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12月, 2025の投稿を表示しています

ドケチ夫婦の大晦日

俺たち”ドケチ夫婦”にとって大晦日に何が大切か?大掃除でもおせち料理でもない。夕方にスーパーで始まる半額セールが最大の関心事なのだ。 問題は、複数のスーパー(店)で同じような時刻に、同じようなことを始めることだ。(もちろん、一切値引きなんてしないという店もある)つまり、何時何分に、どのスーパーに行くか、の選択が難しいことだ・・・というか、運しだいだ。 去年はどこで何時頃何をやった、一昨年はどうだった、を振り返り、じゃあ、今年は何時何分にどこに行こう、と決める。当然のことだが、どこかの店を選べば、他の店は捨てることになる。それでも1時間くらい開始時間のズレがあるかもしれないから、1店目は何時何分にどこの店、次はあの店、と一応決める。 今年のメインは家の近くにあるサミットだ。8時閉店だから、半額セールの最盛期は7時前後だろう。しかし、サミットは売り場ごとに何分かの時間差をつけて五月雨式に半額セールを開始する。上さんが「一番早い売り場は6時から半額セールを始める」と予測を言う。それに従って6時に家を出る。着いたら、すでにデザートの半額セールが始まってた。数分あるいは数十秒出遅れた。何人かの客が我先にデザートをあさっている。あとから首を突っ込もうとしてどこかのおばさんにドつかれる。毎年ながら、殺伐とした、醜い争いだ。俺は戦意喪失して後ろに下がる。上さんは”最前線”に躍り出て奮闘している。 上さんに「俺は魚売り場に行くよ」と断って魚売り場に移動。たらが半額になっているから確保。鍋用だ。買う買わぬかは後回し。とにかく確保しておいてあとで上さんと二人で判断する。 次は肉売場。ここで再びさっきのおばさんにドつかれる。思わず苦笑い。まだ「何百円引き」のシールしか貼られていない。半額にはまだ早い。ただし、このあたりの判断も難しい。欲しいものが半額になる前に何百円引きで売り切れてしまうかもしれない。俺は、半額で買えなければ縁がなかった、とあきらめることにしているから何百円引きでは買わない。 次にパン売り場。上さんの好きなチョコレートの挟まったパンが半額。確保。 上さんの本命は「きんとん」だ。大本命は栗きんとん。栗きんとんは全く値引きする雰囲気なし。豆きんとんには百円引きのシール。おせち売場で上さんと合流。 二人で再び肉売場。ローストビーフ用の牛のモモの塊が半額。確保。上さん、半額セールが...

2025年12月末現在の株式投資の成績

株式:  保有株銘柄:61 取得価額:13,621.254円 → 時価:29,402,000円 (2.16倍) 配当(2025年7月~12月実績+2026年1月~6月予想):837,963円 優待(同上):34,500円 投信(2025年夏に解約したもの含まず):10銘柄  買付金額累計:750,549→時価838,136 (1.12倍) 2025年夏解約分:買い付け金額 1,290,000円 売却額 1,431,171円 (141,281円の差益) 大目標は年間の配当+優待合計100万円だ。来年の増配と新たな投資分の配当とで10万円くらい増えそうだ。そうなれば、目標の100万円にかなり近づく。 問題は、AIバブル崩壊だ。

米農家って職人?

 米作りをやってる人の中に「俺はやりたいタイミングで(一番品質のいい米がとれるタイミングで)、気に入った機械で農作業したい」という人がいるようだ。こういう米作り職人には大規模化とか農業機械のシェアなどは「農業を知らない者の言うたわごと」ということになろう。 これは資本主義に対する反抗、日本の中ですら「俺流」を貫きたい、という究極の反グローバリズムだ。 そんな「贅沢な」作り方をする高いコメを是非買いたい、応援したい、そうじゃなけりゃ嫌だ、という偏屈な人はこういう米農家から買えばよい。 ただし、そんな奇特な消費者は全体の数%だろう。米が高ければパンやパスタで結構、という人が大半だ。そういう人から見れば米など食料の一候補であって、安ければ少々品質に不安不満があっても輸入米でも構わない。 これを踏まえて、日本の米作りに関する一つのアイデアは、 ①贅沢な客が米作りの職人から高いコメを買う ②その他大勢の「米は食品の一候補」の人たちは輸入米を買う でいいじゃあないか? 問題は食料自給だ。上記②の部分については、米自給をするために必要最低限の生産量を決め、その生産は、輸入米のコストを意識して大規模工場化したやり方とし、輸入米とのコスト差は国が負担して販売する、それを超える需要については輸入米ということでどうか? そう考えると、米問題解決には「食料自給」の問題が横たわっている、ということになる。有事の際、米に限らず、食料全体をどれだけ自給するのかを決めないと検討が進まない。そして、こうなると、憲法9条同様、日本で議論したり決めたりすることは不可能に近い。 食料自給問題も、憲法9条問題同様、GHQが日本人に残したタブーかも。両方ともどのくらいの農産物/兵器が必要なの?について日本人に自分の頭で考えられないようにして、アメリカ支配から抜けられないようにしておき、かつ、アメリカからの食糧や武器の輸出を自由にできるようにしておきたかったのか??

