エマニュエル・トッド「日本の米追随は自殺行為だ」@文藝春秋

 文藝春秋8月号のエマニュエル・トッド「日本の米追随は自殺行為だ」はとても刺激的だった。トッドさんに言わせると、アメリカは中露に負けると分かっているから、「やけのやんぱち」で欧州や日本といった同盟国を破壊しようとしている。(テロ国家だ)そうでなければ、イラン戦争なんて始めない・・・その真偽はともかく、「遠くのアメリカより近くの中露」は確かだ。以下抜粋:

 現在、起きているのは、「第三次世界大戦」の本格的な拡大です。今回のイラン戦争は、2022年2月24日に始まったウクライナ戦争と一体のものなのです。 この二つの戦争は別個の戦争ではなく、「第三次世界大戦」の「南部戦線(イラン戦争)」と「北部戦線(ウクライナ戦争)」という、同じ戦争の二つの「戦線」と捉えるべきだと私は考えます。

>>後述の通り、アメリカ(及び同盟国)の”リベラル国家” と ロシア・イラン(と言うか、その陰で糸を引いている中国)の”権威主義国家” の戦争・・・そして、リベラル国家は負ける。

「北部戦線」では、米国がウクライナ人とヨーロッパ人を使って、ロシアと間接的に対峙しています。「南部戦線」では、米国が同盟国であるイスラエルの助けを得て、イランと直接的に対峙しています。

「米国はイスラエル・ロビーに操られてイラン戦争を始めた」としばしば言われますが、こうしたナラティブに騙されてはいけません。すべてを決めているのは米国なのです。米国は、必要とあれば、イスラエルの意向を無視してイランとの交渉を進めています。

>>だとすれば、アメリカがイラン戦争を始めたのは何故か?アメリカに冷静で合理的な判断を期待するのはもう無理なのか?それとも石油価格を上げてアメリカの同盟国を弱体化しようということか?

 トランプ大統領やヴァンス副大統領がイスラエルのネタニヤフ首相やその他の閣僚を激しく批判していますが、これは、「この敗北は、我々をこの戦争に巻き込んだイスラエルのせいだ」という責任転嫁です。

 ニヒリズムに陥り、国家として方向喪失状態にあるイスラエルは、暴力の衝動に突き動かされ、戦争が自己目的化し、常に戦争の準備ができているのは確かですが、そうしたイスラエルを米国はいつでも敵に放つことができる“猛犬”のように利用してきました。つまり、最終的な決断はワシントンが下してきたのです。

現在、「北部戦線(ウクライナ戦争)」で、ウクライナが、軍事施設や石油関連施設など、ロシア領内のかなり奥にまで攻撃対象を拡大できているのは、米国が提供する軍事情報のおかげです。「南部戦線(イラン戦争)」で、米軍とイスラエルに対するイランのドローンやミサイルによる攻撃が効果的だったのは、ロシアが提供する軍事情報のおかげです。これは、ウクライナ戦争の初期段階で、ロシアが、イランから提供されたドローン(「シャヘド」)に大いに助けられたこととも関係しています。米国のミサイル備蓄を消耗させるという点で、イランとロシアは「共同戦線」を張っているのです。

 さらにそこに中国も関与しています。というのも、「北部戦線」で米国と戦うロシアを経済面で支えているのは中国で、「南部戦線」で米国と戦うイランを経済面で支えているのも中国だからです。

中国は、ロシアにとって最大の貿易相手国で、欧米の制裁で国際決済システムからロシアが排除された後は、両国間の貿易は、米ドルから人民元とルーブルでの取引に移行し、中国の銀行がロシアの国際決済を支えています。中国は、イランにとっても、輸出・輸入の両面で最大の貿易相手国で、とくにイランの原油輸出の90%を中国が輸入しています。

