身も蓋もない笠原和夫「昭和の劇」

「仁義なき戦い」他、東映のヤクザ映画他の脚本を書いた笠原和夫に荒井晴彦と絓 秀実(すが ひでみ)が 1999年から2000年にかけてインタビューし、そのやり取りが「昭和の劇」という本になっている。

昭和2年(1927年)生まれの笠原は、中学卒業後、大竹海兵団に入り、敗戦後、日大に在学しつつ、銀座でパンパン(米兵相手の娼婦)用ホテルのボーイ兼コック兼マネージャー兼通訳兼ポン引きとなるもホテルが閉鎖され、東映に入る。

以下、引用。>>黄色くハイライトした部分俺のコメント。

末尾にも記したが、町でアメリカ人(と思しき)でっかい白人を見かけると、「あんな連中と戦争したって負けるに決まってるよな」と上さんと話す。安保は日本がアメリカに逆らわないという証。アメリカから攻められないおまじない。日本がアメリカに守ってもらうためのものではない。安保を捨てて独立したいなら命を投げ出し血を流して勝ち取る覚悟が要る。そうして初めて、「ごっこ」でない、本物の独立が得られる。独立の第一歩:米軍を含む外国の軍隊から独力で日本を守ることを真剣に考える。まず、一極集中をやめること。

以下、引用:

家へ帰ってくる頃には、もう、ホントにおなかが減っちゃってどうしようもないわけですよ。それでなんとか飢えをしのぐために、わら半紙を買って来て空想を書いていた…それが僕のシナリオの始まりなんですよ。僕のシナリオは「飢え」から始まってるんです。

>>こういうのを飢えといい、貧困というのだ。

ひばりを素材として扱うおもしろさがあってね、要するに、ひばりというのは一枚看板で持って大スクリーンを支えられるんだよ。ひばりがパッとスクリーンに出てくると、全体が明るくなってもうストーリーなんてどうでもいいみたいなね。ひばりの顔さえ見ていればいいんだという、そういうオーラが出ているわけですよ。

ひばりはドレスが着たくてしょうがないわけだよ。あの人は、本当は、着物を着るのが大嫌いなんだ。だから江利チエミが着てるようなペチコートみたいなのを着て、踊りたいわけよ。ママさんがそういうんだよ。「ウチのお嬢はドレスを着たいと言っている」と。着物を着て下町人情ものをやったら、ひばりに敵うものはいないだろうと。ああいうちっこい体で、着物を着てシャカシャカ歩いて、「何だ、お前たちは!?べらんめい!」と言ってればね、一応おもしろいんだよ。で、それがぴったりと合ったんだよ。ひばりは貧しい階級の出ですからね。そういうところに夢を持っちゃうんでしょうね。太平洋航路の船の上で、ドレスを着て踊りたいというのがひばりの夢でね。お姫様というよりはプリンセスみたいなことがしたいわけだよ。

>>なぜ、ひばりが在日だったことには触れなかったか?いずれにせよ、天下のひばりも笠原さんにあっては身も蓋もない評価。ただし、ひばりのスターとしてのオーラも認める。

ひばりなんかは貧しい階級出なんだけど、持って生まれた図々しさというのがあってね。そういうものがスターの顔を作るんですね。結局ある種の気位と言うか、嘘でもいいから気位の高い人間の方がいいんです。最初、藤純子は高校生で、デコボコした顔をしてたんですよ。それが、1年くらいたつと、気位が高くなってスターの顔になっていく。それで、僕に挨拶もしやしない。それで役が付いて売れるようになってくると、付き人が面倒を見て、回りがみんなやってくれるから、どんどん鷹揚になっていく・・・。スターになる奴はスターになるんで、自分がなれないからと言ってひがむようなことはありませんでしたね。その代わり、タカるんですよ。映画と言うのは集団で作りますからね、大部屋の連中にソッポを向かれたら主役は成り立たなくなっちゃうんですよ。せっかく主役がいいところを見せようとして斬りかかっても、ソロッとソッポを向かれたら…そう言うことが伝統的にありますから、スターさんはもう、スタジオに入った時から、きちっと手当てするわけですよ。制作部に何か持っていき、大部屋にいくらか包み金を持っていくとか…政治家と同じですよ。

>>スターは気位。藤純子も滅多切り。スターになったら、差し入れ・手当てする…しないといじめられる。それが平等。

「いや、僕はまだ、そんなのにできません」って言ったら、「そう、じゃあ、できないならば、脚本課にいてもしようがないね」って言う。でも、それがプロなんだけどね。「できない」と言ったら「辞めろ」と言う。けれども、そうなってくると、「コンチキショウめ」となってくるじゃない?その日、家に帰ってから、その場で書きだしたね。もう構成もヘッタクレもない。頭に浮かんでくるものをパーッと書いていったんだよ。丸二日半、一睡もしなかった。で、三日目の昼間、ペラ220枚くらいのホンをやっと書き上げた。

>>「できない」と言えば「辞めろ」と言う。当たり前のことだ。そう言われて「なにくそ!」となる者が不眠不休で何かを成し遂げ「一皮むけて成長」する…俺はこれしか「成長」ってないと思う。

踊りが最高潮に達すると、松明の灯を消して、全部、真っ暗にしちゃうわけだよ。そうすると そこでもって好きな男の、あるいは好きな女の手拭意を取るんだよ。で、取られた方は追いかけて行って、そこで二人が合体する。いうなれば自由婚ですよね。性的に解放されるというのがあるんですよ。そういうのが地方にはいろいろあったんですね。だから、もともと盆踊りというのは、セックスの解放なんであって、単に踊るっていうことじゃないんだよ。

>>お祭りというのはもともとはフリーセックスのチャンスだった…洋の東西を問わず。

やくざというのは博奕と酒と麻薬しかやってないから、実際、喧嘩は弱いんですよ。もちろん若いときは強いんだけれど、ヤクザになり切っちゃうと、そういう生活になっちゃうから弱い。テキ屋の方が強いんですよ。テキ屋は働いてるわけだからね。ところがテキ屋も地方へ行くと漁船員には敵わない。漁船員に追われたら、テキ屋も怖くて逃げ回る訳。それは力が違うからね。同じように幕末だと、武士よりも百姓とか出路小僧の方が強かった。だから、長州の奇兵隊にしても百姓を使っているでしょう。その方が強いんですよ。近藤たちもそういう部類ですからね。ただ、頭は空っぽ。

>>ケンカが強い者を頭のよい人間が使って何事かを成し遂げる。

戦前の方が、人間がしっかりしていた。例えば昔の軍人にしても、今はどうのこうのと悪口ばかり言われていますけど、人間の顔つきがよかったですよ。きりっとして、男らしくて、気性もさっぱりしていてね。軍国主義とかいろいろ言われてますけど、今言われているようなプロの軍人ですか?そういうタイプの人間は、僕は見たことがない。士官にしても下士官にしてもみんな、しっかりした人間でしたよ。ただ、根本思想に忠君愛国というのが牢固としてあって、それがかなわないんだけれどね。ただ、人間としての魅力というものがあるんですね。それは、今の若い人の方がはるかに人間的で親しみやすい訳だけど、でも、美意識で見ると、昔の人の方が美しかったなあという気がしますね。ストイシズムといいますかね。そういうものを自分に課して、日々を節すると。で、節すればいいんだけれど、節しないんですよ。節しないからストイシズム、ストイシズムと言うんですね。でもそういうストイシズムがどこかにあったから、戦後、頑張れたなという気はありますね。そういう歯止めがかかってなかったら、戦後、日本はグジャグジャになっていたと思う。

>>戦前のストイシズム…その残りかすでアメリカ様の民主主義や大量消費にすがり、ストイシズムは雲散霧消した。飢えから逃げるために自ら”腑”を抜いてアメリカに渡した。

まあ、高倉健は「日本侠客伝」で主役を張って…当時主役でもちょっとぶざまでしたね、スチール撮影をやってもサマになっていなかった。けれども、なんとか着流しができるようになって、あの三白眼でね。そう!あの三白眼が災いしてそれまで女性に嫌われてたんですね、「目つきが悪い」と。

>>わが健さんも滅多切り。ホント、身も蓋もない言い方。

近藤正臣ですか、特攻隊で死んだ安藤の部下の弟という役で。ある意味ではこれが戦後派として安藤の戦中派に言うわけですね。お前らの方が、罪人なんだと。勝手に戦争を起こして、全部焼けてしまったじゃないかと。「わいの兄貴はな、お前らにケツ叩かれて特攻で死んだんや。それでわいらに仏さんみたいな暮らしせえちゅうんかい」

>>突き詰めれば天皇の戦争責任論。まあ、勝ってれば責任論なんて持ち上がらないから、戦争責任でなく「敗戦責任」だ。負ける喧嘩をしたら親分は詰め腹を斬らされるのが当たり前で責任とか何とか言う以前の問題。昭和天皇は内面では苦しんだのかもしれないけれど、詰め腹を切らされるのを逃れ、のうのうと生きていたように見えた。腑抜けの日本人の象徴だ。

まず足を見るんだと。つま先ですね。対座する時は、相手のつま先だけをずっと見て顔は絶対見ないんだと。ガンを合わせるとまずいんでね。で、相手のつま先がちょっと動いたら、すぐに立ち上がってピストルを抜くわけですよね。

>>ゴルフと同じか?ヘッドアップしないように。

要するに、僕らは怨念がある世代なんですよ。韓国の言葉でいう<恨>ていうの?それは国家に対してもそうだし、敵国に対してもそうだし、自分をこき使った上役に対しても。それを極端に言えば、自分を軍隊に送り出す時、旗を振っていた人たち。どれもこれも憎たらしいんですよ。一番憎たらしいのは自分ですわな。

>>一番憎たらしいのは自分…このあたり、笠原節絶好調。

刑務所でアンコ(オカマ)を掘っていた人に「やっぱりあれですかねぇ。男の方がいいですかんぇ?」と聞くと「そりゃあ、お前、決まってるやねえか、締まり方が違うやろ。女なんか、お前、つまらんぞお」って言われてね。掘る時に括約筋がプツンと切れて、それでやみつきになるんだと。刑務所を出た後、おそらくそういう人たちも最初は女を買いに行ったんでしょうね。だけども、できない。できない、できない、というコンプレックスみたいなものを抱えて、結局、男になりたいということで昔の兄貴分に頼みに行く。で、何か事が起こったら、電話一本受けただけで「行きます!」と言って、スーっと行ってパーンと殺してあとは一切しゃべらない。そうすると刑務所の中でも「あいつは男だ」となるでしょう。だから、もう掘られることはないですね。

>>「鉄砲玉不能説」

やっぱり暴力と言うのは、男が勃起力(不足)を自覚したとき、初めて生まれるものでね。本当に女を征服できる自信がある男は、女に暴力を振るいませんよ。僕は昔、随分女を買いに行きましてね。でも、ヒット率は6割くらいですな。後の4割は不能になる場合があるんです。そういう時は、エラく暴れたくなってくるわけですよ。僕は昔、パン助宿をやってたでしょ。アメリカの空軍の兵隊がいるわけですよ。それでこっちが誘うと、「いや、女とできないんだ」と。正常社会に戻れば、またできるんでしょうけど。パイロットはインポテンツです。これは体も逞しいんですけど、できない。パイロットと付き合っていた女に話を聞いてみたら、結局できなくて、お金だけはくれたと。それは一昨日ロサンゼルスを発って、昨日は朝鮮で戦闘やってたというような兵隊が多い訳でね。

博奕をやるからインポになるのか、インポだから博奕をやるのか…どうしたって博奕を打つ時にァ覚せい剤を打つようになるんですよ。それで陶酔していくでしょ。あれはエクスタシーなんですよ。だから、有名なヤクザの親分と言うのは博奕は一切若い時からやってないんです。「勃たたくなる」と。男が女の縋り付く手を振り払って殴り込みに行くってのは、我慢してるんじゃなくて、できないから行くんです。

>>インポテンツが先か暴力が先か。インポテンツが先か賭博が先か???しかし、インポテンツとか、インポなんて言葉、聞かなくなった。今は何て言うんだろう?