朝日新聞、絶好調!

次の百年を待つのは幸福か滅亡か AI時代こそ「人間であること」を と題して以下。 >>に 茶々を入れた。(でも、進歩一辺倒に疑問を呈する記事を掲載するんだから、朝日も捨てたもんじゃアない、と真面目に思う。ついでに民主主義一辺倒も反省してもらうともっと嬉しい。) AIの進化は加速している。では、私たち人間の方は、この100年で賢くなったのか。  この問いに、歴史の目撃者であるノーベル物理学賞受賞者、江崎玲於奈さん(100)は「賢くなった」と断言する。そこに最も貢献してきたのが科学研究だと胸を張る。    「科学的発見のプロセスは、常に先達の積み重ねの上に、論理的にきちんと整合した形で、革新的な知識が加わっていくもの。言わば、科学には仕組みそのものに『進歩』が内在していると言えるでしょう」  1945年3月の東京大空襲の夜、江崎さんはアパートを焼け出された。  その直後には、5歳年上の兄、徹也さんを結核で失った。  それでも前々年の43年に見つかった抗生物質ストレプトマイシンで、人類は結核の病苦から劇的に解放された。  「私が子どもの頃には、日本も外国も、とてつもなく貧しい状況が身近にあった。それに比べれば、今なお貧困は残っていますが、生活環境は良くなった。科学は人類を賢く、幸せにすることに貢献してきた。次の100年も前進するでしょう。私はポジティブですよ」  この100年で科学技術は進歩し、人々の生活水準は上がった。しかし、それは人類が 「賢く」なること、「幸福」 になることと完全に同義か。 >>同義でない。賢くなくても、便利でなくても、寿命が短くても、幸福ならいい。一方で、「賢く」なった人間は、この「幸福」という定量評価できないものを横において定量評価・比較できるものだけを尺度にして様々なものを評価してきた。核兵器やAIでなく、そういう人間の志向・思考が人間を不幸にして来た。  1950年代から開発が始まった人工知能(AI)は、便利な「道具」の域を超え、いまや社会の「見えないインフラ」にさえなりつつある。 AIの乱用がもたらすもの 「個々人の思考力は衰えていく」懸念  しかし、こうした状況に長年、情報科学の研究に携わってきた東京大学名誉教授の西垣通さんは警鐘を鳴らす。懸念するのは、ChatGPT(チャットGPT)のような「対話型生成AI」の乱用だ。  技術を...

Just Friends

 Oscar Peterson & Joe Pass:BBCで放送したもの。実にいい。息のあった二人の名人が技を競い合う。唯一の問題は、Joe Passのリズムを取る足の動き。あまりに細かく激しく動かす。 Charie Parker:With Strings。素晴らしい。このアルバムのParkerは全部素晴らしい。アイデアが次々にわいてきてそれをアルトサックスで表現している。美しいと言ってもよい。 Chet Baker:相変わらずのおかまソング。Bakerの歌はともかく、ドラムスがうるさい。下手。 Anita O'Day:There will never be another youとのメドレー。もっと軽快だったと思うんだが…いまいち Bill Perkins ,Art Pepper & Richie Kamuca:素晴らしい。アルバムタイトルがJust Friends。三人(二人?)のユニゾンがいい。いかにもウェストコースト。ヒカヒカサウンド。 Rachel Price:知らない女性歌手。オーストラリア出身だそう。ノリがアメリカ人ではない感じ。ジャズっぽく歌って見ましたって感じかな?歌はいい。伴奏もいい。 ※恋人だった二人の片一方が突然醒めた(冷めた)という歌詞。「私を捨てないで」みたいな歌詞じゃあないから愛が醒めたのは歌ってる本人だとした。でも今、突然醒めたから、相手にもまだ言っていない。 Just friends, lovers no more もうおしまい、愛していない。目に前にいるのはただのトモダチ Just friends, but not like before 今までとは違う To think of what we've been, and not to kiss again まだ おしまいじゃないような顔して Seems like pretending it isn't the ending キスしても、前とは違う Two friends drifting apart 私の心はあなたから離れてあてもなく漂う Two friends but one broken heart あなたは気づいていないけど We loved, we laughed, we cried 愛し合って笑い合って泣いたわね Suddenly...