 リビアの政権はカダフィの死によって崩壊し、イラクの政権もサダム・フセインの軍事的敗北によって崩壊しました。しかし、いずれもアラブ諸国の特徴として、「脆弱な政治システム」しか有していなかったのです。ペルシア系でシーア派のイランは、これとは根本的に異なる社会です。仮にハメネイ師が暗殺されても、イランの国家体制が崩壊することなどあり得ないのです〉

分厚いエリート層と彼らが共有する「愛国心」が国家としてのイランを支えています。西側諸国の高学歴エリートが「個人を超えた価値観」を見失い、ナルシシズムとニヒリズムに陥っているのとは対照的に、イランやロシアのエリートは「集団への帰属意識および責任感」と「強固な愛国心」を保持しているのです。今日において、このような健全な「愛国心」は、単なる精神論にとどまらず、国家の重要な“資源”として機能しています。

>>「西洋の敗北」の原因はこれだ。西側諸国のエリートは生産も、そして生産に支えられる国家も否定するところまで行きついてしまったのではないか?

スンニ派のアラブ諸国の特徴は、男系の親族ネットワークの強さにあります。「男系の一族(クラン)」が「国家」よりも強力であるために、「国家」の建設が困難なのです。「国家」が存続する場合も、「サウード家の国」を意味するサウジアラビアのように、ある一族がその国家を支配します。それに対してイランは、あの偉大なペルシア帝国の末裔で、2500年にわたる「国家建設」の伝統と歴史を引き継いでいるのです。

>>シーア派ペルシャ人はイラン革命という”民主革命”を行い国家を維持している。

 1979年の「イラン・イスラム革命」の意味をいまだに理解できていないことも、米国が今日のイランを見誤る大きな要因となっています。

 革命によって誕生した国家の正式名称は「イラン・イスラム共和国」。つまり、「民主化革命」で「王政」を打倒した「共和国」です。その点で、イラン革命は、フランス革命やロシア革命のイトコなのです。

 英国の歴史家、ローレンス・ストーンは、「識字率・出生率」と「革命」の関連性を発見しましたが、イランでは、若年男性の識字率50%のハードルが、1964年頃、越えられ、その15年後にイラン革命が起きています。1981年頃には、若年女性の識字率も50%を越え、1985年頃には、出生率も下がり始めます。

「イラン・イスラム共和国」という名称の「イスラム」という言葉に引きずられて、「民主主義」的側面を見失ってはいけません。イラン革命は確かに「宗教的革命」でしたが、クロムウェルが率いた英国のピューリタン革命も同様です。神の名において王政打倒に至った点で、両者は同じなのです。

近代化を測るのに私が重視するのは、「識字率」と「出生率」の推移です。2007年刊行の『文明の接近』で、私はイスラム圏の出生率の低下に着目しましたが、なかでもイランの劇的な低下は際立っていました。1980年代前半に約6.5人だったのが、2000年代初頭には2.1人を下回っていたのです。これは当時のフランスと同じ値ですが、今から20年前のことです。

 そして今年の5月18日――あまりに印象的だったので日付まで覚えています――、2025年のイランの出生率は1.35人だったとタスニム通信の報道で知りました。これは少子化に悩むドイツ(2024年)と同じ値です。いずれ人口問題に直面することを意味する、必ずしも喜ばしい数値ではないのですが、先進国と肩を並べるほどの「社会としての成熟」を物語っています。

ところで、私がウクライナ戦争の当初から、「西洋が敗北し、ロシアが勝利する」と確信できたのは、人口が米国の半分以下のロシアの方が、米国より多くのエンジニアを輩出しているという事実からです。

 戦争が長引くほど、必要になるのは、高価な最新鋭の兵器よりも、大量の安価でシンプルな兵器。「持久戦」とは、こうした兵器をどれだけ多く製造できるかという「生産力の戦い」です。事実、米国は、持久戦を続けるためにウクライナが必要とするだけの兵器を供給できませんでした。ウクライナ戦争の直前、ロシアとベラルーシのGDPの合計は、西側諸国(米国、カナダ、欧州、日本、韓国)のわずか3.3%でしたが、3.3%の方が西側諸国より多くの兵器を供給できたのです。

