ローマ教皇の自己否定(とカソリックの終焉?)
朝日に
AI発展は「新たな産業革命」 教皇が重要文書発表、尊厳と正義訴え と題して記事が。
写真はローマ教皇と握手する、米新興企業アンソロピックの共同創業者クリストファー・オラー氏。教皇とともに倫理的な議論を実務の現場につなげる姿勢を示した。
ローマ教皇レオ14世の回勅「マニフィカ・フマニタス」の骨子
・技術は決して中立ではない。それを考案し、資金を提供し、規制し、使用する者たちの特性を帯びる
・いわゆる人工知能(AI)は、経験をせず、身体を持たず、喜びや痛みを感じず、関係を通じて成熟することもない。愛、労働、友情、責任が何を意味するのかを知らない
・現在のAIシステムは膨大なエネルギーと水を必要とする。環境への影響を低減し、より持続可能な開発が不可欠
・偽情報はAIによって始まったわけではないが、AIによって増幅されている
・真実への無関心は、ゆっくりと、しかし確実に、全体主義への転落へと導く。真理の探究は民主主義の本質的な要素だ
・(AIなどを通じた)新しい働き方は、必ずしも良いものとは限らない。労働者が機械の速度や要求に適応することを強いるため
・奴隷制という惨劇への非難が遅れたことについて、我々は否定したり軽視したりすることはできない。教会の名において、心から許しを請う
・人間の顔を見ずに攻撃を容易にする技術は、紛争の道徳的なハードルを下げる。致死的な力の使用判断は、不透明な自動システムに委ねてはならない
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技術は決して中立ではない。持続可能。民主主義・・・ピーターティール/トランプご一統様が危機感を覚え、あるいは馬鹿にする民主党的なWokinsm。しかし、カソリックってそんなに民主的だったか?むしろ、封建主義や絶対主義と相性がよかったんじゃあなかったか?…それに反発してプロテスタントが誕生した…ローマ教皇は自己否定をしているように見える。俺の日本の歴史観は「トップが自己否定をすると歴史は変わる(しないと歴史は変わらない)」だ。
ローマ教皇の自己否定は、何世紀も権威を保って来たローマカソリックが終わって、キリスト教も変わる予兆か?
この記事に対する三牧聖子のコメントも興味深い。
「人間が完璧にされるべきもの、超越されるべきものとみなされれば、一部の人々の命を、より有用でない、より望ましくない、より価値のないものとみなす考えが受け入れやすくなってしまいます。進歩の名の下に、「必要な犠牲」が正当化され、最も脆弱な人々に負担を強いることで、種の最適化が追求されることになりかねません」 教皇はこう述べることで、イーロン・マスクやピーター・ティールらシリコンバレーの富裕層を中心に信奉され、さまざまな実践も行われてきた「トランスヒューマニズム」、そこにはらむ優生思想や弱肉強食の思想を明確に拒絶している。 「トランスヒューマニズム」とは、「人類を超える」、つまり、科学技術の力を最大限に用いて、従来の人間的な限界を超えた人類の未来を創造しようとする思想や運動のことだ。富裕層たちはこの思想のもと、不老不死の実現を目指してアンチエイジング技術にも巨額を投じてきた。 確かに耳障りはいい言葉だ。しかしもちろん彼ら富裕層は、この技術を、普遍的に、弱者を救済するために用いるつもりなどない。それどころか、自分たちのような、金と権力を持つ成功者と対置される弱者の救済には、徹底的に冷淡ですらある。その典型はマスクだ。いまやトリオネア(兆万長者)になりつつあるマスクは、2024年大統領選でトランプ陣営に多額の献金を行い、政権発足当初、政治に深く入り込み、「政府効率化省」のトップとして、米国の人道支援の中核を担ってきたUSAIDの解体の音頭をとった。その結果、1年も経たずにUSAIDは実質的に解体され、今後5年間で1400万人以上が死亡する可能性があるという(国際医学誌ランセットの試算)。
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進歩:ここは、カソリックの反進歩主義が如実に表れている。「人間の分際で神様に近づこうなんて恐れ多い」だ。一方で、ピーターティール/トランプご一統様は、自分が神様だ(俺に進歩は任せとけ)、と言っている。この点、俺は教皇派だ。俺も進歩には背を向ける。ただ、教皇と違って進歩が生み出した民主主義にも平和主義にも背を向ける。(つまり、「帝国主義以前に戻れ」だ。)教皇は反進歩だけど、民主主義は大好きなようだ。
耳障りがいいのはローマ教皇の言葉ではないのか?アメリカの有権者は、耳障りがいい言辞を弄するだけで、アメリカを貧しくする民主党にノーと言ったのではないか?・・・ローマ教皇はそんなアメリカ国民の選択を否定するのか???ここも興味深い。初のアメリカ出身だけあって、祖国を遠慮なく批判する…だが、政治的すぎないか???
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