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「大座談会《目覚めよ!日本》」2022年12月9日

文藝春秋百周年を記念した、  三浦瑠麗、成田悠輔、中野信子、東浩紀、先崎彰容 という1970年代~80年代生まれの学者・論客たちによる討論会。新谷学(週刊文春の編集長から月刊文藝春秋の編集長になった人)による司会。3年前のものだが、メンバーが面白そうなので見た。なんと3時間の長さ。 参考になった点: ①コミュニティーのサイズ コミュニティーが機能する最大の人口は10万人。(知り合いの知り合いくらいの範囲まで)それより大きいと、”マス”になる。個人はどこの誰だか分からなくなり、SNSを使わなくても匿名になる。 ②これから日本人に一番必要なのはコミュニケーション教育。特に人の話を聞く力。最近の日本人は主張ばかりで聞かない。次に大事なのは相手を見て相手が何を求めているのかを察知し、相手に分かりやすいように話す力。「寄り添う」と言いながら、悩みを相談されると話を全部聞かず、その問題を解決するには、ああしろ、こうしろと言い出す。言ってる本人は問題解決を効率的にやってるつもりだが、相談相手は聞いてもらうことを求めているのだ。暇な老人が率先してやるべきことだ。 >>まず上さんとのコミュニケーションを改善しよう。 ③GDPだとか人口なんてものを尺度にしているから暗くなる。子供を増やそう、という発想もあるが、老人ばかりになっても楽しい社会、という発想もある。 >>俺の鎖国案でもいいような気もする。 閑話休題: SNSは問題だ。ただ、本質的には、SNS自身ではなく、何百万何千万人相手のコミュニケーションなんてそもそも成り立たないということと、言いたいことを言いっ放しにするコミュニケーション能力の不足の問題。 夏目漱石が指摘した「外圧による開化」、本居宣長の言った「からごころ」に乗ってルンルンしてる間はいいんだが、これが破綻すると日本人は自分ではいかんともしがたくなる。自分自身でできることと言ったら自殺・ご破算して再び新しい外圧を受ける、という日本の歴史からくる絶望感… 外圧がなかったのは、10世紀~13世紀。(中国で唐が衰退し、宋は力不足、元が日本に襲来するまで)次に外圧がなかったのは17世紀~18世紀。19世紀以降は外圧途絶えず。10世紀~13世紀は平安時代~鎌倉時代。1 7世紀~19世紀は鎖国時代。いずれも日本が自ら外圧を断ち、日本独特の文化が発展した。16世紀には鉄砲・キ...

パーパス経営

 株をやってるのでときどき株を買おうかな、と思う会社の中期経営計画などを読む。 俺の知らない「パーパス」という言葉が大体冒頭に出てくるが、非常な違和感だ。 PHP人材開発というサイトによると、 ステークホルダーから支持される 社員のエンゲージメントが高まる ビジネスモデル革新による競争力の強化 だそうだ。 バッカじゃなかろうか?喜ぶのはコンサルだけだ。 カタカナ言葉に嫌悪感。 どこかに「パーパス」なんて流行ものをバカにし、文句を言うか経営者はいないのか?

小泉進次郎時代到来の予感

 進次郎は塩野七生さんにも知性がないと言われ、数多くの人が「バカだ」と言う。 一方、AI安野氏によれば、2030年にはAIの知性が人間の知性を超えると言う。 つまり、5年もすれば知性は人間には不必要になるのだ。 そのときが進次郎の出番ではないか?今回の総裁選は勝ちを譲っておこう。 しかし、安野さんの言う通り、AIの方が賢くなったら人間て何するの??? 人間が生きるとは、自分の頭で考えることだと信じて来た俺には全く見当がつかない。