 これは何を意味するのか。GDPはもはや時代遅れの指標で、「真の経済力(生産力)」を示していない、ということです。第二次世界大戦後から1970年代までは、鉄鋼、自動車、冷蔵庫、テレビといった実物経済が中心で、GDPは意味を持ち得ていましたが、産業構造が変容し、モノよりサービスの割合が高まるなかで、GDPは「実際の生産力を測る指標」としてのリアリティを失っていったのです。今日の米国の膨大なGDPには、「平均寿命の伸びに貢献していないのに高額すぎる医療費」「訴訟大国の法外な弁護士費用」「世界一の収容人数を誇る刑務所」といった、決して「生産的」とは言えないサービス部門のGDPがたっぷり含まれています。

 今日、「真の生産力」を示すのは、「GDP」ではなく「エンジニアの数」です。その点、イランは、高等教育の進学率が高く、しかも理系の割合が多く、ロシアと同様に「エンジニア大国」です。高等教育修了者のうちエンジニア教育を専攻する割合は、米国では7%、フランスでは15%であるのに対し、イランでは30%です。総人口を勘案すると、イランはフランスの約3倍のエンジニアを輩出していることになります。だからこそ、ミサイルやドローンの大量生産が可能で、この「生産力」によって、米国とイスラエルの迎撃ミサイルを消耗させ、防空システムを無力化できたのです――その結果、安全保障を米国に頼ってきたアラブ湾岸諸国は、米軍基地の存在が自国の「安全」ではなく「リスク」を高めるといった矛盾に直面しています――。

イランの飛躍的な発展は、日本の歴史的経験との類比で理解すべきであって、いわば「もう一つの明治維新」と位置づけられるでしょう。そして、大規模奇襲攻撃を受けたにもかかわらず、米国に対して見事なまでに逆襲を果たした今日のイランは、日露戦争でロシアのバルチック艦隊を打ち破った、かつての日本に匹敵します。

 イランと並んで注目に値する地域が、もう一つあります。南インドのタミル・ナードゥ州です。

英エコノミスト誌の記事で最近たまたま読んだのですが、このタミル・ナードゥ州の出生率は1.3人です。今日、目覚ましい「離陸(テイクオフ)」を遂げて「超近代性」を体現している南インドもまた、イランと同様に出生率の劇的な低下を示しているのです(逆に言えば、出生率の劇的な低下そのものが社会の急速な近代化を示しています)。

 非西洋圏の近代化は、まず日本から始まり、次に「アジアの虎たち」(韓国、台湾、香港、シンガポール)、中国、それから南インドとイランへと続いていきました。この一連の動きは“一つの波”と捉えることができるでしょう。ただ私は、家族システムの歴史家として、そこに大きな違い――「日本・韓国・中国」と「南インド・イラン」の違い――があることにも気づきました。

 日本、韓国、中国の家族構造は、それぞれ欧州に類似モデルが存在します。

「日本の歴史人口学の父」で私の友人でもあった故速水融氏がとくに強調していたことですが、日本とドイツの「直系家族」(親子関係は権威主義的で長子相続で兄弟関係は不平等)の歴史の間には多くの共通点が存在します。韓国もこれと同じ直系家族です。

 一方、中国は「共同体家族」(親子関係は権威主義的で兄弟関係は平等)で、ロシアやイタリア中部と同じ家族構造です。「家族構造」と「政治イデオロギー」の対応関係を長年研究してきた私の目には、中国がロシアと同じように共産主義国家を生み出したのは、ごく“自然”なことです。

 直系家族の日本とドイツも、高い教育水準と技術水準、安定した社会秩序、金融より生産を重視する経済構造などが共通しています。

 つまり、このグループの非西洋圏の近代化には、欧州のなかに類似モデルが見出せるのです。

 この点、イランと南インドは大きく異なります。最大の違いは、イトコ婚の割合が非常に高いこと(内婚制)です。イトコ婚を厳格に禁じるキリスト教の影響を受けて外婚制を徹底する欧州のなかに類似モデルは存在しないのです。

