山極寿一「老いの思考法」
2025年発刊の「老いの思考法」は刺激的な本だ。面白くもあるが、イライラもさせられる。欧米主導の現代文明・資本主義をマルクス張りに鋭く批判するが、かといってマルクスのように、革命でひっくり返せ、と煽るわけではない。どっちかって言うと、文部省的というか、厚労省的な結論・・・「人生百年」的な・・・に持っていく。読み終わって「ああ、こうすればいいんだ」とスッキリする読み物ではない。でも動物と比べたり歴史をたどって現代文明・資本主義を批判するから面白くもある。俺は「鎖国時代に戻れ」と言うが、山極さんは「動物を見習え」と言う。そう言われたって都合のいいところだけ動物を見習え、とはいかないだろう、と思ってしまう。つまり、動物を見ならうリスク、ディメリットに触れないで「いいとこどりしろ」とおっしゃるんだが、釈然としないのだ。
以下、抜粋+俺の感想:
おばあちゃん仮説:難産(頭の大きい赤ちゃんを産むの)は人類だけのもの。お産を助け、産後も幼児の成長をみんなで助けるのは人類だけ。女は閉経を前倒しにし、次世代の出産を助け、孫たちの世話をすることで生存価値を高めた。一方で、これは人類を多産(発情期なし=いつも発情期)にした。人類は長らく多子高齢だったが、老人が子育てに参加する機会を失い、時間を持て余すようになる一方となって少子高齢という”異常事態”になった。
本来、人は効率、生産性、コスト、ベネフィット、時間などという功利から一歩脱して自他の境界がゆるやかな「ともに在る」時間を大切にして来た。「私がある」より「ともに在る」方が豊かだ、と。
ゴリラの赤ちゃんは泣かない・・・母親が赤ちゃんと一体化しているから。人間は自他の別を意識するから赤ちゃんが注意を引くために盛大に泣く。本来、子育ては「ともに在る」楽しい時間であったが、子育ては「コスト」になった。親は自分の時間を削られている、と思う。社会のあらゆる「時間」や「労力」には対価を払うという感覚が育児を「仕事」にしてしまった。高齢者は効率という呪縛に風穴を開けることができる。>>マルクス流。老人は対価とは無縁な存在だ。老人が革命を起こせるかなあ?また、老人が育児に手を染めるのは今のところ、事実上不可能。子供が怪我したたらどうする?なんて・・・これには解消法があって、子供を全て強制的に国が引き取って育てる・・・金を払って国が子供を引き取れば少子化対策にもなるか?子育てしない親から子を引きはがすという効果も。国は子供を引き取って老人に育てさせる。このアイデア、俺のオリジナルではなくて、プラトンか誰かが言ってたこと。
ニホンザルのメスは生まれ育った群れを生涯離れないが、老いると力が弱まって邪魔にされる。オスはさまざまな群れを渡り歩くが年を取ると若くて強いオスに追い出される。ゴリラの社会では、オスもメスも思春期に生まれ育った群れを出た後、メスは気に入ったオスを見つけて新しい群れで生活を送り、オスはしばらく単独で暮らした後にメスを誘い出して自分の群れをつくる。オスはいったん群れをつくると追出されることはない。追い出されないのは、離乳後はオス(父親)が子育てするから。父親はえこひいきしないで常に小さい子を助けるから子どもたちから慕われる。一方、母親は育児から解放されると発情して次の子供を作る。(この時の相手は必ずしも”前夫”とは限らない)父親は育児で子供に頼られることを通じて初めてお父さんらしさ、成熟を得る。オスは育児ができなさそうだ、とメスに思われると相手にされない。年取ると筋肉が落ちて腹が出っ張ってくるのも子供に好かれる。
人間だけが「家族」と「複数の家族を含む共同体」という重層構造社会を作った。家族は見返りを求めずに奉仕し合う集団。共同体は互酬性と言って何かをしてもらえばお返しをする。この編成原理の違う二つのものを混ぜたらぶつかり合いが生じる。功利性から一歩引いて全体を俯瞰し、みなの糧になるよう調整してくれる高齢者の仲裁力が家族と共同体を両立させた。
