「民主王国」・長野!
どぶ板選挙の曲がり角 民主王国・長野の現場からと題して朝日に以下連載記事:
羽田元首相の後援会「千曲会」のいま(1)
有権者一人ひとりの揺るぎない支持が、政治家に強い力を与えます。コンピューター付きブルドーザーと呼ばれた田中角栄元首相を始め、小沢一郎氏、ゼネコン汚職事件で実刑となりながら、その後連続当選して「無敗の男」と言われた中村喜四郎氏らは、逆風下の選挙でも「どぶ板」と呼ばれる戦術で勝ち抜いてきました。ところが近年、選挙に強いとされてきた政治家が相次いで落選しています。「どぶ板」は過去のものなのでしょうか。民主王国の長野を支え、羽田孜元首相の最強の後援会組織「千曲会(ちくまかい)」を通じて、いまの選挙模様を描きます。
新盆回りの極意
参院議員で立憲民主党長野県連副代表の羽田次郎(57)はお盆の8月13日、観光客らが行き交う別所温泉(長野県上田市)を秘書と一緒にワンボックスカーで回った。
この1年間に亡くなった人のいる支援者宅を回る「新盆(あらぼん)回り」だ。
親戚らが集まる家で、お盆用の祭壇に線香を上げ、手を合わせた。亡くなった男性の家族には「(遺影は)いい笑顔ですねえ。よくお茶を飲みにうかがって、いろいろご意見もちょうだいしました」と言葉をかけた。
1軒当たりの滞在時間は数分間。再び車に乗り込み、次の家に向かう。お盆の11~13日には、計約50軒の支援者宅を回った。
この回り先を紹介しているのが「千曲会」だ。千曲会は、元首相・羽田孜の次男・次郎や、孜のおいで前衆院議員の神津健の後援会として、上田市を中心にネットワークを張り巡らせる。「民主王国」・長野を陰で支える象徴的な組織だ。
「壊滅的大敗」
しかし、そんな民主王国も2月の衆院選では、立憲民主党から中道改革連合に移った前職4人がすべて落選し、比例復活すら果たせなかった。30年前の1996年に小選挙区比例代表並立制が導入されて以降、新進党から連なる旧民主党系勢力の衆院議員がいなくなったのは初めてだ。
立憲県連は今回の総選挙を「壊滅的大敗」と総括した。5月31日にあった立憲県連の定期大会で、代表の杉尾秀哉(68)は「この30年で最大の痛恨事。心よりおわびします」と党員らを前に頭を下げた。
有権者の反応は厳しいままだ。
新盆回りでも「高市政権への批判の声もあるが、中道への合流に対する厳しい意見が多い」と、羽田はこぼす。自身の参院選は5年後だが、2年後には杉尾が議席を守る参院選がある。
「政治の世界は一寸先は闇。何がどうなるか全く分からない。そんな先のことは考えていない」とした上で、「まずは来春の統一地方選でどれだけ多くの候補者を立てられるかだ」。
かつては100軒の回り先
ただ、従来の「どぶ板戦術」を支える千曲会の会員は高齢化し、運動の足腰が弱る。羽田も言う。
「自分が(父・羽田孜の)秘書をしていたころは、千曲会の各地区の支部長の案内で100軒くらい回っていた。だが、いまは年をとり、難しくなっている」
民主党が政権を奪取してから3年後に迎えた2012年の総選挙。今年2月の選挙のように、民主系が大敗した選挙だ。前年の東日本大震災の対応のまずさなどが響き、大逆風が吹く中で行われた。
そんな選挙で、現・千曲会会長の寺島義幸(73)は全国で唯一、民主党の新顔で当選した。元首相の羽田が引退を決めた直後の選挙で、後継として立候補し、初当選を果たした。千曲会の強さが証明された選挙だった。
選挙は「心をもらう」こと
寺島は秘書として羽田孜の選挙活動に長く携わり、当時は県議だった。その寺島は「選挙って、有権者の『心をもらう』こと」と話す。
だが、そんな寺島も昨今の選挙について、「今は時代が変わって、それが難しくなっている。特に若い人たちの心をどうやったらつかめるのか。お酒も飲まなくなっているし、会合とか、人の集まりにも来ない……」と語る。