鴻上尚史さんも相変わらず面白い

AERA DIGITALに 洗濯物の山を無視して「何か手伝おうか?」と聞いてくる夫にストレス… 夫の想像力を育てたい50代女性に、鴻上尚史がすすめる“エンパシー”の伸ばし方 と題して身の上相談。鴻上さんの答えの抜粋以下:    エンパシーは、「共感力」なんて訳されていますが、共感する必要はありません。正確に言えば「相手の立場に立つ能力」のことです。  一度、この連載で解説しましたが、『シンデレラ』の物語を読んで、「シンデレラはかわいそうだなあ。がんばったなあ。幸せになってよかったなあ」と感じるのは、シンパシーです。  でも、「シンデレラの継母は、どうしてあんなにシンデレラをいじめたんだろう?」という理由を考えられるのがエンパシーです。 「シンデレラの継母は、 結婚 するまで シングルマザー で二人の子持ちだった。だから、結婚してやっと経済的に助かったと思ったら、シンデレラの父親は稼ぎのない甲斐性なしだった。だから、その怒りをシンデレラにぶつけたんじゃないか」とか「シンデレラの継母は、自分の娘たちとシンデレラの容姿の違いをはっきり分かっていたから、お城に連れていかなかったんじゃないか」とか「シンデレラの継母は、シンデレラの実母に対して嫉妬していて、その感情をシンデレラにぶつけたんじゃないか」とか「シンデレラの継母は、シンデレラの若さと美しさに単純に嫉妬していたんじゃないか」なんてことです。  もちろん、真実は分かりません。シンデレラの継母にインタビューすることはできませんからね(笑)。  日本人はずっと「シンパシー」で行動してきました。 「自分の嫌いなことは人にしないように。自分の好きなことを相手にもしてあげよう」。これらはすべてシンパシーです。 >>さて、俺も上さんが何をして欲しいのかなんて考えられない。もう少し言えば、考えるべきではない、とすら思う(恥ずかしい、沽券にかかわる)。一方で、上さんから文句・小言を言われると「何故、この女はこんなことを言うんだろう」と考えることは多い。 多様性ってややこしい。相手のことを理解しようとすることは大事だ。これは俺も認める。だが、理解して相手の気に入るように言動をコントロールするのは憚られる。Inclusionてやつは嫌だ。もっとも、 上さんの事なんて、理解しようとして理解できない。それでもあきらめず理解しようと思い続...

トッドさん相変わらず面白い

AERA DIGITALでエマニュエル・トッドさん語る。以下抜粋:   日本は、「古い米帝国」システムの配下にあると、私は位置づけています。1945年の敗戦の結果、ドイツと共にそのシステムの中に入ることになったわけですが、敵対する中国やロシアなどの共産主義がある中で、日本やドイツに対する待遇はどちらかと言うとよく、昔はある意味で「良きシステム」だったわけです。しかしいま、米国が敗北のプロセスをたどっているなかで何が起きているかというと、「古い米帝国」の諸国に対するコントロール方法が、ひじょうにネガティブな方向へと変わってきているんです。  一つ目は、米帝国のシステムの中にある国々からの搾取です。たとえば関税を上げるなどして、日本や台湾、韓国、ドイツやオランダなど先端産業が存在する重要な拠点から搾取をしていこうとしています。米国は「その他の世界」に対するコントロールの力を失いつつあるから、そういった行動に出るわけです。  二つ目のネガティブな影響は、米国が自国の解体をなんとか遅らせようとして、経済的に台頭しつつある中国やインド、また中東などの国々に戦争や対立を起こさせようとしていることです。高市早苗首相の台湾有事に関する発言も米国が対立を生み出そうとしているなかで起きたと解釈することもできると思います。 >> アメリカは西へ西へとフロンティアを進み、第2次世界大戦以降、西の果てまで行きついた。その結果、基軸通貨という富の源泉を得て、それを維持することに汲々としている。新しいフロンティアは一周廻って仲間の国というか属国だ・・・日本・韓国・台湾・ドイツ・オランダ・・・。アメリカの言うことをきかない国・・・中国・インド・中東・・・は仲間割れさせようと・・・トッドさんのアドバイスは、「没落するアメリカなんてあまり当てにせず、アメリカの属国ではない中国・インド・中東・ロシアあたりと仲良くしたら(=そうするしかない)・・・」だ。 一方で、アメリカは「AIとか宇宙といったフロンティアに挑戦してる」、と も言える。これも正しいような気がする。 どちらが正しいのかは数年後には分かるだろう。

