保坂正康さん、危ない危ない…
俺、何が嫌いかって、「お上(天皇陛下)はこうお考えだ」と言い張って、お上(天皇)自身の考え、意思とは全く違う方向に国民を”指導”しようとすることだ。こういう”指導者気取り”がいつの間にか、「天皇が間違ったことを言うのは取り巻きが悪いからだ。君側の奸を取り除け」になり、最後は「間違った考えを持つ天皇自身を取り除け」になった…皇国史観は大東亜戦争の種だったかもしれないが、その種に水を上げ、育てて戦争に利用したのは、こういう日本人特有の忖度(言葉でなく「心を察する」方を優先する)文化だと思うのだ。
俺は戦争は「人間の業」だと考えるから、否定しない。だが、天皇はこう考えている、という忖度で始めたり続けたりする戦争は「誤った戦争」だ。
さて、以下の記事の保坂さんの「解釈」とは次期天皇候補の発言に対する忖度だ。その忖度を根拠に自論を展開するのは、とっても危ないと思う。歴史学者の本郷和人さんが天皇に関わる歴史一般なら語るが今の天皇や皇室典範改正といった「生臭い」問題に対して発言を自粛するのは、戦前の歴史学者が皇国史観をリードしたという反省からだ。保坂さんは近現代史の権威というか、日本の近現代を語らせればそれなりの存在感を有する。つまり、本郷さんが反面教師とする戦前の歴史学者に近い存在だ。そんな保坂さん、90歳近くなって判断力がおかしくなったのか、あるいは日本の将来に絶望したせいか、本郷さんが自戒する危険な発言を繰り返すようになった。
危ないのは(俺が一番嫌いなのは)「天皇陛下はこうお考えだ」という忖度で国民を「天皇のお考え」とは違う方に引っ張っていくことだ。人間の集団は、一旦、ある方向に動き出すと止まらない。日本人はとりわけ「お上」に弱く、また止まりにくいのだ。
皇国史観反対という考えは結構。だが、その考えを天皇、あるいは天皇候補の発言に対する忖度で権威付けするのは、戦前に歴史学者が「天皇はこうお考えになっているはずだ」と自分に都合のいい解釈で、国民を皇国史観強化の方向に引っ張って行ったのと同じだ。
そして秋篠宮の「私も生身の人間」という発言。「これを言っちゃあ、おしめえよ」だ。秋篠宮は天皇制を破壊するリベラリストなのだ。生身の人間で天皇が務まるなら皇室なんて要らない…人気投票で天皇を選べばよい。とっても民主的だ。天皇は人間ではなく、人権も奪われた存在なのだ。秋篠宮は、昭和天皇の人間宣言の裏にある「虚実の皮膜の綾」が分らない。天皇としての心得を教育されていないからやむを得ないのだが。いずれ「天皇にも人権を」と言い出すだろう。そしてそんなリベラルな秋篠宮の教育を受けた息子がいずれ天皇になる・・・その辺で天皇が「俺、天皇やめる」と言いだすのでは、と思う所以だ。昭和天皇の人間宣言にこの問題の端緒があるわけだが、これも戦争に負けたんだからやむを得なかった。その孫の中から、おじいちゃんの気持ちを忖度できない者が出てくる。昭和天皇人間宣言100年を記念して天皇制をやめるのも一興か?いっそ、それも民主的で結構だ。
J-CAST NEWSに秋篠宮さまの改正皇室典範発言は「納得できないという意味を含んでいる」保阪正康さん指摘と題して以下:
改正皇室典範について秋篠宮さまが「私も生身の人間なので色々思うところはもちろんある」と発言したことについて2026年8月14日放送の「報道1930」(BS-TBS)に出演した昭和史研究の第一人者であるノンフィクション作家の保阪正康さんは「(皇室典範改正は)納得できないという意味を含んでいることへの共感、共鳴」と自身の解釈を示した。
天皇のおことば「誤った戦争という反省点は随所に出ている」
番組は、8月13日に行われた秋篠宮さまの記者会見での発言を報じる。改正皇室典範について天皇陛下が6月に「国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります」と発言したことについて、秋篠宮さまが「その通りだと私は思っています」と同意を示したうえで、先の発言が出たと経緯を伝える。
保阪正康さんは、天皇陛下のおことばについて、「皇国史観によって誤った戦争というものの反省点は、言葉に用いていないが随所に出ている。天皇の大きな反省だったと思う。それが一つの意思として国民に伝わっている。8月15日はその意思の確認なんですね」と語る。
「私たちには納得できないという兄宮への共感、共鳴」
そのうえで、秋篠宮さまの発言について「この発言がどういう意味かよくわからないけれど、推測すると秋篠宮さんの発言は常に自立していない。何かと対比するための意見。自立していないというのは大変失礼な言い方だが、秋篠宮さんは自分の意見というものを何か対比する形の意見が多い。これは天皇陛下を補佐するという意見なのか、あるいは天皇陛下とはちょっと理解が違うなということを言っているのか、その辺の解釈がちょっとわからないが、秋篠宮さんの発言は兄宮を補佐する。兄宮の補佐というのは、正直言って今回の皇室典範の改正は私たちには納得できないという意味を含んでいるがそのことへの共感、共鳴だと私は解釈する」と話した。
(ジャーナリスト 佐藤太郎)
繰り返すが、皇国史観が誤った戦争につながるリスクがあるならば、天皇制は即刻やめるべきだ。皇国史観とは、単純に「日本は長い間、天皇を神輿に担いでやってきた」というニュートラルなもので戦争肯定とは無縁だ。天皇を担ぐ人間が誤った担ぎ方をした結果、負ける戦争をしただけだ。天皇を担ぐ人間が危なっかしくて誤った担ぎ方をしそうだ、と考える国民が過半数を占めるのなら、天皇制をやめるべきだ。皇国史観はダメだけど天皇制は続けたい、なんて中途半端はやめたほうがよい。
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