賀茂道子「静かなる占領」

 賀茂道子「静かなる占領」を読んで;

1945年10月4日にGHQが日本政府に

  • 治安維持法や思想犯保護観察法など15件の法律・法令の廃止または効力停止
  • 政治犯・思想犯の即時釈放(共産党員など約3,000人)
  • 特別高等警察(特高警察)など秘密警察機関の解体
  • 内務大臣以下の警察幹部の罷免・解雇
  • 天皇制や国体に関する自由な討議の許可
  • 言論、信仰、集会の自由の保障
  • 人種、国籍、信教、政見による差別の撤廃        を命じた「人権指令」から、1947年2月1日のゼネスト中止命令までの、1946年を中心とした1年強の期間が、日本のリベラリストたちにとって燦然と輝く理想郷だったんだなあ、と改めて思う。なにより、リベラリストに限らない多くの日本人が解放感を感じ、希望にあふれる明るい未来を描くことができた期間だった。(飯は食えなくていつも腹ペコだったが)

朝日・毎日の記者、共産党員、社民党員、立憲民主党員の一部他リベラルの皆さんにはそれを実際に見た先輩たちから言い伝えられた、この理想郷の放つ明るい光に目がくらみ、それを取り戻すことしか考えられないらしい。(当時、共産党は武力革命を起こして独裁などという反民主的なことを党是としていた、なんてことはこの際忘れよう)

そしてある進駐軍兵士が、高校に出向いて言ったとされる、

「選挙で選ばれた代表同士が意見を交わし、議長が提示した議題について意見のある人は挙手をし、指名されてから意見を述べ、最後に多数決で結論を下す。こうしたやり方が民主主義的な方法で、また他人の話をきちんと聞いたうえで自分の考えと比較する事、さえぎらずに最後まで他人の話を聞くこと、自分の考えを正確に他人に伝えるということが民主主義の基本」

という言葉がその理想境で行われるべき『話し合い』だ。これが「話し合えば分かる」「熟議」といった今では空虚な言葉になって亡霊のように浮遊する。

GHQが与えてくれた理想郷はゼネスト中止令以降、日本を防共の砦にしようという「逆コース」に乗せられる。日本のリベラリストの皆さん、爾来80年たってもまだ、そのときの理想郷を忘れない(忘れられない)というのは立派と言えば立派だ。

こう書きながら、ふと思う。リベラルの皆さん、自民党やアメリカのやることに反対するのはやめて、つまり敵を作って闘うのをやめて、ひたすら自分たちの夢見る理想郷を語ったらどうか?自分たちはこういう理想郷を目指し夢見てるんだ、とおとぎ話を語るんだ。その方が、「反対バッカ」と馬鹿にされるよりは票になるんじゃあないか?

言い方を換えれば、GHQが与えてくれた理想を自分たちの言葉でもう一度再構成するんだ。これって、憲法も同じだ。まばゆい光に目をくらまさないようにしながら、再度読んで理解するんだ。与えられたもの、押し付けられたものでも一旦は受け入れたんだのも事実。80年ももったんだから、それなりにいいもんなんだろう・・・改めて評価し直してみるのもいいんじゃあないか?

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