福田和也・「江藤淳という人」③
「江藤淳先生と私」より: 戦後フランス文学史でナショナリストの文学者たちが抹殺された理由の根本は、ドイツの占領下における彼らの対独協力と、そしてフランスが現実には敗戦国であるのにもかかわらず、 「レジスタンス」という神話を作り上げて戦勝国の一陣に滑り込んだ、ほとんど天才的ともいえるドゴールの、その手腕故の欺瞞であった。対独協力者たちは、敗戦を「現実」として認め、ドゴールのようにロンドンに逃げることのできない数千万の国民を守るために、宿敵ドイツとの交渉の場に付いたが、単身ロンドンで祖国の不敗を訴えたドゴールは彼らを裏切り者と呼び、フランスの抵抗(それは本当に些細なものだった)とは関係なく、米ソの力でドイツは倒れ、ドゴールはフランスが無力であるからこそ、その勝利、精神の勝利を声高に叫ばれなければならなかった。フランスが勝利した、フランスの知的伝統としてのヒューマニズムがファシズムに対して勝利したという虚構を守るために、ナショナリストたちは文学史から抹殺され、知識人の間では、きわめて強い否定のニュアンスを帯びなければ、その名前を発するのは憚られるようになった。戦後フランスの知的枠組みがもっていた欺瞞のあり方と、当時江藤先生が進めておられた占領下検閲での言論統制の問題は、緊密な関係を持っていた。先生は「閉ざされた言論空間」等において、占領下にGHQが推進した検閲の指針、つまり戦争の意義を認めることや戦死者を賛美することの禁止、憲法成立の実態とその内容への批判の禁止などの基準が占領解除後も日本の言論空間を規制していることを詳しく検証されている。いわば無意識な政治規範と化したイデオロギーを批判する先生のお仕事は、戦後フランス思想を見えない形で規定している占領下の記憶とその抹殺という私のテーマと、第二次大戦後今日まで続いている言論の世界的な衰退傾向として一括し得るものだった。 「いくら工夫を凝らしてみたところで、他人から与えられた物語を生きるふりをしてみせている文学者に、人の心を打つことのできる物語が書けるわけもない。その一方で、誰に気兼ねをしてか、自己の物語を発見しようとするいかなる努力に対しても、嘲笑し続けるのだとすれば、文学の荒廃は自然の帰結で、並大抵のことでは書く喜びを取り戻すことすら覚束ないと言うべきではないか。」という江藤淳の「他人から与えられた物語を生きるふりをする...