「河童」は芥川龍之介随一の傑作
「河童」は1927年7月自殺する4ケ月前に発表された作品。そう思って読むと、死後遺稿として発表された「或阿保の一生」ほどでないが、やはり日本あるいは世界に対する絶望、あるいは生きることに対する不真面目さ・不真剣さ・諧謔・からかいというようなものを感じさせる。非常にドライ。「真面目にやってられねえや」という叫びのようだ。
①河童は生まれる前から早熟で考えることも話すこともできる。生まれ出る前に父親から生まれるかどうか質問され、「生まれたくない」と言うと産婆が特殊な液体で消滅してくれる。
>>芥川は、生まれる前の俺に聞いてくれれば、生まれたくない、って言ったのに…とでも考えていたのか?
②雌の河童はこれぞという雄の河童を見つけるが早いか、雄の河童をとらえるのにいかなる手段も顧みない。一番正直な雌の河童は遮二無二雄の河童を追いかける。雌の河童は時に雄の河童に自分を追いかけずにはいられないように仕向ける・・・雌の河童は逃げて行くうちにも時々わざと立ち止まって見たり、四つん這いになったりしてみせる。妻子のある雄河童でも見境なく追っかけられる。政府に雌の官吏が少ないために雌の河童が雄を追い抱えるのを厳重に取り締まらないのだ、と。
>>芥川一流の逆説男女平等論。
③音楽会の途中で突然「演奏禁止」という巡査の声が響き渡る。「警官横暴!」と叫ぶ聴衆が演奏を続けるよう求めてサイダーの空瓶や石ころや齧りかけのきゅうりさえ飛んでくる。
>>当時の日本でも実際に全く同じことが起こっていたはず。それを河童の国の話とした。
④1年間に700万部の本を製造するという大きな機械。ただ機械の漏斗形の口へ紙とインクと灰色をした粉末とを入れるだけで5分もたたないうちに様々なサイズの本が製造され始める。機械の傍らにいた技師に灰色の粉は何か聞くと「これですか?ロバの脳髄ですよ。ええ、一度乾燥させてから、ざっと粉末にしただけものです。時価は1トン23銭ですがね」という答え。
>>大量生産される文学作品なんて、ロバの脳髄みたいなもの、という諧謔。
⑤同様な機械がどんどん発明され、何でも人手を待たずに大量生産されるようになるから解雇される職工も45万をくだらない。解雇された職工は殺され、肉は食糧にされる。これに関する人間界から来た主人公と河童の問答「職工は黙って殺されるのですか?」「それは騒いでも仕方ありません。職工屠殺法があるんですから」「つまり餓死したり自殺したりする手間を国家的に省略してやるのですね。ちょっと有毒ガスを嗅がせるだけですから大した苦痛はありませんよ。」「けれどもその肉を食うというのは・・・」「冗談を言ってはいけません。あなたの国でも貧しい家の娘たちは売笑婦になってるではありませんか?」
>>資本主義の行きつく先。娘を売るより、自身の肉体を食糧にする方がまだまし?
⑥ガラス会社の社長ゲエルと主人公が「何より先に河童社会全体の利益を」ということを標榜して天下を取っていたクオラックス党について交わした会話:「クオラックス党を支配しているのは名高い政治家のロッペです。『正直は最良の外交である』とはビスマルクの言った言葉でしょう。しかしロッペは正直を内治の上にも及ぼしているのです」「けれどもロッペの演説は・・・」「まあ、私の言う事をお聞きなさい。あの演説はことごとく嘘です。が、嘘ということは誰も知っていますから、畢竟正直と変わらないでしょう。それを一概に嘘というのはあなた方だけの偏見ですよ。それより私がお話したいのはロッペはクオラックス党を支配している、そのまたロッペを支配しているのはプウ・フウ新聞の社長のクイクイです。が、クイクイを支配しているのはあなたの前にいるゲエルです。」「プウ・フウ新聞は労働者の味方をする新聞でしょう。その社長のクイクイもあなたの支配を受けているというのは・・・」「プウ・フウ新聞の記者たちはもちろん労働者の味方です。しかし記者たちを支配するものはクイクイのほかはありますまい。しかもクイクイはこのゲエルの後援を受けずにはいられないのです。」
>>自由民主主義・資本主義の行きつく先。アメリカでは今でもこの通り。ただし、SNSのおかげで、オールド・メディアを支配しても国は支配できなくなってきた。トランプも、必ず嘘をつく、と考えれば正直者だ。
⑦(獺・・・かわうそ・・・との戦争が)起こる前には両国とも油断せずにじっと相手をうかがっていました。そこへ、この国にいた獺が一匹、ある河童の夫婦を訪問しました。そのまた雌の河童と言うのは亭主を殺すつもりだったのです。何しろ亭主は道楽者でしたからネ。おまけに生命保険のついていたことも多少の誘惑になったかもしれません。そこで雌の河童は亭主のココアの茶碗の中に青酸カリを入れておいたのです。それをまたどう間違えたか、客の獺に飲ませてしまったのです。獺はもちろん死んでしまいました。あいにく、その獺は勲章を持っていたものだから戦争になりました。この国の勝利のために36万9千5百匹の河童たちが健気にも戦死しました。しかし敵国に比べればそのくらいの損害は何ともありません。わたしもあの戦争の時にはガラスを製造するほかにも石炭殻を戦地へ送りました。」「石炭殻を何に?」「もちろん食料にするのです。我々は、河童は腹さえ減れば、何でも食うのに決まっていますから。」
>>「河童」が発表される2ケ月前に芥川の義兄の家が全焼したが、その直前に莫大な保険金が掛けてあったため、義兄に放火の嫌疑がかけられ、その行方を捜査中に義兄は鉄道自殺する、という事件があった。
芥川は何が何でも戦争反対論者ではなかった、と思う。ただ、第一次世界大戦を見て、現代の戦争は、実にくだらない原因、偶然で始まり、莫大な被害、死者を出すという馬鹿馬鹿しくも恐ろしいものだ、と考えていた。
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