>>仲裁ではなく、新しいものを生み出す改革や二つの矛盾するものを止揚する革命の方が望ましいようにも思う。
ゴリラは負けない。揉め事が起きそうになると仲裁する者が現れ、双方がメンツを保って引き分けられる。ニホンザルは弱い方が退く。勝ち負けがすぐつく。ゴリラは平静な顔でじっと顔を合わせる。ニホンザルでは見つめられたら見つめ返すのは強者の特権で、弱者は視線を避けるかあるいは歯茎を見せて媚びるように笑いかける。
教育の本当の目的は、新しい知識や事実を学ぶこと。教師が教育しなくたってみんな学ぶ。
ゴリラと同じ10~15人の集団規模はスポーツのチームに相当する。ラグビー、サッカー。身振りや声等で即座に自分のやろうとしていることを伝え、相手はそれを瞬間的に受け取って行動できる規模感。ゴリラも同様に言葉をしゃべらずに集団で一つの生き物のように動ける。30~50人というのは人間の脳が大きくなり始めた頃の集団規模。学校のクラスがこれに相当。毎日顔を合わせているから誰かが欠けたらすぐにわかり、全員が離散せずにまとまって動ける人数。顔と性格を認識しているからできる集団であって、これも言葉によって結びついた集団ではない。人間の脳の大きさに対応する150人という集団は、社会関係資本の適正規模です。これは、自分がトラブルなどに陥った時に相談できる相手の上限数。毎年年賀状を書くときに顔が浮かぶ人数。150人以上とつき合うために、身体以外の指標、つまり言葉が必要になって行った。顔を合わせれば互いのことが分り、悩みを打ち明けられる仲間がおり、その外側には言葉によってつながる膨大な人数の人々・・・そういう世界に我々は住んでいる。
>>さて、山極さんは、これを踏まえて何をしろと言いたいのか?家族という最小単位~スポーツチーム~学校のクラス~150人の集団~国家~世界という多層構造社会はそれぞれの集団を成り立たせている原理・規範が食い違う。老人力だけではとても解決できそうにはないが・・・
時空、違いを超える想像力をもたらすのが言葉。
子供を寝かしつけたり、共同作業するときは歌う。踊って共同意識を高め、喜びを共有する。言葉に頼らない身体性を見直すべき。それも高齢者の仕事。
>>言葉は想像力をもたらす一方で身体性を奪う。難しいね。
定住し、外と内を分けてプライベートな空間をもつようになってウツになれる環境ができた。住む所を変えて新しい環境に適応する必要に迫られ、プライバシーもなくなればウツはない。
数値目標があると、時間が分母になってしまい、数字を他と比べたくなる。去年よりどうとか隣町の方が優れているとか・・・
自然は同じことは決して繰り返さないので、新しい予想もしなかったような変化が目の前で起こったときに適切に対処する力が必要になる。最適解でなくていいから、ちょっと間違えていいから、まずは自分が死なないように生き残れる対処をする。そのために「直観力」が必要。日本人はもともと森の民だった。あらゆるものが隠されている森の中では、見えないものを感じ取る能力が必要で、突然目の前に現れた事態に直感的に対処する力をはぐくんできた。イスラム教やキリスト教がうまれたアラブ・ユダヤでは草原や砂漠・・・見通しの良い環境・・・脅威があっても安全な距離を保っていれば何事も起こらない。見えている世界で相手が次にどう動くかを推察(想像)すれば事前に対処できる。生き残るために直観力や想像力が必要。
>>ここは日本人論。ちょっと牽強付会だが。例えば、草原や砂漠は見通しはいいが、天気の急変はあり、砂の中からさそりが突然現れるとか・・・。それはともかく、草原や砂漠のように見通しの良い環境に恵まれなかった日本人は想像力ではなく、つまりあらかじめ理屈でリスクを想定するのではなく、不測の事態に直観で対応してきた、ということ。日本人が不得意な理屈や想像力を使ってリスク管理なんてやめろ、ということ。
現代の教育は子供たちと一緒に未知なものに対してどういう風に対処したらいいのかを考えるものであるべき。
