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1年半ぶりに筋トレジムに

 2020年秋まで通っていた筋トレジムに久しぶりに行ってきた。コロナやジムの改装、自分の眼底出血などが理由でご無沙汰していたもの。ジムには行けない間、自宅でできる筋トレを研究し、熊本大学の都竹教授の提唱する①フルパワーでなくていいからゆっくり4秒間+4秒間の運動をする②力を入れるときは息を吐く(声を出して1,2,3,4と数える)③元の位置に戻す時もゆっくり4秒かけて④最後まで動かさないで9分で止める(最後まで行くと力が抜ける…常に筋肉に力が入っている状態をキープ)というコンセプトの筋トレメニューを様々家でやってきた。 改装なったジムは、まだ9回分残っている回数券(プリペイドカード)が使えなくなっていた…入退出のシステム・装置が代わっていた…係のおばさんに聞くと、親切に古い回数券で1回限りの入場券を買い、それで入場するように教えてくれた。マシンも新しいものに全て代わっていたように思うが、こちらは基本的には同じものだった。なんといっても親切なおばさんがとっても良かったのでこれからも週、1,2回は行くだろう。そしてもう一つ良かったのは、1年半前は「おなじみさん」が我が物顔で占拠していたのがなくなったこと。おばさんたちがぺちゃくちゃしゃべったり、筋肉自慢のおじさんを囲んでご指導を受けたり…眼底出血のこともあるので都竹メソッドに従い、あまり負荷をかけずに、ゆっくりと、を心がける。かつては俺の前にマシンを使った人が70ポンドで設定していたら、それに負けずに70ポンドでなるべく早く動かす、なんてやってたが、今日は30ポンドでゆっくりと… 心地よい疲労感、筋肉痛…懐かしい。ジムも改装工事のおかげで雰囲気が良くなった。しかし、ジムで食っていたトレーナーその他の関係者はコロナで困り果てたんじゃないか?

SMBC証券の株価操作ってガバナンスの問題?

 SMBC証券が副社長の指示で自社の金で株を買い、株価操作をした事件。これを「ガバナンス」の問題と表現するメディアに違和感。違和感ついでに「そもそもガバナンスとは?」と検索するとやっぱりウィキペディアは偉いと思う。「コーポレート・ガバナンス」に ①なぜ会社経営にガバナンスなどということが言われ出したのか?その背景、歴史、経緯 ②そもそも会社とは誰のものか?何を目的に存在するのか? ③上記に関する日米欧比較  etc 俺の知りたいことをかなり網羅して書いてある。 さて、ウィキペディアにもある通り、会社はアメリカ流に言えば株主のもの。(株主利益のために存在する)日本流にはいくつかの考えがあるが「従業員のもの」とか「ステークホルダーのもの」*。ガバナンスとは、この「会社の持ち主」の利益のために会社を経営すること。ここに大いなる違和感が。誰の利益に反するとかでなく、単純に「悪さをしてはいけない」、「悪いことしてバレると恥ずかしい」でいいではないか?日本人会社員には、ガバナンスなぞと言わんでも「恥を知ってる」ことを期待してはいけないのか? 真逆なことを言えばAIとか監視カメラなど使えばおかしな金の動き、社員の不審な動きは察知できるのでないか?確かに証券会社社員に恥を期待するのは無理かもしれない。放っておけば悪さするに決まってる。ならばそういう前提でガッチガチに疑って監視する。 どちらにしても「誰それの利益を守る」などという屁理屈でなく、「悪さする社員はいない」と完全性善説に立つか「悪さするから厳しく監視する」という完全性悪説に立つかであろう。内部統制システムやら監査やらといったどっちつかずの道具立ては不要。 *「会社は株主のもの」なんて馬鹿な考えを持った人間が日本にいた。それも役人に。そのお馬鹿な役人が作ったのが会社法。(多分アメリカのご希望を忖度した小泉首相か竹中平蔵が作れ、と言ったんだろうが)