西洋に類似モデルが存在しないという意味で、イランや南インドの飛躍的発展は、「第二の近代化の波」、あるいは「超近代化の波」とみなすことができるでしょう。いずれにせよ、近代化のモデルを西洋が独占してきた過去とは異なる新たな時代が到来しつつあるのです。

 西洋が敗北を迎えつつある今、世界で奇妙なことが起きています。

 現在、地に足が着いた長期的な視点から、自らの国益に沿った戦略的思考にもとづいて合理的に振る舞い、その言動が予測可能で信頼できるのは、イランやロシアや中国といった「権威主義体制の国家」の方です。

 一方、近視眼的で、戦略的思考を欠き、自らの国益に反する場合もそのことに無自覚で、忙しなく非合理的に動き回り、その言動が予測不可能で信頼できないのは、「リベラル」を自称してきた米国と欧州の方です。

これは究極のパラドクスで、要するに、理性的であるのは「独裁者」の方で、「リベラルであるはずの指導者」の方が思慮を欠き、日々、気まぐれに意見を変え、欧州の指導層が自国民を苦しめ、米国が自分の同盟国を破壊しているのは、まるでSF小説の世界です。いま両陣営が激突している「第三次世界大戦」を目の前にして、私は「独裁国家がどうか冷静でいてくれることを願おう」と、何とも奇妙な心理状況にあります。

 このSFのような世界の中心にいるのは、トランプ氏です。彼が世界最強国の大統領であること自体が、SF作家ですら想像できないほど奇怪な現実なのです。

 西洋諸国の指導層の言動が予測不可能であるなかでも、私が歴史家として予測できるのは、次の2点です。

 第一に、「戦争は不可避だ」というナラティブを世界に流布させている米国は、実際に世界各地で戦争を引き起こそうとすること(イランの次にキューバに何かを仕掛けるかもしれません。ベネズエラと同じく米国本土の目と鼻の先にあるキューバは、イランよりもオペレーションがはるかに容易だからです)。

 第二に、局所的な最適化に固執するあまり大局を見失いがちなドイツは、歴史の重大な岐路に立たされた際、「良い選択肢」と「悪い選択肢」のうち、往々にして「悪い選択肢」を選びがちであること。

 この二つの要因が結びつくと、世界にとって最悪の結果がもたらされる危険があります。

 2025年6月、ロシア領内の製油所に関する「標的情報」のウクライナへの提供をトランプ大統領がCIAに許可した、と、ニューヨーク・タイムズ紙が報じています。

 現在、モスクワだけでなく、国境から2000キロも離れたシベリアの石油施設にまでウクライナが攻撃対象を広げているのは、米国の軍事情報のおかげです。ロシア軍がウクライナ戦争の前線で活用していたスペースX社の衛星通信サービス「スターリンク」も、現在は使用できなくなっています。製造業を失った米国は、ウクライナに「兵器」は提供できませんが、「軍事情報」は提供できるわけです。

 特筆すべきは、この米国の方針転換が、ウクライナ戦争への関与に慎重だったドイツのショルツ政権に代わって、2025年5月に、メルツ政権が誕生した直後になされたことです。ウクライナ戦争で経済的にロシアと分断させられたドイツ――ドイツとロシアの離間を図ることこそが、欧州における米国の重要な戦略目標の一つです――は、冷静さを欠いたメルツ首相の主導で、米国に対する「消極的な服従」から、米国に対する「熱狂的な服従」と「ウクライナ戦争への積極的な参加」へと大きく舵を切ったのです。

 第二次世界大戦中、ドイツのロシア侵攻で、約2500万人のソ連市民が犠牲となっていますが、自らの国益に反して――かつて安価なロシア産の天然ガスと原油に大きく依存していたドイツのエネルギー集約型の製造業は、すでに大打撃を被っています――、敢えてロシアとの対立を深めようとするのは、ドイツの指導層が正気を失っている証しです。

