エクソダスの皮肉

FNNプライム オンライン「木村太郎のNonFakeNews」

アメリカ建国250年目のエクソダス(大脱出) “安い住まいと医療”求め国外へ 外国人の移住意欲も低下以下。

7月4日、米国は建国250年を迎える。ワシントンでは「America250」の祝祭が続いており、ナショナルモールには巨大観覧車が設置され、全米50州を紹介する博覧会が開催されている。独立宣言が採択されたペンシルベニア州のフィラデルフィアでは大規模な記念フェスティバルが開催され、全米を巡る帆船パレード「Sail250」も各地で歓迎を受けている。

トランプ大統領の支持者の間では、建国250周年を記念してトランプ氏の肖像を描いた「250ドル紙幣」を発行すべきだとの声まであがっている。

だが、その祝祭の陰で、もう一つの歴史が静かに進行している。250年前は米国へのエクソダス(exodus・大脱出)だった。250年後は米国からのエクソダスである。

ウォールストリート・ジャーナル紙によれば、2025年の米国では大恐慌以来初めて国外流出者が流入者を上回った。少なくとも15万~18万人の米国民が海外へ移住したと推定されている。海外在住の米国人は400万~900万人とも言われる。

移住支援業界では、この現象を「ExodUS」と呼び始めている。Exodusではない。ExodUS。「US(United States=合衆国)」からの脱出を意味する造語である。

「Exodus(エクソダス)」とは、もともと聖書の『出エジプト記』を指す言葉だ。モーセに率いられたイスラエルの民が、エジプトの奴隷状態から脱出し、約束の地を目指した物語である。このため米国では、抑圧から自由へ向かう旅路や、新天地への移住を象徴する言葉として広く使われてきた。

そもそも米国という国そのものが、「エクソダス」の思想によって生まれた国だった。

17世紀、宗教的迫害から逃れた清教徒たちは、大西洋をモーセが渡った紅海になぞらえ、新大陸を神が与えた「約束の地」と考えた。1776年の独立戦争では、英国王ジョージ3世がファラオになぞらえられた。ベンジャミン・フランクリンは、米国の国璽として「紅海を渡るモーセ」の図柄を提案したほどである。

そして1960年代、公民権運動の指導者キング牧師は、自らをモーセになぞらえながら「私は約束の地を見た」と演説した。抑圧から脱出し、新しい自由の地へ向かう。それが米国建国以来の物語であり、後にアメリカンドリームと呼ばれる精神的基盤だった。

だからこそ今日起きている現象は象徴的である。いま、人々が目指している約束の地は、ポルトガルであり、スペインであり、イタリアであり、フランスであり、メキシコであり、タイである。彼らが求めているものも共通している。安い住宅。安い医療。安全な街。そして穏やかな生活である。

近年の米国では住宅価格の高騰が続いている。ニューヨークやサンフランシスコでは、年収10万ドル(約1500万円)を超えていても、生活は決して楽ではない。

特に退職世代にとって問題は深刻だ。FRB(連邦準備制度)の調査によれば、退職世帯の平均支出は月5000ドル(約75万円)前後に達するが、社会保障給付の平均額は約2000ドル(約30万円)に過ぎない。さらに、65歳の夫婦は、退職後の医療費として30万ドル(約4500万円)以上を準備する必要があるとも言われる。

こうした現実を前に、米国人が海外へ目を向けるのは不思議ではない。ギャラップ調査では、「機会があれば海外へ永住したい」と答えた米国人は5人に1人に達している。若年層ではその割合はさらに高く、15歳から44歳の女性では約40%が海外永住を希望している。

一方で、世界の人々の「米国へ永住したい」という希望は低下を続けている。かつて世界の成人の4分の1近くが米国への移住を望んでいたが、その割合は現在15%前後まで下がった。つまり、今起きているのは、米国人の国外流出と、外国人の対米移住意欲の低下が同時進行する現象なのである。

250年前は米国へのエクソダスだった。そして250年後の今年、人々は新たな約束の地を求めて米国から旅立ち始めている。ExodusからExodUSへ――。建国250周年の米国を象徴する言葉があるとすれば、それはこの皮肉に満ちた造語なのかもしれない。

>>ヨーロッパで喰い詰めた人たちはアメリカを「約束の地」とし、ユダヤ人はイスラエルを「約束の地」と言い、マルクス主義者は共産革命が起こったところを「約束の地」と言う。「神様を信じてれば自分(たち)だけは約束の地にたどり着ける」と信じるキリスト教徒、ユダヤ教徒、マルクス教徒。

トランプは「ウォールストリート・ジャーナルはフェイクだ」と言うに決まってる。だって、ウォールストリート・ジャーナルがフェイクじゃあなければ、神様がフェイクになっちゃうから。でも、若い人たちほど、アメリカを約束の地とは信じていないようだ。

トランプご一統様は、AIや宇宙の先に「約束の地」があると信じている。可能性はゼロとは言わないが、仮に約束の地があったとしても、多くの人々にとって居心地の良さそうな地ではなさそうだ。

一神教を信じない俺は、フェイクとは言わないが、「フィクション」と言う。アメリカ大陸が発見されてから約500年。アメリカ建国から250年。そろそろ、「約束の地」を忘れてもいいんじゃないか?神様が自分(たち)だけ約束の地に連れて行ってくれる、なんて無理矢理信じ込むのもやめてもいいんじゃないか?全部フィクションだ。

どうだろう、神を信じない人と「みんな一緒に」すこ~しでいいから、楽になることでも考えたら。

コメント

このブログの人気の投稿

IQ188という記録で注目を浴びた太田三砂貴(おおた・みさき)さん

”関口宏の一番新しい近現代史”を見る

東京ドームでのアトラクション遊具の事故に思う