トーチソング(Torch song)

 何年か前にルース・エッティング(Ruth Etting)というアメリカの女性歌手のCDを買った。そのCDを棚に戻すのを忘れ、たまたま目についたのでトーチソングについて。ルースエッティングは”トーチソングの女王”と呼ばれた。(ちなみにこのCDの録音は1927年~1937年。更にちなみに俺の持っているCD,レコードの録音年は1960年代までがほとんど) そもそもトーチとは「松明(たいまつ)」のこと。トーチソングについて; ①報われない愛の明かり(松明)をかかげて男を求め続ける哀れな女の歌…日本の演歌にもあなたに尽くします、待ち続けます、みたいな歌が多々ある ②夏の夜、明かり(Torch)に寄って来る虫のように男という明かりに寄って来る女の唄 という2説あるが、俺は②を取る。 日米を問わず(ということは多分世界中に)似たような悲しい女の歌が存在するということはいったい何故だろう?実にくだらない歌詞満載だ。それもほとんど男の作詞だと思う。「こんな女がいたらいい」というにはあまりにくだらなさすぎる。こういうバカ女がいます、という表現が一つの形式・お約束に凝縮したとしか思えない。でもくだらなすぎて面白い、大好きってことがあるから面白い。これも”芸術”のジャンルの一つか。 日本の歌謡曲で言えば青江三奈「長崎ブルース」:  会えば別れがこんなにつらい 会わなきゃ夜がやるせない  …この部分は日本歌謡史上最高の歌詞だと思う トーチソングというよりシロップのように甘ったるくべたべたしたのが奥村チヨ「恋の奴隷」  悪いときはどうぞぶってね あなた好みのあなた好みの 女になりたい… ペギー・マーチ「忘れないわ」:(なぜ1968年当時外国人にこんな歌をうたわせたのか?)  忘れないわ いつまでも  いずれも大好きな、クソ下らねえ歌詞。歌い手の”芸”も感じられる。 本場アメリカのトーチソングならルースエッティングのCDにも入ってるBody and soul: I spend my days in longing  And wondering why it's me you are wronging I tell you I mean it I'm all for you body and soul 敢えて訳すと:なぜあなたはあたしの方を振り向いてくれないの?なんてことばかり...

人を顔で判断する

 参院選の立候補者の顔を見ていてつくづく思う。俺はNHK党、れいわ新選組の立候補者には票を入れないだろうな、と。党首以下、末端の候補者まで顔を見ていて信頼できそうにない。品がない。賢そうでない。まともでない。俺はそう思ってしまうと、その人が演説で何を言うのか聞く耳を持たなくなる。一方で彼らの何人かが当選した場合、どうしてなのか?理由は考えたい。俺はトランプの当選にアメリカの深い傷・問題を思う。それと同じように、彼らの一人でも当選するということは、日本の傷・問題の深さを示していると思う。 日本の深い傷・問題を治すには政治家が「あこがれの職業」になる必要があると思うんだけど。少しでもまともな奴に政治家を目指してもらうにはそれしかないのでは???ちなみに役人も同様で、役人をまともにしたければ役人も「あこがれの職業」にすべきです。 ついでに立憲民主党について述べると、右から左まで様々な人種、氏素性の多様性に富むバラバラな人たちが選挙のために「党」という形に納まっているだけ。(仮面夫婦と言ったらいいか?)従って言うことが詰まらない。反吐が出ることも多い。仮面夫婦だということがバレバレなのに、夫婦仲がいいのを白々しく装っているという印象。党内で誰も文句を言わないのは与党攻撃だから、それしか言えない…てんでバラバラでも格好だけ取り繕う:典型的な日本流のダイバーシティー*。泉党首がTVで何か言うと「こいつはどういう素性・信条の持ち主?」と思うことが多い。全く信用できない。気の毒にも思う。一方で政治家ってのはそんな立憲民主党でもトップになりたい人種なんだな、バッカみたい、ご苦労さん、とも思う…卵子に向かって一生懸命泳ぐ精子みたいなもの??? そこに行くと共産党、社民党はいっそ清々しい。十年一日のごとく九条を守れ、大企業から労働者を守れ。結構真面目に共産党党首に総理大臣でもさせたらどうなるのか見てみたい(怖いもの見たさ。)そして「自衛隊は違憲だ!」と言えるもんなら言ってみい。俺が大概の場合、国政選挙で共産党に投票するのはそういう理由から。かつて間違って?首相になった社会党出身の村山さんは首相になったとたんに自衛隊合憲だと社会党の党是をひっくり返した。志位ちゃん、最近言うことがブレてるみたいだけど、自衛隊合憲論を言ったとたん、共産党もコアな支持層を失って社会党みたいになっちまうぜ...