シンガポール・チキンライス

 30年前シンガポールと東京本社を兼務していた。 ホーカーと呼ばれる屋台というかフードコートでチキンライスをよく喰った。価格は確か2~3シンガポールドルだった。当時は歴史的な円高で米ドルが75円、シンガポールドルが60円だったから、150円前後という安さだった。はっきり思い出せないのだが、シンガポールでチキンライスと言えばココナツオイルで炊いたインディカ米に、ローストした鶏やあひるを乗せたものだった。多分、中国・海南が発祥だと思う。 年に2,3回思い出しては食いたくなる。ネットでレシピを見ると、みんなニンニクと生姜を下ろして米と混ぜ、鶏モモを乗せて炊飯器で炊け、と。その通り作る。シンガポールでもそうだったかどうか思い出せないが、これにきゅうりを乗せ、スイートチリソースをかけて食う。 そんなにおいしいものではないが懐かしい。チキンライスを食うためだけに、シンガポールに行ってもよい気がする。相変わらず、ホーカーなんてあるんだろうか?そしてホーカーは相変わらず清潔感がないのか?しかし、ハエや蚊は一切いなかった。不自然だ。国中が殺虫剤づけだったと言われていた。マレーシアのクアラルンプール空港に行って虫が飛んでるのを見てホッとしたのを覚えている。どうやら、シンガポールの思い出がホーカーで喰うチキンライスに凝縮されているようだ。 多分、シンガポールでは今も鶏は100%輸入だろう。米も、野菜や果物も。車すら作っていなかった。水だってマレーシアから融通してもらっている。牛乳や牛肉はオーストラリア、ニュージーランドから空輸。米国産牛肉が高級だった。軍隊だってあることはあるけれど強そうじゃあない。工場で作ってるのは、IT関連製品と石油・化学くらいだった。観光すべきスポットもない。規制を緩和し、税金を安くして会社や人を惹きつけるだけだ。 食料・水・兵力…どうやって国を守るのか?全く分からない。頼りになるのは舌先三寸だけだ。中華系が国を牛耳ってるから、いざとなったら中国とはうまくやれる、と踏んでいるのか?(ただし、前首相であり、息子にその座を世襲したリー・クアンユーは共産主義大嫌いで、共産思想拡散を防止するために輸入される本やCDなどの著作物を厳しく検閲した、と言われていた)。 リー・クアンユーは独裁者だったが、あんまりおかしな政策はなかったし、汚職のうわさもなかった。交通渋滞を防...

嗚呼、オードリー・タン!

オードリー・タンが文藝春秋のインタビューで 以下: 私はAIについても、アブラハムの神のような絶対的なAIなど必要がないと考えています。そうではなく、私たちに必要なのは日本の「氏神」のようなAIです。それぞれの村、それぞれのコミュニティ、それぞれの価値観を代表する無数のAIが同時に存在する。そして相互に対話し、協調し、問題を解決する。そんなAIこそが我々には必要なのです。 台湾社会には「私が全てを勝ち取らなければならない」という感覚があまりありません。「支配者になるよりも、お互いに協力して高め合う道の方が誰にとっても良い」というのが、台湾人に共通してみられる考え方ではないでしょうか。 人であれ企業であれ国家であれ、この世には完璧なものなど一つもありません。みんなどこかに、「ヒビ」が入っています。しかしヒビがあるからこそ、そこから明るい光が差し込むのです。 『ゲド戦記』を書いた米国人作家のアーシュラ・K・ル・グウィンは、「私たちは資本主義に生きていて、そこから逃れられないように見える。かつての王権神授説の力もそうだった。しかしどんな人間の力も、人間自身によって抵抗でき、変えられるのだ」と言っています。デジタル時代のポピュリズムも権威主義も、それが人間によって生み出されたものである以上、変えることは可能です。 >>AI独裁時代は来ないのかも、と期待を抱かせる。

YouTube中毒

 8月、9月は心の調子が悪かった。理由は石丸伸二とトランプだ。 二人とも「生理的に嫌い」に近い。でもそれなりに支持者がいる。それが気に喰わない。 だが、石丸は再生の道を辞め、代わった新代表はかなりマシで、好感すら覚える。石丸君にはこのままいなくなってもらって「単なる政治系YouTuberだったネ」で終わってくれるとありがたい。 トランプはまんざらおバカではなく、また、単なるアンチ民主党でもなく、もしかすると民主党ではできなかったアメリカの覇権を守ることに真剣にチャレンジしている、と思うことにした。 8月以降、この大っ嫌いな石丸が何故人気があるのか、人を引きつけるのかを知りたくてYouTubeを見続けた。そしてYouTube中毒にかかった。理由: ①動画はものごとを理解するために見るものではない。俺は動画を見て理解しようとした。動画は感じるものだ。理性ではなく、感性で受け止めるものだ。俺の思考回路では理解するには、文章を読んで、理解できなければ行きつ戻りつして…なのだ。 俺は会社の意思決定がパワポのプレゼンで行われるのに違和感、危なさを感じていた。パワポも理性でなく、感情・感覚に訴える。そこが気に入らなかった。 俺にとって動画はエンタテインメント、ギャグ・芸などを愉しむものだ。動画を何時間も何本も見続けて「理解」しようとしたからおかしくなったのだ。 ②石丸他のYouTuberたちの日本語は俺の日本語と違うのだ。冗談も、悪口、罵詈雑言も。だから彼らの会話、やり取りを正しく理解できなかった。言い換えれば、つまらなかった。「同じ日本語をしゃべってるから理解できる」と誤解してこれを我慢して見続け、聞き続けたから中毒になったのだ。 オールドメディアや既成政党の皆さんの日本語は、どこをどう割り引いて受け止めればいいのか見当がつくから理解できる。この”割引”の仕方がYouTuberたちの日本語においては分からないのだ。 10月からは心機一転、と行きたい。しかし、どうしても心の調子はジェットコースターのように上がったり下がったり。

