談志が語る手塚治虫(4) おとなのEテレタイムマシン 知るを楽しむ より

 1988年、手塚治虫が癌で亡くなる直前、談志の弟子の高田文夫のパーティーに顔を出した。

手塚先生は、パーティ-会場の入り口に立ち止まり、談志に向かって一生懸命手を振ったが、それ以上近づいては来なかった。談志も手を振り返しただけで、近づこうとしなかった。談志は「手塚先生はさぞかし痩せさらばえていたと思う。その姿を見られたくなかったし俺も見たくなかった」と言う。

入院中の手塚先生は相変わらず無茶な仕事をし続けていた。その手塚先生が癌をおして最後のあいさつに来る。談志はその手塚先生の姿を見かけた瞬間、近づいて感謝の念を表すのは野暮だ、と直感する。

片一方は「元気でバリバリ仕事する手塚治虫」を演じ、片一方は見た瞬間にそれを痛いほど感じてそれを演じる心根を傷つけまいとする。近くで痩せさらばえた姿を見ることは「元気でバリバリ仕事する手塚治虫」というイリュージョンを台無しにすることだ。遠くから一所懸命手を振り返すことで感謝を精一杯表し、最後のご挨拶をした。

この番組、2005年に放送されたものの再放送だ。こういうネタを沢山持ってるからNHKをぶっつぶされては困る・・・

俺は談志師匠の落語で感心したことも笑ったこともない。ただし、こういう「芸談」というか、師匠がリスペクトする先人・・・フレッド・アステアや色川武大さん・・・について談じるのはは好きだ。それから師匠が照れながらやるジョーク・・・あまり笑うことはないが感心することは多い・・・「金正日万歳(キムジョンイル、マンセー)!」には腹を抱えて笑った。最高傑作だ。

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