モーリーロバートソンさん追悼
AERA DIGITALにモーリーロバートソンさんの追悼記事として、故人を偲び、以下のように2017年のインタビューを再掲:
月に1回、クラブDJイベントを主催してるんです。告知はツイッターで。フォロワーが7万人弱いるので、そこそこの人数が知ることになる。でもね、「雨が降った」ぐらいのことで来場者が激減するんです。理由を尋ねると「なんとなく面倒になった」。それでいてイベントをストリーミング配信してほしいっていうリクエストは来る。音楽や振動、熱気を直接感じることもなく、他人が盛り上がる様子を、ただ画面で鑑賞したいと。最初は冗談かと思いましたが、どうやら本気みたいなんです。
イベント来場者にも、不思議な動きをする人が出てきました。男性に多いんですが、じっと座って僕がDJしてるさまを見ている。うずくまるようにして、ただただお酒を飲む。タブレット画面に没頭する。一体何をしてるんだ?と思ってのぞいてみたら、LINEで2、3人を相手に実況をしてるんです。それもちょっと揶揄していて。「こんな曲じゃ人は動かねーよ」とか「モーリー、下向くと禿げ上がってるw」とか。曲名をアプリで調べて「〇〇から××か。こないだのラジオと同じだな。ワラ」。まるで「2ちゃんねる」です。そして決して、他の人とは交わらない。それでも毎回参加してるから、何かしら楽しいのでしょう(笑)。
それで思い当たったのが「ニコ生(ニコニコ生放送)」カルチャーに似てるなってこと。実は以前、モーリーチャンネルっていうニコ生配信をやってたんですが、数カ月前にやめたんです。毎回ゲストを呼んで、主に政治的な話題を配信。視聴者はコメントを書き込むんですが、そこでミソジニー(女性嫌悪)が起き始めた。女性ゲストの意見に同意できるときは「美魔女だね」。同意できないときは「黙れババア!」。でも男性ゲストには起きないんです。仮に論破されても匿名である以上は傷つかない。揚げ足取っても、自分で調べて対案を出すことはしない。
あまりにも手軽に手に入る情報。似たような考えの人ばかりと付き合うSNS。得たものを吸収して経験や感情と照らし合わせるという思考プロセスがどんどん省かれている気がします。そうやってソーシャルメディアに費やした時間は、何かを実体験するチャンスをロスしているだけ。人・モノ・コトに向き合う「わずらわしさ」を引き受けて、傷つくことを恐れずに使えば、インターネットにはまだまだできることがたくさんあるはずだと、思うのですが……。(構成/ライター・浅野裕見子)
>>
揚げ足取っても、自分で調べて対案を出すことはしない・・・朝日・毎日のWoke・リベラルな方々と同様。安倍だろうが早苗だろうが政権の揚げ足は取るんだけど、「けしからぬおじさん」
得たものを吸収して経験や感情と照らし合わせるという思考プロセス…コスパ、タイパが悪いんでしょう。短時間にたくさん入れてたくさん吐き出すのがタイパが良い。できれば倍速で再生して…AIの言う事を素直に聞きそうなタイプかな???それが人間の進化なんでしょう。それはそれでいい、あるいは、しかたない。俺は、そういう人間が多くなる前に死にたい。
コメント
コメントを投稿