グローバリゼーションと超グローバリゼーション

朝日新聞に 佐伯啓思さんがトランプは反グローバリゼーションだけでなく、 超グローバリゼーションも狙ってる、と書いている。(以下抜粋): トランプ政権は、一方では、反自由貿易や関税引き上げによって、米国の製造業とラストベルトの労働者を救済しようとする。しかし他方では、シリコンバレーの投資家や実業家との連携を深め、IT、AI(人工知能)系の技術に多大の支援を与えようとする。  イーロン・マスク氏との関係はたたれたようであるが、投資家ピーター・ティール氏のようないわゆる「テクノ・リバタリアン(徹底した技術的自由主義)」や「テクノ・ライト(技術的右派)」との関係はきわめて親密である。  彼らは、もはやグローバリズムは限界だという。地球上に巨大な利益をあげる フロンティア はなくなるだろう。では次のフロンティアはどこかといえば宇宙だという。そこで次のフロンティア開発のためには、巨額の資金を投じて迅速に先端技術開発を実行せよ。なぜならそれを実行できる国家こそが次の時代の覇権を握るからだという。そのためには、非効率的なリベラル政策や官僚行政や大学は邪魔なのである。効率性と迅速性だけがすべてなのだ。  かくてトランプ氏は、弱体化した米国製造業の再建という保護主義に片足をおき、もう片足を、徹底した技術革新による新自由主義においている。この両者を合わせて米国を再び偉大にする、というのが「アメリカ・ファースト」であって、それは決して米国を「世界」から撤退させるなどということではない。  つまり米国は、一方で保護主義に依拠した「反グローバリズム」につくとともに、他方では高度な技術革新による覇権を目指す「超グローバリズム」というべき方向をも向いている。 >> キーワードは”フロンティア”だ。地球上にフロンティアはなくなった、と絶望しているアメリカ人もいるが、地球上になければ宇宙に出ていこう、というのは気持ちが良い。 さて、グローバリゼーションは何がきっかけ・原因で起こったのか?  ①1991年のソ連崩壊がきっかけとなり、ロシア、東欧諸国の共産主義・社会主義が市場経済に移行し始めた ②1990年代のインターネットの発達により、海外とのコミュニケーションが簡単かつ高速になった ③2001年の中国がWTO加盟により、最大のマーケットかつ安価で豊富な労働力供給地が開放された :①と③はアメリ...

住吉雅美「あぶない法哲学」

以下、引用。俺の大好きな極論、過激な空想満載。 (いや、空想でないところも多くて怖い)  最近の大学生は真面目である。痛ましいほど真面目である。たとえば、未明から防災速報アラームが次々と鳴り、気象情報は大雨警報を発し、早朝からJRの一部区間が運転を取りやめ、さらにその区間が広がりそうな気配の中でも、「大学から休講の連絡がないから」と言って危険を冒して1時間目の授業出席のために登校するのである。「こんな大雨じゃ外出したらヤバイかも。帰れなくなるかもしれない。安全のために休もう」と自分で判断せず、ひたすら、「大学からの指示」の有無で行動するのである。理由は「もしかしたら講義があって、出席をとるかもしれないから」というものだ。出席と身の安全と、どっちが大事なのだろう。とはいえ、現代の大学生を、「自分で判断しない指示待ち」と批判するのは彼・彼女らに酷である。現代の大学生がこんなに悲しいほど真面目にならざるを得ないのは、大学なのに出席をとるようになったこと(小学生じゃああるまいし)そして(昔はなかった)半期15回講義のルールが出来て、大学が極力休講にしなくなったことなど、文部科学省による大学への縛りがきつくなったことによる。今から40年近く前、(略)学生は「こんな教授陣には頼れない」と危機感を覚え、「自分でどうすべきか」と真剣に考え、自力で必死に勉強した。それだからこそ、山中伸弥教授など、ノーベル賞を受賞するような優れた人々が現れたのである。 >>自分の頭で考えないように考えないようにする。文部省はもちろん、親も先生も上司もみんな優しく、手を取り足を取って”指導”してくれる…近い将来、文部省も親も先生も上司もいなくなり、AIが優しく教えてくれる… 健康診断やがん検診、禁煙運動をはじめて導入したのはナチスである。それは個人のためではなく、総統やお国のために労働力として使える人間を選び出して健康に保つためであった。健康帝国とは結局、企業や国家のために使える人間を育て維持するためのものだったのである、だから、ナチスは8時間睡眠や菜食を国民に奨励していた。しかし、そんな健康帝国も、その裏側では、アルコール依存者、同性愛者、精神障害者を迫害し、病などで労働力として役立たなくなった人間をさっさと安楽死させていた。人には不健康に生きる自由もある。 >>どこかに「健康経営」を標榜する...

