自分の頭で考えるようにするには(志麻さんに教えられる)

 お世話になった人たちを裏切り人生のどん底まで落ちてというタイトルで有働由美子、タサン・志麻の対談が文藝春秋電子版(2025年8月)に掲載。「へえ、あの志麻さんが」、とびっくりして読む。実に示唆に富むいい話の連続だった。抜粋して以下:

①調理師学校を出て、料理人になったが…

タサン フランス料理が大好きで一生懸命になりすぎて、周りが見えなくなっていました。先輩でも手を抜いている人を見ると強く当たったり、後輩にやる気が見られないと挨拶もしなかったり。

 有働 そもそも料理人の世界って厳しいものですよね。

 タサン 厳しいですよ。仕事に追われて睡眠時間は3時間程度とか。

 有働 ひぇ~。そこまで厳しいのは、段取りが求められる現場だからですかね。

 タサン 仕事に関してはとことん厳しかった。でも、調理場を離れると可愛がってもらえましたし、私は職人の世界だからそういうものだと思っていました。お店が大好きだったので、遅刻したりヘラヘラしたりしている人がいると、自分のことを棚に上げて許せなくなっちゃって。

 有働 そのまっすぐな気持ちもわかる気がするな。

 タサン 今思えば子どもでした。優しそうと言ってもらえるようになったのは、つい最近のことなんです。

タサン 私は田舎育ちでフランス料理を食べたことがないまま、専門学校に進学しました。ただ格式高い料理というイメージがありましたが、最初に習ったのが家庭料理で。

 有働 フランスの家庭料理というとたとえば……。

 タサン スープや煮込み料理などですね。鍋でドーンと食卓に出すような田舎くさい料理もありながら、高級レストランのきらびやかな料理もある。そんなフランス料理の二面性や、長い歴史があって地方性も豊かで、勉強するほど知りたいことが出てくるところに惹かれました。

 有働 勉強して、いずれは自分の店を持つぞと考えていたのですか?

 タサン そう思っていたのは調理師になって1、2年程度だけです。フランス映画や文学に触れる中で、現地の家庭での温かな雰囲気に満ちた食卓の方に惹かれていきました。

有働 たしかにフランス人って食を大切にするイメージがあります。

 タサン 家族での晩ごはんに毎日2時間くらいかける人もたくさんいます。そういう理想を追い求めるようになって、職場である高級レストランはちょっとズレがあるなと悩み始めました。

 有働 そのレストランで3年働いた後、食品会社を経て、人気のビストロで10年勤めたのですよね。

 タサン ビストロに移って価格帯は安くなり料理の間口も広がったのですが、それでも子どもは入れないし、お酒を頼まないお客さんは肩身が狭い。本当は子どもでも、お水を飲みながらでも楽しめる料理なのに、なぜこんなに格式張るのかとずっと悩んでいました。その気持ちのズレがある日爆発して、置き手紙ひとつで店を辞めてしまいました。

 有働 10年も勤めたのに、なぜ直接伝えるのではなく置き手紙に?

 タサン 辞めたいという思いは以前から何度か伝えていたのですが、今日こそきちんと言おうとした瞬間に、シェフが手を取られて急に話せなくなったり、後任がいないといった事情で辞められなくて。結局ちゃんと言い出せないまま、「お世話になりました」と手紙を書き、包丁を持ち帰ってその日から行かなくなりました。どれほど迷惑がかかることをしたかは自覚しているつもりですが、それしか選択肢がないように思えたのです。

 有働 そこまで追い込まれていたのですね。

 タサン そうですね。今までやってきたことをすべて失い、お世話になった人たちを裏切って、人生のどん底まで落ちたという感じでした。

②好きなものに没頭するタイプ

 タサン 貯金はゼロでした。フランスを学ぶことにすべてのお金を使ってきたので。ビストロ時代に書店の料理書フェアがあった時、山積みの本を抱えてレジ待ちしていたら、シェフから電話がかかってきて「国民健康保険はどうした」と言われて、泣く泣く本を戻して滞納していた保険料を払いに行ったこともあるくらいです。

 有働 それはすごい。私は少しかじるとわかった気になるタイプなので、自分にはない感覚です。昔からとことん追求する性分なのですか。

 タサン はい、好きなものに没頭しすぎるタイプなんです。高校生の時には、坂本龍馬が好きすぎて、お墓がある神社にバレンタインチョコレートを手作りして送ったことがあります。神社の方から「龍馬さんは新しいものが好きだったからきっと喜んでいらっしゃいますよ」という優しいハガキをいただきましたが、ハガキを持ってきてくれた母からは白い目で見られました(笑)。

 有働 高校生になってボーイフレンドができて手作りしているのかと思ったら坂本龍馬に送っただと……ってなりますよ、それは!

