映像の世紀バタフライエフェクト「マクナマラの誤謬」

 ベトナム戦争時のアメリカ国防長官マクナマラは、米兵の死者数をベトナム兵の死者の10分の1以下に保てばいつかベトナムは降伏する、と考え、「ボディカウント」と称して敵味方双方の兵隊の死体の数を数えさせた。米軍はベトナム兵を殺しその死体を数えるのに夢中になり、それがエスカレートして何人殺したかを争うコンテストまで始まった。結局戦争が終わって数えてみるとベトナム兵の死者300万人、米兵の死者6万人だったが、ベトナムが勝ち、アメリカは負けた。中々音を上げないベトナムに対してアメリカ軍は民間人まで虐殺し始めた。

米軍には死体を数える専門の兵までいた。このような「計測でき数字化できる現象ばっかり追っかけていると大きな失敗をする」ことをマクナマラの誤謬と呼ぶ。

これは1960年代のこと。そしてマクナマラは間違っていた、という評価が定まったのが1970年代。それから30年後、日本では成果主義という計測・数値化できる目標をどれだけ達成したか?で給料が決まるなどというおぞましい人事システムが行われた。

俺が「アメリカって凄いな、羨ましいな」と痛感したのは、元国防省職員が「国防省は嘘をつき、勝ち目がないと分かっているのに戦争を続けている」ということを示す機密文書をマスコミにリークしたこと。彼は戦争を終わらせることが出来るなら捕まることも覚悟の上でやった、とインタビューで答えている。

アメリカという国は間違いも犯す、嘘もつく。ひどいこと・乱暴もする。だけど時々こうやってそれを暴く奴がいる。俺はこれが可能なのは、神様が実存するからだ、と思う。個人が悩んだとき、神様がああしろ、こうしろ、と命令してくれる。個人の良心や義侠心ではなく、人間を作り、人間を超越した存在である神様が背中を押してくれる。これそ正しく(神様と二人の)個人主義だ。そこへ行くと神様抜きで一人きりの個人主義の日本人は辛い。


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