現代ビジネス 與那覇・宮台対談 後編 (若者論)
デオドラント化…朝シャンなるものが流行ったのはいつだったか?資生堂が宣伝文句で朝シャンという言葉を使ったのは1987年だそう。抗菌なんて言い出したのも1990年代ではないか?汚いもの、臭いものを排除しようと言うのは正しくデオドラントだ。デオドラント=コンプライアンス、ポリティカルコレクトネス。汚いもの、臭いもの、菌にも役に立つ物はたくさんあるのだが…
2023.06.02
「ガチャを回すように犯罪に手を染める」…日本の若者が持つ「犯罪」に対する「ヤバすぎる」感覚
バイト感覚、あるいはゲーム感覚で人を襲い、金品を強奪する令和の若者たち。理解不能と目を背けるのは簡単だが、彼らを生んだのはこの社会だ。絶望に歯止めをかける方法はあるのだろうか。
前編『【宮台真司×與那覇潤】「一般市民」が「バイト感覚」で強盗になる未来が意外ではない「驚愕のワケ」』では昨今の若者の犯罪事情についてその実態を見てきた。後編では令和の若者社会の分析と解決策について解説する。
止まらないヤバい事件…
與那覇 '79年生まれの私には、とても実感のある話です。「イタさ忌避」の風潮とは、言い換えると「社会のデオドラント化」かもしれません。
少しでも臭う菌は殺菌するように、「この社会にあるものはすべて、清潔かつ快適であるべき」と思ってしまう。「暴力団には必要悪な面もあった」と指摘されても、「悪は悪だから消せ」となる。
'08年に加藤智大('82年生まれ)が起こした秋葉原無差別殺傷事件の際も、宮台さんは「格差社会が云々という以上に、周りの誰にも劣等感を相談できないことが問題だ」と指摘されましたよね。
実際に、人手不足が慢性化し、令和の若者は平成の就職氷河期世代に比べて、雇用面の条件は格段に改善しています。しかし平成期に「キレる若者」と騒がれたのと同様の、ヤバい事件の続出は止まっていません。
宮台 経済的に行き詰まってもいないのに犯罪に手を染めてしまうのは、何でも話せて止めてくれる友人や、捕まったら顔向けできない友人がいないからです。
せめてダークヒーローとしてウケたい
與那覇 仕事や給与が用意されるだけではダメで、働くことには「意味があるんだ」と実感できなければ、歯止めにならないのではないでしょうか。
この点でも象徴的だったのはコロナ禍で、営業の規制自体は世界中で行われましたが、日本でだけは飲食店や遊興施設が「そんな業種は不要不急で、元々いらないんだ」といった論法で攻撃された。しかし、それを言ったら「世の中のほとんどの仕事は『なくても別にいい』ものだろう。だったら、仕事にやりがいを見出すなんてバカだ」となってしまいます。
宮台 欧州では「不要不急な営みこそ尊厳の糧で、つまらない毎日を生きのびるより充実した生が大切」とロックダウンに怒った若者が暴動を起こしました。団塊ジュニア('70年代前半生まれ)から'90年代後半以降に成人するロスジェネ世代('80年代生まれ)まで、昭和の残響で関係の希薄さに怨念を抱いたけど、'90年代生まれ以降のミレニアルやZ世代は希薄な関係が普通で、つまらなさを自覚せず、倫理の垣根なく犯罪に走ります。
與那覇 強いて言えば彼らが怨念を向けるのは、ユーチューブやインスタグラムの人気者が放つ「キラキラ感」のように思います。
狭い意味での労働には従事せず、楽しさ全開で高額の収入を得る存在の「映え」っぷりが、否応なく目に入る。
日常生活のデオドラント化の極致ですが、その反動から回転寿司店で醤油さしを舐めるといった「汚い行為」を見せつける逆張りも進んでいます。自分はキラキラできないなら、せめてダークヒーローとしてウケたいと。
令和の「テロガチャ」とは
宮台 希薄な関係のつまらなさを自覚しないから、怨念を持たない代わりに、倫理の垣根なく目立ちたがる。背景が明白だから、処方箋も明白です。幼少から身近に尊敬できるロールモデル(模範)があれば、自分のつまらなさを自覚でき、「それを越えよう」と思えるようになる。
でも「'60年代団地化」で周囲に同じ生活形式しかない中で育った子が、「'80年代新住民化」で親となって安全・便利・快適の中に子を閉ざし、その子が親になって育てた子が今の若者。「尊敬できる身近なロールモデル」を持つことはマクロには期待薄です。倫理感なく闇バイトに関わり、ネットで目立ちたがるクズの量産は、続きます。
與那覇 もちろん迷惑行為を配信しても、ほとんどは単に炎上して将来を失うだけですが、彼らは「ガチャ」を回すように犯罪に人生を賭けている印象さえありますね。
安倍元首相の暗殺以来、政治家への襲撃が続き「戦前に似てきた」と見る識者もいますが、私は違うと思います。戦前のテロには「天皇の統治を乱す君側の奸を討つ」といった、多くの国民が(同意はせずとも)論理の展開を把握できる一定の物語がありました。
しかし令和に起きているのは「テロガチャ」で、大義名分は二の次でよく、もっぱら相手の知名度と狙いやすさを計算して誰かを襲う。「当たり」が出れば実際に殺傷でき、さらに「大当たり」が出れば社会の一部から共感も集めて儲けものだといった、ニヒルな刹那性が前面に出ていませんか。
宮台 同感です。加えて、襲撃という目的を達成するプロセスで、初めて充実を体験する営みがある。火薬や部品を集めて武器を作り、ネットで標的の行動を調べるプロセスの充実。これを、25年前から「ダイエット問題」と呼びます。つまり痩せることより日常に充実や張りをもたらすためにダイエットする(笑)。
社会を変える唯一の方法
與那覇 ローンウルフ(一匹狼)型と呼ばれるように、計画から実行まで他者と接触せずに進める点も特徴です。これは行為の粗暴さは同じでも白人至上主義のような一定の物語に基づいて、無法者同士の「集団」が生まれるアメリカの過激化とは異なる。相互の対話すらなくバラバラな、日本の「ソロ反社」たちのほうが取り押さえるのは容易かもしれませんが、統合された社会の回復は逆に困難な気もします。
宮台 社会を憂うるテロから自分を憂うるテロへ。でも生存が危ういほど社会の荒廃が加速すれば、「自意識のゲーム」は終ります(笑)。学問的には、人を頼らずに生きられるシステムが壊れないと真の問題に気づけない。
この加速主義の外で、凶行に走る若者を止める術はマクロにはないけど、ミクロにはある。子供が尊敬できる存在に育ち、恋人や友人に尊敬できる存在であり続けてもらうには、何をすべきか考えることです。
與那覇 ヒントになればと願うのですが、私はうつ状態での休職中、リワークデイケアに通いました。そこではみんなが初対面だし、勤務先等も普通は名乗らないので、一回キャラがリセットされる。しかしそれでも同じ病気で悩む人同士、会話が通じることで、「ああ。たとえすべてをなくしても、俺は大丈夫なんだ」という安心感が生まれるんですね。
宮台 とても説得的です。「自分だけに意識が向き」かつ「外が怖い」人は、幸せになれません。
與那覇 若い人は、キラキラした属性がなければ「絆」も作れないと思い込みがち。そうじゃないよと示してあげるのが、年長世代の役割ですね。
宮台 社会の劣化に鑑みれば、日本を変えるみたいな大それたことを考える前に、命懸けで守りたい絆を作ることです。その同心円的な拡がりだけが社会を変えるでしょう。
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