朝日新聞、天声人語、いいぞ。

以下、天声人語「 内館牧子さんの思い」より引く: あんたたちにわかってたまるか。思わず舌打ちした瞬間、はっとしたという。では、自分はどうなのかと。28年前の夏、脚本家の内館牧子さんが話してくれた。その手に、東大紛争後に生まれた学生たちが安田講堂事件を劇にすると報じた新聞記事があった▼内館さんを訪ねたのは、以前に放映された民放ドラマ「リトルボーイ・リトルガール」を書いた思いを聞くためだった。広島に落とされた原爆「リトルボーイ」が、純粋な少女たちの命を奪った物語だ。東大紛争の劇の記事は、ちょうどその脚本を書いている時に読んだという▼全共闘世代の一人として、「あの時代を知らずに劇などできるものか」といらだったそうだ。はっとしたのは、戦後生まれの自分も、原爆のドラマを書いていると気がついたから。「己の狭量さに愕然(がくぜん)とした」(中略)・・・そして 「わかってたまるか」ではなくて、「伝えていかなくては」だったんです――。そう語った内館さんの表情を思い出す・・・で終わる。 占領期の性にまつわる「不都合」な歴史 「書かなければ」記者の思い という記事では、朝日の女性記者二人と歴史学者に:  「戦時下や引き揚げ時の性暴力は知っていたが、国や地域が女性たちを差し出すという暴力が、戦後も地元で続いていたことに衝撃を受けた」と西條さん。  1941年創刊の静岡新聞の過去記事を調べても、当時の実態を伝える記事は出てこなかった。だが、熱海に駐在経験のある同僚記者に尋ねると、存在はみんな知っていた。「書くべきテーマとは見なされてこなかった。書かなければと思った」 取材のきっかけとなった論文を書いた平井和子さんは「ジェンダー視点をもった記者が増えてきたことで、これまで見えなかったものが浮き上がるようになってきたのでは」といい、「占領期の性にまつわる『不都合な歴史』が地元で報じられたことは感慨深い」と話す。 大滝さんもRAAの歴史を調べるなかで、設置に動いた男性たちによって残された肯定的な記録に違和感を抱く。そこで働いていた女性の思いは置き去りにされてきたと感じた。  ジェンダーギャップは家庭にも職場にも当たり前のようにあるからこそ、自覚できない人も少なくない。自分も当事者と捉えてほしい。そのために、と大滝さんは言う。「足元で起きていること、小さなことを伝えていくのが私たちの役割だと思ってい...

2026年は変化の時代が終わり、すべてが変わり、「ついにAIが資本主義を滅ぼす年」になる

東洋経済オンラインに小幡績氏が以下; 2026年にすべてが変わる。 いや、すべてはすでに変わっている。 2026年はそれに気づく年になる。 21世紀初頭、「すべてが新しい時代」がすでに始まっていた。 21世紀とは「新しい時代の世紀」である。 変化の時代が終わる 何が変わるのか。アメリカの覇権は終わる。欧米の時代は終わる。国民国家の時代は終わる。そして、民主主義も終わる。もちろん、資本主義は終わる。市場主義も金融主義も一緒に終わる。細かいレベルでいえば、イノベーションの時代は終わる。変化の時代が終わる。 この世界では、変化は不要、害悪となる。成長とは老化の準備であるから悪いことであり、老化しないこと、変わらないことが最高の価値となる。目新しい製品、差別化を見せつける製品は価値がなくなり、必需品だけの世界がやってくる。これは、以前述べたように、日本が世界最強になる可能性がある世界である( 「ついに『日本が独り勝ちする時代』がやってきた (2022年9月17日配信)」を参照)。 20世紀までの古い時代を終わらせるのは、2つのメカニズムである。その2つを説明しよう。 なぜ欧州が世界を支配したのか 1492年、コロンブスの「新大陸」発見の年から、世界は動き始めた。欧州の移動の時代の始まりとともに、世界の資本主義は始まった。近代の始まりでもあった。 なぜ、近代においては、資本主義により、欧州が世界を支配したか。 それは、欧州が動いたからである。欧州は海を跨いで、別の大陸に出て行ったからである。動いた側であったからである。攻めたからである。 欧州から持ち込まれた菌による伝染病により、中米の文明は破滅したと言われているが、逆に欧州が中米の菌により破滅させられなかったのはなぜか。簡単である。出て行ったからであり、菌は持ち込んだが、菌を持ち帰る量は限られていたからである。中米の菌に侵されて死んだ欧州人は、欧州に戻る前に死んだのであり、持ち帰ってしまった菌は数が限られていたはずだ。 菌だけでなく、文化、風習についても同じだ。入ってくるものには汚染されるが、外にあるものに汚染されに行く人間の量は限られている。だから、出て行ったほうが自地域の破滅のリスクは負わないのである。 歴史というのは、中心の発展、その周辺への刺激からの同化、それが征服されるか、周辺が中心にとってかわるか、これの繰り返し...

