嗚呼、オードリー・タン!

オードリー・タンが文藝春秋のインタビューで 以下:

私はAIについても、アブラハムの神のような絶対的なAIなど必要がないと考えています。そうではなく、私たちに必要なのは日本の「氏神」のようなAIです。それぞれの村、それぞれのコミュニティ、それぞれの価値観を代表する無数のAIが同時に存在する。そして相互に対話し、協調し、問題を解決する。そんなAIこそが我々には必要なのです。

台湾社会には「私が全てを勝ち取らなければならない」という感覚があまりありません。「支配者になるよりも、お互いに協力して高め合う道の方が誰にとっても良い」というのが、台湾人に共通してみられる考え方ではないでしょうか。

人であれ企業であれ国家であれ、この世には完璧なものなど一つもありません。みんなどこかに、「ヒビ」が入っています。しかしヒビがあるからこそ、そこから明るい光が差し込むのです。

『ゲド戦記』を書いた米国人作家のアーシュラ・K・ル・グウィンは、「私たちは資本主義に生きていて、そこから逃れられないように見える。かつての王権神授説の力もそうだった。しかしどんな人間の力も、人間自身によって抵抗でき、変えられるのだ」と言っています。デジタル時代のポピュリズムも権威主義も、それが人間によって生み出されたものである以上、変えることは可能です。

>>AI独裁時代は来ないのかも、と期待を抱かせる。

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