再生の道 新代表は興味深い

『ABEMA Prime』より以下引用。前代表より不気味さが薄まって好感が持てる。 「AIによる意思決定は民主主義の否定」というコメントがあるが、その通り、AI独裁だ。それを試行してみようという試みは興味深い。個別の政策はAIに考えてもらうんだから語らない(語れない)のもよくわかる。その意味で新代表の方がまだ潔いし、分かりやすい。 しかし、 再生の道が「政治参加のプラットフォーム」で「既存政党のように政策を打ち出す団体ではない」 というのは俺の理解を超えている。俺に言わせれば政策なしの再生の道は政党ではないのだ。それを政党と名乗るから分からない。政党政治を否定したいんなら政党を名乗るのはおかしい。政党でなく、単なる政治家を目指す個人(アマチュア)の集まりだ。なんで集まったりつるんだりするのか理解できない。個人個人でバラバラに活動すればよい。AIペンギンも新代表一人のアイデアで別に党のアイデアにする必要はないように見える。他の党員は何をするんだろうか? 「 我々の挑戦だ」と言うが、我々ではなく、自分一人の挑戦ではないか? 挑戦そのものは面白そうだから結構だが、自分一人でやることを「我々」と言うのが変だ。相変わらずいかがわしい。AI安野とどっちのAIが優れているのか競争し、切磋琢磨して欲しい。(AI安野はハナから「AIで政策立案」することを目指す者達を集めているから理解可能) この「 政治参加のプラットフォーム」に参加すると何がいいんだろう。参加してもあまりメリットがなさそうに見えるんだが。志を同じうする者が集うのは分かるが、 党員に共通するのは「政治に参加したい」という思いだけで、どういう政治を志すか、というと共通点はなくてバラバラだ…。刺激しあったり励まし合ったりするんだろうか?どうもそうは見えない。つまり、野球をやろうという者達が野球チームを作るのなら分かるんだが、再生の道はサッカーや野球やゴルフや…プロスポーツをやりたいというアマチュアが集まってはみたものの、目指すものはバラバラ… 政治をAIなんかに任せられるか、という輩が再生の道にいれば、再生の道をやめるだろう。 そして将来、AI独裁となった時に「あの人」(教祖)が現れないことを切に希望する。 以下引用。   石丸伸二氏が設立した地域政党「再生の道」が、代表を交代した。後任として選ばれたのは、京都大学...

ブドウパンはどこに行ったの?

 医者の帰りにスーパーに一人で行く。ブドウパンが80円引きだ。賞味期限は明日。買おうと思ってかごに入れればいいものを、袋の上部の止めてあるところをつまんで持ち歩く。レモンとにんにくが安いからこれらも買おうと手にもつ。店内を一周してさて会計、と思ったら、いつの間にかパンがなくなっている。床に落したか、あるいはレモン、にんにく売場に置き忘れたか?ということで落ちていそうなところを見て回るが見つからない。あきらめてパン売り場に行ったら、もうひとつ80円引きが売っていたからそれを買った。 老化だろうが、この現象がどれくらい深刻なものかが分からない。 閑話休題: その日の夜、今度は上さんと二人でこのスーパーに行く。パン売り場を見たら、80円引きのブドウパンが一つ売れ残っていた。多分俺が紛失したものに違いない。

病院のエレベーターが故障したら…

 近くの内科に行く。毎月の検診だ。 医者は3階にあるのだが、エレベーターが故障していて、ちょうど修理屋さんが着いたところだった。さて、どこからどうやって階段を上って行けばいいのか、分からない。階段を探して周りをウルウロしていたら女の人がちょうど階段を昇って行く所だったからついていく。3階には整形外科もあるが、ここの患者には足の悪い人もいるだろうから、階段上るのは辛かろうな、下手すると病状を悪化させないか?などと思う。案の定、帰りに階段を下りていたら、途中で止まって休んでいる人がいた。 血圧を測ったら高い方が105だった。医者が血圧手帳に書いてある日ごろの血圧と見比べて驚いた顔をする。日ごろ120前後だからだ。 上さんもそうだが、血圧というものは医者に行って計れば大体高く出るものだ。”本番”に強い俺は、医者に行って計ってもあまり高くならない。しかし、こんなに低いとは?医者に聞いたら100を切ったら低すぎらしい…そうなったら薬を減らすのだ。

自民党総裁誰に投票しようか?

