シウマイかシューマイか?
朝日にギョーザ県で「シューマイの乱」が熱い 西、北、南から宇都宮包囲網と題して岡本智が以下。記事の内容もさることながら、この写真のシウマイのうまそうなこと。俺が今まで見た朝日の記事の中で断トツ最高の出来。
栃木県鹿沼市の100年以上続く老舗ラーメン店、安喜亭本店の「シュウマイ」。まちおこしの前から提供されているギョーザ県として知られる栃木で今、「シューマイの乱」が熱い。ギョーザのまち・宇都宮市と隣り合う鹿沼市は、崎陽軒(横浜市)の協力のもと売り出し中の「かぬまシウマイ」が知られはじめ、「ラーメンのお供はシューマイ、を当たり前に」と鼻息が荒い。白いシューマイやワインに合うシューマイで攻める市町もあり、虎視眈々(こしたんたん)と「領地奪還」を狙う。
「どうして鹿沼でシューマイなの?」
県西部の鹿沼で2020年に持ち帰り専門「笑福(えふ)シウマイ」を立ち上げた福田勇紀さん(44)は、昨年のイベントで受けた県外客のこんな質問に、思わずにんまり。2年ほど前までは反応が乏しく「鹿沼ってどこ?」と言われ続けたが、「ようやく知られてきた」と心が躍った。
20年に、偶然にも地元の商工会議所が主体となってシューマイによるまちおこしが始まった。飲食店だけでなく、洋菓子店やゴルフ場までオリジナル商品を開発。食べ歩きマップには、80以上の店舗が掲載されている。
なぜギョーザ県でシューマイなのか。担当者が目を付けたのは、横浜名物「シウマイ」を開発した崎陽軒初代社長の野並茂吉さんが、鹿沼出身だったことだ。
打診すると、技術を伝授する講座や講演、横浜のラジオ番組でのPRなどが次々実現した。崎陽軒側にも「シューマイの地位を向上させたい」という悩みがあったといい、惜しむことなく後方支援してくれた。
当初はコロナ禍の影響で鳴かず飛ばずだったそうだが、栃木出身のお笑いタレントのU字工事が配信動画で紹介してくれたり、テレビ局が特集を組んでくれたりして、徐々に知られるように。
笑福では今夏のお中元受注が前年比64%増となり、福田さんは「異常値。有名になったからこそ贈ってくれる」とうれしい悲鳴を上げる。
「幼い頃、ラーメンと言えばシューマイだった。いつのまにかギョーザの攻勢が始まった」と振り返るのは、鹿沼商工会議所の仕掛け人、水越啓悟さん(54)。市内の様々なシューマイを集めた売り場を作ったり、JRや東武などの鉄道会社との連携を深めたりと、今後もあの手この手で存在感を高めたい考えだ。
県北部でも、のろしが上がる。
那須御用邸がある同県那須町は24年、自慢の高品質の豚肉を売りだそうと、ギョーザではなく「那須ロイヤルポーク焼売(シューマイ)」の販売を始めた。料理人に考案してもらったレシピは、いかにも高原リゾートという感じでワインに合う仕様らしい。
町内の小中学生の親子が手作りのシューマイで形や重さを競う「那須焼売グランプリ」も毎年開催。町は新たな名産に、と意気込む。
ただ、販売はいまだ道の駅1カ所にとどまる。町担当者は「町主導になってしまい、町民の理解が足りなかった」と反省。10月からはPR担当の地域おこし協力隊員が着任し、イベントに力を入れるほか、レシピの条件を緩和して参入の裾野を広げたいとしている。
独特のシューマイ文化の普及を図るのは、県南部の足利市だ。
戦後のラーメン屋台が発祥で、具は片栗粉とタマネギのみ。国宝の鑁阿寺(ばんなじ)境内にある「大日茶屋」で、蒸しと揚げをいただいた。地元メーカーの辛めのソースをたっぷりかけると、もちもちして肉を思わせる複雑な味わいに驚いた。
茶屋によると、20年ほど前までは家庭でごく普通に食べられていた。客に「こんなの、足利にしかないよ」と指摘され、「足利シュウマイ」として売り出した。経営者の女性は「もっと広めたい」と、スーパーや東京のアンテナショップなどに販路を広げる。
ただ、ギョーザの厚い壁はなかなか崩れるものではない。
福井県は24年の北陸新幹線の延伸開業に合わせ、県産豚肉を使った「フクイシウマイ」を新名物に、と大々的にPR。中華料理店を中心にさまざまなシューマイが生まれたが、現在は県の予算が枯渇し、一気に機運がしぼんだそうだ。
「シューマイ文化がないところは、崎陽軒のようにはいかない」と県担当者。名物づくりの難しさが身に染みたという。
鹿沼商議所の水越さんは言う。「今はやらなくても食っていけるけど、変わっていくことで生き残れる。『シューマイの乱』は壮大な実験なんです」
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