日本人の男の暴力性の根底には、初めから天皇制の中で押さえつけられてしまっているような…つまりアメリカのように初めから自分の力でフロンティアを開拓していくみたいなものじゃなくて、組織なり極端に言ったらお上からガチっと首根っこを抑えつけられていると言った中で生きてるわけですからね。

>>後述の、阿川さんの「日本にはフロンティアがないから自由がない」と同じ。フロンティアという逃げ場というか、希望の空間がなかったから、日本には「世間」ができた。世間には上述の通り、首根っこを押さえる力があった。この力がないと逃げ場も希望もない日本では暴発が起きて「世間」が吹き飛ぶ。さて、フロンティアが見当たらなくなってしまったアメリカはこれからどうなるのか?

おえんという神戸の芸者なんですけどね。これが男勝りの芸者でね。座敷に出た時、福岡の知事がしつこく言い寄ってくるというんで、「そんなにマメが好きなら見せてやるわ」と満座の中で尻をまくって見せたというんだよ。それはさすがに藤純子じゃできない。

>>俺好みの気風のいい女。

映画では殴り込みということになってますけど、実際は、警察の公認と言う事で、新宿の伊勢丹のところにある追分の交差点で11対11の決斗を5分間制限でやったという。それで引き分けだったんですね。

高倉健と藤純子の祝言で、親父が封印してある関の孫六を引き出物だとあげるんですよ。「これを使う時は高倉が白い着物を着る時だ」と。藤純子には、「そのときはお前がその封印を切ってやる時だ」と。それが夫婦だと。それから色々あって高倉は花会に出なければならなくなるんだけど、資金が足りないというんでその刀を質屋に持っていこうとする。すると藤純子は、違うんじゃないかと。自分が芸者になるから、その支度金で博奕に行けと。そのときのセリフも、まあ、この映画は藤純子の父親が高倉健の命を買うというところから始まってるんですけど、そのときの藤純子のセリフは「今度は私があなたの命を買うわ」という。親父との約束は果したんだから、もう、あなたは自由なんだと。今度は、その自由になった命を私が買うと。その金で花会にいけばいいんだと。藤純子は「好きになったから、あなたと夫婦になったんじゃない」「芸者にも、なって見たいと思うからなるだけよ」と。「その代わり、あなたの命は私のものだから粗末にしないでね」と言うと高倉健が「おめえってやつはひでえやつだ」

藤純子は「違う、違うわ、あなたの目が違うわ。あなた死ぬ気ね」と。そうすると高倉健が土下座するんですよ。「行かしてもらいてえ。頼むよ」と。すると子供が言うんです、「ヘンなおとう、かあちゃんに手をついている」で、藤純子は「おかあちゃんも変なことするわよ」と言って関の孫六を持って来るんですね。それで、封を切って差し出して「一度見てみないと」と言うと高倉が抜いて「アイツを切るにはもったいねえ」と。藤純子は出入りになるというんで芸者から帰ってくると「みんな、何をノンビリしてるんだい!」と言って指揮を執り始める。「畳を上げろ」「襖を外せ」とか、だから高倉健と対等と言うかそれ以上に男勝りなんですよ。

>>「日本侠客伝・斬り込み」より。身を売ってまで男に博奕をさせる女。身を売って得た金で男を買う女…俺にはジェンダーやら男女平等より、こっちの方がピンとくる。

組長の女房は、旦那が外で負けると「ひと風呂浴びる」といって女郎に行って金を作るわけですよ。それで女郎をやってる間に旦那が勝負に勝つと、金を持って行って足を抜かせる。

戦後の映画人と言うのは、背骨のような骨格が一本抜けちゃってるんじゃないか。それで糸の切れた凧みたいにあっちへ流れ、こっちへ流れ…

僕は本当に思うんですけどね、戦後、もっと暗殺事件があったら政治はよくなったんじゃないかと。つまり戦後になって、暴力はダメ、テロリズムはダメとみんな否定しちゃって、やたらとガタガタ口ばっかりで喧嘩してるでしょ。みんな口先ばっかりで、何か愚痴ったしているだけで、世のなかは何の進歩もしてないわけでね。まあ、明治以来、いろいろな暗殺事件があったわけで、それが是であったか非であったかということは判定は下し難いんだけれども、暗殺があったからこそ、何か軌道修正がなされていたという気がするんですよ。

>>口先ばかりの「ごっこ」が戦後民主主義。俺はテロ否定派だ。それは戦前に起こったテロがターニングポイント・きっかけになって負ける戦争につながったと考えるからだ。テロって何か、卑怯なものという感じ。軌道修正という結果ではなく、テロをやるほど思いつめることができる人がいなくなったことを惜しむという気持ちはわかる。テロはともかく、戦争はたまにはやるべき。(ただし、正々堂々と。やらないで我慢してると気が狂う。)戦争は人間の業。さて、談志師匠はテロはどう考えてたんだろうか?

この血盟団の茨城の大洗の青年たちというのは、現代人が理解できないほど貧しくて生活が追い詰められていたんですね。今、あの貧しさはちょっと伝えられない。絶対的な貧困なんです。努力して何かすればもう少しいい生活ができるというものじゃないんですよ。上に天皇制がある以上は。天皇制があって軍隊があって、軍隊に徴兵されちゃえば何もかも全部パアになっちゃう。そういうものが頭にズーんとのしかかっている中での貧乏というのは、そう呼んでいいのか分からないけれども絶対的貧困なんですよ。これが今の人には分からない。その絶対が恐らく天皇制の絶対制とどこか通じる。血盟団事件で殺された井上前蔵相は、みんなが貧乏で苦しんでいる時に「百姓の干物は、まだできたことがない」と言った。226の将校たちの動機にも、東北出身の部下たちの実家の惨状というものがあったわけです。

>>残念ながら、俺には絶対的貧困は理解できない。逃げ場のない貧困ということか?いま、貧困と言うと経済的なものだが、そうではなくて、思想的、心理的、政治的な貧困・絶望のことなのか?226の将校たちも、だから、天皇制を覆す。あるいは天皇を取り換えるのもあり、と考えたのか?アメリカに制裁されながら戦争してるイランの皆さんも同様の絶対的貧困を味わっているのか???

恋闕(れんけつ):天皇というのは国民にとっては女なわけですよね。で、226事件とか反乱と言うのは女に気が狂うみたいなものじゃないか?

>>226は、天皇に対するストーカー未遂事件だった?

「天皇陛下、なんという御失政ですか。何と言うザマです。皇祖皇宗におあやまりなさいませ」というすごい文章で、要するに磯部浅一は獄中でどんどんアナーキーになって行って最後は「私は今は陛下をお叱り申し上げるところにまで精神が高まりました」と天皇を超えるわけです。

磯部のお墓の隣が鼠小僧治郎吉の墓なんです。真向いが高橋おでんで。

結局、226は壬申の乱だったと。つまり大正帝に子供が出来なくて、貞明皇后に何人か男を当てて、それで子供を産ませたというんだね。だから、ずいぶん、あの兄弟は顔が違いますよ。裕仁さんにしても、秩父宮、高松宮、三笠宮と全部顔が違う。それで貞明皇后なんだけど、女と言うのは最初に押しつけられた男というものを嫌がりますわねな。それで、ものすごく長男・・・裕仁さんに拒否反応を持ってたらしいんですよ。で、誰だかわかりませんけれど、秩父宮のお父さんが貞明皇后としてハートを射止めていて、それで秩父宮さんを溺愛していたらしいんです。だから、貞明皇后としてはなんとしても裕仁さんをハズして、第二子の秩父宮を天皇の座に送りたいというのがあったんですね。それを画策したのが山縣有朋でね。だから、昭和天皇の妃を決定する際、色盲問題があったでしょ。それで結局、山縣は宮中クーデターに失敗して責任を取って辞めたあと、すぐにそのストレスで死んじゃうんですね。それで秩父宮さんも若い時から兄貴よりも自分が皇位を継ぐべきだと。自分に協賛してくれる人を求めて陸軍の中に入って行く。例えば(226事件の首謀者の一人である)安藤輝三大尉は秩父宮に恩顧を受けたりしていてね。

>>「壬申の乱」は天智天皇の弟が甥っ子(天智の息子)の弘文天皇を殺して天武天皇になったというもの。226は昭和天皇の弟の秩父宮を担いだ反乱。ちと違う。それはともかく、天智天皇中大兄皇子時代に大化の改新を行い、その後白村江で負けた)から壬申の乱を経て再び天智天皇の血筋の光仁天皇が即位するまで、つまり645年から770年までの125年間は、天皇家も波瀾万丈だった。(白眉は天皇の血を引いていない道鏡を天皇にしようとして、淳和天皇・藤原仲麻呂組と争った天武系最後の天皇、称徳天皇だろう。)この間、女性天皇が多数誕生した。ピンチヒッター或いは中継ぎという意味合いが強かった。確かに称徳天皇は結婚せず子供も残さなかったが、一方、持統天皇は、天智天皇の娘に生まれ、天武天皇の后になり、息子の草壁皇子を皇太子にした…早死にして天皇にはなれなかった。当時は当たり前だったんだろうけど、おじさんと結婚しちゃう。天皇制、つまり日本人を理解するには、この頃の天皇一族が繰り返していた近親婚と血族同士の後継争いをつぶさに振り返る必要がある。まず、指摘しなくてはならないのは、天皇の後継を巡って揉めるんだけど、取り巻きが自ら天皇に取って代わろうとした形跡がないことだ。(道鏡はそうだったかもしれないが…)