 林芳正さんに一票を投じようと思う。 まず、高市はその不自然な作り笑い、整形手術に失敗したような顔、表情がダメだ。 小林はボート部出身がダメだ。俺の会社にも様々な大学のボート部出身者がいたが、我慢強いだけで機転が利かない(言い換えればバカ)だった。小林も同類だ、と判断する。 他の3名(林、茂木、小泉)は甲乙つけがたいが、林さんは 9月24日、日本記者クラブにおける公開討論会でアメリカについて「もうアメリカンドリームはなくなった。だからトランプのような大統領が出て来るし、これから誰が出てきても同根の大統領だろう」という主旨の発言をし、それが気に入ったからだ。 この認識は俺と全く同じだ。アメリカンドリームとは、祖国の苦しい生活を捨てアメリカで一旗揚げよう、「自分の子供の世代は自分たちの世代より豊かになる」という願望・信仰であった。アメリカは19世紀、インディアンを蹴散らしてカリフォルニアまでたどり着いた後、19世紀末から太平洋を越えて西に向かってハワイ、フィリピン、日本までは勝ち進んだが、1950年代朝鮮戦争に勝てず、1960年代のベトナム戦争には負けたことから、1970年代以降怪しくなり、中東でもうまく行かず、21世紀、同時多発テロにやられ、中国の台頭により、ドリームが絶望に変わったと思う。2020年代は、100年前の1920年代と同じく、それまでの常識、道徳、価値観が180度変わりつつあるのだ。つまり、きれいな建前を排し、もっと下品に、直接的・即物的になりつつある。 ただし、林さんが俺と同じく「日本もいずれアメリカのようになる」とあきらめているのか、それとも「日本はアメリカのようになってはならない」と考えているのかは分からない。 閑話休題: しかし、どうして日本記者クラブなんてものがいまだに存在するのか???これがオールドメディアとよばれるものの象徴だろう。御用新聞、御用メディアだ。そしてオールドメディアらしく、総裁選候補者たちのあら探し、あるいは重箱の隅をつつくようなくだらない質問をして失言させようとするだけだ。大いにムカつく。しかし、自民党員しか投票できない選挙について、NHK以下さまざまなオールドメディアが毎日毎日大きく取り上げるのが不思議だ。 1920年代と2020年代のアメリカは「全てが逆転する」と言う意味では同じだが、1920年代は、アメリカが世...

Anything goes

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 上さんととんかつ屋に行く。Ella Fitzgeraldの歌が聞こえるが、何という歌か思い出せない。 店を出た後、YouTubeでElla Fitzgerald Song Bookと入れて検索。最初に引っかかったのがElla Fitzgerald sings the Cole Porter Songbookというアルバム。それの2曲目が「当たり」だった。ものすごく早くヒットした。Anything goes という歌だ。 1934年にCole Porterが作った歌だ。Jazz ageとかRoaring Twentiesなどと言われた1920年代の世相の変わりようを歌った。 1920年代は世の中がひっくり返った時代だった。一番の変化は、今まで覇権を握って来たヨーロッパ(イギリス)がアメリカにその座を譲ったということだろう。そしてそれまで是とされてきた帝国が植民地を増やすということが悪となった10年だった。それを知らずに英米の真似をして中国本土に手を出した日本は後に手ひどい仕打ちを受けることになる。 Lady Gaga & Tonny Bennett,Sinatra,Chris Connor…Chris Connorが一番か?歌い方、声質がこの歌に一番合ってる。もちろん、Fitzgeraldもいい。Pat Suzukiという日系歌手のは重い。The Dave Brubeck Quarttet Plays Cole Porterというアルバムは、このAnyting Goesをフィーチャーする。アルバムジャケットにも書いてある。しかし、誰がこんな変てこりんなデザインを思いつくんだろう。1966年発売。こういうジャケット、もちろん大好きだ。ジャケ買いもありだ。演奏もいい。Brubeckのイントロの後始まるPaul Desmondのアルトはかなりいい。 1891年生まれのPoterにとって、1920年代っていい時代だったんだろうか?この歌詞を眺めていると、世の中ひっくり返ってびっくりはしてるが、必ずしも喜んではいないで戸惑っているんじゃないか? Times have changed, And we've often rewound the clock, Since the Puritans got a shock, When they landed on Pl...

そんなに長生きさせてどうするのか?

 TVその他メディアで「95歳介護要らず」などと喧伝する。 ここでも「オールドメディア」が政府の「人生百年」とかいう訳の分からないキャッチフレーズに忖度して”ちょうちん記事”や”ちょうちん番組”を製造する。 そもそも「人生百年」って、百年生きた人が言った言葉か? 俺は:94歳までに 確実に、合法的に、関係者に迷惑をかけずに、苦しまずに、 死ぬ 方法を 教えて欲しい。 そんなに長生きしてどうするんだろう?当年とって71歳の俺が95歳になるには、あと24年生きなくてはならない。勘弁してくれ!だ。 俺は、適当な手続きを経て選ばれたなら、国家社会に殺されても可だ。もちろん、若いもんの負担を減らすため、だ。例外はあるが、老人が国家社会のためにできることのベストは「死んでいなくなること」だ、と信ずる。 そういう考えの老人ばかりで政党でも作って「さあ、殺せ!」と言い張るのもいいかも。 閑話休題: ①「とうねんとって」は「東燃取っ手」と変換される。 ②「あんぱん」の やなせたかしは、のぶに、「もっと頑張れ」、「まだできる」と叱咤激励される。これも辛かろうなあ。年取ったらいい加減に遊んで生きてもいいのに…

嗚呼、高市早苗!

