榎本武揚と黒田清隆
江戸幕府の海軍指揮官だった榎本武揚。戊辰戦争で函館まで逃げ、五稜郭に立てこもったが黒田清隆に説得されて降伏し投獄された。その後、官軍の黒田清隆の助命嘆願によって助けられ、海軍卿、伊藤内閣・松方内閣・黒田内閣で大臣をつとめた。投獄中に政府を批判する「ないない節」という戯れ歌を作っていた。以下Wikiより:
堂上たちには腹がない 鍋島さまにはしまりがない 参議の者にはいくぢがない そこでなんにもしまらない 今度のご処置はたわいない 官軍朝敵差別ない 死んだ者には口がない 攘夷々々ととめどない 開港してもしまりない 大蔵省には金がない 弾正無茶には仕様がない することなすことわけがない 所々の恋女はつまらない 盗人年中たえがない 世上安堵の暇がない そこで万民命がない とんと日本もおさまらない ないない節
こんなひねくれた、クソ度胸しかないような男を助命するばかりか、大臣に引き立てる・・・黒田清隆は酒ばかり飲んで評判よろしくないが、この一事をもって尊敬に値する人物と評価する。エキセントリックな或いは剃刀のような長州人と比較すると、黒田はいかにも薩摩男らしい、茫洋とした、というか、は鉈(ナタ)のような人だった。1880年代後半、長州代表の伊藤博文が内閣やら憲法やら「理」による支配・政治を始め、一方で西郷・大久保を失った薩摩は勢いを失った。
閑話休題(ないない節の難解な言葉の意味):
堂上:公家
鍋島さま:幕末の佐賀藩主、鍋島直正のこと。質素倹約と経営手腕で商人たちに「そろばん大名」と呼ばれ、藩政改革に成功したが、戊辰戦争に際して佐幕・尊王どちらに付くかはっきりせず、薩長軍が優勢になってから尊王側に付いた
参議:明治政府の幹部
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