(226事件直前に朝鮮に異動させらた)大蔵栄一の考えていた革命は、結局のところ、天皇制をなくすことだったんですね。それで、秩父宮がどのへんで主導権を握ったのかは分からないんだけど、秩父宮としても天皇制なんてもう古い、廃絶しなければダメだと。それができるのは皇族である自分しかないんだと。ある日、安藤と二人きりで話した時に、自分としては大統領制…共和制にするんだと。それまで安藤はそういう革命に批判的だったんですよね。でも、秩父宮さんがそういう風に打ち明けてくれて、そのときに秩父宮さんから自分がいかにお前を信じているか分かってくれと銀時計を渡されたわけです。それで安藤はガターンと惹かれちゃってね。しかも、他の若手将校たちにしてみても、ある種の行き詰まり感があったわけですからね。つまり軍縮だとかいろんな問題で、陸軍の将校クラスでも、いつ首になるかわからないみたいな状況があったわけでしょ。軍人と分るとイヤミを言われるんで、軍刀をわざわざマントに隠していた。みんな行き詰まっていたわけですよ。そういうときに、一つの波が起きていた。それで飢える者が食べ物に飛びかかっていくように、それに乗っかっていったんですね。それを秩父宮さんはうまくリードして行けばよかったんだけど、そこが皇族出身のアレでね。あとは他人任せになる。弘前にいた秩父宮は第二師団を率いて上京するはずだったが、天皇が直々に連絡して「動くな」と。それで事件が収拾した後秩父宮は富士山麓へ追放される。もちろん結核治療と言う名目があったけど・・・

>>226は、手のひら返しで嫌われ馬鹿にされた軍人の不満のはけ口だった?秋篠宮の息子を令和の次の天皇にすると、父親の影響で天皇制をやめる、などと言い出すんじゃあないか、と憶測する。主義主張や思想より信じられてる、と思うとそっちに傾く…笠原さんの言う「情緒衝動」。(情緒に引きずられて理性を失い、目的を忘れる)俺も、これに流されやすい。だって、日本人なんだもの。カ・イ・カ・ンだ。

226事件で生き残った人たちの話を聞きますと、自分たちが陸軍の主導権を取ったらば絶対にアメリカとは戦争を起こさんだろうと。大陸から撤兵して満州は自治州にすると。それで太平洋の資源については、一切こっちから攻めることはない・・・こういう風にやったはずだ、と言ってるんですね。すぐに戦争を考えて計画するのは参謀の連中であって、野戦部隊の将校と言うのは敵と味方の兵力差だとか、そういうものをすぐに計算して、それで負けると思ったら絶対にやらないですよ。実際、226事件の将校を処罰した連中が、皇道派を粛正するということで軍内の主導権を握って戦争に持って行く。彼らは統制派で、みんな参謀本部系です。
>>戦争をやりたがるのは参謀系だけ。その他の兵隊は「勝てる戦い」しかしない。

戦後3年ほど、職業上アメリカ兵とつき合ってうんざりした体験がある。彼らの民主主義というルールには「対決」という前提があるのである。ルールを建前とはしていても、勝敗を決することに変わりはは無く、うまく力を誇示した方が得をするようになっている。ルールに適合すれば弱肉強食は当然。もっと極端に言えば、見つからなければ泥棒でないという論理であって、戦前の徳・誠・道・心・謙譲といった教えで育った私にとっては、民主主義とは味もそっけもないプラスチックの壁に閉ざされたような息苦しさを感じたものだった。この頃の選挙など見ていると「国家の元首が売名的多弁を弄し、下級俳優の如き身振りを晒して当選を争う制度は(略)奇異なる風俗として傍観すれば足る」と断じた北一輝の考えが分からぬでもない。民主主義というものは、ある程度の生活の安定、自由、平等が獲得されてしまうと、その先に情熱を掻き立ててくれるものがない。私は今、忠誠心に飢えている。かつて海軍少年兵であった時代の残滓であろうか。「天皇の軍隊」を志した頃の清澄で至福に充ちた時間は、戦後28年の間、一度も蘇ってはこなかった。この飢えを充たしてくれそうなものが二つある。一つはテロリズムであり、他は「天皇」への再度の帰依である。キリストも仏も所詮は舶来の偶像でしかないのに比べ、「天皇」は我が血を分けた「神」である。映画「戒厳令」のすべての登場人物の設定とそのセリフはラストシーンで北一輝が死刑寸前、「陛下の万歳を三唱するか」と聞かれて、「私は死ぬ前に冗談は言わないことにしている」と答える、その一瞬の劇的飛翔のために用意されていたのである。

>>笠原さんには、民主主義に飽き、自分より上にいる、「神」に身を捧げることを懐かしむ。今のアメリカ人もそうか?民主主義って血が騒がない。北一輝の最後のセリフは実によくできてる。

やくざをやらせたら、鶴田の方が断然うまい訳です。高倉は、とてもじゃないけど太刀打ちできない。だから一本気でね、一種の無法松みたいな役で作って行けば彼は生きるんですよ。あるところまでは我慢してるんだけど、それを越えた途端、ピっと切れちゃって切れたまま行動を起こしてしまうみたいな人間をやると凄味が出てくるんですね。受けて受けて受けまくって最後に行くと言う役があるでしょ。同じ受けの役をやらせたら鶴田の方がうまいに決まってますよ。それで健ちゃんの芝居場もなくなってくる。藤純子は攻めも受けも両方できるんです。だから、藤純子は一種の天才でしょ。

>>高倉健やくざ不向き論。藤純子天才論。

やっぱり復員兵というものは、天皇陛下がダメになって信じられるものが何もなくなっっちゃったわけでしょ。当時の日本の国家、あるいは民族の構造から言って、その頂点である天皇に対する尊崇の念というのが消えるというのは、家というものに対する尊崇の念もなくなるし、父親に対する尊敬の念、母親に対する尊敬の念もなくなるわけですよ。信じられるものが何もない訳だから、何でも好きなことやって自己主張した方が勝つ。

>>復員兵は天皇を信じることができなくなってニヒルになった。

実際に取材して聞いてみるとね、その後、特攻が始まって次々と出撃していくわけだけれども、実際のところ、半分くらいは口実をつけて帰ってくるんですね。で、上の連中も、それが口実だってわかっているんだけど、どこで故障したかんだとかそれ以上追及するとね。それは部下を傷つけちゃうわけだから、もう黙って次の部隊を送り出すですけどね。帰ってきても、真っ暗で降りられないから基地の周りをグルグルグルグル回ってそのうち燃料が切れて気がついたら山かどこかにドーンとぶつかってるんだよ。ほとんどがそれで死んでるというね。向こうまで飛んで行って、実際に敵艦に突っ込んだなんていうのは、まず100機中1機もない。みんな引き返してきて半分は着陸して生き残るんだけど、後の半分は山なんかにぶつかって死んでいるんです。

>>特攻隊の大半は逃げ帰って来て着陸できずに死んだ???

レイテ海戦の時、初めて特攻を送り出したということで”特攻の生みの親”と言われている大西瀧治郎としては、特攻はレイテ海戦だけに限ると。部下の吉岡さんと言う人に取材したら、大西さん自身は全機特攻で行けというようなことは発令してなかったと。それと当時、有名な飛行隊長だった美濃部さんと言う人に取材したら大西さんに「我々戦闘機隊員は、操縦技術で相手を制圧するために長年苦労して勉強してきたんだ」と。爆弾を持ってぶつかって行けば相手を叩けるというんだったら、それは素人でいいだろう。我々プロが行く必要はないんじゃないかと言ったんだと。そうしたら大西さんにお前はどうするんだと聞かれたから「私に自由行動を許してください。必ず、敵をやっつけますから」と。大西さんはお前の隊は特攻から外すからそれでやってみてくれと言われたらしい。ただ、彼には4機しかないんだよ。

>>大西さんのフレキシビリティー。たしかに厳しい訓練をし、腕に自信のあるプロの操縦士が特攻なんて無駄な馬鹿馬鹿しいことをするわけはない。逆に未熟な操縦士は特攻をさせれば親孝行になる…ここは改めて教えられた。しかし、いくら腕のいい操縦士でも飛行機がたったの4機しかない。これが日本。

魚雷を発射しても、上に跳ね上がっちゃうから、水平線スレスレに石切りと同じ要領で魚雷を弾かせる。そのためには飛行機は海面スレスレをスピードをつけて降りて行ってガーっと接近して弾を放すと同時に上がらないといけないんだけど、もう、上がるにも上がれないんだよ。相手の艦橋が高くって。で、横に回り込もうとすると一遍に腹を機銃掃射される。だからもう体当たりしかないと言う事になってくるんですよ。特に予科練を出たばかりの新人なんか、そんな器用な真似はできないから、みんなバタバタ撃ち落とされる。それだったら、せっかくね、せっかくというより死んじゃうんだったら特攻に入れてやれば階級が一つ上がって軍人年金がつくわけだよ。しかも金鵄勲章ももらえてね。バタバタ撃ち落とされるだけだったらそういう具合にはならないけど、自分で志願して判を押して行ったならば、それこそ階級が上がって年金をいただいて死ねるわけだ。その方が結局彼らのためになるんじゃないかという考えも大西さんたちにはあったんですよ。

>>ギリギリの操縦技術でなんとか敵艦を攻撃するしかない日本軍。いかにも日本人だ。腕はよくても戦争には負ける。素人に特攻をさせれば親は鼻が高いし年金ももらえる。たしかに知恵だ。しかし、純真な故国思いの特攻隊の若い戦士も、身も蓋もない笠原さんに言わせればこんなもの。

大西さんの協力者だった児玉誉士夫さんに聞いたところでは、大西さんの2000万人特攻論というのは、天皇に死んでくれということなんですよね。で、これは”醜の御楯(しこのみたて)”として海軍に仕えた者は間違ってもそんなことは口にしちゃあいけないんだけど、それを海軍中将の大西さんは言おうとしてた。表向きには言えないから2000万人特攻だと言ってるけど、結局そうなった時には天皇陛下自ら玉砕していただいて、最高司令部の全員が特攻機に乗り込んで突っ込むと。そうしなければ、たとえ敗れたとしても日本は絶対にいい形では蘇らないと。一遍古い奴が死んでしまわないとダメだというのが大西さんの悲願だった。

