「大座談会《目覚めよ!日本》」2022年12月9日
文藝春秋百周年を記念した、 三浦瑠麗、成田悠輔、中野信子、東浩紀、先崎彰容
という1970年代~80年代生まれの学者・論客たちによる討論会。新谷学(週刊文春の編集長から月刊文藝春秋の編集長になった人)による司会。3年前のものだが、メンバーが面白そうなので見た。なんと3時間の長さ。
参考になった点:
①コミュニティーのサイズ
コミュニティーが機能する最大の人口は10万人。(知り合いの知り合いくらいの範囲まで)それより大きいと、”マス”になる。個人はどこの誰だか分からなくなり、SNSを使わなくても匿名になる。
②これから日本人に一番必要なのはコミュニケーション教育。特に人の話を聞く力。最近の日本人は主張ばかりで聞かない。次に大事なのは相手を見て相手が何を求めているのかを察知し、相手に分かりやすいように話す力。「寄り添う」と言いながら、悩みを相談されると話を全部聞かず、その問題を解決するには、ああしろ、こうしろと言い出す。言ってる本人は問題解決を効率的にやってるつもりだが、相談相手は聞いてもらうことを求めているのだ。暇な老人が率先してやるべきことだ。
>>まず上さんとのコミュニケーションを改善しよう。
③GDPだとか人口なんてものを尺度にしているから暗くなる。子供を増やそう、という発想もあるが、老人ばかりになっても楽しい社会、という発想もある。
>>俺の鎖国案でもいいような気もする。
閑話休題:
SNSは問題だ。ただ、本質的には、SNS自身ではなく、何百万何千万人相手のコミュニケーションなんてそもそも成り立たないということと、言いたいことを言いっ放しにするコミュニケーション能力の不足の問題。
夏目漱石が指摘した「外圧による開化」、本居宣長の言った「からごころ」に乗ってルンルンしてる間はいいんだが、これが破綻すると日本人は自分ではいかんともしがたくなる。自分自身でできることと言ったら自殺・ご破算して再び新しい外圧を受ける、という日本の歴史からくる絶望感…
外圧がなかったのは、10世紀~13世紀。(中国で唐が衰退し、宋は力不足、元が日本に襲来するまで)次に外圧がなかったのは17世紀~18世紀。19世紀以降は外圧途絶えず。10世紀~13世紀は平安時代~鎌倉時代。17世紀~19世紀は鎖国時代。いずれも日本が自ら外圧を断ち、日本独特の文化が発展した。16世紀には鉄砲・キリスト教という外圧がかかったが、幸か不幸かイギリスが日本以外のアジアに進出したので手に負えない外圧はなかった。キリスト教は侵略を怖れた江戸幕府に弾圧され鉄砲は一対一の古典的な戦闘を変え、これをうまく使う者が勝った。
物足りなかった点:
①最初のテーマが平和・国防だった。これに関しては印象に残る発言が東氏がさりげなく言った「俺は自衛隊を合憲にすべきと考える」という言葉だけであった。台湾有事のときに日本はどうすればいいのか?なんて上滑りなことばかりを語り、平和憲法について語らないのか?憲法に平和・国防について日本人はこれを理想にせよ、と明示してある。改めてこの理想を理想とし続けよ、と言うのか、非現実的だから変えろ、というのか、を前文や第9条を読み合わせしながら話し合ってほしかった。戦後、革新と呼ばれる共産党や社会党は「護憲」特に9条を守れ、自衛隊も在日米軍も違憲だと空想的理想論・非武装中立を語った。座談会出身者たちが物心ついた1990年代、ソ連は崩壊し、文化大革命は革命の名を借りた権力闘争だったと暴かれ、北朝鮮は日本人を拉致したことが明らかになって、革新政党は「嘘つき」となり、自衛隊違憲論では選挙に勝てないから誰も言わなくなった。1971年生まれで一番年かさの東だけが自衛隊違憲論を実際に耳にしたのかもしれない。選挙に勝てなくなって自衛隊違憲論を引っ込めた革新政党は、その厚顔無恥な変節を公衆の面前で非難されるべきだ。また、自衛隊違憲論は、自衛隊員の質・量の不足の原因となった。俺はかつての革新政党は正しかったと思う。根っこに憲法違反がある日本において欧米で流行ったコンプライアンスが幅を利かす。これこそが日本人が絶望し、暗くなる大元ではないか。言い方を変えれば日本人にはコンプライアンスなんて全くナンセンスな代物なんだが、欧米で流行ってるから真似せざるを得ない、そこに日本人が絶望するのではないか??鎖国でも何でも、日本オリジナルの尺度を作って実行すればよいのだ。アメリカ様を刺激しない範囲内で。むしろ、アメリカ人に憧れられるようなやり方で。
②官僚のなり手が減ってる問題。これは出席者が全員東大卒で、中野の「”東大卒の官僚が減ってるのは問題だ”、と東大卒は言いにくい。」という言葉があっただけにとどまった。
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