天皇の系譜 万世一系・女性天皇 研究
暇に任せて、実在が疑われる武烈、その次の実在が確認されているとされる継体以降の天皇の系譜を作ってみた。(Wikipedia及び新人物往来社刊「歴史読本」2002年8月号を参考)
所感:
1.継体は実在は確認されているとのことだが、前任の武烈とは断絶している。ここでヤマト王権とは血の繋がっていない別の豪族に切り替わった、という説もある。
2.6、7世紀は蘇我氏が妃を送り込んで天皇人事を握って政権を壟断。 アンチ蘇我天皇も現れるが潰されたり、殺されたり。調子に乗り過ぎて天皇家に取って代わろうとした蘇我氏は大化の改新(乙巳の変)でやられて勢いを失う。8世紀に入ると藤原氏が蘇我氏同様の壟断を始め、アンチ藤原天皇も現れる。
3.女性天皇
初めての推古は3代前の天皇の未亡人で、蘇我の血を引く。男の候補がいなくなって天皇に選ばれた。
皇極は、蘇我氏がやりやすいから選ばれたが、在任中に大化の改新(乙巳の変)が起こる。大化の改新を目の当たりにした皇極は、弟に史上初の生前譲位をした。弟の死後、中大兄皇子(後の天智天皇)に譲られて史上初の重祚。
持統は自分の息子や孫を天皇にするための権利留保を目的として天皇になった。
元明は、藤原不比等の天皇人事介入の第一号。皇后未経験者初の天皇。
元正は、元明が孫を天皇にする権利留保のため娘を天皇にしたもの。
孝謙は、藤原仲麻呂とねんごろだったのが、心変わりして道鏡に肩入れ。仲麻呂と息子の淳仁天皇の連合をぶっ潰して重祚して称徳天皇に。道鏡を天皇にしようとしたが藤原百川に阻まれる。百川一族(藤原式家)は奈良時代に権勢を誇った。平安時代になると藤原北家が出てくる。
※史上初の重祚、生前譲位… 女性ならでは、というより女性天皇を産んだ蘇我氏にとって好都合だったからできた。
4.「万世一系」とは何か?
① 継体以前と以後でつながってるの? とか、
②近親結婚の繰り返しで肉体・精神面で怪しいのがいたんじゃない? (=父親が誰か分からない天皇もいたんじゃ? )とか、
③後継問題でもめて殺し合いだってやってるじゃん、などと
茶々はいくらでも入れられる。 問題は、そんなことに蓋をして「男系で連綿と続いてきた日本で一番由緒ある古い家柄」というフィクションに恐れ入る日本人の心理(=日本教の第一の教え)だ。 この心理がある限り、憲法で言う「国民の総意」で天皇制は成り立ち続けるだろう。一方で、天皇自身が「そんなの馬鹿馬鹿しい。科学的でない。」などと言い出せば天皇制はおしまいになるだろう、とも言える。(その日は21世紀中には来るんじゃないか?)
わがままな蘇我氏と男好きの孝謙(称徳)は自分たちの気持ちに素直になった結果、万世一系を否定しようとした。 しかし 失敗した。 何故だろう? 日本史最大の謎かも・・・
天皇系図(仁賢・武烈~光仁)
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