オーストリアと日本

「皇帝円舞曲」「麗しのサブリナ」「七年目の浮気」「翼よ!あれが巴里の灯だ」「お熱いのがお好き」「アパートの鍵貸します」「情婦」*など俺が好きな映画を監督したBilly Wilderは1906年にオーストリア・ハンガリー帝国に生まれ、その後アメリカに移民した。

RKOやMGMで多くの傑作ミュージカル映画(談志師匠は「イースター・パレード」がお気に入り)に主演したダンサー兼俳優兼歌手のFred Astaire は、オーストリアからアメリカに移民してきた父親の子として1899年に生まれた。

二人ともユダヤ系。アメリカがベトナムなんかに手を出す前、Greatだった1930年代~1950年代に映画を作り、演じた人だ。二人とも「粋」で「職人」だ。Wilderに関して言えば、おバカで力づくのアメリカ人とは違って、シニカルで一ひねり加えた演出がいい。Astaireに関して言えば、そのエレガントで指先まで神経の行き届いた踊りは「職人芸」と呼ぶにふさわしいものだった。決していい男でもなく、背も小さく声も冴えない。粋を体現した踊りの芸一本でアメリカの芸能界のトップになった。二人のこういった良さは大陸、オーストリアの良さで、彼らは祖国の伝統や文化をしっかり身につけていたんだろうと感じる。インディアンを蹴散らして西部開拓する野暮なカウボーイにはできない芸当だ。(アメリカに渡ったユダヤ人は核兵器や新自由主義といった無粋なものも編み出し、これら無粋なものはいつまでも悪影響力を発揮しているが・・・)

この「粋な」オーストリアを支配していたハプスブルク家に興味が湧き、ネットで様々調べてみると、ハプスブルク家は13世紀から1918年最後の皇帝カール1世がオーストリアから逃げ出すまで約650年もの間、何回もの危機を乗り越え、オーストリアその他のヨーロッパの国々において皇帝でい続けたのだ。そして野蛮な毛唐の国の皇帝にしては珍しく、皇帝の地位を奪わても殺されなかった。ハプスブルク家は戦争が嫌い、政略結婚、近親結婚が好きで16世紀には皇子をスペイン王女と結婚させ王様として送り込んだが、虚弱体質の子供ばかりが生まれ、スペインではとうとう王様の血筋が途絶えてしまった。こう来れば、我が天皇家とかなり似ている。大した力(武力)もないのに風見鶏よろしく強い者にくっついては何百年も生き延び、時には大きな権力まで手に入れる。実力・武力でなく家柄、家系に物を言わせ、近親婚で虚弱というか、異常な天皇もたくさんいらっしゃった。まあ、決定的に違うのは我が天皇家の皆様は戦争に負けても退位も亡命もせず、もちろん殺されもせず健在でいらっしゃることだ。

オーストリアは1918年第1次世界大戦に負け、ハプスブルク家の王朝も終わって共和制に移行したが、その後はドイツと似たような経過をたどって結局ナチに占領され、第2次世界大戦後はドイツ同様、米ソ英仏に分割占領された。首都ウィーンは国の東側にあり、また国境の東側はチェコスロバキア、ハンガリー、ユーゴスラビアといったソ連の衛星国家に接していた。ソ連の影響力が強かったと思われるが、米英仏を交えた交渉の結果、1955年占領を終わらせ、独立し、永世中立を宣言した。国民はドイツ系が多いとのことだが、独立を取り戻す時に日本と違ってどこかの属国とならなかったところが素晴らしい。そしてハプスブルク家の戦争嫌い・風見鶏の伝統を踏襲し、永世中立などと言うところも素晴らしい。EUに入っているけど、NATOには入っておらず、徴兵制で18歳になった男子は6か月の兵役に服するんだそうだ。日本の骨抜きの平和憲法・アメリカべったりの属国ぶりに比べれば筋が通っていて、かなりいい。そして男女差別っぷりも好ましい。見習うべきところが多い国だ。

*情婦:原作はアガサクリスティーの「検察側の証人」。真犯人を真犯人だという証人の証言によって真犯人が無罪になるが、最後の大どんでん返しで無実になった真犯人が証人に”処刑”される。


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