>>いかにも日本人らしい究極のコミュニケーション。「わかってくれよ~」「察して頂戴」。天皇は察する力がなかったのか。あるいは察したが、他に適任者がいないから天皇を続けたのか?結局、生き残った古い奴らが戦後日本を仕切った。「いい形」じゃあなかった。

”終戦”を迎えたときの小園安名大佐の大演説「天皇陛下、お聞きください。あなたはあやまちを冒されましたぞ。あなたのお言葉で戦争をお始めになったのに、何ゆえ降伏なさるのでありますか」…226事件の磯部浅一の獄中日記と同じ…自分の中の天皇というのかな、それが中心になってきちゃって、現実の天皇とか国民大衆というものが関係なくなってくるんだよ。いわゆる恋闕の情というものだけで。

>>負けて天皇が「責任」を取るのもいいし、徹底抗戦して人口の半分以上が死に、南北に分断されるのもいい…そこまでやらなかったから、恋闕の情が満たされず、腑が抜けた。

海軍の方が陸軍に比べて合理的に物事を考えると言われているんだけど、海軍の方がわりかし天皇制にスっと入って行っちゃって、戦後になるとニヒリズムみたいなところに落ち込んで行っちゃうのが多いんだよ。陸軍はそうじゃない。陸軍は批判的な人の方が多い。陸軍士官学校を出た人に「天皇を神だと思ってましたか」と聞いたら「神様がいるんだったら、我々は何も苦労する必要はないんだ」と。「神様がいるんだったら、すべてお任せすればいいわけだから」「神様がいないから我々軍人がプロとして戦いに臨むんだ」と。

>>海軍は純情。陸軍は無神論者。

終戦の御聖断が下る前の日に海軍省かどこかで米内海相と大西が猛烈にやり合っている。その内容は分からないんだけど、恐らく、大西としては天皇に死んでほしいと。出なければ、特攻で死んでいった何千人もの部下に対して俺は顔向けできないという…。それを必死に米内は怒鳴ったりして抑えつけたんじゃあないか?それで結局大西は終戦の御聖断が下った晩に切腹してね。僕は行ったんだけど、、東急本社の裏手に元満州財閥の人の大邸宅があるんだよ。当時、そこを海軍軍令部次長の官舎にしていたんだけど、そこで切腹しましてね。

>>大西は海軍軍人らしく、純情だった。特攻を言い出した責任者として自害した。抑えつけた米内は、天皇を守りたかったのか?そうではなかった、と思う。しかし、部下が目の前で死ぬのを見た大西ほど過激ではなく、冷静に善後策、収拾策を優先した。戦後は戦犯にはされず、占領軍の方針に従って東京裁判では証人として天皇擁護論をぶった。俺は、人間としては米内より大西の方が好きだ。

児玉誉士夫は戦中に溜まった莫大な資産を戦後、日本国家のために使って欲しいと当時の鳩山自由党に預けちゃう。鳩山はそれでもって党を起こして、それがあるから自分は日本の政界の保守本流みたいなところに力があるんだと…児玉さんは。「今の天皇はおかしい」と。人間宣言をしたならば、それは退位すべきだと。神だと思うからこれまでみんな命をかけてお守りしてきたんじゃないか。それが人間になっちゃったんであれば、それはそれでいいとして退位すべきだと。それは皇太子もいるわけだから。それでもなおかつ天皇であり続けようとするならば、絶対に人間宣言をしてはいけないと。それは特攻隊を含めた多くの軍人、国民に対して非礼な話じゃないかと。神だ、神だと言っておきながら、いや神じゃない、人間だったなんて、そんな無責任なことを言ってはいけないんだと。

>>昭和天皇嘘つき・詐欺師説。そんな人間の子供たちが連綿と天皇になるのは腑に落ちない。

60年安保の時、全学連の国会突入で樺美智子が死んでますけど、西部邁さんは、「いや、あれは多分、恐怖にかられて逃げ惑った我々が踏みつぶしてしまったんだ」と言っています。それも権力にやられたということになる。

どんな資料見ても渡政は自殺なのに、射殺されたことにしなければダメだと。それで結局、岡田さんも僕も嫌になっちゃって「じゃあ、もう『共産党』なんてやめとけ、ってことになっちゃった。

>>共産党って、いつから暴力革命・一党独裁を捨て、”民主的”になって同情を買おうということになったのか?

「仁義なき戦い」で、覚せい剤を作る、作らないで喧嘩するところを書きましたけど、あそこはスラムなんですね。当時、広島にはそういうスラムがたくさんありましてね。で、そういうところにやくざが入っていくんですよ。そういうところからやくざは勢力を持って出てくるんであって、最初からいきなり銀座とか六本木から出てくるわけじゃあないんです。まず、貧民窟に入っていって、そこで貧しい連中を手なずけて引っ張り込む。日本共産党も同じ。まず、貧民窟に入り込む。それで、そういうところに反体制とかそういうことが広がっちゃったら困るということで、南葛の組合員たちは全員虐殺された。創価学会は、もうちょっと上を狙ってたんですよ。懸田大作は青年部にいた頃、財務を担当してたんですね。そこで高利貸しをしてたんですよ。それで苦しい商店街とかあるでしょ?そこに金を貸して、返せなくなると、即刻、土地を担保に取っちゃうんですよ。それで取った後には、ちゃんと手当てするんですよ。新しい職を見つけてやったり、店を開かせたりしてね。そうやって次々と学会に取り込んでいくわけですよ。要するに戸田城聖のように観念でもって今更宗教だなんて言う奴はおらんと。金だと。食うためにやるんだと。現実主義で、金を集めるために宗教をやるんだと。それが池田大作の今の出世の基なんですよ。あの人は、実業家として戦後の代表的な人物だろうね。

>>やくざ、共産党、創価学会…貧乏人を囲い込もうというマーケティング戦略は共通。池田大作に対しても身も蓋もない評価。

大杉栄の虐殺は、本当は麻布の第三連隊かな、そこの兵隊が殺しているんですよ。その兵隊をかばって甘粕正彦が罪をかぶってるんです。甘粕さんていう人物は非常に人望があったみたいでね。憲兵ではなく、第三連隊に引っ張られて行って、そこの兵隊に殺されたんです。だから割合、早く表ざたになって。要するに、兵隊が殺したと言う事になるとね、日本の軍隊は天皇の軍隊なんだから。天皇の軍隊の名において、赤狩りとかアナーキスト狩りをやったと言う事になると、ひいては天皇の名にひびが入ると。で、憲兵がやっていればね、それは自分の職責を果たしたということであって。亀戸事件は、体面上、アナーキストたちを朝鮮人と間違えて殺したと言う事になってるんですよ。だから、アナーキストを殺したということにはなってないんですね。体面上は、朝鮮人に不穏な動きあり、ということで間違って射殺したんだと。で、朝鮮人であれば殺してもね…と言ってもそれ自体、変なことではある。

>>朝鮮人もいい面の皮。でも、いかにもありそうなはなし。Wikipediaによると、甘粕は軍法会議で禁固十年の刑となる。(実際にはその後、3年の刑に減刑され、婚約者からは婚約破棄もされずに結婚し、軍の金で夫婦でフランスに渡る。)軍法会議で世話になった弁護士に宛てた謝罪の手紙で「事実を曲げ自己に不利な様に申立てなければならなかつた」と言っている。その背景/意図はわからないが、虚偽の証言をして、憲兵隊というか、個人で罪をかぶった。

僕が戦中の中学だとか軍隊だとか、あるいは戦後の混乱の中で体験したことからわかったのは、天皇というものは全く役に立たないということですよ。意味がない!その意味のないものが、我々を死に追いやろうとしたわけでしょ。けれども、それは左も同じであってね。やはり左の基本はコミンテルンというか、ソ連とか中国でしょ。そういう国は国家全体主義でしょ。僕はこれが大嫌いなんです。戦争中の体験から言ってね、奉安殿とか日の丸とか、現人神とか何とか訳のわからんもの、第一、現人神なんて言う事自体、中学生の頭では理解できない。「現人神って何だ?」と。そういうものを大の大人が真面目な顔して押し付けてくるわけでしょ。それは先生も新聞も全部がそういう訳の分からないものを押し付けてくるわけで、これが国家全体主義の怖いところなんですよ。僕は日大にいたんですけど、ストライキをやろうと誘われたことがあるんです。それで集会を開いているというので行ってみると、リーダーが大演説やっててね。ただ、そのリーダーというのが九州の大炭坑の息子なんです。そんなヤツのうしろについて運動なんて出来るわけがない。そういう組織は僕は信じられない。

ローカルの話しと言うのは面白いんですね。例えば政治の話でもね。永田町の議事堂にいる代議士が、地方へ戻ったら何をやってるかと言うと、とにかく汚いことばっかりやってるわけですよ。それに教育委員会とか警察とか全部ひっ絡んじゃって欲得ずくで動いているわけでしょ。選挙だってそうですよ。青の人の後援会からは五合瓶しかこないけど、この人の後援会からは一升瓶もらったからこっちへ行っちゃおうとか。地方の警察なんて、お百姓の集まりですよ。ものすごくヒガミ、ソネミ、がある。それとすぐ嘘つくでしょ。これはもう、つくづく貧乏人の集まりなんですよ。そこにエリートのキャリアが来るでしょ。下の奴は言う事聞かないから、結局上のやつは下に引きずられて百姓じみたことをやるわけですよ。それでよく不祥事がおこっちゃう。キチっとやればいいんだけれども、下の方が言うこと聞かない。昔は陸軍、今は警察っていうもんで。

あの時代、僕らは毎日ヤミ米を食いヤミのものを売ったりして、随分あくどいこともやったり、それで傷ついた人もいるだろうしね。自分が食うためには、周りの人間を全部振り捨てて、人が困っていても見ぬフリをしていたという。浮浪児なんかいくらでも見かけて、助けてあげなけりゃいけないとは思うんだけど、それをやりだしたら際限なく自分の生活が追い込まれていってしまう。それは浮浪児だけじゃなく、肉親に対してもそういう部分があったしね。だからそういうものが傷として残ってるわけですね。何かしら自分が罪を犯しているという・・・。それは何も僕が海軍に行ったとか、そういう罪じゃアなくて、生き残るために誰かを捨てていく、あるいは見捨てていくというね、そのこと自体に原罪と言うか罪の意識を絶えず持っているわけですよ。だけれども、その罪をぶつけていくところがない。また、許しを請う相手もわからない。誰に許しを請えばいいのか分からないし、第一、あのとき喰えていなければ許しを得てもしょうがない。そういうものを何かにぶつけたいというのがあるんです。

>>敗戦時、日本人は大かれ少なかれ「原罪」を犯さないと生き残ることができなかった。天皇もこれに含まれる。一方で、罪を犯すのを潔しとせず、自決の道を選んだ人も多かった。