2013年にホワイトハウス占拠映画が2本公開された

 2013年に公開された ホワイトハウス・ダウンとエンド・オブ・ホワイトハウス 2本の映画を立て続けに見た。この2つの映画の共通点①アメリカを憎むテロリストたちがホワイトハウスを占拠して大統領が人質になる。副大統領も殺されて下院議長が大統領の権限を与えられる。②テロリスト達はアメリカの核ミサイルを使おうとする③過去に傷を持つ駄目男が一人でテロリスト達をやっつける④大統領は人質になってもひるまずに責任感も持ち続ける⑤黒人は大統領または臨時に大統領になる下院議長で悪役はいない といったところ。 不思議なのは、こんな似たストーリーの映画が何故2013年に2本も公開されたのか?だ。 オバマ大統領が中東から手を引き、朝鮮半島にもあまり関心を払わなくなったこと(アメリカが世界の警察官をやめたこと)が影響している。”ダウン”の方は中東に戦争しに出かけた後遺症がバックにある。もう外国に戦争しに行くなんてやめようよといった感じか?それに対して”エンド”の方はスキを見せるとホワイトハウスまで乗っ取る奴がいるぜ、アメリカを守るため、悪い奴らをやっつけに世界中に出掛けようぜ、ということか? ”エンド”の方は刺激的。まず、ホワイトハウス訪問中の韓国の首相が殺される。韓国人には嬉しくないシーンだと思うが。それから女の国防長官の超愛国的な態度。「テロリストに殺されたら墓に『戦わないで死んだ』とだけは書いてほしくない」と。(見栄でもファイティングポーズを取り続けるのがアメリカの愛国心だ) 2つの映画の最大にして最高の共通点は米軍が結構役立たずな一方、ダメ男(ITにも弱い)が一人でテロリストをやっつけてヒーローになるという爽快感。ダイハード以来か?