江藤淳さん、読むべし

「諸君!」1980年8月号に掲載された、江藤淳「1946年憲法・・・その拘束」より抜書き: 憲法草案の起草を総司令部民生局に命じた1946年2月3日付けのマッカーサー・ノート: 1.天皇は国家元首の地位にある。皇位は世襲される。天皇の職務と権能は憲法の定めるところにしたがって行使され、憲法に示された国民の基本的意思に応えるべきものとする 2.国家主権の発動としての戦争は、廃止される。日本は紛争解決の手段としての戦争のみならず、 自国の安全を維持する手段としての戦争をも放棄 する。日本はその防衛と保全とを、今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる。日本が陸海空軍を維持する権能は、将来共に許可されることがなく、日本軍に交戦権が与えられることもない。 ・・・ここで最も注目すべきことは、「自衛権」と「交戦権」の否定が、なによりもまず国家主権に対する決定的な制限として規定されていることであろう。”戦争放棄条項”を”非戦条項”あるいは”平和条項”と解釈するのは実は問題のすり替えであって、それは正確には、”主権制限条項”と理解されなければならない。そのことを、このマッカーサー・ノートは最も明確に、かつ露骨に示している。 単なる”戦争放棄”の原則については、日本はすでに第二次大戦前、1928年に、パリ不戦条約(ケロッグ=ブリアン条約)の署名国となっていた。 第一条:【戦争放棄】締結国は、国際紛争解決の為戦争に訴えること非となし、且つその相互関係において国家の政策の手段としての戦争を放棄することをその各自の人民の名において厳粛に宣言す アメリカ合衆国は一つの保留条件をつけた。当時発出された合衆国政府公文は、次のように述べている。<不戦条約の米国案は、いかなる形においても自衛権を制限しまたは棄損する何物も含むものではない。この権利は各主権国家に固有のものであり、すべての条約に暗黙に含まれている。各国は、いかなる場合にも、また条約の規定に関係なく、自国の領土を攻撃または侵入から守る自由をもち、また事態が自衛のための戦争に訴えることを必要とするかを独自に決定する権限を持つ >>マッカーサーの憲法原案は日本の自衛権も否定するものだった。マッカーサーの言う「国家主権の発動」、憲法に言う「国権の発動」は同義か?しからば、不戦条約に言う「国家の政策の手段」とはどう違うのか? 昭和26年9月8日、...

俺の上さんの友人は”電話”と言う

 上さんが友達と電話で話したあと、「あの人、『それ、あとで電話で調べる』って言う」と。 上さんの友達の頭の中では、電話=スマホ=ネットということらしい。 昨日は、俺と上さんは、スマホとかネットと言うべきところを「電話」と言い換える遊びをした。

朝日新聞よ”性感帯”を触ってくれ

トケマッチとかいうインチキ商売をした男がUAEに逃げ、急に日本に追い返されて捕まったというニュース。 変わり者の俺だけでなく、ほとんどの人の知りたいこと(=性感帯)は、 ①ガーシーもそうだったと思うけど、悪いことした人は何故UAEのに逃げるの? ②UAEはなぜ急に犯人を日本に追い帰すことにしたの? の二つであろう。この多くの人が知りたいことを朝日だってわかってるはずなのに教えない。何故だろう?もしかして、朝日はこの、「多くの人が知りたがること」が分からなくなっているのか??以下、朝日の記事より (前略)   日本側はUAE側に対し、機会を見つけては、容疑者に関する情報の提供や発見、拘束などを求めてきた。目立った動きはなかったが、警視庁は詐欺容疑での逮捕状の更新を続けて、備えていた。  今年11月下旬、UAEの当局から日本の警察当局に突然、連絡があった。  「身柄を確保し、今われわれの手元にある。日本へ引き渡す」  指名手配から約1年8カ月たっていた。両国の当局が身柄の引き渡しに向け具体的な調整を続けた。結果、容疑者がアブダビ発成田空港行きの直行便に乗ることが決まった。  容疑者は約10時間かけて26日午前、日本に到着。飛行機を降りた後、高級腕時計15本(時価計約1800万円相当)を23年8~12月ごろにだまし取った詐欺容疑で警視庁捜査2課に逮捕された。  UAE当局内でどのような判断があったのか、どのような経緯で発見され拘束されたのか、などは明らかになっていない。捜査関係者も「詳しい事情はまだ分からない」と話した。 閑話休題: 多くの人がトケマッチ商法に引っかかるのはなぜか?これも俺の世代には不思議でならない。俺の憶測は、「子供の時、騙されたことがない人が引っかかる。」高価な時計を見ず知らずの人に渡したら返ってこない、という疑いを抱かない人が多いということだ。俺が子供の時には、大人や年かさの子供に騙されたり、嘘をつかれたりした。 日本の子供は、世の中には人を騙したり嘘をつく奴がたくさんいる、というか、それが人間の業・性だ、ということを身をもって思い知る機会が奪われているのだ。 そして、何十年か前には、ロシア同様、日本自身が他国を侵略し植民地にした、ということ、また、日本だっていつ侵略されるか分からない、それが国というものの業・性だ、ということも・・・

