先崎彰容「維新と敗戦」

 俺は明治維新のお題目である「尊王攘夷」が大東亜戦争につながり、それが敗戦に繋がったと考えている。そういう文脈の本かと思って読み始めたが、必ずしもそういうわけでもなく、維新と敗戦は近代日本において大きな変革であった、という文脈であった。

様々な思想、思想家、その著作が紹介されているが、名前も聞いたことがない保田與重郎、橋川文三が目を引いた。保田は文明開化に背を向け、全否定した。その保田の著作を若い時にむさぼり読み、昭和維新を試みたテロリストの心情を探り、三島由紀夫の天皇論を論破したという橋川。いずれ彼らの著作を読もうと思う。

この本の最後の方に、”昭和天皇への『近づき方』ー 昭和天皇と後醍醐天皇”という三島由紀夫に関する小文がある。そこから引く:

伊藤博文によって創られた明治国家は、帝国憲法によって支えられている。明治立憲体制を三島は否定した。この体制は天皇のあるべき姿をゆがめてしまった。西欧流の立憲君主制は天皇の本質に傷をつけると三島は思った。天皇から文化の香りを脱臭し、政治的側面だけが強調されてしまっているからだ。更に大正14年の治安維持法が決定的に天皇を堕落させた。治安維持法第1条「国体を変革し又は私有財産制度を否認することを目的として・・・」にヒントが隠されている。ここには「国体」を変えるような危険な行為と「私有財産制度」を否定する行為が同じだとみなされ、否定されている。共産主義を否定しているわけである。すると、国体イコール私有財産制度ということになってしまう。資本主義を守れ、というのが治安維持法の暗黙の前提なのである。立憲君主制は資本主義を守るためにあり、天皇は、経済に奉仕する役割を与えられるのだ。天皇は政治と経済に閉じ込められ、文化的な存在ではなくなってしまった。三島が戦前の日本を嫌った根本的理由はこの点にあった。三島によれば、明治天皇が体現した立憲君主制と大正天皇が背負わされた治安維持法、この二つの近代を超克するために、昭和天皇は登場してきたのである。三島は討幕を果たした後醍醐天皇は王朝文化をも復活させた、と言う。昭和天皇が後醍醐天皇になれば、近代の超克ができる・・・

三島にとっての「政治」のイメージは、後醍醐天皇同様、「美的テロリズム」による永久革命にあった。この政治における絶えざる変革思考は、変わること、変えることは無条件に善なのであって、変化そのものの意味や価値を考える余裕がない。だとすれば、三島の政治理解には、変革にとり憑かれた狂気が潜んでいるのではないか。

>>三島由紀夫は狂っていたのはその通りだろう。それはともかく、治安維持法は天皇を貶めるものだ、という着眼点は初めて知った。確かに、天皇は国民に奉仕すべきではない。国民から親として慕われ、無条件に尊崇されるべきだ。同時に天皇は、国民すべてを無条件に我が子として愛おしむべきだ。これが国体の基礎だとすると、天皇は立憲君主制で憲法に地位を認められるべきではない。もちろん、現行憲法に定める通り、民主的に「その地位を主権の存する日本国民の総意」に頼るべきでもない。親子なんだから憲法なんて無粋なもので規定すべきではない。現行憲法第1条は(天皇の子供たる)国民が認めないと天皇は天皇でいられなくなる、の意だ・・・民主主義・国民主権と天皇は両立しない。

さて、治安維持法は平沼棋一郎や加藤高明などが主導して作られた。両名とも明治維新2代目世代で、自身は明治維新に参加しておらず、伊藤博文の明治憲法政治の創作にも関わっておらず、それが出来上がった後から本格的に政治に関わった。1874年から始まった自由民権運動を通じて様々な憲法草案が出され、モデルをドイツにすべきかを巡って揉めるなど様々な経緯を経て1889年、明治憲法を発布した1代目と違って彼らにとって天皇とは憲法が定める通り、「神聖にして侵すべからざる」ものだが、また一方で、憲法によって身分が保証され、自分たちのやる政治を追認する(利用すべき)存在であった。

閑話休題:

失われた10年を経て何も取り戻せなかった日本企業は、2000年代に入り、更に「変革」を模索した。多分どこの会社でもそうだったんだろうが、俺も、変えることは無条件に善ではないか?と思ったこともあった。そのように思い込んで競馬馬の”ブリンカー”のようにわき見をできないようにしないと、何十年間も続けてきたことを止めることが難しいと感じた。

明治憲法を流し読む。

そんなに違和感ない。面白いのは天皇にも、臣民の幸福を増進する義務?があることだ。(第9条)・・・現行憲法でも天皇や首相や大臣や役人は国民の幸福を増進せよ、と書けばいいのに。

第18条以下に臣民の義務やら権利が羅列されているが、義務のしょっぱなが兵役だ。

  第九條
 天皇ハ法律ヲ執行スル爲ニ又ハ公󠄁共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ增進󠄁スル爲      ニ必要ナル命令ヲ發シ又ハ發セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ變更スルコトヲ得ス
第十八條
日本臣民タルノ要件ハ法律ノ定ムル所󠄁ニ依ル
第十九條
日本臣民ハ法律命令ノ定ムル所󠄁ノ資󠄁格ニ應シ均ク文󠄁武官ニ任セラレ及其ノ他ノ公󠄁務ニ就クコトヲ得
第二十條
日本臣民ハ法律ノ定ムル所󠄁ニ從ヒ兵役ノ義務ヲ有ス
第二十一條
日本臣民ハ法律ノ定ムル所󠄁ニ從ヒ納󠄁稅ノ義務ヲ有ス
第二十二條
日本臣民ハ法律ノ範圍內ニ於テ居住󠄁及移轉ノ自由ヲ有ス
第二十三條
日本臣民ハ法律ニ依ルニ非スシテ逮󠄁捕監禁審問處罰ヲ受クルコトナシ
第二十四條
日本臣民ハ法律ニ定メタル裁判󠄁官ノ裁判󠄁ヲ受クルノ權ヲ奪ハルヽコトナシ
第二十五條
日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外其ノ許諾ナクシテ住󠄁所󠄁ニ侵󠄁入セラレ及搜索セラルヽコトナシ
第二十六條
日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外信書ノ祕密ヲ侵󠄁サルヽコトナシ
第二十七條
日本臣民ハ其ノ所󠄁有權ヲ侵󠄁サルヽコトナシ
公󠄁益ノ爲必要ナル處分󠄁ハ法律ノ定ムル所󠄁ニ依ル
第二十八條
日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス
第二十九條
日本臣民ハ法律ノ範圍內ニ於テ言論著作印行集會及結社ノ自由ヲ有ス
第三十條
日本臣民ハ相當ノ敬禮ヲ守リ別ニ定ムル所󠄁ノ規程ニ從ヒ請󠄁願ヲ爲スコトヲ得


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