ものがなくなれば盗んで喰え、「施主こそ我が主」ということわざがあってね、「施主」というのは、ものをくれる人、その人が私の主人という。それくらい、沖縄人と言うのははっきりしてるんです。それが本当の貧しい沖縄人の考え方なんですよ。道徳とか、美意識とか、善なんてことは考えない。困ったら盗んで喰えと。沖縄の人たち全部とは言わないけど、かなりの人が基地に依存してるんですよ。女は女で売春なんかやったりして。空手の先生だってアメリカ人の弟子を抱えているわけであってね。そうやって基地に依存してるうちに、結局、沖縄人はナショナリズム、つまり、腹が減ったら人のものを盗んで喰ってやろうというね、そういう本来の飢えというか、動物的な感覚というものがなくなってきちゃって、いいところにつこうというようになっちゃったと思うんだな。

沖縄人はアメリカ人よりも本土人を嫌っています。アメリカは巨大すぎてもはや敵の範疇にはいらない。あんなものを敵にしたってどうしようもないんだから。基地に飯を食わせてもらってるんだし。要するに大地の神みたいなものでね。動かしがたいんです。それより、観光でやってきて、目の前をチョロチョロ動いている本土人が、沖縄人は大嫌いなんです。ヤマトは100年間何もしてくれなかったわけですからね。アメリカはちゃんと食わせてくれる。それからやっぱり戦争中の日本軍のあり方がすごく影響しているでしょう。アメリカ人は沖縄人をそんなに殺していないですからね。日本の陸軍は、まとめて殺したりしてるでしょ。それは目の前でやってるからね。彼らにとってみればアメリカ人より日本人の方が憎たらしいわけ。それがえんえんと残っているんです。

>>沖縄にとって、巨大すぎ、動かしがたいからアメリカは敵ではない。日本人は敵。自決を強要したけど、自分は本土決戦もやらずに、ケロっと忘れちゃってるし。

終戦の年の冬でしたかね。僕は東京駅で在日の人たちが故郷へ帰るところを目撃したんですけど、すごかったですよ。いわゆるエクソダスで。あれは1000人以上かな。それで全員旗を持って、「ニッポン人のバカヤロー!朝鮮万歳!」と叫んでてね。僕は通りかかっただけなんですけど、とてもじゃないけど日本人は近づけない。それで唄を歌ってね、汽車が動くと旗がザーっと靡(たな)びいて。ある面、羨ましく思いましたよ。

結局、やくざというのは、突き詰めれば被差別部落民と朝鮮人が多いですよね。例えば山口組にしても6割は朝鮮人と被差別部落民なんです。おもしろいのは、被差別部落出身のやくざというのは、同じ出身ということで団結することがあるんですよ。で、最終的には、組が何と言おうと、そっちの方を大事にするんですね。朝鮮人の場合は横に団結すると言う事はない。だって、金にならないからバラバラのまま。被差別部落の場合は、同和対策と言う事で金が出る。ヤクザと言うのは右翼ですからね。右翼というものは自分たちは皇室に直結しているものだと思っているから、朝鮮人が朝鮮名前でやくざの親分になったら困るんですよ。それは周りのヤクザが許さない。

>>アメリカで差別され馬鹿にされたイタリア人がマフィアを組織する。日本の朝鮮人は金貸し、パチンコ屋などにもなるが、アメリカでは金貸しはユダヤだろう。

一番上がフルコースでその下の指揮官が洋食を食べていて、ずっと下の兵は宅案とおにぎりって、海軍はずっとそう。その点陸軍は違う、上の者は下の者と全く同じもの…極端に言えば、連隊長以下、全部同じものを食います。というのも、平等にして置かないと下の兵隊から恨まれるでしょ。大体、陸軍は部下に辛く当たったら、戦地でうしろからボンとやられてしまう。軍艦は沈むときは一緒だから一蓮托生。だから命令は厳しい。要するに、船を動かすのには上から下までの命令系統が必ずいるわけですよ。しかも軍艦と言うのは限られた空間で、兵隊は逃げ出すわけにはいかないでしょ。それで士官は士官として傲(ごう)然として士官室にいて、部下が死のうと何しようと平気な顔をしている。陸軍はそうじゃない。陸軍の場合は中隊長がメインの指導者ですけどね、必ず兵隊と一緒に暮らす。それで兵隊と同じものを食べる。それで一緒に行動して兵隊の悩みは全部聞いてやって兵隊が戦死する時には手を握ってやって「俺の手をお母さんのと思え」と。そういう意味では陸軍と言うのは農民的民主主義なんです。要するに百姓型の戦争をする。だから本来はバラバラ。海軍は命令がないと何もできない。陸軍の場合はどんなに追い詰められても必ず生き残って粘り強く戦うという教えでね。海軍の方はダメなときは、艦もろとも自決する。

>>一蓮托生の海軍。個人主義の陸軍。陸軍では部下と言えども信じられないから一緒に飯を食い一緒に行動する。追い詰められたら指示命令なんかなくても一人で生き残る。海軍では上官は部下を、部下は上官を信じるしかない…指示命令なしでは動けない。

明治天皇は、性格的に野武士の棟梁です。だから成功したんでね。それは旅順で乃木さんが第二次総攻撃に失敗したとき、陸軍の参謀本部は乃木さんを更迭するというのが圧倒的意見だった。乃木さんに任せていたらダメだと言う事でね。けれどもどうしても明治天皇はうんと言わない。なぜかというと、乃木を更迭して、それが新聞ネタになって世界中に回ったらどうするんだと。今、ロンドンで国債を一所懸命売ろうとしている高橋是清の努力が全部パアになってしまうじゃないかと。だからここは、乃木に死んでもらうしかない。死んだら変えればいいんだと。ハッキリ言ってこれは見殺し。それくらいの武士の棟梁なんだよ。生き残った乃木をどうしても元帥にはしなかった。乃木という男を見抜いていた。

>>乃木将軍もバッサリ。

日英同盟を切って、四カ国条約にしちゃったでしょ。それで発言権を全部取られちゃってね。むしろハルノートより大きい。

東条は、どうしてもアメリカが要求するんだったら、支那、朝鮮から撤兵していいと、ちゃんと言ってるんですよ。 ハルノートの要求を呑むということは明治以前の日本に帰れということなんだけど、貞明皇后はそれでよござんしょ、といったようなことを言っていたらしいんですけどね。 東条だってそんな馬鹿な男じゃアないからね… そこまでアメリカが要求するんだったら、兵を全部引き上げようと。 ただそれを一番恐れたのは、かえって宮中側近… 近衛文麿とか木戸とかあの連中なんだよ。 要するに、兵を大陸から引き揚げたら反乱が起こると。 海外に出ていた兵隊が日本に帰ってきちゃって、その連中が軍の上層部に不満があると言って反乱を起こしたらどうなるかと。 そうなったら赤色革命に近いものになってしまう。 それを恐れて木戸は東条を首相に推したわけでね。 そこが東条の悲劇だった。 そういう事情を今、ちゃんと教えてないわけでしょ? 単に、東条は悪者だと言ってるだけであってね。 

>>陸軍は、何をするか分からない、と恐れられた。226をやったテロリストたちだけではない、戦争を止めたら陸軍の兵隊が帰ってくる…テロリストたちはこれを使って軍事クーデターをするだろう…。陸軍の兵隊が帰って来ても反乱を抑える確率の高い東条を起用。これも虚を突かれる見方。戦争に負けてから帰ってきた方が怖くないから、負けて欲しかった?日本は一体誰と戦っていたんだろう?もしかすると、「御聖断」も、陸軍の兵隊が帰って来ても、もう反乱する力がない、と判断したあと???

荻外荘会談で開戦か和平か、つまり大陸から撤兵するか、しないか論議をしたわけですけど、陸相・東条としては、開戦した場合には太平洋が戦場になるわけだから、海軍が主体になると。 だから、海軍が戦えないと言えば、そのときは自分が必ず大陸から兵を引き上げさせると考えていたんだ。 その前の御前会議で、一応、開戦決意は決定されているわけですよね。 東条のセリフにもありますけど「今更戦争に自信がないというのは、お上に対して不謹慎ではありませんか」と。 東条は海軍にその答えを出してもらおうと、海軍大臣… 及川古志郎に自分の意思を伝えていたんですよね。 ところが及川は会談の前日に軍令総長の永野修身のところに行ってるんだけど、天皇陛下から軍艦をつくりますからと予算をもらっているのに、今更戦争はできませんなんて言えないと言われちゃった。 で、翌日の会談でもって東条が「海軍はやめますか」と聞いたら、及川は「首相に一任します」と。 それで東条は引くに引けなくなっちゃった。 だから東条は、近衛内閣が総辞職したときに、自分はもう陸軍から身を引こうと思っていたんですよ。 そうしたら、内大臣の木戸が東条を首相に推した。 つまり、陸軍の暴走を抑えるには東条以外にはありえないだろうと。 毒を以て毒を制するということでね。 それと、木戸がもうひとつ読んでいたのは、東条は天皇陛下一辺倒の人であると。 そこで木戸は、陛下のご意思はこれまでの決定を白紙に戻すこと… 要するに和平であると東条に伝えたんです。 ところが、そこにハルノートが出てきた。 これを見た日本内閣が悲憤慷慨していっぺんにゴーサインが出た。

>>海軍に降りる、と言わせて「じゃあ、陸軍も…」と考えていた東条が裏切られた。これも意外。陸海軍が互いに相手が「や~めた」と言い出してくれるのを待ってたんだが…

東条は、結局、大局観を失うというか、天皇に帰依しちゃってるものだから、庶民からの視点というものを持ち得なかった。 軍人官僚ですから、上からばっかり見て、下から見ることはできなかったんでしょうね。 

サイパンというのは、かなりの女と子供が飛び降り自殺してます。 どうしてあんなに飛び降りたかと言うと、ヴェトナムのソンミ事件みたいなことがずいぶんあっだと。 部落を囲んじゃって、適齢期の女だけを引っ張り出して、老人と子供たちだけを集めて銃撃を加えて火をつけちゃうんですよ。 そういうケースがあったんです。 それを女たちは見てるから飛び降り自殺してしまった。 じゃなかったら、あんなことしませんよ。 沖縄ではほとんど勝敗は決まっていたからね。 アメリカの方にも余裕があったんですけど、サイパンでは、まだ勝つか負けるかの時ですから、彼らも目の色を変えている。 殺人鬼なんですよ。 それでそういう事件が随分起きている。 それは、生き残った人たちが、証言として本に残しています。

