物議かもす選挙ポスター、規制強化には副作用も 議論すべき本質は?

7月5日 朝日新聞デジタル

公職選挙法に詳しい只野雅人・一橋大教授は、「かえって、時代に合わせた本質的な議論がしにくくなった」と話す。規制の副作用についても聞いた。

 ――都知事選のポスター掲示場には、大量の同一ポスターや、犬や猫の写真、ほぼ全裸の女性、個人への中傷など、選挙運動とはいえないような内容のものが散見されます。

 選挙をめぐる法制度は候補者が一定のモラルを持っていることを前提として作られており、ここまで正面からありかたを問われることは想定されていませんでした。

 ――長年、日本の選挙の細かなルールに意味はあるのか、公選法は不自由だ、とも指摘されてきました。

 そもそもポスター掲示場や政見放送は、資金力や動員力のある候補がより有利にならないように、公営で設けられたものです。

 平等と自由はトレードオフの関係。日本の公選法は、自由よりも、候補者から見た公平性を重視した制度設計です。

 公費で運営されているからこそ、公職選挙法という「窮屈」な法律で細かなルールを定め、ある意味「一律平等に不自由」な仕組みとなってきました。

かえって議論しにくく

 ――ネット上に洪水のように候補者の情報があふれる今は、ポスター枠だけ「平等」にしても……。

 その通り、時代に合わせた見直しは避けられません。そのための議論をするべき時期なのに、今回の脱法行為は、こうした昔ながらの公営の選挙制度が逆手にとられた形です。

 今後同様の行為を防ごうとすると、選挙運動はさらに不自由になる可能性がある。かえって本筋の自由化の議論がしにくくなってしまいました。

 ただ、これ以上締め付けを厳しくして選挙自体がもっと窮屈になるのは、本末転倒です。ポスターや政見放送の中身にむやみに規制を強めるのは望ましくありません。

「穴」ふさぐ必要はあるが…

 ――とはいえ、今回のような行動を放置してよいものでしょうか。選挙や政治がばかばかしくなるといった悪影響もありませんか。

 たしかに、選挙に関係ないポスターまで大量に貼り出されたり、寄付金集めに利用されたりすると、選挙への信頼を損ないます。しかも、公費が投入されているのですから。

 当面の対処として、法改正によって「穴」をふさぐことは、早急に検討しなければならないでしょう。国政選挙も近いので、短期的には必要です。

 ただ、形式はまだしも、内容に関わる規制をむやみに強めるのは自分たちの首を絞めます。

 現実問題としても、ポスターにこんな内容を記載してはならないと規定すれば、それをすり抜ける脱法行為がまた出てくるだろうことも想像できます。

 ――では、長期的に必要なのは?

 現在の選挙運動の規制や公営化を根本的に見直すことは避けられないでしょう。

 ポスター掲示場はどこまで有効なのか。政見放送にどこまでリソースを割くのか。細かい文書規制をどこまで維持するのか。選挙に出るための供託金が高額なために政治への参入のハードルが高いままでいいのか。

 最低限の平等性にどれだけ配慮しながら、どれだけ自由にするのかは、短期的な対処と並行して議論されるべきです。

政治への信頼が落ちたからこそ

 ――この混乱の原因は、法や制度面以外にもあるのでしょうか。

 SNSの存在も背景にあるのでしょうが、既存の選挙や民主主義を侮辱する言説が相次いでいるのは、日本だけではありません。既存政党への不信も追い風にして、各国のポピュリストの政治家から出てきています。

 日本では、昨年から続く裏金問題の影響もあるのではないでしょうか。政治への信頼感が落ちたことで、今回のような脱法行為が面白がられたり、ごく一部でも支持を得たりする余地を生んだ可能性はあると思います。

 また、今回の都知事選も、有力候補の争点や対立点が明確であれば、ポスターをめぐる問題も相対的にここまで注目されなかったのではないでしょうか。(聞き手・田渕紫織)

>>>只野雅人という人は公職選挙法の「専門家」だろう。専門家って結局何も言わない・・・正しいことは言うけれど、「どうしたらいい?」については何も言わないし、次のような、「本質」的な疑問・意見には答えない。そして朝日新聞(だろうがNHKだろうが、「既得権益」側のメディア)は本質には決して触ろうとしない・・・手当てしたり「穴」をふさいで既得権益がひっくり返されないようにする・・・トランプなら「フェイク」と攻撃する」メディアだ。

・資金力や動員力のある候補がより有利は駄目なんていうきれいごとで人を騙すのはもうやめてくれ。現に金や力があるものが勝っている・・・それでいいし、それを認めればいいじゃあねえか。

・自由よりも、候補者から見た公平性なんて言わずに「公平なんて無視して自由に」では何故いけないか?

最低限の平等性にどれだけ配慮しながら、どれだけ自由にするのかは、短期的な対処と並行して議論されるべきです・・・バイデン(アメリカ民主党)が言いそうなきれいごと。今のアメリカはこの「きれいごと」の民主党と「きれいごと言って俺たちの生活を悪くするのをやめろ」の共和党が争う。トランプvsバイデンのTV討論が示すように、自由と平等の先生であるアメリカにおいてすらこの問題は議論なんかされないで、口論・ガキのケンカのタネになっている。「遅れた」日本で議論になどなるわけがない。

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