映画”where the boys are”(邦題「ボーイハント」)について考える

connie francisが歌ったこの映画の主題歌”where the boys are”には2つの疑問がある。

Where the boys are
Someone waits for me
A smiling face, a warm embrace
Two arms to hold me tenderly

Where the boys are
My true love will be
He’s walking down some street in town
And I know he’s looking there for me

In the crowd of a million people
I’ll find my Valentine
And then I’ll climb to the highest steeple
And tell the world he’s mine

Till he holds me, I’ll wait impatiently
Where the boys are
Where the boys are
Where the boys are
Someone waits for me

①どうしてthe boyと単数でないのか?結局探してるのはたった一人の伴侶なんだから。

②I will wait impatientlyっておかしくないか?I will wait patientlyの方がよくないか?

①についてはCOPILOTに聞いた。答えは:

単数ではなく複数形なのは、主人公がまだ特定の一人を見つけておらず、 “恋の可能性がある男性たちがいる場所”を探しているから。 歌詞のテーマ(恋への期待・出会いの場の探求)と映画の内容に完全に一致している。

主人公はまだ「運命の一人」を見つけていない。 歌詞は「Where the boys are, someone waits for me」と始まり、“boys(男の子たち)がいる場所に、私を待つ誰かがいるはず”という期待を歌っている。

「boys」は“出会いの候補となる男性たち”という集合を指す。 まだ誰が自分の恋人になるか分からないので、複数形で「恋の可能性がある男性が集まる場所」を意味する。映画の設定も「春休みに女の子たちが男の子を探しに行く話」。 つまり、主人公たちは特定の一人ではなく、“男の子たちがいる場所”=出会いの場を求めている。

>>つまり、the boysとは、その中に、たった一人の運命の人(歌詞ではmy valentinetつまり”結婚相手”と表現)がいる、といったニュアンスか?

②についてはimpatientlyに「矢も盾もたまらず」という日本語をあててる辞書があって、「我慢しきれない」と言いたいんだ、と解す。

さて、映画”Where the boys are"は、1960年制作。中西部というから例えばシカゴあたりの大学の女子大生4人が春休みに上述の通り「運命の人」を求めてフロリダに出かける。もともと春休みのフロリダと言えば男子大学生が女の子を求めてやって来る場所だった・・・男の子がするんだから私たちも・・・という「男女同権意識」???

当時米国の東部中西部で支配的だったピューリタニズムは、男女が過剰に接触するダンス*や婚外、婚前の性交渉を厳しく禁じていた。女の子が男子を求めてフロリダに行くなんて挑戦的過ぎた・・・現実は厳しくってたった2週間の春休みでは運命の人なんて見つからないね、という話。(*フォークダンスはピューリタンの発明とか・・・)

YouTubeでいくつかのConnie Francisの動画を見ていると、彼女は東海岸のピューリタニズム規範からの解放のシンボルだったのではないか、という印象を受ける。(例えば「カラーに口紅」の動画に出てくるツイスト・・・身体の接触はないが、男女がエロチックな動きで踊る)

”where the boys are”なんて歌や映画を発表するのは結構挑戦的で勇気が必要だったんじゃアなかったのか?同時にお堅い四角四面の(squareな)ピューリタニズムに反発する若者には受けたんだろう。

これと対象的なのが西海岸の若者の歌、Beach Boysの"surfin' USA"(1963年)だ。西海岸はもともと東海岸のように白人(=ピューリタニズム)が強くなく、ヒスパニック系のカトリックあり、非キリスト教のアジア系も多い。

"surfin' USA"も単に「楽しくサーフィンしようぜ」とサーフィン・スポットの名前を繰り返すだけのお気楽な歌だ。

そして”where the boys are”と"surfin' USA"に共通するのは、黒人も黄色人種も登場せず、白人だけを歌ったものであるということ。

男を求めてフロリダに行く女子大生・・・1960年当時のアメリカで大学に行く黒人女性がそもそも何人いたか?ましてや男を求めてフロリダに行くなんて・・・もっとも、白人女性が大学に行くのは将来性のある男を捕まえるためという側面もあった・・・

明るい太陽の下でサーフィン・・・黒人じゃあ似合わない。(21世紀の今だって)

この二つの歌は、黒人の被差別意識をひどく刺激したんじゃあないか?

squareな大人は人種差別し、戦争する・・・これに対して若者や黒人は1950年代はCool、1960年代後半はFreeで対抗。これがドラッグや毛沢東の「造反有理」とくっつく・・・反戦運動や学生運動やヒッピーや公民権運動に・・・俺は受験勉強でそんなことが1960年代後半に盛り上がり、1970年代に入って急速にしぼんだことも知らずに1972年に受験勉強から解放され、東京に出てくる。そして日本でも女子が大学にたくさん入るようになった・・・

この1960年代前半~1970年の若者の反抗から敗北/熟成?への歴史を体現したのがBeatlesであり、John Lennonであった。Beatlesの反抗は1963年のChuck Berryのロック(”roll over beethoven”)のコピーから始まった。そして1971年、Lennonはキリスト教なんかに頼らずに自分自身でimagineすればいい、と歌った。

コメント

このブログの人気の投稿

IQ188という記録で注目を浴びた太田三砂貴(おおた・みさき)さん

”関口宏の一番新しい近現代史”を見る

朝日にもちゃんとしたのがいる、かな?(有田哲文)