>>満州でソ連軍がやったことと同じことをアメリカ軍もサイパンでやった。これも意外。でもいかにもありそう。

司令官の自決というのは外国にはありません。 天皇陛下に何と言ってお詫びするかというのがあるんですよ。 非戦闘員を守ることは帝国軍人の務めではない。 天皇の私兵です。 だから、天皇陛下に向かって何と言ってお詫びしたらいいのか? そんな言葉なんかないから死ぬしかない。 だから、日本軍は正規の軍隊ではなかったと。 市民のための軍隊でもなかったと。 日本の軍隊は、とにかく一から十まで天皇の軍隊であったと。

>>天皇の私兵。非戦闘員のことではなく天皇しか見ない日本軍人。

東条は、最後まで首相としての責務を果たそうと決意をしていたんですね。 ただ、サイパンが陥落したとき、体面上はなんとかしないといけないんで、一応、形式として天皇に辞意を申し上げると、けれども内心はその時、天皇は慰留してくださると。 それで腹を切る覚悟で指揮を執るつもりでいて、いざ辞意を申し上げたら陛下は「あっ、そう」と。 結局、死んでいくときには「天皇陛下万歳」ではなく「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えた。

>>東条は海軍に裏切られ、天皇にも裏切られた。

所帯を持っていたのにもかかわらず、愛する女房子供と引き裂かれてニューギニア戦線に引っ張って行かれて、飢えと暑さの中で餓死して行った兵隊たちが、果たして靖国神社に祀られて喜ぶかと言ったら全然違う。 むしろ、靖国をぶっ潰しにかかるだろうと思いますね。 そういう感情があると考えると、靖国神社に参拝する連中はデリカシーがないというか想像力がない。 大臣なんかが8月15日に参拝するでしょう。 あれは、ある種のデモンストレーションであって、もう一遍、国家全体主義を取り戻そうという意図があるとしか思えない。 もしちがうんだったら、何も8月15日だけでなく、毎日朝にでも靖国神社に参っていればいいんだよ。 国家全体主義というのは日本の場合、天皇制の護持のことなんだよ。

>>靖国をありがたがらない兵隊。これもそうか!って感じ。確かに8月15日の1日だけ、大臣がうちそろって靖国に行くのは政治的意図があると考えるべき。

搭乗員の命を大事にするのか、機の戦闘力を大事にするのかという問題がある。 結局、搭乗員を大事にするアメリカの方が戦闘力が上がって行く。 で、これを零戦が強かったというのは、”燕返し”という戦法があったんだよ。 これは、敵機に後部を取られた時、一気に上昇をかける。 零戦の場合、6000メートルあたりまで行くとプロペラが竹とんぼ状態になっちゃうんだけれども、そこへ行くまでの間に敵も追尾してくるでしょ。 そのときに、急にエンジンを止めるんですよ。 そうするとストーンと下へ落っこちて、キリモミ状態になる。 それでキリモミ状態で落ちたはずみで、もう一遍、機首を起こして敵の後ろを取っちゃう。 これを”燕返し”というんです。 これをやるためには、防御の鉄板を厚くしたら重くてダメなんです。 で、アメリカはそれをやられちゃマズイということで、三機編隊のところを四機編隊にして、二機ずつチームを組ませて、二機が零戦一機に対して交差しながら追いかけていくと。 これをサッチ・ウィーブ戦法というんですけど、それをやられてから零戦は太刀打ちできなくなった。

>>アメリカ人と比較した日本人論。神業のような「燕返し」をできるように、飛行機を軽くする…そのために防御を犠牲にする…神業に対し、アメリカは1機増やしてくる。

東郷平八郎が言った「百発百中の砲一門、よく百発一中の砲百門を制す」というのと反対。アメリカとしては、百発百中の砲が一つあれば勝てるというもんじゃないと。軍艦にしても、艦隊戦をやったら、やっぱり2対1の方が強い訳で、それと同じで名パイロットが一人いればいいというもんじゃない。だからアメリカは零戦に対しては搭乗員を確保することが先決だと。それには防弾のアーマーを厚くすると。じゃあ、それで重くなったらエンジンを大きくする。それでできたのが、グラマンF6Fヘルキャットです。普通にやったって、B29は落ちないんです。アーマーが厚くて20ミリの機銃では弾が跳ね返っちゃう。そこで真上に飛び上がって行って、上で反転をして、B29の上にダイビングするんです。それで操縦席を狙うんです。ただ、その場合、ぶつかるスレスレまでになるわけです。ひどいときには、片方の翼をぶつけちゃって、フラフラで帰って来たこともあったらしいですけどね。

>>アメリカは搭乗員を守ることを優先し、神業なんて考えずに防弾のアーマーを厚くし、エンジンを大きくする。数少ない神に、軽くて防御の弱い飛行機で神業をやらせるしか能のない日本。

規格が全部違うから、昭和18年のガダルカナル戦の時、日本のラバウル基地にあった飛行機のほとんどは使い物にならなかった。車輪が壊れただけで、もう使い物にならなくなる。

>>日本では、それぞれの武器製造会社に神様がいて、他社との協力、共通化なんて考えない。自由が好きで個人主義のアメリカは一体誰が音頭を取って部品を共通化したか?それとも自分たちの上に標準化・普遍という「唯一絶対の神」がいるということなのか?

米軍には、昭和20年の11月にオリンピック作戦…九州の志布志湾に65万の大軍を上陸させるという計画があって、それに対する水際での対戦車特攻突撃…要するに爆弾を持って戦車に突っ込めということで、大体、僕らはそこへ回されることになってね。それで昭和21年の3月にコロネット作戦かな、アメリカは九十九里浜に上陸すると。ただ、アメリカには例の4割の損害が出ると作戦を中止するという方程式があって、そういった作戦はどう見積もっても4割超えちゃうんですね。それでかなりためらってたんです。実際、アメリカ軍も硫黄島で相当やられてるでしょ。だから、かなり、神経質になっていて、自分たちの兵隊を殺さないために何とかしなければならないということで急がせたのが原爆開発ですね。

>>日本の激しい抵抗が原爆開発を促した。

何故日本は戦争を続けたのか?天皇なんだよ!国体護持のため、アメリカと何の交渉もせず、とにかく徹底抗戦するというだけの話しなんだよ。結果、敗戦となるまでの間に特攻隊とか空襲、原爆で日本人は相当死んでる。天皇制のヒエラルキーに入っている上流階級がね…上流階級は天皇制がなくなったら自分たちの権益を全て失ってしまうわけだからね。で、当時、アメリカの世論調査では80%が天皇を銃殺すべきだと言ってますからね。そういう情報も入って来てるから、上流階級としては国体護持が第一だということで終戦を延ばしに延ばしていたんですけど、結局、そのために何十万という人間が死んでいったわけですよ。だから裕仁が個人として何を考えていようとも、あの人は第一級の戦犯ですよ。それなのに、何の処罰もされず、戦後ヌクヌクと来たということ…これは絶対に許しがたいんですね。天皇が人間宣言された時から逆に神になった。象徴、つまり神だと。それは「国民の総意」ということで、いち「総意」になった知らないんだけど、勝手に総意にできるのは神しかいないんだから。

>>戦犯かどうかは分からないが、天皇に敗戦責任・結果責任はある。占領軍が神の代わりになって「総意」になった

ただ、天皇という存在があるから、例えば田中角栄はあの辺の段階で終わったと思うんだよ。つまり天皇制がないと、どんどん行っちゃって、最後には大統領になっちゃって、下手すると物凄い権力者になったかもしれない。

スラヴォイ・ジジェクという人が天皇制を維持している日本人は世界で一番利口な民族であると。なぜかというと、天皇制はどういうものかというと、日本国民はだれも天皇が一番偉いなんて信じていない。一番古い家系図を持っているだけだと。王様は裸なんだとみんな知っている。しかし、それは言っちゃあいけない。知ってても知らない振りをしているのが民主主義であると。つまり、一番偉い人は実は偉くないんだ、無なんだと。だけど無だというフリをしなければいいんだということなんです。で、ジジェクは天皇制は大統領制よりもはるかに優れた制度だと言ってるんですね。つまり大統領制や民主主義でやってたら、田中角栄でも誰でも、俺が一番偉いという人間が出てくるわけですよ。今の元首より俺の方が偉いと打ち倒すというのは、フランス革命のテルミドールがそういうものだったわけですけど、偉くない人を偉いことにしておこうぜ、というのが一番うまくまとまる、と。アメリカは大統領制で、とりあえず8年という任期を決めてやってるからいいんだけど、必ず民主主義というのは独裁制に転化する、独裁制にしないために天皇制が必要である、と。

>>本当に偉いかどうかは問わずに、一番古いからトップにいる…確かに独裁はないかもしれないが、天皇をかついで”独裁もどき”は可能だ。(例えばマッカーサー)日本人て本当の一番を決めるのが嫌いなのか?その代わり、誰の指示命令なの?が曖昧模糊。「知らないふり」「信じてるフリ」を何十年も続けてると、疲れて来る。そして”オールド””WOKE”などと揶揄される。

8月15日に「終戦」になって、8月24日にと秩父宮が御殿場から出て来るんですね。本当は、今上陛下から御殿場から一歩も出るなと厳命されているんですよ。そこを無断で出て来たんです。それで記者会見をして、天皇が退位した後は自分が引き受けるというようなことを言ったらしいんだ。それを昭和天皇が聞いて、カっときたわけですね。それで秩父宮を呼び出して、なんてことを言うんだと、自分は退位しない、お前は即刻御殿場に戻って二度と出てくるな、と厳命した。

>>本当か?病弱な秩父宮にそんな元気があったとは思えない。

昭和天皇は、は226事件にしろ、開戦時にしろ、取り換えられてしまう機会が何度もあった。昭和天皇は、自分は天皇の子ではない、サラブレッドではないということはわかっている。駄馬であると。駄馬であるからこそ、天皇という位を与えられたとき、自分は死んでもこの位を守らなければいけないと。それは天皇であるがゆえに、というんじゃなくて、人間としてそういう義務を果たさキャならないと考えている。だから、あれくらい辛抱強い人はいない。地方行幸に行くと、一時間くらい天皇は立ちっ放しでいなければならない。けれども、鈴木貫太郎侍従長が見ているんだけど、その間、天皇はまったく微動だにしないで、文字通り直立不動でいるんだと。実際に足跡を見たら一分も動いていなかったと。そこまでして天皇というものを守って見せる。それが自分に与えられたひとつの人間的使命だと思っていたと思うんですよ。だから、退位というのは彼の頭の中にはなかったと思う。少なくとも自発的にはそうは思ってなかった。木戸幸一にはチラっと「辞めた方がいいのかね、どうかね」ということを言ったらしいんですけど、後は辞めるなんてことは一言も言ってない。本来サラブレッドに与えられるべき天皇という位を駄馬である自分が受けた以上、皇祖皇宗に対して徹底的にそれを守りぬくこが自分の使命だと。そこまでしぶといのは、やはり神というか、人間の域を絶しています。

>>本当か?昭和天皇は確かに、戦前戦後とも頑なに憲法にこだわった…血筋では正統性を証明できないから憲法に頼ったってことか?

