池田晶子の言葉「苦しみも奇跡だ」
宇宙が存在する、なぜ存在するのか分からない宇宙がなぜか存在すると言うこのこと以上に、納得できないことなんかあるだろうか。存在すると言うことには意味も理由もない。だからこそ、それは奇跡なんだ。自分が存在する。これは奇跡だ。人生が、存在する、これも奇跡だ。人生が存在すると言うこと自体が奇跡なんだから、そこで味わう苦しみだって奇跡だ。そんな風な、あること自体の驚きの感情を失うのでなければ、苦しみの意味や理由をもとめて悩むことは少なくなるだろうし、人生が空しいなんて思うこともなくなるだろう。
>>
人生に意味も理由もない。意味も理由もないのに存在するという事が奇跡だ。これが池田流。俺はついつい「意味も理由もないんだからどうでもいいじゃねえか。人生なんて空しい」に流れる。これは池田昌子に言わせれば善ではなく、悪だろう。悪でも死なずに71年も生きた。これも奇跡と言うべきか。無駄と言うべきか。
コメント
コメントを投稿