She is funny that wayを聞き比べる

 She is funny that wayはtorch songだ。torch songというと、普通は女が自分の心情、男への未練・愛着を歌うのだが、この歌は、男が「変な女に惚れられちまった」という変な歌詞だ。だからfunnyでもあり、かつ、torch song故の実らぬ恋を嘆く哀愁みたいなものもある。

俺がこの歌で一番好きなのは、

I can't save a dollar, ain't worth a cent  俺は1ドルもなく1セントの価値もないのに
She'd never holler, she'd live in a tent   彼女は黙ってテントにだって住む
I got a woman, crazy for me       どうして俺なんかに惚れるの?
She's funny that way           おかしな女

の無理くりといった感じの韻。なんぼなんでもlive in a tentはおかしいだろう。

さて聞き比べ:

まず、 Frank Sinatraの歌は失格だ。うますぎるし、きれいすぎる。torch songなのに堂々と歌ってる。そういう歌い方じゃあだめ。その点、Chico Hamiltonという本業はドラマーのおじさんの歌うShe's funny・・・はよい。歌手じゃないから、うまくもきれいでもない。加えてこの人、変わり者なのでfunnyな歌声だ。1回聞いて気に入ってしまった。

この歌の歌い手で一番有名なのはBillie Holidayだろう。1937年にLester Young他の伴奏で初レコーディングし、その後も何回か録音している。この初レコーディングを聞くと彼女の歌より、イントロから彼女の歌にオブリガートをつけるLester Youngのテナーに注意が引かれる。Buck Claytonがトランペットソロを取る。うまいと思うが、ソロを取らず、オブリガートしかやらないLesterのテナーに引かれる。

BillieはLesterのテナーを「Lesterはテナーでしゃべる」と表した。この頃のLesterは自信満々で「俺はソロなんて取らなくったってオブリガートだけで十分聞かせることができる」と言っているようだ。Lesterはfunnyな奴だった。そして生きるには弱すぎた。感受性が豊か過ぎた。

俺は持っていないが、Lesterのアルバムに”Pres and Sweets”というのがある。PresはBilieがLesterのことをPresidentと呼んでいたのでついたあだ名。SweetsとはHarry Edisonというミュートトランペットの名手についたあだ名。この二人にご陽気なOscar Petersonのピアノという布陣。1955年録音だが、Lesterは1944年に軍隊に入ってヤクとアルコールの中毒になって除隊となった。それ以降、ますますLesterはヤク漬けになって、たまにいい演奏をするが、ほとんどの演奏は駄目、という評価になってしまった。

この、Pres and Sweetsも恐らく、Lesterの出来は駄目、という評価だったから俺も持っていなかったんだろうと思う。

さて、このアルバムでLesterがShe’s funny・・・をやっている。Petersonもいい。Sweets Edisonのミュートトランペットもいい。いつもの通りだ。しかし、Lesterときたら、リードミスはするわ、無気力なフェイク(くずし)はするわ・・・1937年のBillieの歌伴で余裕たっぷりにオブリガートしてたのと聞き比べると無残という感じになる。

まあ、これもジャズの醍醐味。Billieだって売春婦上がりで酒とヤクでやられて声が出なくなった・・・黒人ばかりではない。Art Pepper、Chet Bakerといった白人だって。ヤクと演奏の良し悪しの因果関係は分からない。ただ、彼らはいい演奏をしたい、でも自信がない、それをヤクの力で・・・みたいなところがあったのではないか?弱さからの逃避。ただ一人、Charlie Pakerだけは例外という感じがする。彼は自信満々だったのではないか?おもしろそうだからやってみたら依存症になってやめられなくなった、のでは?

俺たちはヤクその他、違法なものの力を借りて芸を見せる人たちの芸を見て楽しむ。芸人ってそういうもんだ、というのが俺の意見だ。身を削り、命を削って人様にちょっとでもよい芸を見せたいという大馬鹿野郎が芸人になる。彼らに普通の人みたいな倫理や道徳を期待するのは間違っている。彼らは日陰者でだけど、俺たちをうならせ、感心させる芸をする。それを倫理だ、コンプライアンスだ、などと言ったら野暮の骨頂だ。

閑話休題:

一説によると全盛期のLester Youngのテナーが力が抜けていてそれまでのテナーと全く違ってけど格好いい、肩の力が抜けていてhotじゃないけどいい、と評判になったのが”cool”の語源だとか。

しかし、衰え果てたLesterは、それを録音され、レコードとして売り出されることについてどう思ったんだろうか?そんなこと考えるよりヤクを買う金が欲しかったのか?また、プロデューサーのNorman Granzはどう思って録音したんだろう?かつての名手の衰え果てた演奏もひとつの「記録」だ、とレコーディングしたのか?

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