倉時代には武士は地頭となり地方に住んで不平不満を抱えた農民の意見に接した。(仏教も最初は天皇の求める鎮護国家、ついで教養ある貴族個人の往生のためだったのが、無学な農民でも『南無阿弥陀仏』と唱えるだけで往生できるという法然・親鸞が現れた) 平安時代までの農民は不平不満を抱えても文字化しなかったからバラバラだったが、鎌倉時代は貴族に加えて、武士などという新たな不労者を抱える程度には農業に余裕ができた。裕福になった農民が文字を習ったら一揆が起きるようになった・・・鎌倉時代とは農業の発展、生産性向上によって余裕ができた農民が一人前の人間として認められた時代だった。 文字化によって民意が統合、洗練され、広まって政治を動かすようになったのだ。エマニュエル・ドットさんも確か、識字率が経済や人権意識を向上させる、と言っている。 民主主義の起源はここだろう。民意が文字化されると支配者も無視できなくなるということ・・・文字を持つのが遅れた日本人は、もともと個人のアイデア・ノウハウを統合・洗練したり共有して社会運動化(公共化)するのは苦手で、一人あるいは家の暗黙知にしてしまい、普遍化しない・・・民主主義には不向き???・・・。 これが21世紀になってSNSが始まると、文字化どころか、映像も駆使して個人個人が不平不満を表現するようになった。成田悠輔氏によると、民意が24時間、あらゆるところであふれ出ているのだ。今や、”民意”は分散化し、また、短時間でコロコロ変わり得るものとなった。かつては何か月に一回、何年に一回の選挙で、その間に統合、洗練され広まったた民意を問うことができたが、現代社会では選挙だけでは民意を問うことはできない、ところが選挙に代わるものが発明されていない、と。 選挙は新聞・ラジオ・TVが民意を表し、何か月・何年もかけてゆっくり洗練していた時代のものだったのだと思う。(言い方を変えれば、新聞・ラジオ・TVといったオールドメディアでは世論を生...