 タサン 社会人になってからも、大好きだったマイケル・ジャクソンが亡くなった時は働いていたビストロで倒れました。病院で「ショック性の胃けいれんですね、何かありましたか」と聞かれて、「マイケルが死んじゃって」とか説明して。(略)その後は仏壇を買ってきてマイケルの写真とお花を供えて、毎日手を合わせていました。

③旦那さんとの縁

タサン 話を戻すと、ビストロを辞めてお金もなかったので、フランス人がたくさん働いている飲食店でバイトを始めました。そこで後に夫となるロマンと知り合いました。(略)15歳下だから恋愛対象ではなかったですし、最初に向こうからアプローチされた時も冗談だと捉えました。だから2カ月後に本気だったらもう一度言ってくださいと伝えたのですが、2カ月して「本当に好きだ」と。それで付き合ってみると、自分の意見をしっかり持っていて子どもっぽくないので、年齢は関係なくなりました。私は贅沢な暮らしを望んでいないし、一緒に人生を歩むのに価値観を認め合えるかどうかが決め手でしたね。ただ、両親に報告したら爆笑されました。

 有働 反応が爆笑でしたか。

 タサン 仕事ばかりであまり恋愛の話を両親にしてこなかったのに、「急に彼氏ができたと思ったら、フランス人で15歳年下!?」って。

 有働 ビックリしますよねぇ。ロマンさんとの結婚が決まって、志麻さんは家政婦を始めるわけですが。

 タサン ベビーシッターをしているフランス人の友人が多くて、家政婦のマッチングサイトに登録すればフランス人家庭からの依頼もあるかな、と考えて始めました。でも当初は掃除の依頼ばかりで、料理を離れたことが悔しいし恥ずかしいと思って、家政婦をしていることはロマン以外の誰にも言えませんでした。(略)ただレストランで働いていた時には見えなかったけど、私が料理を作り置くことで、家族一緒にテーブルに着いて会話しながら食事することができる。私の仕事はそういう場を作ることなのだと思えるようになり、胸を張って「家政婦です」と言えるようになりました。出版社の方に声をかけていただいて、料理本も出すようになりました。

④フランスではその1

タサン (和食は)レシピ通りに作っても、醤油や味噌の種類で味のバランスが崩れておいしくなくなる可能性があります。その点、フランス料理は塩しか味付けがありません。よく男性から「志麻さんの料理を作ったよ」と言ってもらうのですが、作り慣れていない人でも上手にできるのは調理法がシンプルだからです。

 有働 色々使った方が高尚な味になるのかと思い込んでいました。

 タサン 塩味だけなんてシンプルすぎないかと思われそうですが、素材の旨味を引き出す使い方なので、素材の数だけ味がある。だから簡単で飽きずに食べられるんです。

 有働 わかるわぁ。調味料に味付けを頼ると、その味が続いたときに飽きてくるのですよね。

 タサン そんな時は、料理に“抜く”ところを作るといいですよ。

 有働 抜く?

 タサン たとえば肉じゃがなら、インゲンなど、茹でただけの野菜も添えるんです。濃い味が好きな人もいれば薄味好きもいるけど、濃いところと抜くところを作っておけば、好みに応じて取る割合を変えるだけで楽しめます。取り分ける文化も個人主義だなと思うけど、家族でも、味覚が違うのは当たり前なので。

⑤フランスでは その2;

タサン 手間といえば、日本では一般的な一汁三菜も、フランス人なら調理時間も洗い物も増えるからやらないです。サラダやメインディッシュを大皿や鍋で出して、1人1枚の取り皿で取り分けて食べます。夕食にかける時間が、調理から食べて片付けるまで2時間あるとしたら、日本人は1時間かけて作って30分で食べて30分で片付ける。フランス人だと1時間半は食べています。

 有働 うわぁ、全然違いますね。

 タサン だからお母さんの居場所がキッチンではなく食卓なのです。今、家庭内でのトラブルも多いけど、会話が足りていないと思うんですよ。食事は大人も子どもも同じように楽しめるものだし、何を食べるかよりも、もっと話をしてほしいですね。

⑥フランスでは その3:

タサン 料理を楽しめている人はいいですが、苦痛に思うのなら毎日頑張らなくていいと思います。私も東京にいる頃は出前を頼む日もありましたし、今も忙しい日はロマンが焼きそばなど簡単なものを作ってくれますが、味がいいわけではないです。でも子どもたちは「おいしい」と喜んで食べます。味よりも、皆が楽しんでいるかどうかの方が大切だと思います。

 有働 栄養面ではどうですか?

