嗚呼、NIKE!


 江南タイムズに「なぜNIKEはここまで落ちたのか」1年で株価48.62%下落、中国不振&再販依存でブランド力に陰りとして以下:

(前略)NIKEは、オレゴン大学の陸上コーチだったビル・バウワーマン元取締役と、その教え子で会計士だったフィル・ナイト元CEOが1964年に共同創業した企業だ。当初の社名はブルーリボン・スポーツで、シューズメーカーではなく販売会社だった。現在のアシックスにつながるオニツカタイガーのランニングシューズ200足を車のトランクに積み、陸上競技場で選手らに販売することが主な事業だった。

(略)NIKEに対する投資家の失望は、単なる流通構造の問題にとどまらない。NIKEでは、ジョン・ドナホー前CEOをはじめ、データや効率を重視するベイン・アンド・カンパニー出身の経営陣が経営の中枢を担うようになって以降、スポーツブランドの競争力の源泉ともいえるシューズの技術革新もおろそかにしてきたとの指摘がある。

さらに、これまで成長をけん引してきた中国市場でも大きく後れを取った。2021年にNIKEの年間売上高の20%近くを占めていた中国市場の比率は、現在では13%程度まで低下している。中国では「国潮(グオチャオ)」と呼ばれる国産ブランド支持の潮流を背景に、アンタや李寧(リーニン)など比較的低価格の地場ブランドが台頭し、近年はNIKEから消費者が離れる傾向が強まった。

(略)

業績悪化の直接的な要因ではないものの、ドナホー前CEOの就任前後に進められた、ポリティカル・コレクトネス(PC)を意識したマーケティング戦略も消費者の間で議論を呼んだ。NIKEは従来の偏見を打破する狙いから、トランスジェンダーや肥満体型の女性、体毛を剃らないことを訴える活動家などを広告モデルに起用した。スポーツ本来の機能性やアスリートの情熱に魅力を感じてきた一部の消費者からは、政治・社会的なメッセージが過剰だとの声が出た。

>>俺が始めてNIKEの靴を買ったのは1980年か1981年。上さんとの新婚旅行に履いていったから覚えている。1984年のエアージョーダンの発売、ロス五輪でのカールルイスの活躍、1997年のタイガーウッズとのスポンサー契約・・・素晴らしく伸びた。おかげで高くなってNIKEなんて買えなくなった。その後、様々な国でNIKEの靴が作られるようになって手ごろな値段なのも出回るようになったが、細すぎて俺の足には合わないから、1,2回買って買うのをやめた。だから経営不振にも「そうだったのか」とあまり驚かない。アシックス、ミズノ、スケッチャーズあたりが俺の足に合う。アディダスもイマイチだ。

WOKE経営の破綻とも受け取れる。

1970年代には今は亡き日商岩井からも助けてもらったとか。アシックス(オニツカ)からは日商岩井のせいでNIKEは代理店をやめて製造を始めライバルになった、と言われて揉めた。カールルイスとの契約もオニツカに乗り換えるはなしもあったとか。

デブも相手にするNIKE。多様性倒れ。この写真は多様性がいかに会社をダメにするか、の証拠写真として後世に残すべき。




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