嗚呼、毛沢東主席!
朝日(天声人語)毛沢東の没後50年より以下:
毛沢東のことを、中国の人びとは毛主席と呼ぶ。かつて毛は中国共産党中央委員会の主席であり、政治局の主席でもあり、中央軍事委員会の主席だった。そのどれということでもなく、不動のトップとして、まるで名前の一部のように毛主席と呼ぶ▼現在の習近平(シーチンピン)氏も習主席と呼ばれるが、それはあくまで国家主席などの略称である。毛の主席とは意味合いが異なる。党主席のポストは毛への行き過ぎた個人崇拝の反省から、廃止されている▼毛が死去して、きょうで50年。日本では「建国の父」と言われるが、中国では聞かない。「国父」といえば孫文である。毛が1949年に宣言したのは、中華人民共和国の「建国」でなく「成立」だった▼反右派闘争、大躍進運動、文化大革命。いずれも毛が旗を振り、凄(すさ)まじい悲劇を生んだ。逆説的に言えば、絶大な支持を受けたカリスマ権力者だったからこそ、あれほどの狂気と不条理に無数の人を邁進(まいしん)させることができたのだろう▼興味深いのは、自由も、人権も、個の幸福をすべて蔑(ないがし)ろにされながら、あの時代を懐かしむ人も絶えないこと。「ひどく貧しかったが、誰もが貧しかったから」といった言葉も幾度か聞いた。人びとは、毛のなかにかつての中国の理想と希望を見いだし、それを信じた自分を思い出すのか▼習氏は毛になれるか。そんな問いも耳にして久しい。答えはすでに出ているか、それともまだこれからか。毛主席は天安門広場にひとり、いまも無言で横たわっている。
>>天声人語氏が毛沢東支持者かどうかは分からないが、ロシアでも上述と同様の理由でソ連時代を懐かしむ人がいる、と聞いたことがある。昔は格差がなかったという”神話”を信じてのことだろう。(だって、ソ連も中共も実際には、一部の共産党指者だけはいい暮らし、贅沢、いい思いをしてたに違いないんだから)
日本では中露に比べれば、格差が小さいと信じる。俺の日本人論だ。日本でも、1980年代までは成長神話というか、将来に対する不安、絶望はなく、脳天気だったなあ。
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