中村壱太郎 大津絵道成寺@京都南座
12月29日Eテレ放送の「古典芸能への招待」で中村壱太郎の舞踊を見る。
男が女に扮して踊る。歌舞伎は女人禁制?だ。そんなんでよくジェンダーレス論者が許しておくものだ。ただし、”お約束”の”女のフリ”は面白く、心地よい。「男が演じる女」のお約束の様式美・色気。バックで流れる常磐津一族の常磐津もよい。歌詞も韻を踏んだり、しゃれを入れたり。
中村壱太郎は姿がよい。歌舞伎役者には五頭身くらいの顔がでかいのがいるが、彼は顔が小さくて見栄えがする。玉三郎同様、女形は顔が小さくで見た目がよくないと・・・。
歌舞伎(舞踊)ってかなりの訓練が必要だ。第一に動きを支える筋力・体感の強さ。加えて伝統的な「お約束の所作」をリズムよくきれいに見せるセンス。要は、雄(オス)として優れていないと歌舞伎(舞踊)はできない。女どもが歌舞伎役者に惚れるのも故なしとしない。
閑話休題:
歌舞伎、能狂言、人形浄瑠璃・・・古典芸能は日本の「家」という昔ながらの伝統・血統・名跡を大事にする慣習(信仰)によって継承されている。ちなみに中村壱太郎をWikiると名門出身だ。家系をさかのぼれば人間国宝だらけ。いずれは父親の中村 鴈治郎の名跡を継いで人間国宝に、という将来が半ば約束されている。
落語は「家」とか師匠・弟子システムはある。ただし親から子供にという継承のしかたは、弱い。親には無関係に、面白ければ師匠の名跡を継ぐ。往々にして名人の子供は評価が低い。
伝統・古典芸能に比べると吉本新喜劇の継承システムはユニークで、素晴らしい。吉本は「家」なんていうシステムなしに継承が行われている。明確な師匠ー弟子という仕組みもない。見込みのあるヤツをピックアップして舞台上のアドリブで試し、鍛え、成長が認められれば座長にする。新喜劇をみて面白がったり笑ったりもするが、これと見込んだ若手を鍛え、芸を教え、継承しようとするベテランの姿を垣間見るのもうれしい。
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