 英仏のウクライナ支援は、ロシアにとって大きな脅威にはなり得ません。ロシアに対抗できるだけの軍事力も生産力もないからです。しかし、ドイツが積極的に介入するとなれば話は別です。ウクライナ戦争で西洋が劣勢に立たされた最大の原因は「兵器の供給不足」にあったわけですから、この問題を解決できる「ドイツの強大な生産力」は、ロシアにとって真の脅威となります。

 万が一、ロシアの指導層が冷静さを失えば、ドイツ防衛企業の最大手「ラインメタル」の兵器工場に向けて、最新鋭のオレシニク・ミサイルが撃ち込まれるという悪夢のシナリオすら現実味を帯びてきます。

ウクライナは、ロシアとの戦争なしには、社会としての結束や均衡を見出せず、国民国家として存在できないからこそ、終わりのない戦争が続いているのです。欧米による軍事支援と資金援助で続けているこの戦争こそが、ウクライナの人々にとっての「生きる意味」となり、「生きる手段」となってしまったのです。

 今日、ウクライナでは、国を捨てて国外へ逃れる人々が後を絶たず、深刻な人口流出が起きていますが、彼らは「この戦争にもはや意味はない」と見切りをつけて普通の平穏な生活を求めた人たちです。その結果、残されたウクライナ国内では、「自殺行為でしかないロシアとの戦争」を肯定する、非合理的な国粋主義が純粋培養されています――同じ現象が好戦的になる一方のイスラエルでも起きています――。

>>ウクライナ、イスラエル、アメリカでは、国を捨て国外へ逃げる人が増える。逃げ出さずにとどまった人は非合理的な戦争肯定派・・・

 それゆえ、彼らに武器を与え続けるかぎり、彼らは戦い続けるでしょう。戦争の継続そのものが、ウクライナの国家の存在理由となり、もはや平和な状態を思い描くことすらできなくなっているからです。

冷戦終結後、共存を望まなくなったチェコ人とスロバキア人は、友好的に分離独立を果たしました。ウクライナも、「ロシア人とウクライナ人はもはや共存できない」と公式に認めることで、もともと「ロシア」だった地域をウクライナから切り離し、「本来のウクライナ」として、国際的に承認される真の国民国家の建設へと邁進できたはずです。ところが、ウクライナは、病的なまでにロシアへの執着心を示しています。「ロシア」という存在が、ウクライナにとって、ネガティブな意味で強迫観念となってしまい、ロシアとの対立を心理的に“必要”としているのです。今日のウクライナは、国家として自殺しつつあります。

米国のウクライナ支援の目的は、「ウクライナを救うこと」ではありません。戦争に勝利するのはもはや不可能となったなかで、「ロシアにできるだけ多くの犠牲を強いること」「ロシアを可能なかぎり弱体化させること」が彼らの目的となっています。それゆえに、米国は、「ウクライナ人が最後の1人になるまで」、ウクライナに戦わせるでしょう。つまり、ウクライナは“支援”を続ける西洋によって事実上“死刑”を宣告されているわけです。

 これまでのところ、ロシアは、極めて慎重に、一つずつ駒を進めるように時間をかけて戦争を遂行してきました。大規模動員による「短期決戦」という選択肢を斥けて、ロシアが最優先したのは、兵士の犠牲を最小限に抑え、国民の日常生活を維持しつつ人的資源を温存することでした。つまり、当初から「持久戦」を想定していたのです。ポーカーで勝負を急ぐ米国に対し、ロシアは時間をかけることを厭わずじっくりと相手を追い詰めるチェスプレイヤーなのです(この点はイランも同じです)。

 実際、これまで「時間」がロシアの最大の味方となりました。しかし、永遠というわけにはいきません。私が当初から「ロシアは開戦から5年以内に戦争を終わらせるだろう」と予測していたのは、「5年後には動員可能な年齢層の人口が激減する」というタイムリミットが、あらかじめ見えていたからです。