本来遊びというものはルールは見つけて行くもの、仲間の中で自然に立ち上がって行くもの
自然はルールがないからこそ面白い
戦後の焼け野原でゼロから立ち上げて行った世代はルールのないところで、どうやって変化に対応し、生き延びたらいいのか本能的な知恵を持っている>>その通りだが、この世代は立ち止まって考えることができない。バスの行き先は知らずに「とにかくバスに速く乗れ」だ。俺たちの世代はそれをみて「シラケ」た。21世紀においては、ルールでがんじがらめ。本能むき出しにしたら。すぐコンプライアンス、ポリティカルコレクトネス、ダイバーシティーが登場する。
教えることが成立するには①教える方は「この子はこういう能力がない」と認識し、教えられる方は「親が持ってる能力を自分は持ってない」と自覚していること②教える方の自己犠牲
バクテリアが消化してくれたものを人は腸壁から取り込んでいるだけ。われわれが内部と思っている腸の内部は外部であって、もちろん、皮膚も外部。
一人で食べたら10分で終わるご飯でも3,4人で食べたら時間がかかる。互いに食べる速度を合わせるし、異なる感覚を「同調」させる時間だからこそ、共にご飯を食べると信頼関係が生まれる。「食事」という文化の起源は、700万年前にチンパンジーとの共同祖先から分れた直後、人間が二足歩行を始めたことにあります。木の実とかキノコとかの食物を自分の食べる分以上のものを採って自由になった手で運び、みんなで分けて一緒に食べるようになり、「食事」という文化が生まれた。サルは自分中心で自分で確保した食べ物を分配しません。強い方が餌場を独占して、小さい弱いサルは他に行って探すというルールで秩序を保っています。
>>ここは「食事に関しては動物より人間は偉い」だ。ここは参考にする。
多様なオスの遺伝子を受け継いで子供たちを産んだ方が、環境の変化に対処できる確率が高くなる。しばしばゴリラのメスが集団を出て行ってしまうのは、一つの集団にメスの数が増えて行くと、いくらボスの力が強くても力が分散されてしまい、自分が保護される確率が低くなります。ならば外にいる独り者のオスと一緒になった方が全身全霊をかけて大事にされる、という事情もあります。逆にいうと、長く独り身でいるオスのゴリラもあまりいない。必ずメスがやってきてくれる。ゴリラは去るもの追わず、来るもの拒まず。人間の祖先もまた、女性が働く社会だったと考えられています。狩猟採取の暮らしを観察すれば、見かけは一夫一妻ですが、一生の間に複数の相手と夫婦関係になることが結構あるようです。ところが、西洋社会に典型的に見られるように歴史のある時点から男たちが連帯して、女性の動きを封じる社会を形作って来た。家庭に縛りつけ、社会進出をはばみ、男による男のための家父長制度をつくり、権威を振りかざした。それが世界中に蔓延したのです。
共同体がなければ、それぞれの家庭でメスが個として多様な遺伝子を持つ子を産まなければならなかった。人間は、共同体という複数の家族が集まった社会組織を作り、多様な遺伝子を持つ子孫を共同体で共有するという道を選んだ。
動物の社会では、性交渉はオスとメスを結びつけない。集団はメスのもので、やってきた種元となったオスは去ってゆく。類人猿では群れの中心にオスがいてメスが去ってゆく。交尾によってオスとメスの集合体ができるわけではない。人間は夫婦の性交渉によって愛が永遠になると考える。
>>山極さん、フェミニスト。男中心の家父長制はせいぜい数百年の歴史。それ以前は一夫一婦制でもなく、子供ができると母系が育児した。山極さん、一夫一婦制には賛成らしい。一夫一婦制は多様な遺伝子の子という意味では弱いが、それを補うべく、人間は社会という共同体を作ってさこで様々な遺伝子の子を共有した、と、屁理屈をこねる。人間は夫婦の性交渉によって愛が永遠になるというくだりは何を言いたいんだろうか?性交渉したあと、別れるカップルは多いが。そういったフィクションが一夫一婦制の起源だ、と言いたいのか?
