異人種間結婚禁止法
NHK朝ドラ「ブギウギ」で主人公の付き人?が米兵と結婚し、渡米すると言う。このエピソード自体はよいのだが、当時アメリカの南部16州で異人種間の結婚を禁ずる法律があったことを忘れてはならない。(このことを俺は最近知った。)
「異人種間結婚禁止法」で検索するとWikipediaの「ラヴィング対ヴァージニア州裁判」に飛ぶ。それによると、
(異人種間結婚禁止法は)植民地時代から一部の州で制定されてきたものであった。奴隷との結婚は一度も合法になったことがなかった。1865年、レコンストラクション期に黒人法(Black Codes)により、ローワー・サウスの7州で異人種間結婚が非合法化された。新しい共和党立法府により、6州で禁止法が撤廃された。民主党が権力の座に戻ると、禁止法は再導入された。
白人男性が黒人女性との間に多くの子どもを作っている社会において、黒人と白人の間にどのように線を引くかは大きな関心事であった。一方では、ある人が黒人か白人かという判断は通常、実際的なことがらを処理する決め手になるが、他方、ほとんどの法は「一滴の血の掟」、つまりひとりでも黒人の祖先がいれば法的にある人が黒人になるという決まりを用いていた[1]。1967年の段階ではアメリカ合衆国南部のすべてにあたる16州が反異人種間混交法を制定していた[2]。
※ここで面白いのは19世紀のアメリカでは、共和党の方がリベラルで民主党が保守的だったことだ。
以下2008年5月8日 付けのAFP BBニュース:
1958年、17歳だったラビングさんは、6歳年上の建設作業員リチャード・ラビング()さんと結婚した。当時バージニア州では異人種間の結婚が禁止されていたため、2人は首都ワシントン()で結婚し、その後州内で新婚生活を始めた。ところが数日後、保安官が突然訪ねてきて、「白人男性を夫にした」としてラビングさんを逮捕した。
2人は事実上の「州外退去命令」を受け、ワシントンに居を移した。そして、複数の人権団体とともに、異人種間の結婚を禁止する州法は憲法に違反するとして州政府を訴える。
このいわゆる「ラビング対バージニア」訴訟で、最高裁は1967年、同法を違憲とする歴史的な判決を下した。これにより、ほかの16州でも異人種間の結婚を禁止する法律が見直されることとなった。
※終戦後、多くの日本人女性が米兵と結婚したが、この法律によってアメリアに行ったら結婚できなかったカップルも多かったのではないか?
ちなみに1967年当時のアメリカ大統領は民主党のジョンソン。彼は1961年ケネディ大統領誕生の時、副大統領に就任、1963年ケネディが殺され、横すべりで大統領になり、1969年まで大統領だった。この当時は民主党の方がリベラルで、黒人の人権を認めよう、人種差別をやめよう、という動きがあった。一方で、ジョンソンはベトナム戦争を泥沼化し、反戦運動が盛んになった。
民主主義って、その裏に奴隷(人種差別)や格差や植民地といった犠牲が必ずある。民主主義って貧乏人には味わえない贅沢なのだ。そして自由とは弱肉強食だ。日本は民主主義を味わえるほど金持ちか?
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