私たちはデジタル空間の「農奴」

年に何回か、朝日にもいい記事が出る。これはその一つだ。 ギリシャ人なんて勤勉でないし屁理屈ばかりが得意という印象だが、人間は”プラットフォーマー”とか"ビッグテック”などと呼ばれる会社の農奴だ、という指摘は面白い。 私たちはデジタル空間の「農奴」 怒りが増長させる米中クラウド帝国 有料記事 吉岡桂子 2025年12月27日 9時00分 SNSは日々ことばの戦時中で、誹謗(ひぼう)中傷や分断の種にあふれかえる。ギリシャ経済危機時に財務相を務めた政治家でもあるヤニス・バルファキス・アテネ大学教授は、現代の私たちをデジタル空間に縛り付けられた「農奴」だとみる 連載「深世界」【2】ヤニス・バルファキス氏 私たちが重んじてきた理念やルールに基づいた「あるべき世界」が、大きく揺らいでいます。原因は何か。どう向き合うべきか。国際ニュースをより深く理解する視座を求めて、識者に尋ねました。  ――巨大IT企業GAFAM(ガーファム)らが強い影響力を持つ現代社会を「テクノ封建制」と唱えていますね。  かつての封建制は、 土地 の所有と権力が結びついていました。土地を耕す人々から地主として地代や収穫物を徴収できたからです。地主は経済、政治、そして生き方を支配する道徳的な権力さえも握っていた。しかし、 資本 主義の登場により、富は、土地からではなく、機械など生産手段を所有して商品を生産し、市場を通じた取引によって得る利潤の蓄積へと変わりました。それらがすみっこへ押しやられ、GAFAMらによって置き換えられてしまった。従来の資本主義は終わり、次の段階を迎えたと考えています。  ――どう変わったのですか。  デジタル取引の プラットフォーム が市場にとって代わり、それやクラウド(インターネット上のデータ保管場所)を利用するためには使用料や手数料を支払わなければなりません。封建制の時代の 地代や小作料 のようです。その結果、力を持つのは機械や鉄道など伝統的な資本の所有者ではなく、デジタル取引のプラットフォームやクラウドを所有し、運営するGAFAMらになりました。彼らがデジタル空間の「領主」で、たとえばアマゾンを通じて自社の商品を販売する企業は「家臣」のような存在です。私たちユーザーは、 デジタル空間に縛り付けられて自分の時間と個人情報をせっせと貢ぐ「農奴」 と言えるでしょう。生産的な機...

涼子という名のつく芸能人

 人心漢字辞典なるサイトがあって、それによると、「涼子」を含む有名人は83人に及ぶそうだ。 上から、篠原涼子、末広涼子、国仲涼子・・・俺の知らない「有名人」を4人挟んで米倉涼子と並んで以下俺の知らない「有名人」の名前が続く。 俺の中では「涼子」のつく有名人は篠原、末広、国仲、米倉の4人だ。 このうち、末広と米倉は今年、スキャンダルを起こした、あるいは巻き込まれた。二人とも事務所をやめ、あるいは見放され、おかしくなった、あるいはメディアにさらされた。 国仲さんも今年、事務所をやめた。彼女もそろそろ、スキャンダルかな? こうやって見ると、篠原さんのコントロール力に感心する。Wikiってみると、事務所はデビュー以来変わってないみたい。

on the sunny side of the street

 Tommy Dorsey :コーラスがとてもよい。アレンジが戦時中風。「兵隊さん頑張ってね」みたいな。 Billlie Holiday:1944年Commodoreでの録音。まだ声が枯れてない、若い時の歌声。Eddie Heywoodのピアノトリオの伴奏。ピアノがいい。Swing!という感じ。 Louis Armstrong:彼のAll Strasの演奏。この歌はこうやるんだよ、とお手本のようなパフォーマンス。言い方を変えれば面白くない。曲がない。 Peggy Lee:Benny Goodman orchestraにて。GoodmanのクラリネットばかりでPeggyの歌が中々出てこない。若若しいけれど、なんとなくやっつけ仕事みたいな歌い方。 Ella Fitzgerald:Live at the Crescendo。あんまり。 Doris Day:お年を召したあとの歌声か?でもしっとりしててよい。 Frank Sinatra:悪くない。Louis Armstrongが黒人のお手本なら、Sinatraは白人のお手本。堂々としてる。 Johnny Hodges @ Duke Ellington :パリでのライブ録音。ブリリアントとでも言うのか、素晴らしさを言い表す言葉が見当たらない。Hodgesは何百回いや何千回とこの曲をやったはず。バンドメンバーとの掛合もいい。