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いずれも総裁選出陣の時の高市早苗に関する産経掲載の写真。 「チーム・サナエ」のキャプテン 小野田紀美の方がでかい。 産経は、高市早苗の顔から注意をそらそうとしているのか?? 確かに、わが小野田紀美は、他の推薦人のばばあ、じじい、そして高石早苗さんご本人よりは見栄えはいい。 閑話休題: 上さんに高市早苗より小野田紀美の方が大きい写真を見せる。 上さん「(小野田紀美)太ったね」と一言。

民主政体下で政治家をする者の気概と感性(塩野七生)

 文芸春秋・塩野七生「日本人へ」第255回”殺し文句の効用について”に紹介された、 ギリシアで民主主義政治を体現したペリクレスの言葉…塩野さんの著作「ギリシア人の物語」第2巻”民主政の成熟と崩壊”より…なおこの言葉は、ペリクレス率いるアテネ軍とスパルタ王アルキダモスが率いるペロポネソス連合軍との戦争が始まって1年たった後の戦没者追悼演説で語られた。ちなみにペリクレスは、大富豪の家に生まれ、紀元前461年から31年間、一人でアテネを”民主的に”指導(支配)したが、その時期、アテネは繁栄を謳歌した。彼は、正妻と離婚し、アスパシアという25歳年下の、今でいうホステスあるいはコンパニオンみたいな女と結婚した。つまり、コメを買ったことがなくても農水大臣は立派に務めることができるし、大金持ちで貴族的で女にだらしのない男でも長年政治をリードできる、ということだ。そもそも市民の了解を得ながら政策実現するなどという絶望的に難しいことを一人で31年も続けたということが信じられない。 アテネは、民主主義なので、市民であれば、平等に政治に参加できた。ただし、市民ではない(つまり人間とはみなされない)奴隷がいた。古代ギリシア以来から数えても、人類は奴隷制をやめるのに、実に2000年以上を要した。 ところで、末尾の奴隷の定義を参照すると、現代は、自分以外に何者かに支配され、働かされている”奴隷”ばかりだ。 以下、ペリクレスの言葉: 我々の国アテネの政体は、我々自身が創り出したものであって、他国を模倣したものではない。名づけるとすれば、民主政(デモクラツィア)と言えるだろう。国の方向を決めるのは、少数のものではなく多数であるからだ。 この政体下では、全ての市民は平等な権利を持つ。公的な仕事への参加で得られる名誉も、生まれや育ちに応じて与えられるのではなく、その人の努力と業績に応じて与えられる。貧しく生まれたものも、国に利する業績を上げたものは、出自による不利によって名誉から外されることはない。 我々は公的な生活に限らず私的な日常生活でも、完璧な自由を享受して生きている。アテネ市民は享受している、言論を始めとして各方面にわたって保証されている自由は、政府の政策に対する反対意見はもとよりのこと、政策担当者個人に対する嫉妬や中傷や羨望が渦巻くことさえも自由というほどの、完成度に達している。 と...

どうして80歳の老人が国政調査員を?

共同通信に以下:    20日午後4時20分ごろ、兵庫県姫路市東今宿3丁目のマンション7階通路で、近くに住む国勢調査員川口正晴さん(80)が倒れているのが見つかり、搬送先の病院で死亡が確認された。飾磨署によると、20日から始まった国勢調査のため、午後2時ごろからこのマンションの各世帯を訪れていた。  家族は署に、心臓に持病があったと説明しており、詳しい死因を調べる。訪問を約束していた住人の男性が、時間になっても現れないため外出して発見、119番した。  5年に1度の国勢調査は人口や世帯の実態を調べる統計調査で、日本に住む全ての人が対象。公募などで選ばれた全国約60万人の調査員が各戸に調査票を配布している。 >>事実はこうの通りだろう。問題は、80歳の「死にそうな」老人が調査員をやる理由・事情だ。

世界陸上に思う

 ①競技後、なぜ、国旗を渡すのか?日の丸が嫌いなヤツだっているだろう。 国の代表を国を挙げて応援する、というのがリベラルなはずのTBSのお考えか? TBSの政治記者の皆さんはさぞかし苦々しく見ているだろう。 ②高橋尚子の岐阜訛りはどうしても嫌だ。「生理的に嫌い」ってやつだ。それは我慢するとして、サンジャポに出た高橋尚子の顔はひどい。寝不足のせいか、左右の目の下にくっきり、深々とした「クマ」が。

