どんな理由があっても二度と戦争は嫌だ
朝日・多事奏論 に 編集委員・後藤洋平が、1939年生まれのデザイナー菊池武夫さんが次のように言った、と・・・以下抜粋:
菊池さんは「生まれてから、ずっと戦争が生活の一部のまま終戦を迎えた。戦争の中で生まれて育った」と話した。灯火管制は日常。東京の自宅周辺では週に何度も空襲警報が鳴り、そのたび防空壕(ごう)へ。B29は腹に響くような低い音がして、日本の戦闘機との違いは子どもにも分かったという。そして、「どんな理由があっても二度と戦争は嫌だ」と言った。
>>さて、ここで菊地さんが「二度と嫌」という”戦争”とは何か?灯火管制、空襲警報、B29のことか?空襲されるって、負けたからやられるんであって、勝てばやられない。つまり、勝つ戦争ならOKの意か?(それなら俺の意見に近い)
2度と空襲されたくない、と思うんなら、日本の自衛隊や憲法9条では心もとない。他国から空襲されそうにないのはアメリカかな?アメリカの山ん中にでも移住するのが一番空襲される確率は低そうだ。(中国の山ん中でも大丈夫そう)
菊地さんが単に「戦争嫌だ」と言ってるなら、いかにもリベラルなご意見だ。「どうすれば戦争しないようにできるの?」なんてこったぁ知ったこっちゃない・・・下手すると「戦争反対」「憲法改正反対」とか言って国会周辺にデモに出かけそうな勢いだ。それともこっそり空襲されそうもない国へ逃げるか?
こういう言いっ放しや「けしからんおじさん」って不快と感じる国民はどのくらいいるのだろうか?過半数が不快あるいは教育上よろしくないと感じるなら、”言論弾圧”して欲しい。
前回の都知事選でジョーカー議員の「エロポスター」が物議を醸したが、これも”弾圧”する側の理屈は不快とか教育上よろしくないということだった。「どうしたら平和になるの?」のない、単なる「戦争嫌だ」や憲法改正反対の言いっ放しも、同じ理屈で取り締まれないものか?
もう一方の極端は「なんでもあり、100%表現の自由OK」だ。俺はそれならそれで結構だ。
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