記憶と記録
草森紳一 2026年刊 「大正天皇」より
テープレコーダーはないにしても、速記術は流行していたが、だれもがすぐ身につくというものではなく、当時の記者は談話をメモしたのである。あとでその断片を見れば、そのときの相手の言葉や癖までもまざまざと記憶に甦える。1960年代ごろまでの新聞記者は、まだそうしていたように思っているが、録音機を用いるようになってからのほうが、かえってトラブルが多い。それは、現場にあって、要点を頭に刻んでおくという作業が抜け落ちてしまうからではないか、刻んだ後、そのまま忘れてしまっても(忘れた方がむしろ記憶保存にかなうし、からだのためにもよい)、メモ(一種の写真である)さえあれば、そのときの情景までが浮上してくる。
>>同感。「要点を刻んで頭に刻んでおく」ことが抜け落ちる点では写真を撮るのも同様ではないか?
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