そもそも、「心をもらう」ための政治活動とはなんなのか。
羽田元首相の後援会「千曲会」のいま(2)
「俺は個別訪問、日本一」
こう自称し、羽田孜元首相を地元で支えた人がいます。「どぶ板」と呼ばれる政治活動は、実は、地域とのつながりを日常から深めることだと言います。羽田元首相を支えた後援会「千曲会(ちくまかい)」の強さはまさに、ここにありました。
羽田孜が怒った選挙結果
「こんなに一生懸命やっているのに、なんで? 僕はもう帰るよ」
1990年2月18日に行われた衆院選。開票結果をカーラジオで聞きながら、選挙事務所を回っていた羽田孜の顔色が変わった。
当時は中選挙区時代。旧長野2区では、3議席を巡り、羽田ら自民党から立候補した2人と、社会党、共産党、無所属から立候補した各1人の計5人が争っていた。
ご機嫌だった羽田が怒りをあらわにしたのは、ラジオが地盤・上田市の開票結果を伝えたときだった。落選した保守系無所属・平野成基に約1千票の差をつけられたのだ。
衆院選・旧長野2区の選挙結果
(1990年2月18日投票)
当 83,814(22,139) 堀込征雄 48 社新
当 71,192(17,753) 羽田孜 54 自前
当 57,004(3,239) 井出正一 50 自前
48,317(18,898) 平野成基 39 無新
18,507(4,441) 松沢瑞枝 46 共新
※得票数、氏名、年齢、党派、新旧の順。カッコ内は上田市での得票数。社は日本社会党
羽田は最終的に社会党・堀込征雄に次ぐ2位で当選した。それまでの7回の選挙のうち6回でトップ当選で、4回連続トップ当選中だった。農水大臣を務め、田中派や竹下派でも中心的な役割を担うなど、政治家として脂が乗ってきた当時54歳の羽田にとっては許せない結果だった。
羽田孜は「何もしてくれねえ」政治家?
当時、材木商の島田基正(81)は「千曲会」会長とともに、羽田と車に乗り合わせていて、決意した。
「代議士(羽田)は一切献金も受け取らないし、利権絡みのこともしないから、地元で『羽田孜は何もしてくれねえ』って。こんなことはあっちゃいけないと思った。俺が上田から県議に出て、本当の羽田孜のすばらしさを発信しよう」
島田は当時、千曲会の青年組織「若孜々(わかじし)会」の会長。翌91年4月の県議選で初当選し、5期務めた。県議となった島田は、自称・羽田の「補佐官」として精力的に動いた。
「おくやみ欄」が日課に
「おくやみ欄」を毎日確認し、市内で亡くなった支持者宅を訪問。線香を上げて手を合わせた。8月に入ると、お盆の時期にあわせ、スクラップしたおくやみ欄をもとにこの1年に亡くなった人がいる支持者の自宅を改めて回った。多い日で約100軒に上ったという。
「それまでも新盆の時は回っていたが、県議になってからは、更に力を入れて回った。上着も着用して黒いネクタイを締めて汗だくになりながら、ひざもすり切れてね。俺は個別訪問日本一だよ」
お祝い事は後からでも対応できる。だが、おくやみごとはその時だけ。どぶ板選挙を展開した田中角栄の薫陶を受けた羽田の教えだった。島田は言う。
「線香上げるのはね、家の奥まで上げてもらって、家族の人と話すことができるいい機会だ」
祭りが培う「まつりごと」
羽田の地元・上田市は、武将の真田幸村が拠点とした地だ。毎年、命日の前日には「真田幸村公ご供養祭」がある。実はこのイベントは、何百年の歴史があるというわけではなく、島田が県議になる前に手がけたものだ。
関ケ原の戦いの後に蟄居(ちっきょ)していた九度山(和歌山県九度山町)や終焉(しゅうえん)の地とされる安居神社(大阪市天王寺区)で盛大に神事や祭りが開かれているのに着想を得たという。「人と人、地域の結びつきを強めるためだ」と島田は言う。
