米農家って職人?

 米作りをやってる人の中に「俺はやりたいタイミングで(一番品質のいい米がとれるタイミングで)、気に入った機械で農作業したい」という人がいるようだ。こういう米作り職人には大規模化とか農業機械のシェアなどは「農業を知らない者の言うたわごと」ということになろう。

これは資本主義に対する反抗、日本の中ですら「俺流」を貫きたい、という究極の反グローバリズムだ。

そんな「贅沢な」作り方をする高いコメを是非買いたい、応援したい、そうじゃなけりゃ嫌だ、という偏屈な人はこういう米農家から買えばよい。

ただし、そんな奇特な消費者は全体の数%だろう。米が高ければパンやパスタで結構、という人が大半だ。そういう人から見れば米など食料の一候補であって、安ければ少々品質に不安不満があっても輸入米でも構わない。

これを踏まえて、日本の米作りに関する一つのアイデアは、

①贅沢な客が米作りの職人から高いコメを買う

②その他大勢の「米は食品の一候補」の人たちは輸入米を買う

でいいじゃあないか?

問題は食料自給だ。上記②の部分については、米自給をするために必要最低限の生産量を決め、その生産は、輸入米のコストを意識して大規模工場化したやり方とし、輸入米とのコスト差は国が負担して販売する、それを超える需要については輸入米ということでどうか?

そう考えると、米問題解決には「食料自給」の問題が横たわっている、ということになる。有事の際、米に限らず、食料全体をどれだけ自給するのかを決めないと検討が進まない。そして、こうなると、憲法9条同様、日本で議論したり決めたりすることは不可能に近い。

食料自給問題も、憲法9条問題同様、GHQが日本人に残したタブーかも。両方ともどのくらいの農産物/兵器が必要なの?について日本人に自分の頭で考えられないようにして、アメリカ支配から抜けられないようにしておき、かつ、アメリカからの食糧や武器の輸出を自由にできるようにしておきたかったのか??


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