 タサン フランス料理は理にかなっていると思います。まず前菜で野菜をもりもり取ってからメインディッシュを食べるし、調味料に砂糖を使わないので糖分は食後のデザートだけ。塩分量も日本食より抑えられます。油が多いので太る人は太っているけど、炭水化物は少ないかな。チーズやヨーグルトで乳製品も取るのでバランスがいいですね。

 有働 なるほど、その通りだ。

 タサン 煮込み料理が多いから、歯が悪くなったおじいちゃんやおばあちゃんも小さな子も同じものを食べられます。離乳食の時に、日本のお母さんは子ども用を別に作るじゃないですか。フランス人は柔らかいピューレやスープが日常の食卓にあるので、それを赤ちゃんに取り分ける。赤ちゃんはよく見ているので、「おいしいね」と言って食べさせられても、お母さんが違うものを食べていたら気づいているはずです。

 有働 「お母さんこそおいしそうなものを食べているのに」と思ってぐずるのかもしれませんね。

⑦子育て

 タサン それと、我が家は子どもが小さい頃から、自分の食べる量は自分で決めるようにしています。

 有働 日本だと出された量を「残さず食べなさい」と言われますが。

 タサン 子どもだって、たとえば暑いから食欲がないような日もあるかもしれないですよね。ですから、少ししか取らない日があってもいいので、自分で決めて取った量を残さず食べることにしているのです。

 有働 自分の食欲を無視して押し付けられても嫌ですものね。

 タサン 残さず食べることを覚えますしね。自分のことは自分で決めるという訓練を毎日しているから、フランス人は若い子でも自分の考えを言えるようになると思うのです。(略)

 タサン うちは「一口は食べてどう思ったかを言う」というルールにしています。子どもに「ブロッコリーのグニュッとした感じが嫌だ」と言われたら、次に出す時は少し硬めに茹でます。それでまた一口食べて「これなら食べられるかも」と言われたら、茹で方を変えればいいだけです。嫌いの理由をきちんと説明できるのであれば怒ることはないですが、食べず嫌いはダメです。

有働 お子さんたちにこう生きてほしいという思いはありますか?

 タサン 勉強より、「自分はこれが好きだからこれをやりたい」と言える生き方ができればそれで良し、と思っています。私自身が好きなことに一生懸命になって、好きなことを仕事にできているので。どんなことをしてもいいけど、そこに自分の気持ちがきちんとあるかどうかを考えられるようになってほしいです。

以下、俺の感想;

①について;「これをやりたいのに、ここにいてはできない」と思いつめて転職するなら俺も分からないでもない。流行ってるから転職するのは大馬鹿だ。料理人の修行~独立ってのは一つのモデルだ。「働き方改革」なんて無縁の職人としての修行→修業する店を変える(転職)→独立…業界がそういうサイクルで人材育成することを前提としている。会社員もそういうサイクルで回せないか?料理人の「店は変わっても料理人であることは変わらない」のがすごくいい。会社員も「会社は変わっても仕事は変わらない」ってのがいいんだが…つまり「その道を究める」ってとこが。

②について;仏壇を買ってきてマイケルの写真とお花を供えてには爆笑。

③について;15歳年下の定職も持たないフランス人旦那と結婚して家政婦への道が開けた

④フランスではその1 素材の数だけ味がある/濃いところと抜くところを作っておけば、好みに応じて取る割合を変える…塩だけの味つけや何も味つけしない料理の妙味

⑤フランスでは その2 調理から食べて片付けるまで2時間あるとしたら、日本人は1時間かけて作って30分で食べて30分で片付ける。フランス人だと1時間半は食べて…フランス人は腹を充たしたり栄養摂取のために食事するのではない

⑥フランスでは その3 煮込み料理が多い…年寄用、子供用を作らなくて済む/皆同じものを食う

⑦子育て 自分のことは自分で決めるという訓練を毎日している…これだ!自分で決めて取った量を残さず食べる、嫌いの理由をきちんと説明できるのであれば怒ることはないですが、食べず嫌いはダメ…これを毎日繰り返せば自分の頭で考える人間になるかも…

そこに自分の気持ちがきちんとあるかどうかを考えられるよう…どれだけの日本人が「自分はこれが好きだからこれをやりたい」と言えるものを持っているのか?そうなっただけで幸福だ。ここで言う「好き」とは「その道を究めたい」ということだ。

閑話休題:

志麻さんの「フランスでは」の出羽守…俺の大っ嫌いな出羽守が何故志麻さんにかかると胡散臭くないのだろうか?「好きすぎて、人生のどん底まで落ちた」経験が、いい旦那に巡り会い、時間をかけて発酵・熟成したからか???

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