批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」が面白い③

 #12 東浩紀「『他人任せ』の核のごみ 思考停止は許されない」より:

(前略)人類はいまだ使用済み核燃料を安全化する技術をもっていない。その処理については、長期間どこかに保管し、放射能が自然に減衰するのを待つか、あるいは後世の未知の新技術に期待するしかない。つまりは、現在の原発は、いまここで処理できないものについて、いつかだれかがなんとかしてくれるだろうという「他人任せ」の態度をとってはじめて成立している。これは褒められたことではない。事故がなくても、いくら経済効率がよくても、原発を使い続けるかぎり、使用済み核燃料は蓄積する一方であり、ぼくたちは後世の自然環境と人間社会に負担を押しつけ続けることになる。原発とは本質的にそういう技術なのである。

 原発は倫理に反している。これは必ずしも即時全廃を意味しない。悪いことだとわかっていても、やらなければならないときもある。技術の進歩は予見不能なので、原発もいつかは「他人任せ」を解消できるかもしれない。だから原発がどうしても必要ならば、使い続けてもよいとぼくは思う。しかしそのときも、それが本来存在しないほうがいいものであることを忘れてはならない。立地自治体と経済界が望むので再稼働します、という思考停止の判断ではいけないのだ。

原発は倫理に反している・・・原発以外にも様々なものが倫理に反する、というか、新しく発明されるものは全て倫理に反している・・・機械あれば機心あり・・・こんなこたあ、何千年も前から言われていること。特に倫理に抵触しそうなのがAIだ。しかし、「一旦できたものはなくならない」。原発も、核兵器も、そしてAIも。2026年現在、AIについて人間は思考停止していないふりをしてる。AIメーカー自身が「危ない」って言ってる。だけど、一方でその危ないAIの開発を誰も止められない(あるいはコントロールできない)。つまり、思考停止と全く同じ。「思考停止するな」って、人間、思考をやめなければ必ず明るい未来が待ってる、という進歩論だ。俺は進歩論者ではない。「機械あれば機心あり」論者だ。つまり、「原子力どころか、電気もなかった昔に戻れ」だ。日本で言えば鎖国時代。「平和があれば何でもできる」論者の皆さん、日本は平和だったぜ。何、そんなことできないって?一旦できたものはなくならないんだから。然り。なかった昔には戻れない。戻れなければ、AIが核戦争を始める・・・人類がAIの核戦争に「巻き込まれる」。

閑話休題:

AIが発達(成長?)すると、人類vsAIという戦争が始まるかも。つまり、人類はAIと戦うために団結するかも???淡い期待と妄想。

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