絶望というより諦め

 土井隆義さんによると、昨日より今日、今日より明日という風に明るい未来を信じることができる時代には、その「明るい未来という理想」に行きつくのを邪魔する障害があれば、怒りが湧いて来てそれを取り除こうとし、取り除けないとなると、怒りに任せて犯罪に走るのだ、と。これは俺にも100%理解できる。

21世紀に入ると日本では「明るい未来という理想」がなくなってしまった。つまり、昨日も今日も明日も同じ、となってしまった。そうなると怒りは湧かなくなる。理想がなくなれば邪魔する障害もなくなるからだ。もちろん、明るい未来を目指してコツコツと努力することもしなくなる。怒りがなくなるから犯罪は減る。犯罪は減るだけでなく変質する。怒りが原因でなくなる。誰でもいいから殺したいなどという犯罪になる。俺は明るい未来を失ったという絶望がこの手の犯罪を引き起こすのだと思っていた。昨日も今日も明日も変わらない、というのは絶望というより諦めだろう。諦めて静かに冷静に、「誰でもいいから殺してみたかった」、となる・・・こうなると俺には理解できない。不気味な犯罪だ。

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