横浜高校でパワハラがあった?
朝日に
センバツで完敗、バラバラの横浜 危機救った小野舜友へのサプライズと題した記事。この「バラバラ」、粗忽者の俺には「パワハラ」に見えた。今、横浜と言えばパワハラでしょう。市長の不祥事を吹っ飛ばすためにも横浜頑張れ…(それを言ったら、「有明頑張れ」か)。甲子園で優勝したら市長のとこにも挨拶に行くのかなあ?横浜に負けたチームは皆、「織田が投げてくれてよかった。横浜とやれてよかった。」って言ってる。パワハラ市長、やめないって言ってるようだけど、横浜高校が甲子園優勝の挨拶に行ったら、「織田の顔が見られてよかった。横浜が挨拶に来てくれてよかった」と言って辞職するんじゃあないか?(逆に言えば、その日まで市長をやめないでおこう、って思ってる?)
写真の織田投手の眼鏡顔が実にいい。そして一番賢そうに見える。以下記事:
2連覇を狙った3月の選抜大会。初戦で神村学園(鹿児島)に0―2で完封負けを喫した。
甲子園から戻ったチームは、どこかまとまりを欠いていた。マネジャーの高浜晴翔(3年)は、こう振り返る。
「私生活の弱さが、試合にもつながっていた」
寮生活では、食堂の使い方、身の回りのこと、練習の準備や片付けがおろそかになっていた。
チームは練習時間をミーティングに充て、野球以外のことを話し合う時間を増やした。
1、2年生も発言し、3年生は最上級生としてのふがいなさを口にした。時には強い言葉をぶつけ合うこともあったが、最後は「この先どうするのか」を全員で考えた。
最後に話をまとめることが多かったのが主将の小野舜友(しゅんすけ)(3年)だった。
チームに問題が生じれば、小野が注意を受けた。小学時代から同じチームでプレーする幼なじみの江坂佳史(3年)は、こう振り返る。
「自分たちが迷惑をかけて、いつもキャプテンが怒られていた」
織田翔希は「小野あってのチーム」
だからこそ、小野の誕生日である4月12日が近づいた時、寮生の3年生たちの間に「何かしてあげたい」という思いが生まれた。
小野が以前から欲しがっていたのは、大谷翔平モデルの白いスパイクだった。「このスパイクが欲しいな」と話す小野に、江坂は「買うわけないだろ」と返した。
実はこの時、すでにサプライズを決めていた。
小野の誕生日の翌日は、練習が休みだった。江坂ら寮生の3年生がスパイクを買いに行き、代金も出し合った。
その夜、食堂の電気を消して小野の帰りを待った。小野が帰ってくると食堂に呼び込み、寮生で誕生日ソングを歌った。
「いつもありがとう。誕生日おめでとう」
代表して、エースの織田翔希(3年)がスパイクを渡した。「小野あってのチーム。今までの感謝を込めた」と話す。
思いがけないプレゼントに小野は驚き、笑った。
「本当にうれしかった。いい仲間と出会えてよかった。この仲間と勝ちたいと思った」
チームは徐々に、本来の結束を取り戻した。
春の県大会4回戦の鎌倉学園戦では、1点を追う九回1死から3連打で3点を奪い、逆転勝ちした。
試合後、村田浩明監督は「気愛」をチームのスローガンに掲げた。
選手や指導者らが愛情と信頼で支え合い、苦しい時こそ仲間のために力を出す。そんな思いを込めた言葉だった。
小野は誕生日プレゼントの白いスパイクを春の県大会から履き続け、チームを引っ張っている。今夏の神奈川大会では、1番打者として5割超の打率を残した。
8月10日、迎えた夏の甲子園大会の初戦。相手は昨夏王者の沖縄尚学だった。小野はプレゼントされた白いスパイクで初めて、甲子園での試合に臨んだ。
2点リードした六回1死二、三塁の好機で打席に立った。3球目を振り抜くと、打球は中前へ。2点適時打を放ち、チームに追加点をもたらした。
(後略)
閑話休題:
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