養老孟子さんによる死生観と靖国問題
デイリー新潮に
養老孟司さんが「死」について語った『死の壁』をもとに抜粋・再構成して以下:
8月、多くの日本人が亡くなった人に手を合わせ、思いを馳せる。帰省してご先祖さまに近況を報告する。生前、迷惑をかけられた相手であっても、故人に対しては寛容で水に流すという人も少なくない。死んだら神様、ホトケ様だという考えだ。
しかしこれは決して世界標準ではない。
今時、日本で火葬を断固拒否するという人はあまりいません。しかし、イスラム教徒たちは火葬に抵抗があるそうです。以前、日本でイラン人を火葬して問題になったことがありました。 山梨県で身元不明の外国人の自殺体が発見された。女性に振られて首を切って自殺をしたそうです。亡くなった時点では、町役場はその人の名前も国籍もわからなかったので、火葬した。日本人の身元不明者への扱いとまったく同じです。 ところが火葬した後で、その人がイラン人だとわかりました。それで大使館に連絡すると、「遺体はどこにありますか」という。火葬にしたと答えたところ、大変な抗議をしてきた。 実はイランではイスラム教の教えにのっとって、火葬を禁止していたのです。ところがそんなことを普通の日本人は気にしていない。だから日本人と同じように火葬してしまったわけです。 日本人は死んだらすぐに世間から外れると思っているから火葬にも抵抗がない。そもそも土葬から火葬に転換することもあっという間というかスムーズに実現してしまった。どちらでもそんなに変わらないと思っている。 しかし、おそらくイランでは死んだことイコール、メンバーズクラブからの脱会を日本のようには意味していないのではないか。だからこそ、死者が火葬されたことに対して抗議をしてきた。
中国には「墓を暴いて死者に鞭打(むちう)つ」という考え方があります。これも、日本とは別のルールがあって、中国人は死んだあとも「そいつはそいつだ」と思っているからでしょう。死んだからといって別人になるわけではないのだ、と。 靖国問題というものの根本もそこにあるのです。日本には死者は別物だという暗黙の了解がある。だから乃木神社、東郷神社のように、軍人も死んだら神様としておまつりすることが出来る。 ところが中国のほうは、たとえ死んでいようが戦犯が祀(まつ)られたということは、政治的にもまだ意味なり影響力があるのだと思ってしまう。 「死せる孔明(こうめい)、生ける仲達(ちゅうたつ)を走らす」というのは三国志のなかの有名なエピソードです。名参謀、諸葛孔明(しょかつこうめい)は、死の直前に「自分が死んでもそれを伏せて、自分の人形を軍の中心に置いておけ」という作戦を伝授した。それを実行したところ、「孔明は死んだ」と思って攻めた敵方、魏の名将・司馬仲達(しばちゅうたつ)は慌てて逃げてしまったという話です。死者も影響力を与えられる、この世のメンバーだという世界観が根底にあるのではないか。 しかし、日本人はそんなことは夢にも思っていません。靖国問題というのは政治的な駆け引きのように語られています。現在、実際にそういう面が強いのも確かですが、共同体のルールの問題が根底にあるのではないでしょうか。 私たちは、戦犯といわれている人でも何でも死んだらホトケさまくらいにしか思っていません。しかし向こうは下手をすると退役軍人くらいに思っているのではないか。いざとなったら武器を持って飛び出してくるのでは、というくらいに。
中国人は死んでも現世に影響力がある、と考える。死んでも神様でもお化けでもないから墓を暴いて鞭打つし、自分たちに悪さをした軍人は死んでも鞭打ちたい・・・それなのに日本人は神様扱いするから怒る。死んだ祖先も生きているように自分に影響力がある・・・血の繋がった祖先には大事にする。死後の世界を否定する儒教の考え方。韓国も同様。「死んでも現世に影響力がある」と考えるのは儒教だけだろう。
一神教については俺は養老さんとは違う。肉体を含めて神様が作ったもので、人間のものではない。死体を焼かずにそのままにしておくのは、神様の審判を待つためだ。日本同様、現世とはバイバイしてる。
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