三菱電機の株を買おうとしている

 数年前、¥2000を超えていた三菱電機の株価がISO違反が露見して大いに下がった。直近は¥1400を境に上がったり下がったり。¥1350円で指値して購入を試みているが、残念ながらそこまで落ちないので買えないでいる。(本当は配当がいいから株を買うのであって¥1400超で買っても全然OKなのだが、ついついケチケチ根性を出す) さて、俺はISOなんて全く信用していない。物づくりにおいて成熟した会社では、物づくりの実力にはISOなぞ全く無関係。そして、数年前から次から次へと芋づる式にISO違反が露見する三菱電機という会社の体質を、俺はどちらかというと好感している。製造会社及びその子会社の社員だった俺に言わせれば、ISO違反なんて社員の内部告発以外に露見する理由がない。内部通報や内部告発が頻発する会社はよく言えば「風通し」がギリギリいい会社。(もっと風通しがよければ内部告発に至る前に違反行為をやめていただろうが)。でも社員が諦めていたら内部告発すらしないし、根っこから腐っている会社なら内部告発が握り潰される。二、三十年前にお菓子の不二家で、床に落ちたケーキを3秒ルールよろしく拾い上げて売っていたという不祥事が露見し、結局、山崎パンに身売りする、という事件があったが、俺は「ケーキを床に落としても、それを喰って腹を壊す人を一人として出さない」不二家の品質管理技術に感心した。ISOもしかり、ISOの規定を馬鹿みたいに金科玉条、守るだけが能じゃない。結局はお客さんに迷惑をかけないのが目的。三菱電機の製品を使っている客で品質トラブルを起こした客があるのか?寡聞にして知らない。(嘘つきの三菱電機のものを使っているという事実によって信用を失った会社はあるだろうが) ということで、俺はISO違反はすれども品質トラブルは起こさないという三菱電機の品質管理の実力を高く買う。しかし、このご時世、実力とは関係なく、不祥事が会社を潰すという可能性はゼロではない。ここで連想されるのは今や空中分解しつつある東芝が、数年前に起こした不祥事。あれは、いずれは発覚する売上・利益のその場しのぎのごまかし。会社が腐っていた、あるいは追い詰められていた、ということでしょう。三菱電機の場合、客に言われて仕方なく、なのか、自分から言い出したことなのか分からないが、意味のない過剰な仕様や品質管理の約束をし、意味が...

映画 ハクソー・リッジ

非常に面白い映画だった。 アメリカの強さと弱さ、軍隊の悪い所、父(男)と母(女)、、、。オーストラリア育ちのメルギブソン監督だから描くことができた面もあるか? 話は「国民の義務として兵役にはつきたいけど人殺しはしない」という信念の持ち主が軍隊に入って太平洋戦争中の沖縄に行って衛生兵として、人を殺さず敵味方を問わず多くの人を救ったという実話に基づくもの。 主人公は「良心的兵役拒否者」と扱われるが、厳密にいえば「兵役にはつくけど人殺はしない」というもっとややこしい存在。軍隊も受け入れざるを得ないが、変わり者、臆病者扱いされ、いじめられ、部隊から追い出したい上官は軍法会議にかける。このピンチを救ってくれたのがなんとアル中で主人公に殺されかけた元軍人の父親。軍法会議の結果、主人公は「身を守る武器を持たずに戦場に行く」ことが認められる。「身を守る武器が必要」…これがアメリカ人(WASP)の弱さでもあり、強さでもある。死ぬのが怖い臆病者。臆病なので次から次へと敵をつぶし、勝つための武器や技術を編み出し続ける。日本兵と戦った米兵に言わせると日本兵は「死ぬのが怖くない、死にたい」と見えた。(つまり、『人間じゃねえ』)だから沖縄で火焔放射器で焼き、広島・長崎では原爆を落としたのか?日本人から言わせれば、次から次へと武器を編み出して実戦で使って試すアメリカ人て悪魔のようだ。 変わり者の主人公が武器も持たずに沖縄戦に参加する。これがアメリカの強さ。軍隊という同調圧力そのものの世界でも強い信念・プライドを貫く変わり者に働き場を与える。そしてこの変わり者が多くの人を救うという偉業をなしとげる。自由あるいは多様性の尊重。これがアメリカの強さ。一方で建前(「ごっこ」)の自由・多様性がのさばったり、極端に走るのもアメリカ。 第一次世界大戦に行って性格がねじ曲がってしまったアル中の父親。そんな父親が母親に暴行するのに耐えかねて主人公が父親を殺そうとする…主人公を止める母親。「お父さんは戦争に行く前はこんなじゃなかった。」戦争でなくても何十年も会社勤めをしていれば性格も捻じ曲がるし、切れやすくもなる。この俺がそうだ。戦い、競争って人間を壊す面がある。競争の持つ人間を壊す力に耐性がある者とない者…男はこの耐性が劣るのか?それとも女の壊れ方は違うのか?競争の世界に飛び込み、傷つき、壊れるのが男の性(さが)...