昭和天皇は、憲法を守ろうとしすぎたあまり、フレキシブルな裁断ができなくなっちゃった。でもそれが天皇というものなんだと、信じてやったんじゃあないか。

>>憲法以外に自らを天皇たらしめる根拠がなかった?

東京空襲の後、天皇は被災地を見回りたいと言い出し、アメリカの爆撃機がゴロゴロ飛び回っている時に、焼け野原で行列を作って見回った。実は敵戦闘機の餌食になりたいと望んでいたと。結局何事もなく宮城に帰って来たんだけれど、非常にガッカリしてたそうです。

>>死んで逃げたかったのか?それとも自分が死ねば事態が好転すると考えたか?

天皇が演じて来た虚構的な部分と言うか、天皇制というものの偽りの盛装というものが分っていれば、軍人さんも国民大衆も認識の仕方が違っていたと思うんだけどね。けれどもそれが表には出ない。そういう流れが戦後日本民主主義というものの基本にあるわけでしょう。そこが僕なんかは一番歯がゆいというか、遺憾に思っているところなんだよ。なぜ、全部表に出してしまわないのか。そのうえで新しい民主主義を起こせばいいじゃないかと。だけれども、みんな、過去の事に蓋をしてしまって、秘密のベールに覆ってしまったまま、何かその上にくっ付けようとするんだけれども、それはくっつかないわけだよ。それが戦後の思想混乱の元なんだよ。

>>戦後は、冷戦の中でアメリカが日本を味方にしたくて始まった。そのため、いい加減な妥協もあり、無責任体制も温存された。その場しのぎで始末つけたんだから、そりゃ、禍根も残るし、混乱もする。

神の下での平等…共産党も民主主義を守るには天皇制が必要だと言い出した。

阿川尚之さんが書いてるんだけど、平等というのは逃げる場所があって初めて平等なんだと。壁の中に囲まれた中でだったら、そこで力関係が出来ちゃって平等なんかありえない。平等というのはアメリカみたいな広い国で、ここでもって自分の家を持って食うことができないのならば、別のところへ行って何か主張できると。それで自由と平等が成立するというのが民主主義だと書いている。つまり、日本みたいな狭い国では、品来、民主主義なんてありえるはずがないんだよ。

>>この不自由、不平等が「世間」を産む。お行儀よく、察し合う…お行儀が悪い者、察しの悪い者は、いじめられ、排除される。

天皇の名のもとにどれだけの人間がぶん殴られ殺されたか、ちゃんとわかって言っているのか。そして天皇はちゃんとその責任を取ってるのかと。朝日新聞なんて戦前は軍のために大宣伝をやっておいて、それで終戦の時には「みんなで反省しなければならない」なんてね。何言ってんだ、テメエが一番反省しなけりゃならない。で、新聞社で腹を切ったやつはいますか?一人もいない。あれだけ軍のお先棒を担いでだよ、翌日から知らん顔で民主主義だとか何とか言っている。しかも戦後、民主主義だなんだと言っておきながら、天皇の問題をまともに追求した新聞社、出版社なんてない。今上陛下でさえ、父殺しをやってるんです。昭和天皇の大喪の礼で、宮内庁が用意した文章なんですけど、昭和天皇は「世界の平和と日本の繁栄を祈念し」ていたという文章があるんですよ。そこを「世界の」を取って読んだんですよね。まあ、それくらいの根性が今上陛下にはある。

>>新聞社が責任取らなかったのは、天皇が責任取らなかったから。俺は、新聞社には責任はないと思う。あるのは天皇の敗戦責任だ。新聞社は人が読んで喜ぶ記事を書くだけだ。そんな記事を読んで喜び勇んだのは、喜び勇んだ方が悪い。

「世界の平和」と「平和」…どこが違うのか俺には理解不能。

天皇は日本の「国教」であった。今のマスコミの大勢は、そういう時代を歴史の中の特異な一時期として片づけてしまっているようだが、はたしてそうだろうか。神棚や教育勅語の代わりに、皇太子ご夫妻や皇族の消息が絶えず紙面を飾り、新年祝賀や国体、文化勲章という行事には必ず天皇陛下のお姿が報道の中心を占めている。「国教」は微動だにもせず連綿と今日も続いている、というのが現実ではないか。だがそれでいて「天皇」を少しでも認めるような言論にはすぐさま「右翼」という罵声を浴びせ、映画に「天皇」が登場するとアナクロニズムとあざ笑う風潮は、一体、どういう論理から発しているのだろう。現在の日本は「天皇制」の下の秩序の中で安寧と繁栄を維持していることは事実だ。あらゆる文化論も、社会科学も、あるいは社会革命を論ずる場合にも、「天皇」と我々のかかわりをどうするのか、という所から出発しなければ、すべて誤魔化しで終わってしまうはずである。しかし、戦後36年間、私たちの社会はそうした誤魔化しと虚妄の上で空騒ぎをして来ただけのような気がする。

>>占領軍は、かなり無理して天皇を温存するために様々な嘘・誤魔化しをした。戦後民主主義のその嘘・誤魔化しが”オールド”と言われ始めた。日本人自身が日本人を正確に理解するには天皇を脇においては不可能だ。そこから目をそらして民主主義だ、資本主義だ、と言っても空騒ぎだ。先の戦争は日本人が一時的に気が狂って…じゃあない。戦争に負けて、マッカーサーが一時、天皇に取り代わっただけで、先の戦争を始め、遂行したのと同じものが戦後もしっかり残ってる。例えば、次に出てくる「情緒衝動」だ。

戦争史を映画で客観的に綴ろうとすれば、当然日本の立場を肯定する部分も入ってくる。それが、「戦前の日本はすべて悪であった」と規定しなければ建前を維持できないマスコミや左翼政党支持者たちの使命感に背く。その人たちにとっては、この種の映画は一切若い人たちの目には触れさせたくない、というのが真意なのではなかろうか。戦前の軍人たちが英米文化を一切排除して民衆を盲目に陥れた、あの「情緒衝動」となんとなく似ているような気さえする。だからと言って、<非武装・中立>や<反戦>の主張が悪いと言っているのではない。その主張がすぐ「情緒衝動」に短絡してしまう体質から、まだ日本人は抜けきっていない、と言っておきたい。いくら「反戦平和!」と絶叫してみたところで、それで戦争に巻き込まれないという保証は1パーセントもない。必要なのは、戦争を避ける知恵である。「戦争は嫌だ!」と叫ぶ純真な「情緒」より、あの手この手を使ってずる賢く戦争をかわしてしまう知恵を持つことである。日露戦争の時、日本が破滅の一歩手前で辛うじて勝勢の内にロシアと和睦が結べたのも、当時の政治家や将軍たちが明治維新という内戦を潜り抜けて、戦争の実態というものを熟知しており、国力の実情を冷静に見る目を持っていたからであった。「反戦平和」を守り通して行くためには、却って戦争というものを、またそこに至る道程を、よくよく知ってなければならない。過去について知らんぷりをするのではなく、冷静に、客観的に、自国の戦争を追って見て行くことしかない。

>>鬼畜米英、非国民で負ける戦争を始めた。それが反戦平和に変わっただけ。その通りだが、今度は何に負けているのか?相変わらずアメリカに負けてるのか?「ずる賢く戦争をかわしてしまう知恵」は暗黙知というか、公開され、共有されるものではないから、身に着いたかどうかは、いざ戦争が迫ってこないとわからない。

私は<今>が嫌いだ。<戦前>が好きだ。「良かった」とは言わない。「好きだ」と言っている。どうして好きか、というと、みんな貧しかったから、というのが一番腑に落ちる。貧しかったからビルも建たなかったし、車も走らなかったし、だから町は一つ一つ違ったしわの寄せ方を見せて、昨日から明日につなぐ生活があった。贅沢とか虚飾とか自己顕示欲とかには全く縁のない人たちがそこで一所懸命に暮らしていて、息吹の一体感があった。生活とは関係ない抽象的な思想とか主義で人々が争うようなことはなかった。物を持つことも、食べることも「質素」でなければならないことは常識であった。そうして得たわずかな必需品は、だから、万遍なく愛着がこもった。乏しい食品は、だから、どれもこれもうまかった。無駄なものは買わないから、無駄な字を読まされたり、無駄なしゃべくりや音を聞かされることもなかった。ギャンブルが日常の会話に出てくることもなかった。だから、時間だけは豊かにあった。その分、内なるドラマは旺盛であったと思う。

>>皆が貧しかった昔が好き、というのは理解できる。食うのに精一杯で、ただひたすらに昨日から今日、明日につなぐだけ。余分なものも余分なこともない。無駄や贅沢はしようにも、できない。でも、時間や内なるドラマはたっぷり。俺も好きだ。余計なことを考えるようになったって、碌なことはない。俺は戦前どころか、鎖国時代に憧れる。

226事件の時、安藤輝三大尉が実行部隊として起つ前に、新正雄という弾薬倉庫番の軍曹がいるんですよ。その人が鍵を持ってるわけだけど、安藤が、倉庫を開けて部隊全員に武器・実弾を渡してくれと。新軍曹は何のために使うんですか、と聞くんですよ。で、安藤は実はかくかくしかじかと説明したら、断固として自分は渡さないと。我々は天皇陛下の命令で動くんであって、いかに中隊長の命令であっても、弾薬庫を開けるわけにはいかないと。それでこれは創作なんだけど、そのときに、安藤が秩父宮からいただいた銀時計を新軍曹にあげるわけだよ。そして「これは秩父宮様からいただいたものである」「秩父宮様は我々を信じておられる。俺もお前を信じる。だからやってくれないか」と。これは半分くらい事実なんですけど、新軍曹はそこでもって「わかりました」と、「そこまで言われたら私は言葉がありません」と言って当日、倉庫を開ける。

