朝日新聞、天声人語、いいぞ。
以下、天声人語「内館牧子さんの思い」より引く:
あんたたちにわかってたまるか。思わず舌打ちした瞬間、はっとしたという。では、自分はどうなのかと。28年前の夏、脚本家の内館牧子さんが話してくれた。その手に、東大紛争後に生まれた学生たちが安田講堂事件を劇にすると報じた新聞記事があった▼内館さんを訪ねたのは、以前に放映された民放ドラマ「リトルボーイ・リトルガール」を書いた思いを聞くためだった。広島に落とされた原爆「リトルボーイ」が、純粋な少女たちの命を奪った物語だ。東大紛争の劇の記事は、ちょうどその脚本を書いている時に読んだという▼全共闘世代の一人として、「あの時代を知らずに劇などできるものか」といらだったそうだ。はっとしたのは、戦後生まれの自分も、原爆のドラマを書いていると気がついたから。「己の狭量さに愕然(がくぜん)とした」(中略)・・・そして「わかってたまるか」ではなくて、「伝えていかなくては」だったんです――。そう語った内館さんの表情を思い出す・・・で終わる。
占領期の性にまつわる「不都合」な歴史 「書かなければ」記者の思い という記事では、朝日の女性記者二人と歴史学者に:
「戦時下や引き揚げ時の性暴力は知っていたが、国や地域が女性たちを差し出すという暴力が、戦後も地元で続いていたことに衝撃を受けた」と西條さん。
1941年創刊の静岡新聞の過去記事を調べても、当時の実態を伝える記事は出てこなかった。だが、熱海に駐在経験のある同僚記者に尋ねると、存在はみんな知っていた。「書くべきテーマとは見なされてこなかった。書かなければと思った」
取材のきっかけとなった論文を書いた平井和子さんは「ジェンダー視点をもった記者が増えてきたことで、これまで見えなかったものが浮き上がるようになってきたのでは」といい、「占領期の性にまつわる『不都合な歴史』が地元で報じられたことは感慨深い」と話す。
大滝さんもRAAの歴史を調べるなかで、設置に動いた男性たちによって残された肯定的な記録に違和感を抱く。そこで働いていた女性の思いは置き去りにされてきたと感じた。
ジェンダーギャップは家庭にも職場にも当たり前のようにあるからこそ、自覚できない人も少なくない。自分も当事者と捉えてほしい。そのために、と大滝さんは言う。「足元で起きていること、小さなことを伝えていくのが私たちの役割だと思っています」
>>朝日新聞自身が書くべきこと・伝えるべきことを書かず、自分たちの信じる史観や正義について肯定的に書くのだ、ということを自覚して欲しい・・・こんなこと言っても朝日にはわかんねえだろうあ・・・と思いつつ、朝日に伝えようとする努力はしなければ・・・
或いは、朝日は、分かっていてもできないのかも。これを「腐っている」という。朝日に限らず、いろいろなものが「腐って」いる。そして腐っていることを自覚しない者が大手を振る・・・
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