江藤淳の日本人(アメリカ人論)

 江藤淳さんは、アメリカ人論を通じて日本人論を展開する。

「日本文学と『私』」(1965年)では、

アメリカ人と日本人はともに、「他人=自己の投影としては解釈できないもの、自分とは異なった世界像の下に生き、異なった論理と行動様式を持った存在に出逢うまいとするという強固な意志を持っている」とする。

アメリカ人が荒野の開拓に成功したとき、そこに自己の投影を見て、他者を見なかった。アメリカ野牛は他人ではなく、インディアンは人間より野牛に近かった。アメリカは自己拡大し、旧大陸の「汚れた」他人どもが新大陸に残した足がかりを、戦争(英米戦争、米墨戦争)、土地の買収(ルイジアナ、フロリダ、アラスカ)、あるいは衛星国の設立(テキサス共和国のメキシコからの独立と合衆国への併合)によって排除した。つまり、アメリカの自己拡張は、絶えざる他人の排除、あるいは抹殺によって遂行されたのである。それはいわば新世界の隅々に自己の投影が及ぶほどの巨人になりたいという欲望の発現である。これは絶対に他人に出会うまいという意志の発露だと言っても同じことである。これは、「他人」の存在を許さないで他人を排除するか、あるいは、他人ではなくすることだ。

日本人は、アメリカの陰画で、決して他人と出逢うまいとする固い意志を、開拓という自己拡張によってではなく、鎖国という自己収縮、あるいは自己閉鎖によって行おうとすることにおいて、アメリカの対極に位置する国であった。

アメリカの自己拡大は西に進み、やがて、ペリーが浦賀沖に現われる。この時、日本人は確実に「他人」に出逢った。つまり、日本人は、自己の投影としては理解することのできない「他人」というものが、自己の中に押し入ってくる感覚を味わった。こうした「他人」の存在は危険なもので、やがて自己の存立を危うくする、そうした予感が日本人をとらえた。それは、以後今日まで1世紀有余にわたって続き、現に継続している日本人の世界像の崩壊の端緒である。この崩壊・・・危機の只中で、日本人はどのように自問したか。それを問うことは、ほとんど明治以降の文学を問うことである。

一方、アメリカは、自分の社会の只中に存在する黒人を「他人」(人間)と見るか、家畜(奴隷)と見るかを巡って分断し、南北戦争という危機に直面した。南部では黒人に「他人」になる機会を与えぬために黒人は奴隷でなくてはならなかった。片やリンカーンにとっては南部そのものが「他人」であり、粉砕されるべきものだった。そして奴隷解放の結果、黒人はアフリカ的過去に繋がった人間=「他人」の位置を獲得してしまった。事ここに至って、それまで他人を排除して突き進むことしかしてこなかった脳天気なアメリカの白人は、「白い」自分は何者かと自問自答せざるを得なくなった。「白さ」に頼ると、それは、それまで排除し否定してきた西欧的過去につながってしまう。それでは「黒」を容認するのか?娘が「黒」と結婚することを許すか?ニューオーリンズの娼家に通う白人男たちにもっとも珍重されたのはオクタルーンと呼ばれる、8分の1だけ黒人の血を持つ混血女であった。白人社会の秩序は黒人との性交を禁じているが、外見が白人とほとんど異ならないオクタルーンとの性交は、その禁止からの解放感を意味し、激しい性的恍惚を与えた。解放された黒人は、性交禁止の対象ではなくなった。黒人解放前の輝かしい性的恍惚の幻影は、黒人ジャズのアド・リブの中にしか存在しなくなった。

閑話休題:

ペリー来航後100年もたたずに日本はアメリカの妾になった。そして民主主義やら自由平等やらを押し付けられた。日本人は鎖国をやめ、アメリカの言うことを大人しく聞く。しかし心の奥底では他人のままだ。民主主義も自由平等も、形は真似たが身についてない。身につかないのは真似が下手だからか、それとも元々日本人に向いていないからなのか?その答えは、失われた○○年の間中ずっと分からないでいる。

アメリカでは黒人という他人を受け入れるべきか(多様性)、受け入れないで別々になるべきか、百年以上の間、争いが続いている。トランプ大統領は面白い。黒人や中国に対して敵対的なのか、それとも融和的なのか?あいまいだ。彼の頭には正義などという概念はないのだろう。勝てるか、儲かるか、しかなさそうだ。簡単に勝てそうにない相手に対しては、あいまいな姿勢だ。結構悪賢い。

かつて禁止されていた黒人女とのセックスが禁止されなくなって、スリルは失われた。同様のスリルはジャズのアド・リブにしか残っていない・・・白人がジャズを演奏することは、禁止破りなのだ。

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