歴史学者の原罪

東大史料編纂所教授を定年退職した本郷和人さんが、文春に以下:

(前略)

 かつては今と違って、歴史学がもてはやされた時代もあったんです。歴史学者は社会で重要な役割を担い、料亭に勝手に上がり込んでご飯を食べても、一筆書けばタダになった時代があったそうです。いま、同じことを私がやったら、即刻、無銭飲食で通報されます(笑)。

 ただし、それは戦前、戦中に隆盛を誇った「皇国史観」と不可分で、これが当時の軍部と結びついて、戦争を正当化する理論を裏付けてしまったわけです。これは歴史学者にとっての原罪です。当時のことを思えば、今、歴史学者が日陰者として、目立たず慎ましく暮らしているのは、いいことなのかもしれません。調子に乗って、テレビで天皇制や皇位継承問題についてペラペラと語り始めたら、非常に危険な兆候です。今の歴史学者がそういう場で沈黙を守っているのは、過去の過ちに対する自省の表れなのです。

>>歴史学者にこんな原罪意識・日陰者意識があったとは驚いた。かねてから、天皇制や皇位継承問題を語るのに一番ふさわしい歴史学者が何故メディアで語らないのか、疑問に思っていた。これって、原発悪者論で、原子力研究者の人気が落ちるのと似てないか?少なくとも廃炉が終わるまで日陰者かもしれないが、しっかりした原子力研究の継続が必要だ。歴史学者が同じ罪を犯さないようにするには、どうしても歴史学者が必要だ。原罪意識があるところに有為な若者が行くだろうか?自らを日陰者と卑下するような先輩上司がいるところにまともな後継者が育つのだろうか?

歴史に学ぶ、とは自分たちの祖先が犯した罪・失敗を繰り返さない(自分たちの祖先の成功を繰り返す)ことがその目的ではないのか?

かねてから本郷さんの「軽み」が好きだったが、それは、「歴史学者はしゃしゃり出てはいけない」という原罪意識があったからなんだ、と理解はした。

皇国史観も、天皇制の歴史も知らず、戦後民主主義という包丁で皇位継承問題を切り刻んで語る人の声ばかりが伝わる今の状況は決して好ましくない。歴史学者なんてそんなに影響力ないんだから、まっとうに歴史を学んだ人が過去の皇国史観形成の歴史を滔々と語ったっていいんじゃないか?俺は皇国史観が受けるほど今の日本人の民度は低くないと思う。むしろ、皇国史観の歴史を学ぶという「ワクチン」をうたないで済ましてしまう方が危ないと思う。

本郷さんの「歴史学者日陰者論」はあまりに歴史学者の影響力を過大評価した、自意識過剰な発想だと思う。

以下を文春にメールした。

本郷和人さんへのインタビュー記事で本郷さんが「歴学者日陰者論」を述べられておりますが、これは自虐史観と同根です。皇国史観が再び盛んになるのを防ぎたいなら、どんどんTVでもYouTubeでも出て、”皇国史観は何故盛んになり、日本を戦争に導いたのか、歴史家はその過程の中でどんな役割を果たしたの”か等々、「皇国史観の歴史」を語るべきだ、と思います。それが」正しく歴史研究者の仕事ではないでしょうか?天皇制の歴史を学んでいない人たちがメディアで皇位継承を語る現状はおかしい、と強く違和感を覚えています。本郷さんに皇位継承の歴史(「皇位継承のあるべき姿」ではなく)を語ってもらいたいです。

しかし、なぜ、このような意見をメールする宛先が「カスタマーサポート担当」なんだろう???

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