Embraceable you

 Billie HolidayのEmbraceable youという歌は聞いたことがあるが、そもそもembraceとかembraceableという言葉の意味を知らない。 調べるとembraceというのは、「抱擁する」の意だそう。そして、embraceableとはアメリカ民主党が好きだったinclusiveと似た意味らしい。つまり、「抱きしめることができる=容認できる、包み込む」といった意味。embraceable youは、1928年、Gershwin兄弟の作詞作曲。歌詞が最後、急に「坊や、いい子にしてママの所においで」みたいになるのが不可解。 Frank Sinatra:ストリングス入りフルオーケストラの伴奏。「悠揚迫らざる」とはこの歌い方か。元来は女が歌う歌なので、最後のcome to mamaをcome to papaと言変えている。素晴らしい歌唱。 Ella Fitzgerald:こちらもSinatra張りに「悠揚迫らざる」だ。でも、この歌い方ならSinatraの方が上。 Jane Monheit:全く知らない女性歌手。2004年のライブでギターだけの伴奏。verseから歌う。悪くない。が、何かが足りない感じ。あるいは多過ぎる感じ。若いせいか、 Nat Cole:いい。ギター入りの自分のトリオで歌う。ギターソロもいい。ピアノそろもいい。 Saragh Vaughan:アルバムWith Clifford Brownに収録。悪いはずがない。Jimmy Jonesのピアノ絶妙。面白いことにClifford Brownの出番なし。 Chralie Parker and Lester Young:JATPみたいな、順繰りにブローする演奏。誰だか分からないが、しょっぱなのトランペットソロいい。次に現われたLester Youngは、魂の抜け殻。Parkerはいい。 ついでにParkerのDial盤も聞く。こっちはクインテットの伴奏。縦横無尽のソロ。Miles Davisの、すかしっぺみたいなトランペットが出て来る。 Chet Baker:例によっておかまソングだが、何となく機嫌が悪そうな歌声。 Billie Holiday:アルバム”Body and soul"より。Holidayの歌は特別いいとは思わないが、最後のcome to mamaをcome to m...

江藤淳の日本人(アメリカ人論)

 江藤淳さんは、アメリカ人論を通じて日本人論を展開する。 「日本文学と『私』」(1965年)では、 アメリカ人と日本人はともに、「他人=自己の投影としては解釈できないもの、自分とは異なった世界像の下に生き、異なった論理と行動様式を持った存在に出逢うまいとするという強固な意志を持っている」とする。 アメリカ人が荒野の開拓に成功したとき、そこに自己の投影を見て、他者を見なかった。アメリカ野牛は他人ではなく、インディアンは人間より野牛に近かった。アメリカは自己拡大し、旧大陸の「汚れた」他人どもが新大陸に残した足がかりを、戦争(英米戦争、米墨戦争)、土地の買収(ルイジアナ、フロリダ、アラスカ)、あるいは衛星国の設立(テキサス共和国のメキシコからの独立と合衆国への併合)によって排除した。つまり、アメリカの自己拡張は、絶えざる他人の排除、あるいは抹殺によって遂行されたのである。それはいわば新世界の隅々に自己の投影が及ぶほどの巨人になりたいという欲望の発現である。これは絶対に他人に出会うまいという意志の発露だと言っても同じことである。これは、「他人」の存在を許さないで他人を排除するか、あるいは、他人ではなくすることだ。 日本人は、アメリカの陰画で、決して他人と出逢うまいとする固い意志を、開拓という自己拡張によってではなく、鎖国という自己収縮、あるいは自己閉鎖によって行おうとすることにおいて、アメリカの対極に位置する国であった。 アメリカの自己拡大は西に進み、やがて、ペリーが浦賀沖に現われる。この時、日本人は確実に「他人」に出逢った。つまり、日本人は、自己の投影としては理解することのできない「他人」というものが、自己の中に押し入ってくる感覚を味わった。こうした「他人」の存在は危険なもので、やがて自己の存立を危うくする、そうした予感が日本人をとらえた。それは、以後今日まで1世紀有余にわたって続き、現に継続している日本人の世界像の崩壊の端緒である。この崩壊・・・危機の只中で、日本人はどのように自問したか。それを問うことは、ほとんど明治以降の文学を問うことである。 一方、アメリカは、自分の社会の只中に存在する黒人を「他人」(人間)と見るか、家畜(奴隷)と見るかを巡って分断し、南北戦争という危機に直面した。南部では黒人に「他人」になる機会を与えぬために黒人は奴隷でなくてはならなかっ...

首都高の社長なぜ謝る?