加えて、ロシアは、米国がイランを奇襲攻撃して以降、ウクライナ戦争とイラン戦争という二つの「戦線」のつながりを冷静に見極めようとしています。

 現在、米国は、欧州、極東、ペルシア湾岸の同盟国(というより「属国」と呼ぶにふさわしい)のすべてを危険に晒しています。

 とくにロシアが注視しているのは、ホルムズ海峡の封鎖が欧州経済を破壊しつつあることです。石油、肥料、アルミニウムの供給不足は、ロシアからのエネルギー供給が絶たれ、すでに弱体化していた欧州経済をさらなる危機へと追い込んでいます。

>>アメリカのイラン攻撃の目的は、欧州経済の弱体化か?

 したがって、ロシアにとって唯一の合理的戦略は、ウクライナの戦場へ大量の兵士を送り込み、無駄に消耗させることではありません。彼らがじっと待っているのは、ウクライナを支援する欧州経済が自ら崩壊するその瞬間なのです。欧州が音を上げれば、必然的にウクライナ戦争は終わります。

 ロシアにとって重要なのは、ウクライナの前線での消耗戦ではなく、南部戦線でイランを支援することで、西洋を揺さぶり続けることなのです。

 私たちはいま、「奇妙な世界大戦」の渦中にいます。軍事的にはそれほど激しくない戦争が、これほど重大な歴史的意味を帯びているのが、この戦争の特異な点です。

 人口増加の局面にあった第一次大戦や第二次大戦の時代と違って、どの国も、人口減少の局面にあり、全面戦争に突入するための十分な資源も明確な意志もありません。つまり、どの国も戦争から抜け出すことができない一方で、どの国も完全な形で戦争を遂行することもできないという、一種の膠着状態に陥っています。

 ただし中国に関しては、指摘しておくべきことがあります。少子化が進む中国は、いずれ深刻な人口問題に直面するはずですが、それは具体的にいつなのか。人口減少による優秀な労働力の不足は、科学・工学系の高等教育の履修者の継続的な増加やAIやロボットによる労働力の代替によって、しばらくの間は補われることになりますが、高い技能を持つ労働力が本格的に減少し始める時期を計算してみると、それは「2080年頃」です。逆に言えば、中国には、2080年まで、米国と対決するための時間がたっぷり与えられているわけです。

 米国は北部戦線でも南部戦線でも、表向きは「交渉による和平」を呼びかけていますが、イランもロシアも、「米国とは決して交渉できないこと」をすでに熟知しています。米国は常に裏切るからです。イラン核合意やミンスク合意のように、彼らは署名済みの文書を平然と反故にし、一方的に合意から離脱し、息を吐くように嘘をつく。イランとの「覚書」も守る気はないでしょう。米国の手口を知り尽くしているイランやロシアは、次の展開に備えて着々と軍備を増強し続けるはずです。

敗北はすでに明らかなのに、米国は、自らの敗北を受け入れることができません。敗北を認めることは、「アメリカ帝国の終焉」を世界に示すことになるからです。

 米国は、軍事面と金融面で世界覇権を握りながら、基軸通貨のドルを刷って世界から輸入し続けることで生存してきました。この覇権システムが終焉を迎えるということは、自国の生産力しか頼りにできないことを意味します。それはすなわち、アメリカ人の生活水準の劇的な低下を招き、米国社会を根底から支えてきたあらゆる均衡を崩壊させる引き金となり得ます。

>>ドルが基軸通貨でなくなると、弱体化したアメリカの製造業を崩壊させる

 これと対照的に、ロシアは、天然資源の問題を恐れる必要がない、世界で唯一の大国で、必要なすべての資源を有しています。国内の生産力も、西側の経済制裁によってむしろ高まりました。

