安倍さん銃撃犯への判決について江川紹子さんが語る
朝日に
なぜ安倍氏か未解明、「迷い」ない判決、弁護側が不十分 3者の見方と題して 結論は、検察側の求刑通り「無期懲役」だった。安倍晋三元首相銃撃事件で殺人罪などに問われた山上徹也被告(45)に奈良地裁が言い渡した判決を、識者はどう受け止めたか。と前置きして 江川紹子さんが以下:
あまりに「迷い」のない判決だ。結論に驚きはなく、犯行自体も確かに強い非難をすべきだ。しかし、その判断に至る中で、一番大事な部分が漏れていないか。
判決は「合法的な解決を模索することなく、反社会性の大きい殺人を選択した」「その点に生い立ちが大きな影響を及ぼしたとは認められない」などとする。
しかし「模索」とは、どうすればよかったのか。何ができたのか。
当時、政治権力と旧統一教会は密着していた。宗教2世の窮状に社会やメディアの目も向いていなかった。被告の孤独と絶望感が遠景に追いやられている。
模索などせず、狭い視野のまま、決めたことに突き進んでしまう姿は、生い立ちと関係があるように思う。オウム真理教の事件でもみられた、カルト宗教的な思考パターンだ。被告は信者ではないが、証人の宗教社会学者の指摘通り、信者の母の影響ではないか。
なぜ安倍氏の殺害に至ったのか。被告自身が整理できておらず、なんとか整理をして他人にわかってもらおうという気力も感じられない。生きる希望を失い、教団に「一矢報いる」目的をある程度達した以上、どうでもいいのかもしれない。
こうした被告の心理状態について、専門家を証人に呼ぶなどして、審理を尽くしてほしかった。公判前に、弁護側の情状鑑定の請求が地裁に退けられたというが、するべきだった。
絶望と孤独が、どんなふうに人間を偏らせ、狭い視野に陥らせるのか。そうした観点がないと、くみ取るべき教訓も十分得られないのではないか。
>>なぜ安倍氏の殺害に至ったのか。被告自身が整理できておらず、なんとか整理をして他人にわかってもらおうという気力も感じられない。生きる希望を失い、教団に「一矢報いる」目的をある程度達した以上、どうでもいいのかもしれない。
俺は山上君の気持ちは理解できる。やけのやんぱちの自暴自棄のテロだったから、どうでもいい、自分でもわからない、じゃあないのかね?江川さんだって、自暴自棄になって説明のつかないこともするでしょう。江川さんに限らず、裁判のたびに「動機解明ができてない」とか「なぜこんなことをしたのかわからないままだ」などというご意見が述べられることがあるが、分からないままじゃあいけないのか?いちいちアカウンタビリティを持ち出された日にはやってられない。人間、かならず説明のつかないことをするもんだ。
裁判て「これこれこういうことをしでかしたから、こういう罰」という判断をするために行われるものだ、と俺は信ずる。動機なんて二の次だ。動機が分からないと罪、罰が決められないのか?動機によって罪、罰が左右されるのなら、そっちの方がおかしい。目的が何であろうと人を殺したらこういう罰、でいいじゃあないか。あるいは殺人を犯した経緯から情状酌量するというのは理解できる。でも、犯人が語った動機で判断しようというのもこれまたおかしい。俺が容疑者だったら、「動機が解明できるまで取り調べはやめない」と言われたら死刑よりきついかも知れない。「説明なんてできない。早く殺してくれー」って言うかも。
閑話休題;
「やけのやんぱち」ってどう漢字変換するのか知りたくて検索した以下:
上さん共々「日焼けのなすび」は聞いたことがなかった。
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