>>俺にはこんな「説得」はできない。「無理だろうな」とハナから諦めてしまう。命を賭けて「必死」になるものが現れれば別か。

清原少尉が言うには226事件の本当の計画者は、満州事変のt期に関東軍司令官だった本庄繁、彼じゃないかと言うんですよ。天皇は、内府の斉藤実と、侍従長の鈴木貫太郎、侍従武官長の本庄繁の三人の言う事しか聞かない。あとは誰が言っても天皇は聞かない。そのうち二人が襲撃されたわけでしょ。二人は海軍。残るは本庄だけでね。それに本庄は満州で成功してるでしょ。広大なる満州帝国を作り上げたという実力を持っていて、ある種の内乱と言うか、武装決起みたいなことに彼は自信があって勝てると思っていたわけだね。そういう本庄さんがやるんだったらという訳でみんなついて行った。で、本庄は自分一人だけが生き残るんだと。つまり三人の内、二人がやられるんだから自分が真っ先に天皇のところに駆けつけて行って、本日、こういうことがありました、と。すべては陸軍の責任において処理しますからと言えば天皇はうんと言わざるを得ない。そうしたら後は本庄の思うがままでしょ。それでなぜ野中大尉が一番の大部隊である500名を率いて警視庁へ行ったのか?これはずっと謎になっていたんですけどね。警視庁へ行って屋上に上がって宮城の中を見てたんですね。で、近衛連隊の中橋中尉が球場の中に入っていて、本庄さんと連絡をかわそうと、つまり天皇陛下に本庄さんがこう言う事が起きましたからこうしたらどうですか、と聞いて天皇がOKを出したら、本庄さんが中橋中尉に連絡して、球場の堤の上から警視庁の屋上にいる野中大尉に合図を送ると。そうすると直ちに野中部隊500名が坂下門から一気に宮城に入っていくと。それで玉を囲んだら、他は絶対、手を出せない。

事件が起こってそろそろ行く頃だと本庄が参内したわけですよ。ところがそのちょっと前、天皇のところに侍従が駆けつけていたわけです。それで今電話が入りましたと。陸軍の一部が反乱を起こして、これこれこういう被害が出ていますと。誰からの電話だったのか。これは色々な資料や意見を集めての話なんだけど、西園寺公望からなんだよ。興津にいた西園寺が将校たちの動きに気付いて、これはエラいことだと、これは天皇の側近に一番の敵がいるに違いないと。誰かと言っても陸軍には本庄しかいない。それで本庄が参内する前に電話したんだよ。その後、20分くらいして本庄が参内するでしょ。それで本庄が何か言う前に「あれは反乱軍だ。押さえろ」と天皇に言われちゃう…結局本庄さんは「終戦」のときに自殺しちゃってね。「本庄日記」を読んでも、これっぽちもそんなことは出てこない。じゃあなぜ西園寺は計画を知ることができたか。これは三菱からなんです。三菱と言うのはご存じの通り北一輝の大スポンサーでしょ。つまり北一輝がリークしたんですよ。で、西園寺には夢と言うか計画があって、前から彼は公家革命をやろうと思っていたんですね。だから226みたいな計画が成功したら困るわけだ。ところがそれをどこかで安藤大尉か栗原中尉が気づいた。で、裏で北と西田税が裏切って西園寺側についていると。それでこれも清原少尉から聞いたんですけどね、清原少尉が野中の命令で2月27日昼間、華族会館に弁当を取りに行くという口実で一小隊を率いて乗り込んで行ったら、中に公家さん連中がぎっしりと集まっていたと言うんですよ。つまり、西園寺の指図によって公家革命の謀議をしようとしてた。それで公家さんたちに銃剣を突き付けて「一歩でも歩いたら射殺する」と、そこに釘付けにした。それで、西園寺の意図はつぶされちゃった。

維新革命ー皇道派ー実際戦闘主義という三段階があったわけですよ。秩父宮とか真崎甚三郎だとか山下奉文とか、そういう連中は二期の皇道派には支援してたんだけど、第三期の実際戦闘派には警戒してたんですね。それは北もそうなんですよ。それで裏切って戦闘派を押さえちゃってそれで維新派と皇道派だけを残して将来を築こうと。それを栗原が読んで、急ぐべし、とやっちゃったわけですね。けれども、事件の起きる前から栗原あたりは集めた軍資金を持って銀座へ行って「さあ、明日は革命だ」なんて騒いでる。そんなことをしていれば、当然、公安関係や参謀本部にわかってしまう。それで参謀本部は仕掛けるつもりだった。だからわざと泳がせて…。それでついでに公家革命も読んでいて全部潰そうと。それには北がかなり動いている。つまり、二重三重のスパイ。まあ、「革命するぞ」と銀座で放言したのも相手の反応を見るつもりだった・・・

>>二重三重の騙し合い。ややこしい。肉を切らせて骨を切らせる、みたいな。色んな人が色んな「革命」を計画し、実行しようとしていた。226も何分かの差で違った結果になっていたかも。しかし、いずれかの「革命」が成功していたら、天皇はどうなっていたんだろう?負ける戦争は回避できたんだろうか?

自立とかどうのこうのということじゃなくてね、要するに、アメリカのあれだけの圧倒的な軍事力を見せられたらどうしようもないんですよ。というのも、敗戦ということで海軍が解散になって、僕は一旦静岡にひきあげたんですけど、昭和20年の12月の初めに、初めて東京に戻ってきますてね。満員の汽車に乗ってたんですけど、横浜駅で汽車が止まったんですよ。そうしたら、焼け野原になってるから海まで見通せるんですけど、そこに、ビシーッとアメリカの海兵隊がいるわけですよ。もう殺人鬼のような目つきのヤツばっかりで、顔は真っ黒で衣裳はドロドロだし、そういった連中が自動小銃を持ってビシーッと汽車を取り巻いているわけですよ。あれを見るとね、とてもじゃないけど、こいつら相手に戦うなんてとんでもないと。本当にがっくり来ましたよ。とにかく物量からいっても人的な量から言っても、とてもじゃないけど日本人はアメリカ人に対抗できない。そんなものを相手にして、安保反対だ何だとやったって全く意味がない。まあ、基本的に僕の考えを言うと、安保反対がいい、悪いというよりも、現実的な評価として、なぜ、安保条約が必要なのかと言えば、それは、アメリカと戦わないためなんだと、安保条約をハズして、日本が中立しようとしたら、アメリカは中立はないと見る。当時の冷戦構造から言えば、ソ連、中国、北朝鮮の方に寄っていくと見るし、現実にそうなります。それは、アメリカよりロシア、中国の方が地理的に近いんだから。ソ連の東洋艦隊が日本海を制圧したら、どうにもならなくなってしまいますからね。けれどもそのとき、アメリカはそうはさせまいとする。つまり日本はアメリカの膨大な市場なんだから。その市場を守るためには、日本海に潜水艦なり航空攻撃でもってソ連軍を排除しようとする。そうすると、当然戦争が起こりますよ。だから安保条約をハズしてしまったら、逆に戦争が起こって日本は戦場になる。で、一番怖いのは、アメリカだけが、日本が左派へ行ったと、つまりは敵国であると。そうみなした場合、アメリカは遠慮なく日本を攻撃してきますよ。それは初めから全く勝ち目がない戦いで、つまりは第二の太平洋戦争になってしまう。か。よくて朝鮮、ベトナムのように南北分断。だからアメリカを敵に回さないためには、アメリカと安保条約を結んでなきゃならないんだよ。それは現在もそう。だから、当時としても、僕はなんであんなに安保条約に反対しなきゃならないのか、その根拠がわからなかった。今でも反対する人がわからない。で、当時の社会党が言ってるように、一切の軍事力を全部排除して憲法9条を守って、警察力だけ残すとするでしょう。ハッキリ言って完全武装の一大隊があったら簡単に日本は占領されちゃう。そんなの、一遍ですよ。日本なんて、真ん中にメトロポリスがあって、縦長に街が繋がってるだけでしょう。途中でスパン、スパンと切っちゃって、変電所なんかを全部止めちゃえば、すぐに麻痺しちゃいますよ。一大隊…わずか1000人の武装兵力でもって日本を乗っ取れますよ。警察力なんて目じゃない。今の歩兵隊の武装からいったら警察なんて赤ん坊を相手にするようなものだもの。だからと言って軍隊を持てば安心できるかと言うとそうでもないけれども、そういう現実的なことを考えると、安保反対というのは僕にはよくわからないんだよ。今でも沖縄ではアメリカ兵帰れ、帰れと言ってますけど、「じゃあ、お前さんたち、銃を持ってアメリカと戦ってみてごらん」と。沖縄は独立するんだと中国から鉄砲を仕入れて沖縄人だけでもってゲリラ隊を作ってゲバラみたいや南米のテロリストのように山にこもって、沖縄米軍の海兵隊と戦えと。そうやって初めて「沖縄に自由を」とか平和だとか言えるんであって、口先だけで「本土は何をしてるんだ」なんて言ってる程度ではダメなんだと。そんな状態じゃないんだと。あのアメリカの膨大な戦力の下に、日本はまだ安全に占領されてんだよ。だから、今の社民党だとか、一部の学生がやってるみたいな反米運動というのはまったく無意味だと思いますね。そんな口先だけでもってやろうなんてしてもね、まだ戦前だったら例えば右翼が暗殺事件を起こしてるし、度胸があるというのもおかしいけれども、わが身を捨てて何を成し遂げるというヤツがいたわけでしょ。けれども、戦後はもう、腑抜けでね。ただ旗を持って騒いで何になるんだと。日本の政治家や保守政党に文句言いたいならデモなんかやってないで暗殺すればいいんですよ。テロリズムをやればいいんですよ。首相の一人や二人、ぶっ殺してしまえば変わりますよ。まあ、今、日本が混乱していて、やれ教育だ、君が代だ、と言ってるけど、戦前に生まれて、戦中戦後を通してみて来た人間からすればね、もっと日本は混乱すべきだと。そう簡単にね、明治から戦前までの絶対主義が日本人から払拭されるわけでもないし、本当の民主主義なんてできるわけがないんだよ、内戦一つ起こらないで、何の血も流してないでしょ。せいぜい、あなたがたが頑張って、ガス弾くらっているくらいのもんだね。けれども、そんなの、子供の喧嘩だよ、本当に血を流して、勝ち取ったものでも何でもない。そういう戦後60年間というのは、ほとんど遊びに等しいんであって、本当に日本人が人間として自立するためには、まだまだこの混乱は続くべきだと思うよ。

>>町でアメリカ人(と思しき)でっかい白人を見かけると、「あんな連中と戦争したって負けるに決まってるよな」と上さんと話す。安保は日本がアメリカに逆らわないという証。アメリカから攻められないおまじない。日本がアメリカに守ってもらうためのものではない。安保を捨てて独立したいなら命を投げ出し血を流して勝ち取る覚悟が要る。そうして初めて、「ごっこ」でない、本物の独立が得られる。独立の第一歩:米軍を含む外国の軍隊から独力で日本を守ることを真剣に考える。まず、一極集中をやめること。


見るべき映画:「総長賭博」「女渡世人おたの申します」「日本侠客伝・斬り込み」「戒厳令」

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