40万年前にはネアンデルタール人が仲間を埋葬していたと考えられます。イラクのシャニダール洞窟でネアンデルタール人の骨と一緒にタチアオイなど数種の花の花粉が出て来ていて、これは、死者に花を供えて弔った証拠であると言われています。類人猿には死者を弔う行為は見られません。人類だけが葬送儀式を発達させてきた。亡くなった後もわれわれは覚えているよ、と。現在の世界と繋がっていることを儀式によって明らかにして、死は単なる消失ではなく、違う形で生き延びられるトランジションに過ぎないという世界観をみんなで共有し合うことが深い慰めになっている。多くの宗教では死後の世界を明確に示して、天国であったり、極楽浄土であったり、最後の審判のあとの復活であったりと形は様々ですが、あの世で永遠に幸せに過ごすために、現世で善行を積むよう説いています。死後の世界というパラレルワールドを人間は作り上げてきました。狩猟採集生活は移動を繰り返して暮らすものだから、常にパラレルワールドとしての向こうの世界への想像と好奇心と不可分だったでしょう。踊り、パフォーマンスによって個々人が経験したパラレルワールドをみんなが共有できるようになり、想像上の旅へのトリップが生まれました。すると普段は森の奥にいる祖先とのコンタクトが起こる。亡くなった大切な人をゆっくり語り継いでゆき、思いを馳せること・・・それが喪失の痛みを和らげる、古くからの知恵ではないでしょうか。
>>死は単なる消失ではなく、違う形で生き延びられるトランジションに過ぎないという世界観をみんなで共有し合うことが深い慰めになっている・・・死んでも消滅しないから先に死んだ祖先はどこかにいる・・・だからコンタクトできる。山極説では、こういう「信仰」は、喪失の痛みを和らげる知恵だ、と。日本においては祖先は神だから、痛みを和らげる以上に政治的に利用された。皇祖皇宗だ。
もともと日本では、死の哀しみを和らげるために初七日、四十九日、一周忌と、段階を経て、ゆっくりと死者を偲びつつ、心の中にその存在を残してきました。死者という存在とどこかでつながっている感覚があるのです。でもこれからは、そんな死者と共に生きるような精神文化も衰退して行くでしょう。それは、信頼できる仲間と支え合う「縁」が社会の中でどんどん失われているからです。血縁、地縁、社縁・・・死者が持っていた縁が自らの縁と重なり合うからこそ、死者は心の中に生き続けてきたのだと思う。終活は、残して行く人たちに「相続で負担をかけたくない」「金で困らせたくない」「手続きで煩わせたくない」という配慮が先に立ちます。でも昔はね、様々な縁のなかで人は生きて来たから「あとはみんなにまかせるわ」でぽっくり逝けたんですよ。誰かがきちんとひきついでくれるという信頼があったから。終活と言うのは、死者が人々の心の中に残らなくなったことの裏返しなのかもしれません。
>>死者を含む他人と繋がっているのは「縁」。それは結構だが、結局、山極さん何を言いたいのか?昔はよかったね…か。「誰かがきちんと引き継いでくれる」って何を引き継ぐんだろう?会社員はその子供に何を引き継ぐのか?引き継ぐべきものがないから、終活するんだ。引き継ぐものはない代わりに、あの人はこんなこと言った、あんなことした・・・は残る。俺はそんな思い出がふと湧いてくることで十分だ、と思う。
日本は伝統的に、物には霊力があって使っていた人たちの心が宿っているとされ、とくに職人さんたちの世界ではそんな精神性が大事にされてきました。ところがいまは所有は私的なもので、家族やコミュニティーで引き継ぐものではなくなってしまった。遺産争いとか寧ろ物は、人と人を分断するものになってしまった。その背景には、私たちの社会が所有を原則とした社会で、所有物によって人間の価値が計られてしまうこともあるでしょう。しかも、その所有物の価値は自分が決めるのではなく、マーケットが金銭的価値を決めている。着ている服や自動車や家はみんなマーケットが値札をつけた価値です。元来、服だって食べ物だって場所や状況によって全然価値が違ってきますし、昔は自分たちの手で作っていた。物の価値はそれぞれの小さな文化圏の中で自分たちで決められる社会でした。所有物とは、私のものであると同時に、みんなで引き継いでゆくものという時間性を含んでいたように思います。マーケットの外側で物を人と人がつながる起点にするのです。
>>これまたマルクス流。資本主義が悪いんだ。山極さん、資本主義をぶっ潰せ、ではなく、」マーケットの外で繋がれ、と。しかし、マーケットってのは、あらゆるところに忍び込んでくる。いたちごっこだ。
動物にとって死は、「訪れる」ものです。ゴリラが死を目前にしたときは、野生でも動物園でも、段々食べなくなります。食が細くなり、筋肉や脂肪も落ちてどんどんガリガリになって行く。体力が落ちて、最後は耳もあまり聞こえなくなり、自然にスーッと死んで行く。それはまるで仏教世界で言う即身仏・・・食を断って聖なる存在になって行くようにすら感じられます。翻って人間はいつのころから死を前提に人生設計をするようになりました。