番(つがい)

 色川武大さん「ばれてもともと」所蔵の”雑木の美しさ”というエッセイに 「番(つが)いの雉」という言葉が出て来る。エッセイの中身には全く無関係だが この「番」という字に興味関心が湧いたので手元の漢和辞典で調べる: 「番」とは、釆(べん)の下に田を配置した漢字…原意には「田んぼ」が関係あるのだ。 釆は弁と同じ。つまり分けるの意。 ・・・「番」は、「田が誰のものか判別できる基準、あるいは一つの田を分割する境界線」の意か?言い換えれば「守られるべき一線」か?「あるべき姿」? 身分、等級の違いを示す一線と言う意味も。 番がつく言葉で「順番」と言う言葉があるが、「守られるべき順序」と考えて大きな間違いはないだろうし、「番狂わせ」も「本来あってはならない結果」「身分・階級から見ればありえない結果」ということだろう。 「番人」:秩序を守る人=見張り さて、「つがい」とは?「本来あるべき/自然な 組合せ」か? 「番組」:タレント・芸・題目などの組み合わせ 面白いのは「普段使い」「粗末」という意味もある…番茶、番傘…どう考えても田んぼには関係ない。

メディアは高市早苗を自民党総裁にしたくないのか??

 高市早苗の顔写真: TVなどメディアでは早苗の写真はひどいものが多い。悪意が感じられる。 TBSの夕方のニュースでは何か、動物のような顔。(残念ながら、動物の名前が浮かんでこない) 石丸伸二じゃあないが、文句言っていい。 小野田紀美は早苗支持を公言したんだから、代わりに文句言ってもよい。

カリフラワーを初めて食す

 近くの八百屋で古くなったカリフラワーを一房100円で売っている。 あんまりうまくないと思ってきたから喰ったことはない。上さんも同様。 こういう時、いつもの癖で「記念に買って見よう」と買う。 調理法をネットで当たると、大体ブロッコリーと同じ。ひらめいたのが、「シャウエッセンと炒める」だった。 ①カリフラワーを芯というか軸の部分と”実”の部分に切り分ける。(その前に上さんのアドバイス?で変色したところを切りおとす) ②芯・軸の部分を2分間レンチン。その上に実の部分をのせて更に2分レンチン。 ③シャウエッセンを5ミリ前後に輪切りにしてフライパンで炒める。炒まったら、レンチンしたカリフラワーを足して更に炒める。これに中華味調味料、コショウを加え、最後に醤油を垂らして焦がす。 実にうまかった。ブロッコリーはボソボソした食感があるが、カリフラワーにはそれがない。古いせいか、匂いもない。 カリフラワーが古くなって安売りしてたらこれで喰おう。

株価の不思議

 アメリカの株は理屈に合わない上がり。不気味。 8月までにオルカンやS&Pなどアメリカの投資信託を売っぱらってしまったが、売るのが早すぎて何万円か儲けそこなった。ダウ平均は4万5千ドルをピークに9月から下がると読んだが、アメリカ時間の9月11日、とうとう4万6千ドルを超えて史上最高値を更新。異常だ。気持ち悪い。理屈に合わない: ①雇用が悪化したが、これを「雇用が悪化していることは景気が悪化していること」とは考えず、「景気刺激のために金利が下がる=株価が上がる」とだけ見る。 ②物価があまり上がらないのは企業が関税分を価格転嫁してないからだ。これを「いずれ企業の業績が悪くなる」とは見ず、「物価が上がらないから金利が上がりにくい→株価が上がる」と見る。 『いいとこどり』が過ぎる。バブルだ。 つられて日本の株も史上最高値を更新し、日経平均4万5千円も見えて来る。日本の株価はトランプ関税は折り込み済みのはずだからまだまともか?一部の銘柄が異常に値上がりしてるだけ、とも言える。 日経平均株価のPERが約18。今年の日経平均株価は4万5千円がピークか? 仮に4万5千円を越えても俺は日本の株は売る気はない。長期的には上がると見ているからだ。売るとすればAIが人間を支配するようになる2030年以降か、あるいはユルマズさんが意見を変えて「下がる」、と言ってからだ。 しかし、「辞める」と言ったら株価が異常に上がる石破首相、どう感じるだろうか?

資本主義国の本丸のアメリカで「資本主義オワコン論者」が増加中...これからは社会主義の時代?

