閲覧数累積で5000件に
本ブログは2022年3月に開始して累積で投稿数は996件、閲覧数は4999件に達した。
1日当たりにすると投稿は1,1件、閲覧は5,7件だ。
年寄りになり、引退した俺が、後から年寄になり引退する人たちに贈る遺言だ。
別に義務感にかられて書いてるわけじゃあない。経験したこと、面白いことをだらだらと書き連ねるだけだ。
いわゆるSNSの中ではブログという形態が「自分の頭で考える」のに一番相応しいように思う。ただし、SNSを含め、世の中は「時間をかけて、頭(の中心)で考える」のでなく、「瞬間的に頭の表面で感じる」傾向がどんどん強くなっているように思う。それは決していいことではないようにも思うが、全世界の全人類がそうなるなら、その傾向の中で生きて行くしかないようにも思う。俺は引退した年寄りだから傾向なんて関係なく、頑なに「自分の頭で考える」続けるしかない。
振り返ればパワポによるプレゼンが頭で考えさせないように仕向けるソフトの走りだった。会社の意思決定はこれで行われるようになった。流行り出したのは、小泉売国奴内閣の頃(21世紀初頭)ではなかったか?主語と述語という基本構成を有する文章は使われずに、小泉純一郎並みのワンフレーズが好まれた。耳で聞いて考えるのでなく目で見て感覚で決めたのだ。判断を誤らせるから会議でパワポを使うな、という意見も一部にあった。(いまだに日本の会社で意思決定にパワポが使われているかどうかは分からない)ショート動画やtiktokはこの流れを汲んで耳や理性でなく目や感覚に訴える。会社の意思決定に限らず、国の意思決定もパワポやショート動画やtiktokで行われるようになるだろう。幸いなことに、そうなった時には俺はこの世からオサラバしてるはずだ。
メディアの変遷がコンテンツも変えた。例えば音楽。SP盤、レコード、テープ、ディスク・・・と変わり、今はダウンロード(再生)だ。SP盤時代は最長3分と言う枠の中でのパフォーマンスだった。段々時間の制約はなくなった。音もSP盤時代は実物とは似て非なるものだったが、段々実物に近づいた。また楽器もアコースティックなものから電気電子を使うものに変わった。コンテンツもエンタテインメントからプロテストや自己主張まで広がった。どのくらい売れているか?の物差しも枚数から再生回(ダウンロード)数に変わった。
俺は音楽なら1970年以降、TVなら1990年以降の流行にはついていけなくなった。ネットを利用してもこの当時以前の古いコンテンツを再生するだけだ。そういうのを見たり聞いたりしてその面白さ、楽しさを書き残すのも一興だろう。
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