松田聖子・中森明菜比較論

 1991年の幕張での中森明菜のコンサートのビデオを見ながら考えた。

松田聖子は、量産システムで銃を生産するようにして作られたのに対し、中森明菜は、日本の刀鍛冶が日本刀を鍛えるようにして出来上がった。

松田聖子製造システムに必要な作曲家、作詞家、編曲家、振付師・・・豊富な”資源”が投入された。聖子自身もそのシステムに乗った。「ブリっ子」と呼ばれるような一番売れそうなスタイルもその一環だった。造られたアイドルだった。

中森明菜は明菜自身が最大の資源(日本刀用の鋼)で、量産システムに乗るのを拒んで自分で自分を鍛えようとしたが、破綻した。ステージを見ても、昭和風と言うか、「アイドル」というより芸人なのだ。

言い方を変えれば聖子は「きれいごと」の仮象、仮面を見事に守り続けた。明菜は「きれいごと」がところどころ破れて「本音」や「汚れた裾」を見せた。

ただし、聖子がきれいごとを維持できたのは1985年の郷ひろみとの離別会見までの5年間だったが・・・

俺の好みは明菜のはずだが、5年間、律儀に立派に、「アイドル道」を歩んだ聖子を高く評価する。自分を殺して”システム”に乗り続けることは、決して楽しくて愉快な道ではなかったはずだ・・・

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