  ニューズウィーク日本版に以下: 2025年、資本主義に対して「肯定的」と答えたアメリカ人は54%であり、2021年の60%から6ポイント減少した。ギャラップがアメリカ50州およびコロンビア特別区に住む18歳以上の成人1094人を無作為抽出して実施した調査で明らかになった。 アメリカ人は依然、社会主義よりも資本主義に対して肯定的だ。実際、社会主義を肯定的に捉える人は39%にとどまった。 しかし、資本主義を肯定的に見ているアメリカ人の減少は、特に左派の有権者の間で価値観が変わりつつある可能性を示している。 民主党支持者の間で資本主義に懐疑的な見方が強まっている背景には、バーニー・サンダース上院議員、アレクサンドリア・オカシオ・コルテス下院議員、ニューヨーク市長候補のゾーラン・マムダニといった著名な民主党の人物が、社会主義との結びつきを強めている影響もある。 社会主義に肯定的なのは? ギャラップの調査によれば、アメリカで資本主義に対する肯定的な見方が低下している傾向は、民主党支持者および無党派層で特に顕著だ。 民主党支持者のうち、資本主義を肯定的に見ている人は、今回初めて過半数を下回り、わずか42%となった。 一方、無党派層は51%(2021年調査から8ポイント減)が、共和党支持層は74%(2021年調査から2ポイント増)が資本主義に肯定的だった。特に、共和党支持者は依然として圧倒的に資本主義に肯定的であり、このデータは過去数年間ほとんど変わっていない。 また、民主党支持者は、過半数が資本主義より社会主義を肯定的に捉えており、その割合は66%に達する(無党派層38%、共和党14%)。 今回の調査は年齢などの人口統計的な内訳を示していない。しかし、他の調査では資本主義に対する懐疑的な見方が若年層で広がっていることが示されている。 リバタリアン系シンクタンクであるケイトー研究所とYouGovによる2025年の調査では、18~29歳のアメリカ人の62%が「社会主義に肯定的」と回答した。 また、ビジネス・インサイダーとYouGovが共同で実施した2023年の調査では、Z世代の社会主義を資本主義より好むと答えた者の割合は28%だったが、これは資本主義を社会主義より好むと答えた者の割合より1ポイント低いだけだった。 >> 資本主義はオワコンだが、じゃあ、社会主義や共産主義...

伊東市長と前安芸高田市長の違いは?

 市長が市議(会)と揉める。市長は老人にとって理解不能なことを言い、 その言動は年寄にとっては不快感満載。市議からは訴訟される。 でも一部/多くの市民は市長による変革を支持する。 現伊東市長と前安芸高田市長はどこが違うのか? 安芸高田市では市議が死んだが、伊東市では誰も死なないことを祈る。

年10,800円で文春を読むことにした

 文藝春秋PLUSをネットで定期購読する契約をすると、記事はもちろん、動画も見ることができる。” 「あの男」が去ったあとに――2025年春、広島県安芸高田市ルポ”という記事を読みたいのと、三浦瑠璃さんの昨年の都知事選中の小池・蓮舫・石丸他の候補者について語った動画が見られる、それから塩野七生さんの連載が久しぶりに読めるというので大枚10,800円を支払った。 以下の記事は読んで気持ちが悪くなる。何が気持ち悪いって、書いてあることも気持ち悪いし、「あの男」をどう評価していいのか、ますます分からなくなるからだ。 「あの男」が去ったあとに――2025年春、広島県安芸高田市ルポ 神山典士 2025年6月21日付け 2024年東京都知事選で165万票を獲得し一躍全国区となった石丸伸二氏。広島県安芸高田市で市長をつとめた当時は、SNSを駆使した手法で注目を集めた。しかし、議会との激しい対立の末、居眠りを糾弾された議員とその妻が相次いで亡くなる出来事も起きた。   任期途中で辞職した「あの男」は、人口2万6000人の小さな街に何を残したのか――。ノンフィクション作家の神山典士氏が、現地をレポートする。 安芸高田市に何が残ったのか?  2024年の東京都知事選挙で、あの男は蓮舫に大きく差をつけて約165万票を獲得した。首都東京では全く無名の新人ながら、当選した小池百合子に次いで2位。その知名度は全国区となった。  そして、現在行われている東京都議会選挙では、地域政党「再生の道」を立ち上げ、42人の候補者を擁立した。同党の候補者公募には全国から1128人が応募し、3次選考の最終面接をYouTubeで公開。50本の動画で再生数は585万8000回を記録した。平均再生数が11万7000回となり、本人は、「快挙と言っていい。政治を扱ってこれだけ再生数がでることはかつてなかった」と誇らしげに語った。  あの男――石丸伸二(42)。その政治活動は、2020年8月から2024年6月まで広島県安芸高田市で市長を務めたことに始まる。そのスタイルは現在と同様、YouTubeやTwitter(現X)を徹底して利用する「SNS政治」である。 市議会の様子をYouTubeにアップし、特定の議員を「悪役」としてやり玉に挙げ、自らは「ヒーロー」を演じる。すると、視聴者たちが最もセンセーショナル...