「世界は米国を必要としている」と多くの人が思い込んでいますが、実は「米国が世界を必要としている」というのが真実です。世界に緊張と混乱をもたらすのは「世界に寄生する米国」で、世界に安定と平和をもたらすのは「世界に依存しないロシア」なのです。

 この戦争がいつ終わるのか、誰にも分かりません。しばらく力の均衡が続いた後、突然、勝敗が決まる「腕相撲」のようなものだからです。

 しかし、一つだけ明らかなのは、この戦争がある時点で「西洋の敗北」として幕を閉じる、ということです。西洋と敵対する陣営が勝利を収め、16世紀以来続いてきた「西洋による世界支配」が、ついに終焉を迎えるのです。逆に言えば、「真の平和」は、「米国の覇権システムの完全な崩壊」の後にしか訪れないでしょう。

ブレジンスキーが『地政学で世界を読む――21世紀のユーラシア覇権ゲーム』で指摘したように、冷戦後、米国は一つのジレンマに直面しました。「米国が共産主義の脅威から世界を守る」という大義(口実?)がもはや通用しなくなり、ユーラシア大陸の各国が米国の関与なしに平和的に共存する可能性が浮上してきたからです。そのため米国は、「世界の警察官」としてユーラシアに留まるための「新たな理由」をでっち上げようとしました。この焦燥感こそが、中東での数々の戦争、ウクライナ戦争、東アジアでの軍事的緊張を生みだしているのです。

 米国は、意識的なのか無意識的なのか、「同盟国を破壊する政策」を推し進めています。すなわち、欧州の破壊、ペルシア湾岸諸国の破壊、そして日本経済と韓国経済の破壊です。台湾は半導体の生産によって異例の活況を呈していますが、米国が思い描く真のシナリオは、「中国との戦争において台湾を駒として使い捨てること」にあるのではないかという疑念が拭えません。

 現在の米国の政権中枢には「深い絶望感」のようなものを感じます。「欧州、中東、極東といったユーラシアの支配拠点をいずれ手放さざるを得ないのなら、立ち去る前にいっそすべて破壊してしまおう」「ロシア、中国、イランの手に渡るくらいなら、自らの同盟国ごと焦土化してしまおう」という心理です。米国の真の目的が、もはや「ロシアの台頭の阻止」や「中国の台頭の抑止」ではなく――というのも、中露に対する米国の敗北はすでに明らかなので――、「欧州と日本の破壊」そのものにあるのだとすれば、日本が米国に追従するのは自殺行為です。

「東アジアで緊張が高まるなかで、日本は米国に頼るしかない」という「日米同盟不可避論」は、もはや一種の“信仰”と化していますが、いま日本に求められているのは、「戦争は避けられない」という強迫観念から抜け出すことです。「戦争不可避論」は、米国が世界を支配するためのナラティブにすぎないからです。

 日本は、米国の「軍事的な火遊び」や自国の国益に反する「偽のナショナリズム」に同調すべきではありません。「平和は可能である」と信じ、中国、ロシア、韓国、北朝鮮と忍耐強く対話すべきなのです。「米国からの自立」と「周辺国との対話」を同時に促進する手段としてこそ、「核保有」も検討すべきでしょう。

>>平和憲法はどうすべきか?周辺国との対話には、平和憲法を維持した方がいいかも。平和憲法を維持しながら、あくまで防衛のため、として核保有するか?

「イデオロギー」より「エネルギー資源」が重要ですから、ロシアとの接近も合理的な選択です。強固な日露関係は、「米国と中国への過度な依存からの自立」にも有効に機能するはずです。

 日米同盟を性急に破棄する必要などありませんが、「米国には頼れない」という現実を直視し、自前の防衛力を整備しながら、ロシアとも、中国とも関係を構築することこそが、東アジア全体に平和をもたらす道なのです。

コメント

このブログの人気の投稿

IQ188という記録で注目を浴びた太田三砂貴(おおた・みさき)さん

”関口宏の一番新しい近現代史”を見る

東京ドームでのアトラクション遊具の事故に思う