言葉を獲得した人間は「因果関係」で世界をとらえることができます。因果関係とは時間軸に沿って、物事が起こった現象を把握したり、その原因を探ったりする、これから起こることを推測する力です。ゴリラもチンパンジーも過去に起こったことを記憶していますが、それは何枚もの絵のように積み重なっているだけで、そのあいだに時間的なつながりや因果は意識していないと考えられます。人生の最終ゴールに死がある。どんな人間も等しく死ぬ…これを悟ってから、有限な人生をどう生きるかが課題となります。限られた時間軸の中で死をとらえるからこそ、人は生きる意味を考えます。かつての狩猟採取民、いまでもそうした暮らしをする人々は人生はそれほど長いものであるとみなしておらず、死はいずれ、あるいはふいにやってくるものという感覚を持って生きています。それが本来のあり方だと思うのです。
生物は、過去の蓄積のうちに現在を生きているわけではなく、未来からやってくる一期一会の自然現象に対処できるよう身構え、その瞬間、瞬間を生きています。西田幾多郎は、そこには「無限の過去未来が現在に同時存在する」と考えました。
>>今や人間は自由に死ねない。医者が死ぬタイミングを決める。俺は死を前提に人生設計したいが、いつ死ぬのか分からないから設計できない。リタイアし、年取れば自然に死を意識する。苦しまなくて痛くなくて、遺族に迷惑かけなければいつ死んでもいい。百歳まで元気・現役で、なんて掛け声に踊らされるのは愚の骨頂だ。
260万年前、オルドワン石器と呼ばれる世界最古の石器が現れます。木の枝のようなものと違って、石器は壊れずに再現性が高い道具です。それまでの脆弱な道具では一回限りだった行為が再現性を持ち、つまり現在の時間を止めて過去の時間を映し出すことができるようになりました。
100万年前頃から始まる火の使用によって、食物は消化しやすくなり肉食動物の脅威に対する安全性も高まります。火の回りで人は集い、歌い、踊ることによって団結力を高め、現世とは違う世界へと想像力を拡大したのです。歌い踊るという音楽的なコミュニケーションにより、仲間と共有する時間を自ら作ることができるようになりました。
7~10万年前に現われたのが言葉です。言葉は過去・現在。・未来をつないで因果関係で理解し、物語をつくることができます。何年も前に起きたことを昨日の出来事のように語ることも出来れば、未来のことを明日のことのように語ることもできる。
1万2千年ほど前に、農耕・牧畜を開始した食糧生産革命がおこり、人間と自然との関係は激変します。人は作物や家畜の世話をするために定住してそれらを「所有」するようになりました。農耕は農事暦によって管理されるようになります。食料の貯蔵が可能になったことで人口が増え、各地への人間の進出が可能になり、交易も活発になり、巨大文明が勃興しました。文字によって行為やものの価値を固定化し、通商や交渉の対象にできるようにできるようになったのです。
やがて産業革命が18世紀の終わりに起こると、都市がつくられ、工業生産が始まり、自然の時間から人工的な時間への移行は加速しました。生産性を高めるために労働者は時間単位で価値が測られるようになり、時間は人間を管理する手段となります。人間の発明した科学技術が自然の時間を止め、人工的な時間で世界を作り変えて行き、人間は生物的な時間を失います。
>>ここは最もマルクスだ。人間は自分で生み出したもの、システムに苦しめられ、滅ぼされる。弁証法だ。マルクスは「最後はこうなる」と示してくれた。ユダヤ教かキリスト教の終末論だ。山極さんは終末は示さない。対処法は以下の通り信仰・考え方だ。そして「早く年取れ」だ、つまり、現役で働いている人には無意味だ:
かつて詩人の山尾三省は、著書「アニミズムという希望」のなかで慰めや喜びを与えてくれるもの、畏敬の念を起こさせるものはすべてカミである、と言いました。カミに向かい合う時、植物であろうが、岩であろうが、海であろうと語りかけてくる。そこに自分のまことが現れるのだという。すべての生きとし生けるものに魂が宿るというアニミズムのおいては、自然はコントロールするのではなく、寄り添うものという感覚があります。そういう自然観の中で長い時間をかけて日本人の情緒は形作られてきました。
自然の時間にゆっくりと身を委ね、生命の根源的な喜びに立ち返るのです。効率と無縁でいられることは老年期の大きな特権です。そこには、刻一刻と変化する自然の予兆に心躍る豊かさもまたあるのではないでしょうか。
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