 長年据え置いてきた首都高料金をわずか3%上げるということを社長が発表する。 そのとき、「ご迷惑をおかけして・・・」と社長が謝るが、意味が分からない。 長年料金を上げないように社員や出入り業者の給料を上げさせなかったとしたら、その犠牲者たる社員や出入り業者に「長い間給料を上げずに済まなかった」と謝ればよい。 世の中、何割という割合で価格が上がっているのに、わずか3%・・・寧ろ胸を張って「3%しか上げないぞ。偉いだろう」と威張ってもよいのではないか? 値上げの時に謝る理由・背景は2つしか考えられない。 ①コストダウンの努力をせず、コストが上がった分を100%値上げしている ②「スミマセン」と謝るふりをしておけば文句は言われない、という賤しい魂胆

クリスマスディナー

子供が家からいなくなったあとはクリスマスなど無関係だ。 12月24日のクリスマスイブだからと言って特別なものは食わない。せいぜいケーキを買うかどうか程度だ。 今年ケーキは買った。(半分は娘夫婦に上げたんだが) 今日(23日)、たまたまスーパーで骨付きの鶏もも肉を半額で売っていたのを上さんが見つけた。元の価格を見たら100グラム当たり168円。半額なら84円で普通の骨なし鶏モモより安いからこれを買う。大体、クリスマスの時期だけ骨付き肉鶏もも肉を売るのもけしからんし、大体骨付きだから不可食部分が多いのに骨なしより高いのもけしからぬから滅多に買わない。 さて、久しぶりの骨付き鶏モモ肉をどう料理するか?塩コショウして魚焼きグリルで焼くか?鶏モモの喰い方としては、これが一番うまい。付け合わせは、上さんが義理の妹からもらってきた白菜をバターで炒めようか。クリスマスディナーにはポテトも欲しいからじゃがいもの細切りとトマト炒めにしよう。

政商・孫正義の天才

 2009年民主党政権誕生の時、一番印象深かったのは、民主党政権が太陽光発電を推進することになり、孫正義がその応援団?の一員として民主党のお歴々に混じって、太陽光発電をやりましょう、というキックオフだか何だかの場にいたことだ。 ドイツの失敗例(結局金持ちが太陽光発電事業をやり、一般民衆は高い電気代を負担させられる)を知っていた俺は冷ややかに「どうせ孫みたいな金持ちが得するだけ」と思って見ていたが、自民党政権になって太陽光発電事業も大分おかしなことになった。最初に手を上げて発電利権を得た人がそれを転売するようなことも起こった。中国で太陽光パネルやってる人だけが儲かるなんて言われて、太陽光発電はいつのまにか、自然破壊の元凶みたいに扱われる。 さて、高市政権はAIに力を入れ、補助金を出すと言う。AIと言えばソフトバンクだ。 2度にわたり、政府が金を使うという事業に手を出しているって孫さんは素晴らしい。 孫さんが政府をたきつけるのか、それともたまたまか?それとも政府が孫さんに「次は何をやればいい?」って相談するのか???

九星気学の流派

一白水星の俺の運勢は、ネットをみると、2025年は最高の運勢だ、というサイトが多い。 今までの努力、頑張りが実を結び成果となる「結実運」というのだそうだ。 自分では今年そんなにいいことがあったかいな?とも思うし、去年ダイソーで買った本にはそんなこと書いてなかったなあ、と思ってダイソーに行って2026年版の本を買って読む。一白水星の2026年は「着実に準備を重ね実行してきた人にとって、運気はいよいよ頂点を極める時となり・・・」(強勢運)とある。ただし、「上り詰めた運気は転換期を迎えるところから、変化が多い年」とも。 ちなみに、ダイソー本によれば、一白水星の2025年は「結実運」ではなく「順調運」で「公私ともに絶好調」と。 一白水星の運気は2025年と2026年、どっちがいいの? 九星気学にも色々流派がっあって、同じ一白水星でも微妙に違うんだ。 それに九星気学(高島易)の本を買い始めて多分もう20年以上になるが概して「最高の運気」などと言われる年にあんまりいい思いをしたことはないように記憶する。 さて、今年を振り返ると: ・株は上がったし、受け取り配当金も100万円の目標にむかって前進した。 ・体調は心配なことはあったが、結果的には悪くなかった。上さんも同様であった。 ・ゴルフスコアは悪化した(一番努力の成果が表れて欲しいところだったのに…) ・身近な人が発病し、「明日は我が身」と感じ、また、「病気になった時、やり残したことがないようにしよう」と思った ・Saragh Vaughan with Clliford BrownをよくYouTubeで聞いた と言ったところか。そうそう、 「上さんとの二人の大過ない生活のありがたみ、面白さ・・・が身に沁みるようになった」  というのが最大の幸福かも。