保坂正康「東條英機と天皇の時代」を読む

 この本で最大の発見は、東條英機を首相にしたのは世上、内大臣・木戸幸一の推挙とされているが、筆者は天皇自身の判断・希望だったのではないか?と推測している所。筆者は様々な人にインタビューし、多くの文献を読んでいてこのあたりの事情、経緯をよく知っている。その上で、こういう推測をしているところに信ぴょう性がある。これは俺の憶測だが、戦争が敗戦に終わり、その責任を問われるとなった時、当然東條は第一の戦犯候補で、その戦犯を首相にしたのは天皇だ、となるとまずいから木戸は気をきかして自分が天皇に推挙した、と言い張った・・・

それから敗戦時の陸相・阿南は見事に割腹自殺を遂げ、自らの死で陸軍若手の蜂起を食い止めた、と言われるのに対し、敗戦時首相の座を追われていた東條は自殺もせず、占領軍に捕まりそうになって初めてピストル自殺を試み失敗して自らが出した戦陣訓の「生きて虜囚の辱めを受けず」を実現できなかった、惨めで格好悪い、とされることについて。

この本を読んでの俺の妄想は、

敗戦時、東條はかつての政敵はもちろん、仲間、部下からも嫌われ疎んじられていた。一部の若手将校から蜂起を呼びかけられたが、「天子様の大御心に従え」と蜂起に反対する一方、陸軍全体はもう東條の方を向いてないことも知っていたから自決して陸軍若手を止めるのは阿南に任せるしかない、と考えた。

その後も、戦陣訓を守って占領軍に捕まるなら自決すべきか、あえて裁判に出て「天皇に責任はない」ということが認められるのに尽力し見届けるべきか、悩んだ。結局占領軍が捕まえに来た時、娘婿が自決に使ったピストルで心臓を撃とうとして失敗した、と。(東條らしく、切腹よりピストルの方が確実に死ねると考えた?・・・)

そして拘留中にアメリカは鬼畜ではないことに気づき、そのアメリカに殺されるなら本望、その上裁判で天皇に戦争責任なしと認めてもらえば言うことなし、という心境に至った。(東條はムソリーニのように敵でなく、自国民が見てる前で自国民に殺されるのが一番嫌だった。)

さて、誰が東條を首相にしたかは別にして、この本では東條は小賢しい、器の小さい男として描かれる。天皇に信任された、と舞い上がり「選良意識」に捉われて、石原莞爾をはじめとする陸軍内の敵、海軍、近衛文麿をはじめとする政治家など自分に反対する者は「自分=天皇に逆らう者」として憲兵を使って陥れるか黙らせる。そして「自分しか天皇に仕えることができる者はいない」となる。

これしか首相候補はいなかったのか???そして日本が今後危急存亡のときを迎えても、同様に碌なリーダーがいない、ということになることは間違いないのではないか???

筆者は天皇制の致命的欠陥は政権担当者が「最後の責任は俺にはない、天皇にある」と逃げてしまう無責任体制だ、とする。(一方で天皇には明確な拒否権も命令権もない・・・責任の真空地帯ができる)そのくせ、統帥権に見られるように「自分たちは天皇に選ばれた選良だ」と思い上がること。加えて東條の言葉として「統帥権は間違っていた。陸軍内部に下剋上をもたらした」と。これは陸軍若手将校が上官におだてられて「陸軍は天皇に選ばれた間違いのない、正しいことをする組織(=選良)だ。仮に天皇や上官がが間違っていたらそれを正すのも自分たちの権利・義務だ」と思いあがってしまったことによる、ということだろう。こうして初めは軍部のやることに口を出させなくするための「統帥権」という屁理屈が、「間違っていれば上官だろうが天皇だろうが殺す」という下剋上を生んだ。

ここに、1000年以上前に藤原家が編み出した「おみこし天皇制」は瓦解した・・・戦後民主主義においては、天皇に代わって「国民」に全責任がある。国民に「最後の責任者」の自覚があるだろうか?

この、旧陸軍の選良意識は根が深い。山県有朋が日露戦争のとき将校を速成で育てるために陸軍幼年学校、士官学校卒業生に「神である天皇に選ばれた将校」という選良意識を植え付け、天皇への忠誠を誓わせた。

この選良意識に凝り固まった陸軍将校たちは東條と全く同じように、腐った政治家・官僚を見て、正しいのは自分達だけで国政を動かすには俺たち(の力=暴力)を使うしかいないと思い上がる。俺は暴力で(あるいは暴力の行使をちらつかせて脅かして)自分の意志を通すことをテロと呼ぶ。東條も憲兵あるいは人事権という暴力装置を使ったテロリストだったし、陸軍若手将校もテロリストだった。テロリストに占領されていた当時の日本をアメリカが救ってくれた、と言えなくもない。

閑話休題:

国家公務員になろうという人が減っている。上述の山県有朋のように、人材不足を補うために、若手官僚に選良意識を植え付けるようなことをしなければよいが。一方で選良として特別扱いしてあげないと、益々人材が減るとも・・・

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