今年で47回目となる供養祭は5月6日夕方、JR上田駅前の真田幸村像の前で行われた。島田とともに、幸村から数えて15代目になるという画家の真田将太朗(25)や市長の斉藤達也(50)ら約30人が参加した。
節分の時期には、島田が会長を務める「上田伝統文化を守る会」のメンバーが、七福神に扮して市内の高齢者施設や保育園、事業所など計約200カ所を回って豆まきをする。これも、今年で50回を数える。
島田は語る。
「いろんなお祭りをやって、代議士(羽田孜)も呼んでね。そういう機会が『政(まつりごと)』。自然と地域の絆も強まっていくんだよ。政治の原点はみんなのためになる本当のつながりを作ることだ」
政治に関心なくても
千曲会幹事長の柴崎章(78)は、島田の右腕として積極的に会の活動に関わってきた。だが「はじめは政治に関心があるとか、候補者の訴えに共感して手伝うっていうことじゃなかった」と明かす。
ただ、飲みながらいろいろと話すのが楽しかった。地域の企業や支援者らを回って、ソフトボール大会やボウリング大会、ゴルフ大会などを企画し、200人以上の人を集めた。
「普段から人と人を一生懸命につなげていくということをしていました」
羽田の次男で参院議員の羽田次郎(57)や、衆院長野3区で今年2月に落選した羽田のおい、神津健(49)も熱心に地域を回り、豆まきにも参加してきた。新盆回りや地域の祭りはいまでも、千曲会の重要な活動の一つだ。
それでも、第80代首相・羽田孜の父で衆院議員を8期務めた武嗣郎(1903~79)の個人後援会から約90年の歴史を持つ千曲会は、最初から圧倒的な強さを誇っていたわけではない。地道な活動に加えて、羽田孜が政治改革を旗印に自民党を飛び出したことがきっかけとなった。=敬称略
>>これが民主王国の選挙らしい。やっぱり日本人には「民主主義」は無理だろう。
親戚らが集まる家で、お盆用の祭壇に線香を上げ、手を合わせた。
有権者の『心をもらう』・・・心で民主主義ってできない。理屈だ。
お酒も飲まなくなっているし、会合とか、人の集まりにも来ない…酒飲んだら選挙法違反じゃアないのか?一緒に酒飲んで仲良くなるって昭和だ。
こんなに一生懸命やっているのに、なんで?・・・何を以て一生懸命なのか?何軒も回って心をもらったつもりになる事か?
「代議士(羽田)は一切献金も受け取らないし、利権絡みのこともしないから、地元で『羽田孜は何もしてくれねえ』・・・自分のために何かしてくれる人に投票するのは当たり前。これと買収はどこがちがうんだろう?
この1年に亡くなった人がいる支持者の自宅を改めて回った
線香上げるのはね、家の奥まで上げてもらって、家族の人と話すことができるいい機会だ」・・・話して「心をもらえば」民主主義?香典は払わないの?香典持ってかないとこころもらえないんじゃ?
「いろんなお祭りをやって、代議士(羽田孜)も呼んでね。そういう機会が『政(まつりごと)』。自然と地域の絆も強まっていくんだよ。政治の原点はみんなのためになる本当のつながりを作ることだ」・・・本当のつながりがあれば、民主主義か?
地域の企業や支援者らを回って、ソフトボール大会やボウリング大会、ゴルフ大会などを企画し、200人以上の人を集めた・・・こんなことを一生懸命やって民主主義???誰が金払うの?
「普段から人と人を一生懸命につなげていくということをしていました」・・・政治とは人と人をつなげることか?つながさえすれば人は幸福になるのか?幸福の十分条件ではないだろう。
・・・朝日はこんな記事を掲載して何を言いたいんだろうか?朝日の大好きな民主主義を広めるには何の役にも立たないことははっきりしている。
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