エネルギー基本計画

朝日新聞デジタルに以下:

 中長期のエネルギー政策を示す「エネルギー基本計画」(エネ基)の改定作業が大詰めを迎えています。政府は温暖化対策のため、二酸化炭素の排出量が少ない原発を推進させたい考えです。事故のリスクがくすぶるなか、原発回帰にかじを切ることに問題はないのでしょうか。エネルギー技術と社会の関係に詳しい寿楽浩太・東京電機大教授に話を聞きました。

>>その後のこの記事の続きにある教授のご意見を読んでも、議論の前提についてのご意見・アイデアは出てこない。議論の前提って「将来、日本においてトータルでどのくらいの量の電力が必要になるのか?」つまり、「日本は将来どんな産業で飯を食うのか?そしてその産業のためにはどのくらいの人口と電気が必要か?」だ。

もっともエネルギー専門家に「将来日本で何人の人が何をやっているか?」を語らせるのは無理だが・・・

例えば俺の妄想のように江戸時代の鎖国よろしく、農業中心で3,4千万人の人口を養う、というのが日本の将来なのか?それとも電気を食うAIとかアニメなんかを中心としたソフト産業で2千万の人口を養うのか?はたまた外国人労働者を何千万人も入れて時代遅れだけれどやる人がいない産業で残存者利益を稼いで1億人を食わせるのか?

こういった前提無しにいきなり「原発ありきでは・・・」から語るのは議論ではない。単なる無責任な批評・非難だ。

必要な総電力量とその根拠をはっきりさせないまま「電気をどう作る?」っていかにも日本人らしい進め方だ。こういうのを「議論」というからおかしなことになる。こういうのは「議論」ではない。ただの空言、「ごっこ」だ。日本で一番大事な”議論”がなされるべき国会では多分、野党の皆さんが与党に「原発ありきではおかしい」などとパフォーマンスする”議論”が展開されるのだろう。理屈に基づく議論でなく義理と人情と因習と受け狙いによる祭りごと、つまり民主主義でないものを民主主義と言い、軍隊を防衛専用の自衛隊だから合憲、と言いくるめるのは日本人の得意技・病気だ。アメリカだろうがイギリスだろうが中国だろうが日本流の「議論」や「民主主義」や「国防」は存在しない。


コメント

このブログの人気の投稿

ママーのガーリックトマト(ソース)で茄子入りミートソースを作るとうまい

松重豊さんが号泣した投稿「ロックじゃねえ!」投稿者の先生への思い(朝日新聞デジタル)

長嶋追悼:広岡さん